妹、メイ
「メイ、入るぞー」
「ん……兄さん?」
廃教会の奥部屋。
扉を開けると、ライとよく似た少女が粗末なベッドに横たわっていた。
やはりここもあまりいい環境ではないな。埃だらけだ。
「その人は……?」
「俺はハク、ライからお前の事を聞いてな。少し気になる事がある」
「ハクって言うんだな……」
あ、ライには名乗って無かったか。
まぁ、今はそれはいい。
聞きたい事とは、ライの話を聞く内に湧いてきた疑問だ。
俺がライから話を聞いた時、呪いのようだと思ったのだが……悪い予感が当たったか?
「メイ。この兄ちゃんは多分信用できるし、薬もあるかも知れない。だから少し話をしてくれ、無理はしなくていいからな」
「ふふっ……兄さん、そこまで弱っていませんよ」
辛そうに体を起こすメイ。
それを手で制しながら、声をかける。
「起きなくても大丈夫だ。話を聞くだけだからな。そして無理もしなくていい」
これでさらに体調が悪くなってしまっては困るからな。
「いえいえ、この……くらい大丈夫ですよ」
「……じゃあ早めに聞くぞ」
……恐らく兄に心配を掛けたくないのだろう。何となくの雰囲気からはそう感じた。
なら、ちゃっちゃと終わらせよう。と言ってもそこまで聞きたい事があるわけでは無いが。
「まず、体調は悪くなっているのか?」
「いえ、兄さんの薬を飲むと少し楽になります」
「薬…?」
ちらりとライを見る。
「街の下働きの仕事で稼いだお金で薬を買ってるんだ。一通り試して、一番効いた薬を続けて買ってるんだ」
「ふむ……なら、その薬とその名前は分かるか?」
「えっと、薬はまだあったと思う。名前は、『浄化薬』っていう名前だ」
浄化薬ね……
これは本格的に疑わないとな。
「メイ。痣が出てる場所はどこだ?」
何か関係があるかも知れないし、聞いておく。
「はい。背中から首の後ろ、です」
「そうか、少し見せてもらうぞ」
少し体を動かしてくれた、そして痣を確認。
やっぱりか……
「辛いのにありがとう。話はこれで終わりだ。ゆっくり休んでくれ」
「はい…」
「メイ、大丈夫か?」
「だから大丈夫ですって。兄さんこそ、ちゃんと食べていますか? また痩せましたね?」
「い、いやしっかり食べてるぞ? き、今日もお腹いっぱい食べた」
ライ、嘘がバレバレだ。心配させたくないのはいいが、目ぐらいは合わせろ。
とはいえ、メイは
本当に少し動くだけでも辛そうだ。
ライとの会話では笑ってはいるが、その笑顔は少し無理矢理のように感じる。
「ライ、これ持っとけ」
「これって……」
「ああ、ポーションだ。これをメイに飲ませるんだ。病気に効くかは分からないが体力は回復する筈だ。その間に俺は薬を買ってくる」
「お、俺も…!」
「ライはここに居ろ。その方が安心するだろう」
メイの方を向きながらそう諭す。
さっきの話を聞いた限り、メイだけの時間が多そうだ。
一人とは寂しい物だ。今までは仕方無かったのかも知れないが、今は必ずしもライが行かないといけない訳では無い。
メイの症状もある程度把握出来たし、予測も立てられた。
俺だけでも問題ない。
「う……分かった。絶対に戻ってくるんだぞ!」
「ああ、ここまでやって放り出したりしない」
流石にそんなに薄情じゃない。
〈クエスト発生!〉
〈双子の片割れを救え〉
クエストになったか。
まぁクエストだろうがそうで無かろうが、しっかり救うつもりだ。
「じゃあ行ってくる、大人しくしてろよ。ライ、お前も怪我したんだからな」
「わ、分かってるよ」
よし、行くか。
●●●
「おい。フェレス」
路地の端に少し隠れ、ウィジャ盤を取り出す。
これでフェレスを呼び出せる。
ウィジャ盤の上に悪魔であるフェレスが現れる。
ウィジャ盤を利用しているので、体は小さいがな。
「はいはい? 久しぶりに呼び出したと思ったら、なんだい?」
何処か含みのある笑みで話すフェレス。
「そういうのはいい。見てたんだろう?」
「あれ? 何で分かったのかな?」
やっぱりか。
コイツは基本的に信用してはいけない。
「メイの病。あれはお前ら関連の物だろう?」
あの痣からは悪魔の気配がした。
俺はどうやら悪魔の気配には敏感らしく、はっきりと分かったのだ。
