雲の上の麒麟
遅くなってすみません。かつてない程難産でした……
アリスからのアドバイスを受けた日から二日後。
アリスから頼まれた店番の日になった。
昨日は丸々一日ライとメイと一緒に居た。
ずっと修練じゃ疲れるからな。
また一緒に買い物に行ったり、簡単なゲームで遊んだりと、楽しかった。
このゲームを初めて一番のどかな時間だったと言えるだろう。
まぁ、何事も起きないのは退屈とは言えるかもしれないが、楽しかったから満足だ。
そして、現在。
「んじゃ、よろしくねー」
「おう」
クランの会合に向かうアリスを見送り、店番中だ。
そして俺が座った目の前には複数の本。
アリスから読んでも良いと言われた本だ。
流石にずっと何もせずに待つのは暇だからな。
「ほぼ絵本だな」
そう、積まれた本の内容は絵が大きく書かれた絵本だった。
今読んでいるのは『偉大な魔法使い』という題材で、魔法使いの英雄譚だ。
簡単に言えば、貧しい家の出の主人公だが、魔法の才に恵まれ、紆余曲折を経て周囲から英雄と認められる話。
絵本と言ってもなかなか侮れない。結構面白かった。
ボリュームも結構あって、読み終わると十分程経っていた。
客は来ない。
未だに暇だ。
次の絵本は……ん?
「『雲の上の麒麟』?」
麒麟と聞いて一番に思い出すのはライとメイだ。
あの双子は『麒麟の落とし子』だ。まさかその麒麟を絵本で見ることになるとは。
表紙には雲の上を駆ける麒麟が描かれている。そしてその傍らには綺麗な女性が。
興味をそそられたので読んでみる。
●●●
『雲の上の麒麟』
かつて、この大地には麒麟が居た。
柔らかな鬣、白銀色の肌。
そして黄金色に輝く角を持つ、美しい麒麟。
その姿に見惚れた者は数知れず。
ある日ある場所で、そんな麒麟に近づく一人の女性が居た。
その女性は麒麟に跪きこう言う。
「どうか、貴方の角の欠片をお恵みください……」
麒麟の体はありとあらゆる病に効果のある霊薬の材料となる。
その女性は自らの姉弟の病を治す為、麒麟に頼み込んだのだ。
『…………』
麒麟は何かを考えるように、その女性を見据える。
女性はその目を真っ直ぐ見返し、さらにこう言った。
「対価は、私の全てです。どうか、どうか……!」
縋るように、祈るように。
そんな姿の女性に麒麟は何を思ったのだろう。
麒麟は自らの角を折り、女性に差し出す。
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」
【対価は、貴様の目的が果たされた後、この場所にて支払ってもらう】
「っ、はい!」
麒麟の声は透き通るような美しい声であった。
女性はその声に驚きつつも、その内容を理解したのか、意を決した顔を見せた。
麒麟はその顔を見ると、雷を思わせる速度で消えた。
後に残されたのは、麒麟の角と女性だけだった。
●●●
「ふむ……本来の麒麟はこうなのか……」
勿論、本になるに当たって脚色されている部分もあるのだろうが。
でも、まだライやメイに繋がる情報は無い。
さ、続きも気になるし、続き読むか。
場面は女性の視点に移るようだ。
●●●
女性は走る。弟の元へ。
その手には麒麟の角。
これを煎じて飲ませれば弟の難病はたちどころに治る。
女性は安堵と歓喜の感情がないまぜになりながらも、走った。
そして辿り着く弟の待つ家。
扉を開くとあるのは簡素な作りの部屋。
「ん……姉さん?」
その部屋にあるベッドに横たわっていた少年、女性の弟が起き上がる。
「無理しなくてもいいわ。いい薬を買ってきたの」
「薬……?」
女性は本当の事を言わなかった。自分自身を対価とした事を。
弟の目が変わる。
その目は、驚きと不安に染まっていた。
「そんなお金どこに……うっ」
女性は、口を抑えて咳込む弟の背中をさする。
布と水を貯めた桶を持ってきて弟の手を拭う。
手にはべっとりと血がついていた。
「もう、苦しまなくていいの……」
ボソリと呟く女性。
荒く息を吐く弟とベッドに寝かし、女性は麒麟の角を砕き煎じる。
完全に粉になると、完成だ。
その薬を弟に飲ませようと、女性は近づく。
「いやだよ、姉さん……僕の事はいいから、それを早く返してきてよ……」
弟には漠然とだが、予感があった。
コレを飲めば、姉がいなくなってしまうと。
それを聞いた女性は首を横に振る。
「私は大丈夫よ。だからこれを飲んで」
「いやだ! ゴホッ!!」
急に声を出したせいか先程よりも大きく咳込む。
そんな弟に女性は優しく語りかける
「貴方は私の宝物なの。何物にも変えられない、たった一つの宝物。そんな貴方が、これ以上苦しむ事は耐えられないの。だからお願い、薬を飲んで……?」
「でも……」
「お願い」
「…………」
弟は意を決した。
「姉さんは大丈夫……なんだよね?」
「ええ、大丈夫よ」
「…………分かったよ」
女性は嘘をついた。
麒麟に全てを捧げる約束をした、女性の未来は分からない。
だが、そうなっても構わない程に女性は弟を愛していた。
弟は薬を呑む。
「うっ……」
弟の体が僅かに輝く。
数秒後、光が収まると、弟は自分の体の軽さに驚いた。
「これ……」
あんなに重かった体が軽く、ずっと自分を苦しめていた痛みが消えた。
「良かった……!」
回復した弟を抱きしめる女性。自分の望みはとうとう叶った。
その喜びを噛み締め、言葉を出そうとした時。
ドンドンドン!
