契約による強化
巨狼がその口を勢いよく閉じる。
だが、そこには俺はいない。
ガチンッと音がする。あんなのに挟まれたらひとたまりも無い。
巨狼は若干驚いたような動きをする。
確実に仕留めたと思っていたのだろうか。
次に攻撃されたら躱す余裕はない。
さっさと『宣言』とやらを行おう。
『宣言』しようとすれば、自然と頭の中に言葉が浮かんでくる。これを言えば良いのか。
「『我が魂を差し出す。契約に従い、我に力を』」
声がいつもと違うな。声質は同じなのだが、あの悪魔が契約をした時みたいな響きの声だ。
「はははっ! これで君に力を与えられるし、僕も楽にこの世界に存在できる! さぁ、僕の契約者! 君をこんな目に遭わせた奴らに、目に物見せてやろう!」
悪魔が顕れ、俺の近くで叫ぶ。
それと同時に体から力が湧き出てくる。
ああ、気分が高揚する。
今すぐにでも暴れたいという欲求が溢れてくる。
「ふふふ、君をモンスターの群れに吹き飛ばした者の位置は分かっているよ? 教えようか?」
「今はいい! まずはこの狼からだ!」
この狼は俺の事を獲物と見なしている。
気に入らない。
「僕は手を出せないから、存分に暴れるといい」
「勿論だ!」
俺は巨狼に向かい疾走する。
体が軽い。いつもより遙かに速度が出ている。
「グルァアア!!」
巨狼は俺に噛み付くべく、口を大きく開ける
わざわざ噛み付かれる筋合いはないので、当然躱す。
悪魔の力による強化は凄まじく、余裕で回避が出来た。
「ハハハッ!」
思わず笑いが洩れる。
コイツの攻撃にはもう当たる気がしない。
躱した勢いで側面に移動する。
そして狼の腹に向かって蹴り上げる。
「ッ! グルァアア!」
クリーンヒットしたが、あまり効いていないようだ。
毛皮がかなり分厚い、俺の攻撃手段じゃ衝撃ぐらいしか与えなれないな。
なら、
「毛皮が無い部位を狙えばいいよなぁ!!」
「グルガァアアアアア!」
怒りのままに巨狼が突進をしてくるが、難なく躱す。
速度はこちらが上回っている。コイツの攻撃は俺には当たらない。その代わり俺の攻撃もなかなか通らないがな。
だが、それもこれで終わりだ。
突進後の乱れた態勢の巨狼は隙だらけだ。
跳躍し、背中に乗る。
「グル!?」
巨狼は驚いているが、関係ない。
巨狼の背を走る。
暴れる巨狼だが、その程度じゃ今の俺は振り落とせない。
そして、ついに巨狼の頭上に到着した。
頭は特に揺れが激しいがここまで来れば最早関係ない。
顔周辺の毛皮を掴み、巨狼の眼前に迫る。
「ハハハッ、ハハハハ!!」
自分の拳を巨狼の眼球にぶち込む。
巨狼が苦悶の声を上げる。
「グルルルァ!」
そういや、狼の苦悶の声ってどんな感じか分からねぇな。
ま、いっか。
「今、俺は楽しいからなぁ!」
眼球に突っ込んだ拳を引き抜き、もう一度ぶち込む。
その度に巨狼は鳴き声をあげる。
ああ。楽しいなぁっ!
「おっと、それ位にしといた方がいいよ。そろそろ暴れだしそうだ」
悪魔からアドバイスがくる。コイツもずっといるな。
まぁいい。十分楽しんだし、ここらで一度引こう。
腕を引き抜き、顔を蹴って距離をとる。
「グルル……アォオオオオオオオン!!」
俺が巨狼から離れた途端に遠吠えを始めた。
そして、巨狼の体全体から緑色のオーラが溢れ出す。
ボスの二段階目って所か?
さっきよりも強い威圧感を感じる。
だが、悪魔程じゃないな。
「ハハハッ! 第二ラウンドだ!」
「ん? あ~、邪魔者が来たよ」
邪魔者だと?
「てめぇ、一人で何抜け駆けしてやがる!!」
「作戦を守れよ!!」
「そうだぞ! てめぇ!」
パーティーがこちらに近づいてくる。
どうやら下がっていた前衛が戻ってきたようだ。
どうも、悪魔の特殊な空間にいたせいか、随分遅く感じるがこれぐらいの時間で戻るのだろう。
なんか好き勝手言われているがどうでもいいな。コイツらからは敵意も見える。だが、丁度良い。コイツらこの巨狼と戦いたそうだし、任せるか。
「おい! そのボスを仕留めるのは俺達だ! てめぇは引っ込んでろ!!」
「ああ、分かった」
「嫌だと言っても……え?」
願ってもない提案なのですぐに乗っかる。
なんか驚いていたが俺は忙しい。
速く後方へ戻りたいのだ。
「じゃあ、コイツ頼むわ」
キョトンとしているパーティーにすれ違いざまに声をかけ、前線へ向かう。
と言ってもそこまで距離は離れていないがな。
「悪魔! 俺を吹き飛ばした奴は何所だ!」
悪魔に聞く。
さっき言ってたのが正しいなら場所を把握している筈だ。
「場所は……移動してるね。だけど君の今の速度ならすぐに追いつくから問題ないか。君から見て若干左の方向にいるよ」
左だな。
全力で走る。
にしても、悪魔便利だな。簡易的なナビができるとは。
「それも、君が僕と契約してくれたお陰だよ。それがあるから僕は楽に存在できる」
そういや、さっきもそう言ってたな。
悪魔には何かしら制限があるのだろうか?
