突発クエストに登録しよう
昨日俺が筋トレをした西の森に来た。
ゴブリンを探す。
自分の身体能力が筋トレにより、どれだけ上がったか。
確かめる。
勇者と戦った時、思ったより身体能力が上がっていたからな。
ここらで、再確認しておこう。
比較対象となるゴブリンを探す事、数分。
「ギャギャ!」
見つけた。
少し奥に入ったら、普通にいるんだな。
何か、境界があるのだろうか?
今回は一匹だけだし、前よりも楽だろう。
前と同じく、奇襲を仕掛ける。
側頭部に蹴りを打ち込む。
「グギャァ!」
勢いよく、吹っ飛ぶ。
心なしか良く飛んでいる気がする。
にしても、コイツら。毎回毎回奇襲に気づかないよな。
察知能力が低いのか?
「グキャ……」
お、ゴブリンが復帰してきた。
頭から出血しているな。
やはり、筋力が上がっている。前は出血まではしていなかった。
更に追撃を仕掛ける。
ゴブリンに駆け寄り、下からすくい上げるように拳を叩きつける。
綺麗にゴブリンの顔面を捉えた。
「グギャぁ!!」
クリーンヒットだな。
ゴブリンが光となって消えていく。
あれ? もう終わった?
おかしいな。いくら一匹だとは言え、もうちょっと苦労するかと思ったんだが……
筋トレの効果か?
……筋トレは続けた方がいいな。
俺にとってかなり重要なようだ。
さて、
もっと奥に行ってみるか?
違うモンスターとも戦ってみたいし。
俺は、森の奥に足を進める。
●●●
森の奥に向かって、歩く事数分。
早くも、何かの気配を『気配察知』が捉えた。
何が居るのだろう。
気配が近づいて来た。気付かれたか?
「シャァァ!」
現れたのは、イタチ? のようなモンスターだった。
視界には、トビイタチという名前が表示される。
そのトビイタチは、俺を見るなり襲いかかって来た。
ゴブリンよりも遙かに速く跳びかかってきた。
「シャァ!!」
慌てて躱す。危ない。
ホーンラビットのように掴む事も出来なかった。
コイツは厄介だな。どうやって倒そうか……
悩んでいる間にも、トビイタチの攻撃は止まらない。
躱し続けるのも限界があるな……
ダメージ覚悟で迎え撃つか。
目も慣れてきたし、トビイタチが跳びかかるタイミングで、拳を合わす。
「シャァ!?」
合わせられると思ってなかったのか、トビイタチが驚きの声を上げる。
だが、勢いは止められず、俺の拳に当たる。
クリーンヒットし、トビイタチが吹っ飛ぶ。
思ったよりも軽いな。
この調子でどんどん当てていこう。
そこからは簡単だった。向かってくるトビイタチに合わせて拳を当てるだけ。
簡単だ。
「シャァ……」
トビイタチが力尽き、光となって消えていく。
その後に残されたのは、トビイタチの毛皮っぽい物だった。
後で婆さんに売ろう。
その後は特に問題も無く、何度かトビイタチやゴブリンと戦い、街に戻る事にした。
その道中、アナウンスが響いた。
《突発イベントが発生しました》
《街に迫るモンスターの群れが発見され、街の防衛が必要となりました》
《功績を上げた者には追加報酬が与えられます》
《防衛戦の参加登録は噴水広場にて行われます》
突発イベントだと?
それに防衛戦か……
そんな物があるんだな。面白そうだし、参加したいが俺が参加出来るのだろうか……
組合の時のように帰れと言われるかもしれない。
まぁ、取り敢えず戻るか。
街に戻ると、何となく空気が変わっていた。
何か……少し空気が暗いというか……
空気が暗い原因は街の住人の不安だろう。
こんな所まで再現するとはな、凄いな。
逆に、プレイヤーと思わしき人達は浮き足立っている。
功績を上げると報酬が貰えるという話だし、やる気が出るのも分かる。
そう言う俺もやる気はある。
参加出来るかどうか分からないだけで。
「突発イベントだってよ!」
「防衛戦か……楽しみだな!」
楽しそうにプレイヤー達が喋っている。
俺もそんな風に楽しんでみたかったな。
そんなことを思いながら、婆さんの店に向かう。
●●●
「かなりのモンスターの量だと聞いているから、参加を断られる事は無いと思うがねぇ」
婆さんの店に行き、モンスターの素材を買い取って貰った後に言われた言葉だ。
「そうなのか?」
「まぁ嫌な顔はされるかもしれないが、向こうも戦力はあればあるほど良いからねぇ」
なるほど、猫の手も借りたい状況だと。
そういえばこの婆さん、えらく落ち着いているな。
「婆さんは何でそんなに落ち着いているんだ?」
「ハンッ、今更モンスターの襲来程度で慌てたりしないよ! 何なら戦場に出たっていいが、もう若くないからねぇ。そこは若い者に任せるとしよう」
思ったよりもアクティブな婆さんだった。
伊達に長生きしていないということか。
「にしても、何で防衛戦の参加に登録が必要なんだ? 勝手に参加すれば良いだろう」
何でわざわざそんなことを?
「ああ、それは部隊の編成をするためだね。登録をした者達で部隊を作り、効率的に戦う為の措置さ。因みにこれに登録していない奴には、報酬が支払われない事になっている。まぁたまに例外もあるが、基本的にそうなっているよ」
登録しないと報酬が支払われないのか。
危なかった。もしかしたら登録せずに戦っていたかもしれない。
ていうか、そこまでしっかりアナウンスしろよ!
