1 標無き世界
強い衝撃。
回転する視界。
朧げな意識。
誰かの悲鳴。
それらすべてを一度に受け止められるはずもなく、互い違いに襲いかかってくる。
混濁する意識の中、闇雲に伸ばされた手はしかし何も掴めぬまま地面に落ちる。
視界は濁った赤で埋め尽くされ、その隙間から点滅する光が入り込んでいく。
力が入らない。手足の感覚が徐々に薄れ、体の震えが止まらない。
だが不思議なことに不快な感覚はなかった。それどころか暖かな陽射しに包まれていくような心地よい感覚に包まれていく。
瞼がゆっくりと閉じられていく。穏やかな眠りにつく、その直前。
視界に映った何かが描かれた逆三角形の赤い板。
消えゆく意識の中、僕はそれがやけに輝いているように感じて。
直後、再度の衝撃。
僕は今度こそ、意識を手放した。
『天気予報のコーナーです。今日から明日にかけ気温の高い日となりそうです。昼には突発的な豪雨が予想されますので折り畳み傘の出番となりそうです。続いては———』
画面が切り替わり、巨大なディスプレイに映し出されたキャスターがニュースを読み上げていく。天気予報の精度はかなり高いようで、すでに空は灰色に染まりアスファルトの地面に次々と水紋を作り出している。
ビル群に囲まれた交差点では会社員であろう人々がカバンを掲げながら走り、親に連れられた子供が黄色い合羽を揺らしながら遊んでいる。
紺色の制服を纏った青年は同色の帽子を整えながら、その光景を眺めていた。
「平和だな」
ぼんやりと呟いた青年は正面の歩行者用信号が点滅していることを確認し、慌てて走り出す。
地面を打ちつける雨はより一層激しさを増し、自動車の騒音とともに街を賑やかす。
『続いてのニュースです。世界中に恐怖と混乱に陥れた世界規模の巨大テロ行為、通称”ワールド・テロリズム”より今日で40年目を迎えます』
蝉の鳴き声が一斉に鳴り響く。
『世界の人口のおよそ1割が犠牲となった大事件の傷跡は未だ世界中に深く刻まれており、我が都市においても未だ外部都市との交流が不十分といった現状です。これに対し回天都市アカシ都市長の天照明石氏は”色彩者会議”の開催を予定していると答えており、今後の進展に期待が持たれています』
ニュースキャスターのセリフとともに映し出された人物に、警官ーーー正確には”都市警察管轄保安官”ーーーの青年、八頭七斗は鋭い目を向けた。
空気を揺らす蝉の大音声。
今日は”蝉鳴日”。ワールド・テロリズムの犠牲となった人々が大量の蝉となって世を嘆く。そんないわれを持つ、世界が崩壊した日。
ーーー”警官”が”標識士”と出会う日。歪んだ世界に我儘を突きつける二人が出会う、何気ない1日が始まった。
初めまして、弱酸菌です。オリジナル創作物を作りたいと思い、小説という形でこのサイトに投稿するに至りました。拙い文章にはなりますが、『継続』を目標に頑張っていこうと思います。
そんな僕は異能力が好きです。
現代社会を舞台に繰り広げられるバトルというものはどうも読むと興奮するものばかりです。
『ここから先は標識の路にて』をどうかよろしくお願いします。