修練の日々 前編
ちょっと長くなってしまいましたので、前後編に分けました。
「重心を安定させるのだ。腕の片方はいつでも攻撃できるよう、軽く振りかぶった状態で維持。足さばきは滑るように、時に跳ぶように」
今、とても難しい事をしている。
アーツの『無常の構え』を維持したまま、動く為の修練なのだが、これが難しい。
『無常の構え』のアーツは発動していると体の感覚が鋭くなる効果があるので、感覚が少し冴える。
それで分かるのだが、無駄な動きをすると直ぐにアーツが解けてしまう。
老師の助言も参考にしつつやっているのだが、なかなか上手くいかない。
物凄く正確な動きが必要だ。
それを老師はあの速度で……正直、あそこまで使い熟せる自信が無い。
「ふむ……やはり直ぐには無理か……」
老師は呟く。
これを直ぐには無理です。
「反復練習あるのみ。常に自らの動きを意識し、無駄を無くすのだ」
構えを意識しながら、体を動かす。
ふー……
よし…今の所……あっ!
駄目だ。ゆっくり動かしていても構えが解けてしまう。
本当に練習を繰り返して構えを体に染みこませるしかない。
一朝一夕では物に出来ないな……
●●●
「今日の修練はここまで」
「……分かりました」
日が暮れてしまった所で、老師からそう切り出された。
現実時間的に考えてもそろそろログアウトして寝る時間か。
「ありがとう御座いました」
「また来るといい」
老師にお辞儀をしてから、道場を出る。
有意義な一日だった気がする。
老師も少し無愛想で厳しいが、いい人だった。
何より老師は俺の入れ墨を見抜いていたような気がする。
だが、敵意は無いと判断したのだ。
『見極めの眼』が使えないため敵意の判断が難しいが、俺自身の勘を信じる事にする。
多分、サリ婆さんと同じく、理解しているのだろう。この入れ墨の意味を。
年配の人とかは入れ墨の意味を理解している傾向が強いのかな。ありがたい事だ。
そんなことを思いながら、ログアウトした。
●●●
闘滅流に入門してから一週間が経った。
流石に一週間も通い詰めて、練習し続けると人間、上達する。
随分と構えを維持したまま動けるようになってきた。
老師からの助言で攻撃の動きも取り入れ始めている。
最初に見せて貰えたあの連続攻撃には到底及ばないが、最初に比べるとかなりできるようになった。
途中、「なんで俺はゲームの中でこんな修練をしているんだろう……」という思考に陥ったが、スキルはまだ使えないので仕方ないという事で納得した。
あ、そうそう。数日前俺の包帯がとれた頃、アリスが遊びに来た。
その時の様子はこうだ。
●●●
「老師~ ハクさ~ん」
いつも通り気楽な感じで来た。
真面目に修練に励んでいる俺を見てちょっとびっくりしてたが。
思ったよりも真剣にやってて驚いたようだ。
まぁ、俺も思ったよりも頑張っている自覚はある。
現実じゃ近くに道場は無いし、武道なんかもやって来なかったから、ちょっとこういう環境に憧れていた所もあるし。
何だかんだ楽しくはあるし。
その日は修練の合間にアリスと世間話をしていたのだが、その後、何故かアリスと老師の試合が始まった。
何と、アリスはこの道場の師範代らしい。
マジでびっくりした。本当に。
「私の場合は『気力操作』系のみの限定的な階級だけどね」
と、言われたが十分に凄い。
師範代は師範に代わって教える事を許された者。
そういう意味では、老師と同レベルの技の持ち主という事だ。
タダで情報を教えてくれたのは、門下生を増やそうとしたからなのかな?
どちらにせよ、タダで良かった。
話を戻すが、師範代として腕が鈍っていないかを、老師が判断するため、試合を行う事になったのだ。
アリスの獲物は二本の木製の短剣。
流石に本気の武器を使ってしまうと、道場が傷だらけになるためこうなった。
老師は勿論、素手。
だが、そんなこと老師には関係ない。構えをとる。
アリスも短剣を構える。
双方準備が整ったようだ。
「では……始め!」
最初の掛け声をお願いされたので、声を出す。
最初に動いたのはアリス。
アリスの足が僅かに発光し、飛び出す。
速い。老師に匹敵するほどの速度だ。
アリスはその勢いのまま、短剣を振るう。
当たるかと思ったが、老師はそれを最小限の動きで回避する。
老師は短剣を振りきった状態のアリスの体目掛けて拳を振るう。
だが、またアリスの体が発光する。
老師の拳が当たる。
アリスの体が吹き飛ぶ。
これは……終わったか?