扉が荒く叩かれる。
「開けろ!」
「お前が麒麟の角を持ってるのを俺は見たぞ!!」
「角を渡せ!」
見られてしまった。
麒麟の角はその効果からも相当の値段で売れる。
それを狙った輩だろう。
「っ! 姉さん、麒麟の角って……!」
弟は自分が今飲んだ物の正体を知り、驚愕する。
女性は床下に隠していた倉庫を開ける。
「ここの中に隠れていて。奴らは私は引きつけるからその間に逃げなさい」
「ね、姉さんの嘘つき! 大丈夫って言ったのに!」
女性は弟を倉庫に押し込める。
いくら病が治ったとはいえ、寝たきりだった少年の力は弱っているため弟は抵抗も出来ない。
「ごめんなさいね……」
「大丈夫って……言ったのにぃ……」
「……愛してるわ」
「姉さん!」
女性は弟の額にキスをし、倉庫の扉を閉めた。
そして簡単に扉の入り口を隠す。
そのタイミングで、扉が破られた。
女性は角に見立てた別の物を持ち、布で包んで窓から逃げ出した。
「てめぇ!」
「逃げたぞ!」
女性の逃亡が始まった。
弟の病が治った今、思い残す事は何もない。
向かうのは、あの麒麟とあった場所だ。
対価を支払う為に。
駆ける、追っ手を振り切る為に。
街の中の複雑になっている道を選んで逃げる。
「はっ、はっ、振り切った……?」
足音が聞こえなくなり、後ろを振り返る。
どうやら振り切ったようだ。
そう安心した時。背後から頭に強い衝撃を受けた。
「手間取らせやがって!」
「早く角を渡せ!」
持っていた角に見立てた偽物を奪われる。
「なっ!おい!これ偽物だぞ!」
「本物は何処へやった!」
「いっ……」
髪を掴まれ持ち上げられる。
角はもう何処にもない。弟の薬に全て使ったからだ。
だが、それを言うと、激昂したこの者達が何をするか分からない。
「ふふっ……角なら隠したわ。あなた達には絶対に見つけられない所にね」
「てめぇ……」
「やっちまえ!!」
それからは容赦なく、殴られ蹴られた。
それも耐える。
まだ、まだ耐える。女性は機を伺っていた。時折痛みに怯むような声をだし、耐えた。
そんな暴力が振るわれ、数分経つと、男の一人が聞いてきた。
「角は何処だ?」
「つぅ……」
「言え!」
「ひっ! い、言います! だからもう殴らないで……」
その態度に気を良くしたのか、男達は下卑た笑みを浮かべる。
「さぁ、何処にある?」
「に、逃げる途中に馬車の荷台に隠しました……」
「何!?」
男達は慌てる。
ここまで追い詰めてあと少しで大金を手にできると思ったら、それが遠のいた上に探すのが困難になったから。
その時に女性は追加の情報を渡した。
「ば、馬車は隣町まで行くものだった筈です……」
「本当だろうな?」
「本当です! 後で回収しようと思ってたので……事前に調べておいたんです!」
「……チッ、急ぐぞてめぇら!」
男達は急いで駆けていった。
さっきまで言った事が全て嘘だとも知らず、有りもしない麒麟の角を探して。
「うっ……」
痛みに悶えるが、時間もあまりない。
男達が角が無いことに気付くのも時間の問題。
それまでに、行かなければ。
対価を支払いに。
女性は傷む体を抑え、麒麟と出会った場所に着く。
麒麟は、同じ場所に居た。
女性は麒麟の前に跪く。
「もう、心残りはございません」
その身を麒麟に捧げるように、頭を垂れる。
【……貴様ら人間はおかしな生き物だ。美しい愛を持つ者もいれば、どうしようもない程に醜い心を持つ者もいる】
麒麟は見ていた。
角を授けた後の女性の行動を。
麒麟は興味があった。
人間という生き物に。
【何故、貴様はそうまでして弟を助ける? 大きな怪我をしてまで、苦しんでまで、弟を守る?】