そろそろ前線に着く。
そこには普通に防衛戦に勤しんでいるプレイヤー、兵士がいるが無視だ。何所に何人いるのか、手に取るように分かる。『気配察知』のスキルが強化されているからだろう。
だからスムーズに避けられる。
「もうちょっとで視界に入る筈だよ。見た目は……君も見た事があると思うからいいよね」
見た事があるだと?
前線で戦っている人達の合間を縫い、時に飛び越えながら思考する。
俺の知り合いは少ない。
アリスは防衛戦にいないし、サリ婆は論外だ。
知り合いと言える知り合いはその二人くらい。次点でチンピラ三人組だ。勿論、論外。
誰だ? 悪魔は見た事があると言った。だから知り合いに限らないのか?
まぁ、行ってみたら分かるか。
すれ違う人達がギョッとした顔をしてるな。
急に黒いオーラ垂れ流してる不気味な悪魔を連れた男がきたら、驚くのも無理はない。
それに外套が燃えてしまったので今の俺は入れ墨が剥き出しになっている。
あ、体を見て思い出したが火傷だらけでもあったな。
悪魔の力で『痛覚耐性』も強化されていたからか、テンションがハイになっていたからか、忘れていた。
「あ、居た」
悪魔が呟く。
何所だ……!!
そこに居たのは防衛戦が始まる前、少し挙動不審だった周りの兵士と装備が違う女兵士。
その女兵士は俺を見るなり、顔を青ざめさせ、逃げだした。
確実にお前だな……!!
「逃がさないぞ!」
速度を更に上げ、女兵士に迫る。
女兵士はあまり足は速くない、すぐに追いつける。
「い、嫌……」
あ? 人を殺そうとしておいて、自分が危機に陥ったら「嫌」だと? ふざけんな。
「そうだよねぇ、許せないよねぇ。速く速く、捕まえて復讐しないとっ!」
「言われなくても分かってる!!」
悪魔の言葉を苛立ち混じりに返す。
もう少しっ!
足に力を込め、跳ぶ
「きゃああ!」
首を掴み、跳んだ勢いのまま地面に押さえつける。
同時に腕を掴み、動きを封じる。足の方も体重を乗せて完全に身動きを取れなくさせる。
「やっと捕まえたぞ……! お前、よくも!!」
「待って下さい!! お願いします、話を聞いて下さい! 私は命令されただけ何です!!」
何やら女兵士が必死に喋っている。
「いやぁ、やっぱり好き勝手言ってるねぇ。こんな奴の言うことなんか聞かなくて良いんじゃない? いくらでも嘘をつけるし。それに君の怒りは謝られた程度で収まる物じゃないでしょ?」
「そ、そんな!! お願いします許して下さい!! 私はアーゼ様に命令されただけなんです! 本当です! 信じて下さい!」
悪魔が女兵士の言葉を一蹴し、また女兵士が懇願を続ける。
悪魔の方は完全に面白がってるな。だが、謝られた程度で許せる程の怒りじゃないのも事実。
しかし、何も聞かないのも駄目だ。黒幕が居そうだしな。
話だけでも聞くか。
「アーゼとは誰だ?」
「えぇ、話、聞くの?」
「黙ってろ、まだ情報が聞けてない」
「じゃあ、情報が聞けたら?」
「……その時の気分次第だな。命かも知れないし、手足かも知れない」
「ヒュー♪ いいね、いいね! そう来なくっちゃ!」
「ひっ……」
女兵士が俺達の会話を聞いて悲鳴を上げる。
俺もなかなか残酷な事を言ってる気がするがそんなに気にならない。
怒りの方が圧倒的に勝っている。
高揚感が体を満たす。
この高揚感に飲まれないようにしないと、という危機感が少しだけあるな。
「……やっぱり簡単にはいかないねぇ……」
「ん? 何か言ったか?」
「いや? 何も言ってないけど?」
悪魔から何か聞こえたが、気のせいか?
今は尋問に集中するか。
「改めて聞く、アーゼとは誰だ?」
「こ、この防衛戦の後衛の指揮を任されているお方です……」
「なぜ俺を殺そうと画策した?」
「そ、それは……」
女兵士は口ごもる。
「答えろ」
極めている腕を更に強く締め上げる。
女兵士は苦しそうに呻く。
「ア、アーゼ様は、あなたを恨んでいるようでした……理由はあなたが最近、勇者様と王女様に絡んだからだと……」
「はぁ?」
また勇者か。何所までも邪魔をする。
それに絡んだ、だと?
絡まれたのは俺の方だ。ふざけんな。
さらに怒りが湧いてくる。自分勝手な事言いやがって。
「おい、そのアーゼはどこに居る」
「も、門がある位置の城壁の辺りに……」
「そうか、ならお前にもう用はない」
「えっ……」
女兵士の腕を力任せにへし折る。
「ああああぁあああ!!!」
「ハハハッ 痛いか? 俺が体を焼かれた時も痛かったぞ?」
今の俺はかなり残酷な事をしている。
なのに、不思議と罪悪感はない。復讐だからだろうか?
案外俺は無情なのか?
「腕一本くらいで何悩んでるんだよ~。こんなの君が受けた痛みに比べたら、安いもんだろう。君は全身を焼かれたんだよ? いくらスキルがあったからってかなりの痛みだったでしょ?」
「……確かにな」
やはりこの悪魔は信用ならないな。
ここぞとばかりに俺に復讐心を抱かせて、暴れさせようとしている気がする。
まぁそれが分かっても、調子に乗らないように気をつけるだけだがな。
関係ない人まで巻き込まないように。
それだけは気を付けるか。
「え~、そんなので良いの? 君が戦っていても助けようともせずに君を罵倒する連中もいるんだよ?」
「それは一部だろう」
悪魔の言葉を否定し、城壁の方を見つめる。
未だに痛がっている女兵士をそのままに、
俺は城壁を目指した。




