初日
草原を宛もなく歩き続けている時のこと。
「はあ…はあ…ゆかちゃん、ちょっと…休憩」
リーリエが言いながら地面にべったりと倒れこんでしまいました。
「ふう…確かに、ここに来てからもうずっと歩いてるもんね…」
私も腰を下ろして一休みすることにしました。
空を見上げてみると、太陽が西へ傾きかけています。
(この世界にも、元の世界と同じように太陽があるんだなあ)
そんな事を考えている私の耳に、ふと何かの音が入ってきました。
(?何か聞こえる)
音がする方へ行ってみると、そこには小川が流れていました。
音の正体は川のせせらぎだったのです。
「やった、飲み水だ。よし、ひとまずリーリエを連れてこなきゃ」
まだ地面に突っ伏していたリーリエを川まで運び、川の水を飲ませてあげました。
川に頭を突っ込んで水を飲んでいたリーリエがふいに頭を上げて言いました。
「あっ!ゆかちゃんこの川お魚さんがいるよ」
「へえ、お魚さんがいるんだ。ちょうどお腹が空いてきたから獲りたいけど、ここには流石に釣竿はないよねえ…」
「釣竿?は分からないけど、お魚さんをとる方法はあるよ」
リーリエはそう言って川の前に立ちました。
「方法はあるって、一体どうやって…」
ビュン!
突然、リーリエの周りに風が吹き荒れはじめました。
(ちょっと何これ!?あの子、一体何をしようと…)
見ると、リーリエの目の前に小さい竜巻のようなものが出来ていました。
「…!!」
その竜巻は川の水を切り裂き舞い上がらせ、中にいる魚すらも巻き込んでいきます。
やがて目の前から竜巻が消えると、空から魚が一匹二匹三匹と雨のように降ってきました。
「えへへ、いっぱいとれた」
(リーリエ、やっぱり凄くて怖い子…)
この時ばかりはこの猫耳少女に対して畏敬の念を抱かずにはいられませんでした。
「う〜ん!お魚おいしい!」
太陽がだいぶ西へ傾いて、辺りも暗くなってきた頃、私をリーリエは一緒に焚き火を囲んで、焼いた魚を頬張っているところでした。
リーリエが竜巻で降らせた魚の数は計八匹。
私たち二人のお腹を満たした上に余りが出るくらいの量を、あの子一人だけで獲ってしまった事実が未だに信じられません。
「リ、リーリエが凄すぎて、私いらない子になっちゃいそう…」
「ゆかちゃん?何か言った?」
「い、いや、何も言ってないよ!あ、そ、そうだ。夜になったら、見せたいものがあるってリーリエ言ってなかったっけ?」
そういえば、"夜になったらゆかちゃんに見せたいものがあるんだ"と言っていたのを思い出したました。
するとリーリエは思い出したように頬張っていた魚を慌てて飲み込んでから、私に駆け寄って言いました。
「ねえゆかちゃん、私の手を握って」
「う、うん」
言われたので、リーリエの右手首の辺りを軽く握りました。
すると、リーリエが転移魔法を使ったときと同じように何かを呟いたかと思うと、視界が一瞬暗くなり─
「うん…あれ、どうなったの?」
気が付くと、さっきまでいた草原とは打って変わって、何故か木造の小屋のような場所の中にいます。
「え?ここは…?」
「ここは、私の魔力を使って創った空間なの」
「ま、魔力?!こ、こんな感じで空間まで作れちゃうの…?」
リーリエの言葉に私は驚きを隠せません。
試しに見渡してみると、左にある大きい窓が目につきました。
(ここの窓の外ってどうなってるんだろう?)
そんな好奇心から窓に近づき、窓を開けて外を見てみました。
「?!」
なんと、窓の外には底無しの暗闇が広がっていたのです。
何処までも続く漆黒の空間。
そんな場所にもしも落ちてしまえば、命の保証など無いであろう事は私にも十分察せられました。
「あ、ゆかちゃん危ないから窓の外には出ないでね。実は、私の魔力がまだ未熟なせいで、窓の外の空間までは上手く創れなくて…だから、窓には近づかないでね?」
「わ、分かったよ」
(この空間を創ったリーリエでさえどうなるのか分からないなんて…い、言うとうりにしておこう…)
リーリエの言葉にビビりまくってしまった私は小屋の窓を静かに閉じておきました。
「ねえ、ゆかちゃん。その、お風呂沸いてるけど、入る?」
リーリエが突然こんなことを聞いてきました。
「お、お風呂ってその、バスタブにお湯が入ってるあのお風呂のこと…?」
「え?う、うん。そうだけど…」
(良かった。ここのお風呂は私が知ってるお風呂なんだ)
「そ、そうだなあ。リーリエが先に入っていいよ」
すると、リーリエは何故か不満そうな表情をして見せました。
(え?なんで…?)
「一人で…入ってくる」
リーリエは不満げな表情のまま脱衣場へ消えていきました。
(もしかして、私と一緒にお風呂に入りたかったのかな…?)
ここでようやくリーリエの意思を汲み取れたのはいいものの、一緒にお風呂なんて想像もしていなかったせいで、リーリエを追うことは出来ませんでした。
お風呂から上がった彼女が寂しそうにしっぽを床に垂らしているのを見て、申し訳ない気持ちになりました。
「ねえ、ゆかちゃん…」
「ん、どうしたの?」
お風呂に入ってきた後、リーリエに対して申し訳ない気持ちになっている時、彼女が自ら声を掛けてきてくれました。
「その、寝る前に私のしっぽを撫でて欲しくて…」
「し、しっぽ?」
突然の申し出に唖然としました。
「ほんとはおかーさんに撫でて貰ってるんだけど、家出してからはずっと撫でて貰ってなくて…」
「そっか、分かった。撫でてあげるよ」
とりあえずベッドに腰掛けると、リーリエがうつ伏せになるように私の膝の上に横たわり、しっぽを目の前に差し出してきました。
「えへへ、ゆかちゃんに撫でて貰える…」
撫でるとは言っても、今まで猫のしっぽを撫でた経験など当然ありません。
とりあえず左手をしっぽの先端に添え、右手で優しく握るように撫でてみました。
「ん、…にゃあ……」
「リーリエ、どう…?」
「もっと、撫でて欲しい…」
「分かった」
同じように撫で続けていると、
「…にゃ………すぅ…すぅ…」
寝息が聞こえてきます。
(あ、寝ちゃったか)
そこで、優しく抱っこをしてしっかり寝かせ、私もリーリエの隣で横になり、今日はもう寝ることにしました。
(……)
暗闇を見つめていると、今日の出来事、これからの事が頭をよぎります。
(きっと今頃、リーリエのお父さんとお母さん、それに私のお父さんとお母さんも、私達のこと心配してるんだろうな…早く、リーリエを無事に送り届けて元の世界へ帰らなきゃ。それまでリーリエは、私が…)
そう、決意を新たにしました。