外法の契約
side とある女魔法使い
その女は城壁の上で、防衛戦の指揮を執っている。
後衛の攻撃を司る重要な立場故、その女魔法使いにはかなりの実権が与えられていた。
「あの忌々しい罪人め……」
女魔法使いはその整った顔を憤怒に染める。
先日入った報告を思い出し、その煮えたぎる思いを吐露する。
「王女様と勇者様に手を出しておいてただで済むと思うなよ……」
女はそう呟き、後衛の攻撃指揮に集中する。
密かに進めていた作戦の実行を心待ちにしながら。
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side ハク
「ぐっ……はぁ……はぁ……」
何とか生き残ったか……
何者かにモンスターの群れに弾き飛ばされた後、後衛の攻撃に巻き込まれた。
どうやって後衛の攻撃を凌いだのかというと、爆発靴を起動させ、モンスターの中に飛び込んだのだ。
要はモンスター達を盾にしたのだ。
これで何とか死は免れた。
免れた代わりに俺が今まで使っていた外套が完全に消滅した。外套も防御に使ったからな……ボロボロの外套でも無いよりマシかと思ったのだが、使って良かった。じゃないとこんな傷で済んでいないだろう。
「痛っつ……」
そう、当然俺も無傷じゃない。
全身に火傷を負っている。
丁度火の魔法に当たったんだろう。痛い。相変わらず痛覚耐性が働いていない。
「…………」
生き残ったと思ったら、ふつふつと怒りが湧いてきた。
何で俺がこんな目に合う?
俺は何もしていない。なのに……
一瞬、このゲームを辞めるという考えが生まれたがそれは却下だ。こんな目にあってたぬき寝入りなんて冗談じゃない。
「今度はモンスターか……」
後衛の攻撃で怯んでいたモンスター達がまた前進を始めた事を気配察知が捉える。
どうする? 戦線に戻るか?
だが、俺を殺そうとした奴がいる所に戻りたくは無いな。
悩んでいる間にもモンスター達は接近してくる。
気は進まないが、仕方ない。
急いで前衛の部隊に戻るか……
火傷だらけの状態で戦えるかは分からないがここにいると死ぬだけだし。
「グルルルル……アォオオオオオオン!!」
その純粋な殺意の咆哮に俺は思わず振り返る。
「嘘だろ……」
そこにいたのはあの巨狼。
よりにもよってコイツに目をつけられるとは……
さっきまでは生き残る気だったが、コイツに目をつけられたらどうしようもない。
「グルル……グルァアア!!」
巨狼の牙が迫る。
俺の動体視力でも辛うじて捉えられる速さだ。とても躱せる速度じゃない。
ああ、ちくしょう。
せめて俺をこんな目に遭わせた奴だけは見つけたかったな……
巨狼の牙が俺の体に迫り……
牙が止まった
何だ?
何が起こっている? 目の前で巨狼がピタリと止まっている。
周りを見れば、巨狼以外のモンスター達も止まっている。
これは……プレイヤーも止まっているのか?
遠目から見る限り、そのようだが……
「やぁ。どうだい? 君だけが動く空間は」
「!」
さっきまで周りには巨狼以外にいなかった筈だ。
なのに後ろから声をかけられた。
「そんな驚いた顔をしなくてもいい。何せ僕はずっと君を見ていたんだから」
聞こえてくるのは男なのか女なのか分からない声。
だが、背後から尋常じゃないほどの威圧感を放っている。
「ずっと見ていた? どういう事だ?」
冷や汗を流しながら質問をする。まさかこんな威圧感を放つ奴が居るとは。
「そのままの意味さ。君がこの町に来た時、僕の目に止まったんだよ。いやぁーそんなに業を背負った人間はなかなかいないからね」
業だと?
好感度マイナス500の事か?
何故その事を知っている? その事を話したのはアリスだけ……いや、ずっと見ていたとコイツは言った。
アリスの店にいたのか?
そんな事が可能なのか?
「あー……何か勘違いしてるようだね。君の疑問を解決するには僕の姿を見るのが早いだろう。振り向いてみたら? 君に危害を加える気は全く無いし」
振り向いて、か……
意を決して体を動かし、声の主を見据える。
「な……!」
「驚いたかい? 最近は結構減ったからなー」
そこに居たのは、人間でもプレイヤーが選べる種族のどれでもなかった。
悍ましいオーラを身に纏い、黒い翼と角を持ち、その顔には生気が感じられない、人型の化け物。
「僕達、悪魔は」
悪魔?
雰囲気的にも納得出来るだけの存在感がある。
とんでもない存在に目をつけられてしまった。巨狼以上の威圧感だ。
だが、そんな存在が俺に何のようだ?
俺は好感度と全身の入れ墨以外は普通の人間だぞ?