登録せずに参加する奴いるかもな。報酬を貰えないと知らずに。
「アンタも登録するんなら早くした方がいいよ。モンスターが襲ってくる時間もそう長くはないからね」
「分かったよ」
早速、行くか。
●●●
噴水広場には、多くの人だかりが出来ていた。
正直、広場の人だかりという状況に良い思い出はない。
さっさと登録を済ませよう。
どうやら列になっているらしく、なるべく目立たないように並ぶ。気休め程度だが、『忍び足』も発動しておこう。
『見極めの眼』も最大限活用し俺に敵意を向けている奴がいないか、警戒する。怪しく見えないよう、気を付けないと。
「そういや、あの勇者って奴はどうなったんだ?」
近くに並んでいる男達の会話が耳に入ってくる。
勇者の話題のようだ。
「ああ、罪人に負けたって奴か。何でもあの後、パーティーを組んだらしいぜ? 今は、森を越える事に躍起になってるんだとよ」
「まぁ、森を越えるとやれることがかなり増えるからな。強い武器を手に入れられたり、アーツも覚えられる物が増えるし」
「勇者も強くなりたいみたいだなぁ」
ヤバイ。勇者が力をつけて帰って来るかもしれない。
あの時は、勇者の経験不足のお陰で勝てたが次は分からない。俺も強くなった方が良いんだろうな。
モンスターを倒す為ではなく、勇者を倒す為に強くなるって……何処かのリベンジ系悪役かよ。
「次の方~」
俺の順番が来たようだ。
臨時で作られた簡素な受付だ。
「あなたは……」
受付嬢に軽く睨まれた。
やはり、もう組合内で情報は回っているか……フードも被ってるんだがな。
敵意も見えるが、そこまで強くはない為、スルーする。
「防衛戦に参加したい」
「……こちらの用紙に記入を」
紙が差し出される。
書かないといけないのは、前衛か後衛か、戦闘でメインのスキルは何か、どんなアーツが使えるか、などだ。
そこまで詳しく書かなくても良いらしいので俺は前衛と記入をし、メインのスキルを格闘術とした。アーツはまだ覚えて無いので無しと書く。
受付嬢はその用紙を受け取り、何かの魔道具を取り出す。
「こちらに手を置いて下さい」
言われた通りに魔道具に手を置く。
魔道具が少し光る。そして受付嬢が何かを用紙に書き込む
「これで参加が登録されました。モンスターの襲来予測は約三十分後ですのでその前には東門に待機となります。では健闘を祈ります」
全く心のこもっていない言葉を聞き、その場を後にする。
あの勇者がいつ来るか分からない場所にいつまでも居られるか。
三十分後にいつでも出られるように、準備をしておくか。
と言っても特にやることも無い。爆発靴のチャージは終わっているし、準備運動もトビイタチやゴブリンとの戦いの後なので問題無いだろう。
他に行く当てもないし、アリスの雑貨屋にでも行くか。
本日二度目だが、広場付近でうろうろしていたくない。
アリスが参加するのかどうかも気になるしな。
道も覚えているし、行くか。
●●●
アリスの店についた。相変わらず人気が一切ない。
「アリス。いるか?」
「いるよ~」
すぐに返事が返ってくる。
その声の方向を見ると、アリスが地べたに座り込み何かを見ている。
見ているのは……水晶か?
「それは?」
「ふふふ、これはね。何と『千里眼』のスキルが付与された魔道具なのだ!」
「それは……凄いのか?」
普通の魔道具と一緒じゃないのか?
それよりもインパクトのある奴はこの店に山ほどあるぞ。
「当たり前だよ! 魔法ならともかくスキルが付与された一品なんてなかなか出回らないんだから!」
「それはまた、何でだ?」
「スキルを付与するのはとっても大変なんだよ。まずトップクラスの『付与術』系統のスキルの持ち主と、その付与術に耐えられる媒体を作れる優れた生産者、そして付与するスキルを持つ人物、これだけの人材がいるの。普通の魔道具ならこんなに要らないんだけどね、スキルを付与するとなると話は変わるってわけ」
それでも成功する確率は五分五分だし、とアリスは続ける。
「それに、もしスキルの付与に失敗したらそのスキルを持っている人の熟練度が下がっちゃうから、協力してくれる人が少ないのも貴重な原因かな? だから大抵の人はダンジョンから出てくるのを待っている感じだよ。まぁこれはプレイヤーが作った品だけど」
一般には出回っていないという。
なるほど確かにデカいデメリットだ。熟練度が減るとは。そして、そのデメリットに見合う価格なのだろう。一般には出回っていない品を手に入れる人脈と資金。一体どれほどの物なのだろう。
「あ、入手手段を聞くのはやめた方がいいよ? 多分ハクさんの所持金余裕で全額吹っ飛ぶから」
アリスが情報屋の顔になった。
この話題はもう辞めよう。俺の財布が危ない。
「そういえばアリスは防衛戦に参加するのか?」
「私は参加しないよ? 追加報酬がちょっと気になるけど、参加するほどじゃないかな?」
「そうなのか?」
「それに、メタ的な事を言うとこのタイミングでのイベントって第三陣プレイヤー向けだと思うんだよね。だから、ハクさん達に譲るよ。それに一定の強さを持つプレイヤーは強さに制限がかかるし」
「そうなのか?」
「うん、やっぱり第三陣プレイヤー向けなんだと思う」
制限がかかってるのか。ということはそこまで難しくないかも。
ならそんなに緊張し無くてもいいかな。
「でも、そういう意識の裏を掻くっていうパターンも過去あったし、気をつけてね」
あの時は大変だったなぁ、とアリスは遠い目をする。
第二陣が入ってきて、イベントが発生して、最初は楽だと思ったんだけど……とかブツブツ言っている。
うん、気を引き締めよう。




