元凶
今、俺は城壁に向かっている。
だけどある問題が生じている。その問題とは城壁の高さだ。
城壁の高さは軽く十メートル程ある。
どうやって登れば……
「君の今の身体能力なら余裕で登れると思うけどね」
「手段を考えてるんだが?」
「手段も何も、そのまま駆け上がれば良いじゃないか。それ位なら出来る人間も居るし」
壁を駆け上がれ、と?
そんな漫画みたいな出来るのか?
「やってみれば分かるよ」
無責任な。
まぁやってみるけど。
今なら何でも出来る気もするし。
「そこの男! 止まれ!! これ以上進ませないぞ!」
「……門の警備兵か。関係ないな」
俺は街に入りたいわけではない。
その門の上に居る奴に用があるのだ。
「喚いててうるさいねぇ、黙らせた方がよくない? 」
「……いや、いい。コイツらを相手しても意味がない」
むしろ、その間にアーゼ様とやらに逃げられたら堪らない。
無視だ無視。
それで、門が近づいて気付いたのだが案外城壁の壁は凸凹で登れそうだ。
跳躍し、壁に切迫する。
すかさず壁の凹凸に足をかけ、更に跳ぶ。
後はこれの繰り返しだ。体が殆ど壁に垂直になっている。
下で兵士が叫んでいるが変わらず無視。
どんどん駆け上がる。
この上に俺を殺そうとした奴がいる。
代償の事もあるし、時間もそうかけられない。
「急げ! 登って来るぞ!」
ん? どうやら気付かれたようだ。
弓兵や魔法使いらしき者達が、俺に向かって弓や杖を向けている。
「打てっ!!」
その声と共に魔法と矢が飛んでくる。
だが当たってやるつもりはない。
壁を蹴り、空中に身を委ねる。
上の兵士達がホッとしたような顔をしているのが見える。
このまま落ちるとでも思っているのだろう。
甘い。
余っているもう片方の爆発靴を起動させ、城壁の上まで飛び上がる。そして、体制を整え着地。
周りに広がるざわめき。躱されるとは思っていなかったのだろう。
アーゼは後衛の指揮を担っている、だから分かり易い所にいるはず……
「貴様ァ!! 何故生きている!」
「……見つけた」
明らかに装飾が違う服装、今までで一番強い敵意。
間違いない。コイツがアーゼだ。
「ついに見つけたねぇ。でもこのままじゃちょっとまずいよ?」
「……そうだな」
当然、周りの兵士は全て敵だろう。
どうやって仕留めるか……
「その者は罪深き罪人だ! 殺せ!!」
ふむ、この状況で包囲されたら俺にはどうしようもない。
囲まれる前に動く。
時間をかけると完全な包囲が完成してしまう。その前に仕留めてやる!
アーゼがいる場所に向かって走る。
その動きを見た一部の兵士達がアーゼの前に出て盾を構える。
鎧の装飾から精鋭っぽいな。
俺も重装備の兵士達相手に真っ向勝負で勝てるとは思っていない。
だから、実験も兼ねてあるスキルを使う。
そのスキルは『気力操作』
集中して気力を操る。
前にやった実験では一度使っただけでかなり消費してしまったが、今なら自由に使える気がする。
なぁ、悪魔。
「そうだね。そのスキルが一番強化されてるよ」
そういう事は早く言えよ。
走りながら気力を体の外に出して軽く操作する。
「う……?」
今、目眩がしたような……
まぁ、いいか。
操作してる時に気づく。
以前までは無色だった気力が、今は真っ黒だ。
だが、力は増している。
なら問題ない。
「ハハハハッ!」
拳に黒い気力を纏わせ、兵士の盾をぶん殴る。
すると盾が大きくへこみ、兵士が吹き飛ぶ。
「ぐぁ!」
兵士のうめき声が聞こえる。
戦闘不能にまでは行かなかったか……
だが、その盾は使えなくなっただろう。
それにまだ黒い気力が消えていない。
一度使ったら消費されて消えた筈なのに。
どれだけ強化されてんだよ。
どんどん兵士達を吹き飛ばしながら、アーゼに確実に近づく。
この高揚感! この優越感! 楽しい! 楽しい!
