自己紹介
「ま、魔法…!」
なんともロマンをくすぐられる答えに、私は密かに興奮してしまっていました。
私はその女の子をもう一度、まじまじと見つめてみました。
短い金髪に印象的な緑色の瞳。
やっぱり猫耳がついていること以外はごく普通の見た目の女の子です。
(見れば見るほどこの子の事が知りたくなってくるけど、どうすれば…あ、そうだ)
「ね、ねえ、あなた、魔法が使えるのよね?なら、私を治してくれた以外の魔法も、その、見てみたいな」
「うん。折角だし見せてあげるよ。えーと、これでいいかな…」
すると、女の子はおもむろに右手の人差し指を私の前に差しだしました。
「…!!」
次の瞬間、指から小さな炎がゆらゆらと燃え上がりはじめたのです。
「す、すごい…!」
炎を食い入るように見つめている私を見て、女の子は嬉しそうに笑みをこぼしました。
「初級の軽い魔法を見せるだけでこんなに喜んでくれるなんて。私の故郷の世界ではみんな魔法を使えて、あなたのように目を輝かせてくれる人はまずいないから、なんだか不思議」
「私の故郷…?それって一体…。やっぱり、あなたはこの世界の人じゃないの?」
私が聞くと、女の子は少し俯きながら話し始めました。
「…実はね、私あることでおとーさんとケンカして、家出をしちゃったの。家出をした直後は、気分がむしゃくしゃしてたから、家から遠くの場所に行くだけじゃ飽きたらなくて。そしたら、家に置いてあった本に書かれてた、瞬間転移魔法のことを思い出して、試しに唱えてみたの。唱えた瞬間目の前が眩しくなって、気がついたら、もうこの森にいて…」
「そっか。そんな事が…」
「この森に来てからもう数日になるけど、まだ元の世界に帰る勇気が湧かなくて…」
頭と共に猫耳もうなだれている女の子には、同情せざるを得ませんでした。
そんな女の子の様子を見かねた私は、つい口を滑らせてこう言ってしまいました。
「家に帰るのが怖いなら、ほら、私も、ついて行ってあげようか…?」
「…え?」
口をぽかんと開けて私を見つめる女の子。
無理もありません。
今さっき出会ったばかりの女が突然、"あなたと一緒に行きたい"なんて言ったら困惑するに決まっています。
しかし。
「本当について来てくれるなら、私も、心強いけど…」
「私、困ってる人を見ると放っておけなくて。それに、さっきケガを治してもらったお返しもまだだしね」
もっともらしい理由をつけて言いました。
もちろん、女の子の世界に行くのに抵抗がない訳ではありません。
けれど、こうして目の前で困っている子をみすみす見放してしまうことの方が、遥かに抵抗を感じるのも事実でした。
女の子はしばらく悩んだ末、
「うん。分かった。よろしく、お姉さん」
決意が滲んだ答えを出してくれました。
それよりも、ふいに"お姉さん"と呼ばれ、私はなんだか恥ずかしくなってきてしまいました。
「ね、ねえ、"お姉さん"だとちょっと恥ずかしいから、出来れば私の事は名前で呼んでほしいんだけど…いいかな?」
「名前で、呼んでいいの?」
「うん。もちろん」
「私、リーリエ。お姉さんは?」
リーリエ。女の子は自らそう名乗りました。
「ゆかりって言うの。リーリエ、よろしくね」
「ゆかり…ゆか…ゆかちゃん。ゆかちゃん!」
リーリエは嬉しそうに私の名前を呼んでくれました。
「それじゃあゆかちゃん、私の手を掴んで。転移が終わるまで絶対に離しちゃだめだよ」
「うん、分かった」
私がリーリエの手を掴むのを合図に、リーリエが何かぶつぶつ言い始めました。
これがその転移魔法の詠唱なのでしょう。
リーリエが詠唱をやめた瞬間、視界が一瞬にして光に包まれてしまいました。
この時、私は軽く考えていました。
リーリエを家まで送り届けるだけなら、そう時間は掛からないだろうと。
リーリエがきっと家のすぐ近くに転移するように、調節なり何なりしてくれるだろうと。
リーリエをすぐに家に送り届けて、家出の件はかくかくしかじかと解決し、丸く収まったところで、私はまた転移魔法を使ってもらいここに戻ってくる─。
このように順調に事が運ぶと思っていました。信じて疑わなかったと言ってもいいくらいです。
しかし、私のその甘い考えはあっけなく、打ち砕かれることになってしまったのです。