「……その悪魔が俺に何の用だ?」
「そうだねぇ。何の用かと聞かれたら、提案をするためかな?」
「提案?」
「そう、提案。君、今結構なピンチだよね? 今は僕が応急措置で凌いでいるけど、この空間も長くは持たないし」
確かにこの状態が解けると、俺は巨狼に丸かじりだ。
この悪魔のお陰でそうならずに済んでいる。
その点は感謝だ。
「本題に入るよ? 僕がする提案ってのは僕と契約しない? って話」
「契約とは何だ?」
「まぁ、簡単に言うと代償を払う代わりに僕が君に力を与えるっていう内容の契約だね。さっき言ったように君、このままじゃすぐに死んじゃうし。ここでただ死ぬよりは少しでも君をこんな目に遭わせた輩に復讐するのも悪くないと思うけど?」
「…………」
正直に言うと魅力的な提案ではある。
だが、問題はコイツを信じても良いかどうか、だな。
悪魔は古来より人を惑わす存在として有名だ。
「いやいや、確かにそんな奴も居るけど、契約内容を偽ったりしないよ。そんなことしたらこっちも困るし」
そうなのか?
「そうそう」
……完全に思考を読んでいるな。
悪魔ならそれ位出来てもおかしくないか。
「じゃ、肝心の契約内容について説明するよ? 内容を知ってから契約するかどうか決めればいいし」
悪魔はそう前置きしてから、説明を始める。
「まず僕が与える力についてだけど、簡単に言えば君のスキルの強化とか、補助だね。君のスキルの場合だとかなりの強化を見込めるよ?」
確かに、俺はかなり『身体能力上昇』に助けられている。それが強化されるのはありがたい。
この状況を脱せるかも知れないし。
「それで代償の方なんだけど……君の魂を少し貰う事にしようか」
しれっと凄い事言ってるぞ、コイツ。
「おい」
「安心して。少しって言ったとおり、本当に少しだから。命に別状は無いレベルだよ」
命に別状は無いレベル……ね。
契約内容だけ見れば、そこまで悪く無さそうだ。
どっちにしろ、このままだと俺は巨狼に殺されるし。
「君のその感情も晴らせるかもよ? 顔にはでてないけど、なかなか怒ってるでしょ?」
「……そりゃ、殺されかけたらな」
腹が立たない訳がない。
ここまで怒っているのも久しぶりだ。許さん。
怒りで言えばPK以上だ。
「おー。やっぱり僕好みの性格してるね~ 危害を加える敵は許さないタイプだ。だから敵がいる限り限界まで戦う……ふふふ。是非とも契約したいね」
「……はぁ、分かった。契約しよう」
どちらにせよ、このまま死ぬのは釈然としない。
最大限、暴れてやる。
「その言葉、待ってたよ! 《今、ここに契約は成った! 我と汝に繋がりを! 我に代償を! 汝に力を!》」
妙に頭に響く言葉が聞こえると、体の中に変な感覚がする。
なんか、こう、ムズムズする。
「よし! 今ので君と僕の間に繋がりが生まれた。これで君が代償を払う事を『宣言』すれば、いつでも僕が力を貸せるよ」
「そうなのか? 自覚はあまり無いが……」
そんなに変わった感じが……
《条件を達成しました。称号『悪魔契約者』を獲得。それにより特殊スキル『外法の契約』を取得しました。御武運を》
……いや、凄い変わったな。
システムにさえ、心配されたよ。
運営に優しい人が居るのかな。
「で、どうする? 僕の契約者。この空間を解くかい?」
「……いや、その前に二つ程聞きたい事があるんだが」
「なんだい? 僕は真面目な方の悪魔だからね。質問には答えるよ?」
悪魔の間で何を真面目と言うかは謎だな。
まぁ、それは置いておいて。
「まず、一つ目。力は宣言すれば使えると言ったがそれなら、いつ代償を払うんだ?」
「君が、力を使った後だね。使った時間に応じて代償を貰うよ」
ふむ、気をつけて使わないとな。
「二つ目、お前の存在についてだ。お前はずっと俺を見ていたんだろ? お前の存在を感知出来なかったんだが、悪魔って言う奴らは皆そんな事が出来るのか?」
「まぁ、そうだね。そもそもこうやって姿を表す事自体が特殊な場合だし、今回みたいなケースは稀だと思っていた方が良いよ?」
そうか……
なら、いきなり背後に顕れてブスリ、なんて事は無さそうだな。
「そうだね、基本的に悪魔達は興味がある事以外は無関心だし、その心配は要らないよ。君の場合は僕もいるし、尚更ね」
なるほどな。悪魔は気分屋なんだな
ていうか、もう言葉の会話要らないだろ、これ。
「じゃ、そろそろ限界だし、空間を元に戻すよ? 準備は良い?」
「そういえば、ここでもその力は使えるのか?」
「あ~、それは無理だね。この空間を作るの結構消耗してるし、君に回せる程、力の余裕は無いんだよね。この空間を解いた後じゃないと無理かな」
「……そうか、分かった」
その方がスムーズに動けたんだが、仕方ない。
未だに巨狼は大口を開けたまま固まっている。
その場所から少し離れたし、この攻撃は躱せるからそれで満足しよう。それだけでも十分すぎるし。
「それじゃあ、解除するよ」
悪魔の声と共にガラスが割れるような音がする。
そして、ついに巨狼が動き始めた。
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ステータス
プレイヤー名 ハク
状態 正常
SP 20/20
スキル
格闘術 気力操作 忍び足 逃げ足 スリ 脅迫 気配感知 身体能力上昇 痛覚耐性 見極めの眼
称号スキル
大罪人の息子 罪人の証 生まれながらの罪人 悪魔契約者
特殊スキル
外法の契約
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