全員、全員! 仕留めてやる!
「さぁ! 邪魔者は全員蹴散らして、復讐しよう! 僕の契約者!」
「ハハハハハハハハハ!」
前に居る奴は、邪魔する奴は、全員仕留める!
その時、アーゼが動いた。
「全員下がれ! 魔法の準備が完了した!」
「「「はいっ!」」」
魔法を使うのか?
動かねぇと思ったらそんなことしてたのか?
「だが、今更関係ねぇよなぁぁ!」
魔法を打たせる前に仕留めれば良いだけだ!
丁度、魔法に巻き込まれない為か、邪魔な兵士共は退いた。
アーゼまでは一直線!
黒い気力を全身に巡らせる。
特に足に集中して強化する。俺が今出せる、最高速度でアーゼに切迫する。
もう半歩で、俺の拳がアーゼに届く。その時だった。
「フローズン・スピア 多重発動!」
氷の槍が大量に出現し、飛んでくる。
これは躱せないな……
氷の槍が俺の体を貫き、激痛が走る。
「かはっ……」
そして勢いのまま、城壁のギリギリまで押し戻された。
体に刺さっている氷の槍の数は八本。
控えめに言っても致命傷だな。
……俺は死んだな。これでは生き残れないだろう。
だが、
「……っ! ………!!」
「アーゼ様!!」
周りにいた兵士達がアーゼに駆け寄る。
そのアーゼは首を押さえている。
俺の手の中には血塗れの肉片が。
「アーゼ様!! 喉が!」
そう、魔法が当たる瞬間、喉を抉り取ったのだ。
それが可能だったのは黒い気力の力のおかげだな。
「言って無いのによく気付いたね。その力は物理干渉も出来るんだ。体から離れる程、飛躍的に弱くなるけどね」
「黙って…ないで…言えよ……」
「まぁまぁ、結果的に使えたんだから良いじゃん」
軽く動かした時、手で煽いだ時のような風を感じたのが理由だ。気づけてよかった。
「…………ッ!!」
アーゼが俺を睨んでくる。首から大量に出血しながら。
いい気味だ。完全に仕留められなかったのは残念だが、喉を失い、喋れない姿を見ると少しは気が晴れる。
「ガハッ……」
俺の口から血が溢れ出る。こんな所まで再現するとはな。
全身の痛みも洒落にならない。『痛覚耐性』が強化されてこれだ、強化されていなかったら確実に気絶してるだろう。
今も意識が朦朧として気絶しそうだし。
「包囲しろ! 絶対に逃がすな!」
「…………ハハハハハ」
副隊長らしき人物が指揮を執り始める。
このまま兵士達に殺されるのも癪なので、城壁の外に身を投げる。ここまで暴れられたら、満足だ。
体は地面に落ちていく。
「ハハハハハハハハハ!!」
満足感からか、アーゼに傷を負わせた達成感からか、笑いが止まらない。
巨狼の目の前からここまで来たんだ。
よくやった方だろう。復讐相手がまだ生きてるのは少し引っかかるが、やろうと思えばまだ機会があるだろう。
「ふふふっ。ここまでかな? 僕の契約者。君の大暴れが見られて僕は満足だよ」
「最後まで信用ならないな。お前は」
結局コイツがやったのは、俺の復讐心を煽っただけだ。
勿論、契約して力を貸してくれたのは感謝してるが。
「失礼だね。僕ほど他人の利益のために動く悪魔はいないと言うのに」
「……どうだかな」
軽く良い印象を与えようとしてる所だよなぁ。信用ならない所は。
意識が遠のく。この分じゃ地面に激突前に気絶しそうだな。
初めてのデスペナルティだ。
視界が暗転していく…………
その時、誰かに抱き留められたような感覚がした。
「全く、ゲーム開始して初めてのイベントがとんでもない事になってるね~。ハクさん」
ん……? この声…… アリス、か……?
そこで俺の意識は完全に途絶えた。