フェレスが原因の物かは流石に分からないが、何か知っている可能性はあるだろう。
「失礼な! あんなのと僕を一緒にして欲しくないな」
珍しく憤慨したように、フェレスが声を荒げる。
「あの呪いをかけたのは劣等悪魔だね。僕らの完全なる劣等種と一緒にしないでくれないかい? それは人間と猿を比べてるような物だよ!」
「ああ、分かった分かった」
「全く、僕でも怒るよ」
劣等悪魔ね。
原因はソイツか。あとやっぱり呪いだったか。
浄化薬が効いたという所からも予想できた。
あとは婆さんに相談だな。
「じゃあなフェレス」
「呼んでおいてすぐに帰させるのかい?」
「どうせ近くに居るんだろ?」
「そうだけどね。こうやって呼び出されて顕現しないとしっかりとは見られないんだよ?」
「少しでも見れるんならいいだろ」
俺と契約する前にも俺を見てたらしいし。ある程度は見れるんだろう。
「えー、酷いね」
「お前ほどじゃない」
会話を打ち切り、
ウィジャ盤を容赦なくしまう。
よし、婆さんの店に行こう。
ここまで情報が揃えば何とかなりそうだ。
●●●
さて、割と直ぐに帰ってきた婆さんの店だ。
「婆さん。いるか?」
「あいよ、ってまた来たのかい?」
意外そうな顔をする婆さん。
「頼みがある」
「……何があったんだい?」
俺の真剣な顔を見て、婆さんは目を細めながら俺に質問する。
ここは単刀直入に言ってしまうか。
「婆さん。劣等悪魔の呪いに効く薬はあるか?」
「……これまた珍しい事態だね」
顔を少し顰める婆さん。
この反応だと、詳しく知ってそうだが……
「結論から言おう。その呪いを解く薬はある」
「なら売って……」
「話を最後まで聞きな。あるにはあるが、その薬はただ飲ませればいい訳じゃない。服用の際に複雑な手順が存在するんだよ、更に正しい手順を踏んだとしても回復率は五分五分。そんな代物さ」
……だが、それでも打てる手は打たなければ……
「はぁ……何故そんなに必死になるんだい? その呪いを受けたのはお前の知り合いかい?」
「いや、さっき初めて会った双子の孤児だ。その兄弟の妹が呪いを受けていた」
「……それだけかい?」
「ああ」
呆れたように、ため息をつく婆さん。
俺でも思うぞ、余りにも関係が薄いと。
だが、見捨てるという選択肢は無い。
クエストだからというだけでなく、せっかく出来かけた繋がりを捨てたくない。
俺の交友関係は主にプレイヤーか、俺の入れ墨の意味を知っている人だけだ。
だから少しでも知り合いを増やしたい。それが子供でも。
くだらない理由かも知れないが、俺はこの世界で余りにも敵が多い。
俺の入れ墨を見れば、街に住む殆どの人が俺に嫌悪感と敵意を示すだろう。
それはあの双子も一緒かも知れないが、恩を売っておけばそれも変わるかも知れないしな。
「……全く、お前もお人好しだね。救った相手から嫌われるのはかなり辛い物だよ?」
俺の考えを見透かしたような婆さんの言葉。
確かにそれは辛い事だろう。だが、
「それはその時考える」
あの双子を助けないとモヤモヤするだろうし、助けずに後悔するより、助けて後悔した方がいい。
「はぁ……仕方ない」
そう言って婆さんはゴソゴソと棚から大きな箱を取り出す。
随分としっかりした箱だな。
「この中にその薬が入っている。値段は150,000だ」
「たっ……!」
高っ!
嘘だろ? いや、呪いが解けるという効果から考えると妥当か?
払えなくは無いが……なかなかの出費だ。
いや、ここまで来て何を悩んでいる。あの双子を助けるんだろう。
今更自分の意志は曲げたくない。
「なんだい? 今更金が惜しいのかい?」
「そんな訳がないだろう」
直ぐさま取り出して、婆さんの前に置く。
婆さんは金が足りているか確認する。
「うん、確かにあるね。じゃあ行くよ、場所はどこだい?」
「ん? 婆さんも来るのか?」
別に婆さんが来なくても……
「じゃあアンタは薬の服用の手順を知っているのかい? ただ単に飲ませれば良いって物じゃない薬もあるんだがね?」
「……よろしく頼む」
大人しく案内しよう。
今回のサブタイトルは迷いました。
いろんな場面があったので……




