第二話
ああ、これは本当に、運が良い。
絡繰技師であるレンにとって、この出会いは運命的ですらあった。
知り合いに整理を頼まれた古い倉庫。その奥深くには、美しい絡繰人形があったのだ。否、いたと言う方が正しいかもしれない。
全身が埃で灰色になりながら、しかし人形は何かに駆られるように動こうとしていた。不気味な光景であるはずのそれは、ひたすらに健気で痛々しい。
十代半ばほどの少女を模した造形は、ひどく滑らかで本物と見紛うほどに自然だ。ただ一つ、彼女が身じろぐたびに不快な摩擦音でがなり立てる球体関節が、その体が作り物だと示している。
「ガ、グぁ、ぁ、って」
何か言葉を発したいらしく、ゆっくりと動かされる唇。しかし、そこから出てくるのは限界を迎えた音声系統の悲鳴のみ。
深い青色のガラス玉は、レンを映してはいない。今ここで手を出すのは、果たして彼女の望むことだろうか。それ以前に、絡繰人形が何かを望むことなどあるだろうか。
少しの間考え込むが、見た目が人間となんら変わりないだけに、放っておくのも憚られた。どのみちこの倉庫の物は整理しなければいけないのだ。
「な、なぁ」
おそるおそる声をかければ、ぎこちなく首が動く。人形だと分かっていても魅入られるほどの美貌に正面から見据えられ、レンの心臓は大きく跳ねた。
「ぁ、ガ、ぇぅ、ガガっ、?」
何を言っているのかは一つも理解出来ない。しかし、ほんの少しだけ横に傾けられた頭の動きから、こちらの言葉は聞こえているようだと推測する。
「俺は絡繰技師のレンだ。君を直してやりたいと思うんだが、どうだろうか」
吸い込まれそうな青を見つめ、ゆっくりと語りかける。幼さと若さを絶妙に共存させた人形は、表情を全く動かさない。
数秒の間返事を待つ。しかし、何かを話そうとする様子もないので、レンが諦めようとしたその瞬間、人形は糸が切れたように倒れ込んだ。
見た目から想像するよりもずいぶんと重量のある体を受け止め、思考する。
「これは、了承、か?」
戸惑いつつも連れて行こうと抱き上げる。まぶたを閉じて眠っているようにしか見えない人形は、おとぎ話に出てくる姫のように思える。
乙女チックな考えは頭を振って追い出し、冷たい体を抱え直して倉庫を出る。倉庫整理はまたにしよう。