そう思っていたのだが、アリスは空中で体をクルクルと回転させ勢いを殺し、着地した。見たところピンピンしてる。
「やっぱり、一筋縄じゃいかないね……」
アリスが呟く。
良く平気で居られるな……
俺は多分、あの攻撃を諸に食らったら動けないだろう。
アリスの体が発光したことに理由があるのか?
そんな考察を余所に試合は進む。
アリスは駆け回り、速度を保ったまま攻撃を仕掛け続ける。
反対に老師はその場から動かず、アリスの攻撃を捌き続けている。
このまま状況が変わらないのか? と思っていたが、アリスが仕掛けた。
道場をグルグルと回り、加速をつけ始めた。
だんだんと目が追い詰めなくなっていく。
かなりの速さだ。
老師も少し驚いたように、目を見開いている。
そして……
ダンッ!
という音と共に、アリスが老師に突撃を仕掛ける。
今までの加速もあって、最高速度だ。
しかも、音に反応してその方向をみたら、既に老師の体に二本の短剣の突きが迫っていた。恐ろしい速さだ。
流石の老師といえどもこれは決まったか……?
と、思ったが、老師はこれに反応して見せた。
攻撃に拳を合わせ、何と片方を粉砕。
「えっ!」
アリスから驚きの声が聞こえる。
あの短剣、訓練用の木製とはいえ相当硬いはずなんだけど……
それにかなりの加速度がついていたし……老師、本当に人間?
老師の攻撃がそこで終わる訳もなく、短剣が壊されて驚いた顔のアリスに目掛けて拳を放つ。
「ぐっ…!」
アリスの腕が発光し、老師の拳を受ける。
ギリギリ防御が間に合ったようだ。
最初の攻防の繰り返しのようにアリスが吹き飛ぶ。
だが、最初と違い、アリスは着地する直前に残っている短剣を投擲。
もうこれでアリスの手には武器は無い。
最後の足掻きか……
そう思っていた。
老師はその短剣を当然躱す。
そして、バキィッ!! という音の後。
アリスが老師の後ろに居た。
「なっ!」
これには俺も驚きの声を漏らす。
さっきまで、老師の正面にいたはずなのに……
さっきアリスが投げた短剣をアリスが掴み、老師の首に振るう。
「ふむ。なかなか良い」
老師が呟く。
老師は首への攻撃をしゃがんで回避し、アリスへ回転しながら足払いを繰り出す。
宙に浮かんだアリスに拳を放つ。
その速さは今までみた事の無い速度。腕がかき消えて見えない程の速度。
アリスは吹き飛び、道場の壁に叩きつけられる。
明らかにアリスの意識が無い。
試合は終了だ。
俺は急いでアリスに駆け寄り、事前に受け取っていたポーションをアリスに振り掛ける。
これで大丈夫だと思うが……
「うっ……」
アリスが目を覚まそうとしている。なかなか効果の高いポーションだな。
「加減はした。時期に目を覚ますだろう」
「は、はぁ……?」
加減とは?
何処に?
という質問は飲み込んだ。
厳しいのは今に始まった事では無い。
このポーションも老師から貰った物だし。
「最後の攻防。速すぎて殆ど分からなかったんですが……」
「……彼女は短剣を投擲した後、最大限の『気』を込めた足で急加速したのだ」
老師の視線の先を見ると、道場の床の一部が凹んで割れている。
踏み込んだ際にああなったのか……
速すぎて見えなかった結果、アリスがいきなり現れたように見えたのか。
凄まじい、試合だった。
にしてもどっちにせよ道場は傷ついたな……
へこみや、アリスがぶつかった壁にも罅が入っている。
目が覚めて悔しがるアリスを余所に、そう思う俺だった。




