村
花畑を後にした私とリーリエは、変わらず森の中を進んでいます。
しばらくすると、日の光が段々とオレンジ色に染まってきました。
「そろそろ日が暮れるから、今日も焚き火の準備を─」
「ゆ、ゆかちゃん」
言いかけた私の言葉を遮って、リーリエが私の足にしがみついてきました。
「?」
「この先に、誰かいるかも」
「…え?」
リーリエがいきなり訳の分からないことを言い出しました。
「誰かって…え?」
(こんな場所に、人がいるの?)
ここは人里離れた所にある森の中。
人っ子一人いないはず。
私はそう思っていました。
私は慌ててリーリエに言いました。
「ほら、ま、まだここに人がいると決まった訳じゃないと思うの。その、人の気配?みたいなのは、実は森の動物と間違えていただけでした、とかない…?」
「人だと思う。何となく分かるの」
「ええ…」
リーリエのきっぱりとした物言いに、ついついうなだれてしまいました。
もちろん、人に会うのが嫌という訳ではありません。
私はただ、町や村にいるような普通の人と会いたかったのです。
それは、宛もなくあんな草原を彷徨っていた理由でもありました。
こんな秘境じみた森にいる人なんて、話も通じないようなろくでもない人間に決まっています。
「リーリエ、やっぱりやめといた方が…」
「何か知ってる人かもしれないし、行こうよ、ゆかちゃん」
不安な私をよそに、リーリエは行く気満々です。
「うう…分かったよ。行こう」
渋々、そう承諾して彼女について行くことにしました。
一緒に進んでいくうち、やがて木々の間から何かが見え始めてきました。
「あれは、家…?」
しかもその家は一軒だけではなく、何軒も並んで建っていました。
その様子を見て、すぐに気づきました。
「ここはもしかして、村…?」
同時に、私の頭の中のある風景と重なったのです。
そこは、私が生まれ育った故郷の村。
のどかなその風景は自然と、あの村を連想させてくれました。
(お父さん…お母さん……、てっ今はそれどころじゃない)
「ゆかちゃんゆかちゃん早く行こうよ」
リーリエはもう待ちきれないのか、小さくジャンプをしながら私の返事を待っています。
うん、と返事をして村の中へ入ろうとしたその時。
「ふーむ、王国の商人がやってくる時期ではないのにも関わらず、村の入口に誰かの気配がしたのものじゃから様子を見に来たのだが…なるほど、気配の正体は旅の者じゃったか」
(な、何?!)
声がした方を見ると、一人の老人が立っていました。
(もしかして、村の人?なら良かった。とりあえず見た目はまともな人そう─)
老人の体を見ながら安心しかけていた私は老人の顔、正確には頭の部分を見て唖然としてしまいました。
老人の白髪頭にはリーリエのより一回りも大きい猫耳が二つ、くっ付いていたのです。
「お、おじいさん、その頭についてるのは…」
「どうしたお嬢さんよ。わしの頭に何か変なものが付いておるのか?…さては、この猫耳のことを言っておるな?これは、わしの自慢の猫耳なんじゃよ」
「あ、えっと…はい」
開いた口が塞がらない私を横目に、リーリエの存在に気づいた老人がこんな事を言いました。
「おお、おぬし猫人族ではないか。同族の旅の者と出会えるとは、何があるのか分からんのう」
「おじいちゃん、私と同じ猫耳だ…!」
「びょ、びょうじん…ぞく…?」
一人状況が飲み込めていない私は何とも情けない声でそう呟きました。
「おお、すまぬ。説明がまだだったな。猫人族とは、わしとその小さなお嬢さんのように猫耳としっぽがついておる種族のことなんじゃ。獣人と言えば、分かりやすいであろう」
リーリエが獣人なのは察しがついていたけれど、"猫人族"なんて名前で呼ばれていたのはもちろん初耳でした。
とにかく、今までの会話でこの老人は悪い人ではないと思った私は、思い切って聞いてみることにしました。
「あの、実は聞きたいことがあって。この猫耳の女の子は訳あって家に帰れなくなってしまって…この子を無事に家に送り届けるために私たちは旅をしているんです」
「ほう、その子を無事に家に送り届けるために旅をしているとな…」
「はい。何か手掛かりになるようなものがもしあれば、教えて欲しいんです」
「…なるほど。そういう話なら、この村の村長に聞けば良いかもしれぬな」
「村長さん、ですか。分かりました。探してみます。ありがとうございました」
すると、老人は何故か私たちの行く手を遮ってきました。
「まあ待て。わざわざ村長を探す必要などないぞ。なんてったって、このわしが村長なのだからな」
猫耳のおじいさんは胸を張って、そう得意げに答えてみせました。