それが分からなかった。
欲しい物は奪うという行為は、他の生物にも見られる事だ。まだ理解は出来る。
だが、あそこまで他者を助け、守る生き物を麒麟は他に見たことが無かった。
麒麟には理解出来ないそれが、人間の核心である気がした。
「……人間は弱い生き物です。どうしようもない絶望に折れてしまう、脆い生き物です」
女性は思い出す。
「私は両親を失った時、恐ろしい程の孤独に襲われました。自ら命を絶つ事も考える程に」
【…………】
麒麟はなにも喋らずに聞いている。
「その時、赤ん坊だったあの子に救われたのです。あの子のお陰で私は一人では無かった」
腕の中で笑うあの子に、どれ程救われたか……
「どうして弟を守るのか、でしたね。私はあの子に救われました。今度は私が助ける、それが姉として、家族として、当然の事です」
【……それが守る理由だと?】
「はい」
【生まれた親が同じ、という事だけだと?】
「はい」
結局、弟を一人にしてしまう私はやはり駄目な姉ですね、
と女性は思う。元よりこうしなければ弟の命は無かった。だから仕方ないとは言え、弟に申し訳なさが残った。
どうか、幸せに生きてほしい。
麒麟は更なる問答をしようとしたが、辞めた。
女性の目は真っ直ぐこちらを見ていた、最初と同じように。
今の言葉に嘘はない。
ならばそれが真実なのだろう。
【分かった。問答は終わりだ。対価を支払ってもらう】
「はい」
女性は目を瞑り、体から力を抜く。
麒麟に全てを差し出したのだ、命をも既に私の物ではないのだから。
【対価は貴様の全て】
「はい。貴方様のおかけで弟は助かりました。本当にありがとうございました」
【……今から貴様は私の物だ】
女性の頭上に輝く光が降り注ぐ。
すると、女性の全身にあった傷が全て綺麗に治っていく。
「これは……」
【これから貴様は私の眷属として生きてもらう。人の身から外れ、私と共に生きる事は悲しみも痛みも伴う、それでも私と共に来て貰うぞ。それが我が角を望んだ罰であり、対価だ】
麒麟の言葉を女性は最初理解が追いつかなかった。
命を取られるとばかり思っていた為だ。
そして少しずつ理解していくと、喜びの感情が溢れてきた。弟とまた会えるかもしれないからだ。
麒麟は目を少し逸らし、こう言った。
【この街に立ち寄る事は少ないぞ】
「それで構いません。私の全ては貴方様の物ですから」
そして女性は麒麟と共に往く道を決めた。その先の、希望を夢見て……
●●●
これで本は終わりだった。
……壮絶だな。
最後はハッピーエンドと言えなくは無いが、途中がなかなか……
まぁ、情報は手に入った。
麒麟の近くには女性がいた、という情報が。
この女性がライとメイの母親という可能性、無くはないだろう。
時系列で考えると、この話が本になるほどだから、大きなズレがあるがな。
全く情報がないよりマシだ。
「たっだいま〜!」
「おう、おかえり」
アリスが帰ってきた。
時計を見ると結構な時間が経っていた。
アリスの会合が終わる程に。
「あれ? その本、気になったの?」
「ん? ああ、まぁな」
まだ持っていた本をアリスが見てそう言う。
麒麟という点で既に興味があったからな。
「これ、いくらだ?」
「おー、買ってくれるんだね。えっと……500Gだよ」
安い、現実じゃワンコインだ。
500Gをアリスに渡す。
「まいど〜♪」
「それじゃ、俺は行くよ」
「はーい、また来てね〜」
そして、店番を終えた俺は店を出た。
日はまだ高い。
これから何しようかな?
本当に難しかったです。
何故チャレンジしたのだろう……