救出と対処
side アリス
落ちていたハクさんを空中で受け止めた。
『千里眼』の水晶でハクさんが大変な事になってるのを見て、慌てて駆けつけたのだ。
ハクさんはボロボロだ。
私が最後に水晶で見た時点で全身火傷の状態だったのに、今は更に大量出血まで加わっている。
酷い状態だ。
それに……
「それで、君は誰なの?」
「僕かい? 僕は見ての通り悪魔さ」
悪魔か……
リリースから半年経った現時点でも数回しか確認されていない幻の存在だ。
まさかお目にかかれるとはね。
でも、それよりも聞きたい事がある。
「ハクさんをこんなにしたのが誰か、分かる?」
「……うん、君ならいいか。上に居る偉そうな女だよ。ま、今は僕の契約者に喉を抉られて見る影もないけど♪」
吹き出しそうな顔をしながら悪魔は語る。
上に居る偉そうな女……後衛の指揮を任されているアーゼ・フルーズか。
王女に忠誠を誓っている魔法使いだった筈だ。
「なるほど……それでハクさんに恨みを」
ハクさんが勇者と戦った時に王女も同席していたとの情報がある。
その時の出来事を曲解して恨みを抱いたのだろう。
「あ、僕もそろそろ限界だね。後頼むよ?」
「勿論、ハクさんは私の大事な常連さんだからね」
悪魔が黒い靄となってかき消える。
軽く流したけど、悪魔ってどういう事?
ハクさんが起きたらまた情報買わないと。
貯金まだあるかな?
ま、今はいいや。
まずはハクさんを降ろさないと。
この壁走りもずっとは無理だし。
「ここからだと……あそこかな」
一番近くの休める所を目指す。
私しか知らない諜報の為の隠れ家。
それは城壁の中にある。
あまり生活出来る場所ではないが、一旦休むくらいはできる。
そこにハクさんを預けたら、アーゼ・フルーズの元に行かなきゃね……
●●●
ハクさんを隠れ家に運んだ後、城壁を駆け上がる。
そして勢いのまま城壁以上に跳び上がり、高さを活かして周囲を確認する。
「……あそこかな?」
妙に人が集まっている場所がある。
時折回復魔法の光も見える。
「確定だね」
着地して、ゆっくりと見つけた場所に向かう。
「何者だ! ここから先は立ち入れ……アリス様?」
「ああ、うん。こんにちは。通してくれる?」
「は、はい!」
最初に兵士さん通してもらった後は勝手に道が出来ていった。
ヒソヒソと話が聞こえる。
「あれが……英雄アリス……」
「まだ子供じゃないか……」
「いや、あの見た目でも成人しているらしいぞ?」
ちょっと失礼な話だったので睨んでおく。
女性に対して年齢の話をする? 普通。
「街中での屍鬼出現したとき、最もモンスターを討伐した人物……」
「あの見た目に騙された奴は全員血祭りに上げられたらしいぞ……」
そういえば、そんな物騒な噂あったなぁ。
あながち嘘でも無いけど。
そんなこんなでアーゼ・フルーズの元に着いた。
「……街の……英雄が……何用…ですか…」
喉を押さえながら苦しそうに喋っている。回復魔法やポーションを使ってちょっと回復したようだね。
にしても……なかなか抉ったねぇ、ハクさん。
あれじゃ完治するか怪しいよ? アーゼ・フルーズはNPCだから死に戻りも使えないし。
声も変わるかも。
「君が随分と暴走したと知ってね。私の知り合いがさっき来た筈だけど、酷くやられたようだね。でも、因果応報というべきかな?」
「…何……を……!」
自分は悪くないと思っているのかな?
何から何まで君の思い込みなのに。
「見ていたからね。君が私の知り合い……ハクさんを殺そうとしたところも」
「…!」
「部下に命令して始末しようとしたんでしょ? それでハクさんを怒らした結果が、これだよ」
「あの……者…は……王…女様…を……!」
「それ、しっかり調べた? 部下からの報告を聞いただけだよね? さらに事実を君が勝手に誤解したんでしょ。君の王女様は全く危害を加えられてないし、ハクさんは勇者に喧嘩を売られただけ。勇者は真っ向勝負で負けたんだし、証人もかなりいる。いちゃもんはつけられないよ」
ハクさんに敵対的なのは大体NPCだし、あの場にはプレイヤーもいた。その人達に聞いたら全員勇者が負けたと証言したんだから間違いない。
懇懇と誤解を解くために説明をする。
だが、何時までも理解しそうにない。
駄目かなぁ。こういうタイプは他人から言われても何も理解しようとしない。
「はぁ……まぁいいや。王様にこの事を報告するしか無いかな。自分勝手な考えで戦場を乱したってね」
これでも結構顔も広いし、人脈も功績もある。
王様に直訴くらいはできる。
「……何……を……!!」
「君に言っても理解しようとすらしないし、仕方ないでしょ?」
本当はそんな面倒な事したく無いけど、今回の事は結構私も頭にきてる。ボロボロのハクさんは見ていて痛々しかったし。
「じゃ、私は行くからね。喉の事は……報いだと私は思うよ」
そう言いながら、踵を返す。ハクさんを治療できる場所に移さなきゃいけないし。
にしても……よくもここまでの負傷を与えられた物だ、とアリスは歩きながら思案する。
正直、アーゼ・フルーズは弱くない。
プレイヤーの基準で言っても強いだろう。伊達に後衛指揮を任されていない。
そのアーゼにここまで深手を負わせるのは、簡単ではない。油断があったとしてもね。
ハクさんがそれを可能にしたのは悪魔のお陰でもあるだろうが、強い執念の賜物だろう。
「いくら『痛覚耐性』のレベルが高くても、あそこまでの重傷ならかなり痛い筈なんだけどね……」
誰にも聞こえない程の声で呟く。
『耐性』はあくまでも『耐性』なのだ。『無効』ではない。
「…そん…な……事…が……!!」
瞬間、強い殺意をアーゼ・フルーズから感じる。
そして、魔力の動きも。
すぐさま振り返り、体中に仕込んでいるナイフを投擲。
数は五本。アーゼ・フルーズを中心に正五角形の頂点の位置に。
「『散魔陣』」
アーツ名を唱えるとナイフが陣を描き、効果を発動する。
このアーツは陣の中に居る存在の魔力を散らす事ができる。つまり、魔法使いに対して高い効果を発揮するのだ。
因みにナイフは使い捨ての媒体だよ。役目が終わったら自壊する仕組みになってる。
「……が……はっ……」
「普段の君なら難なく躱すんだろうけどね、その負傷では無理でしょ。これに懲りたら反省するんだよ?」
魔力が無くなると気を失う。
これ以上、アーゼ・フルーズは何も出来ないだろう。
威圧感を出し、アーゼを助けようとする他の兵士を牽制する。
もうこの指揮官は防衛戦に参加してはいけない。
自らの私怨で兵士を動かし、混乱を招いたのだから指揮官としては失格だ。
アーゼ・フルーズが前のめりに倒れ込む。
それを確認したらここにはもう用はない。
「じゃーね」
そう言ってアリスはその場から離れたのだった。




