決闘
三段ジャンプを封印したが、二段ジャンプは封印していない。
まだ練習したいが、日が暮れる。
そろそろ町に戻ろう。
ここは見晴らしが良いので、町の城壁が見える。
今度は捕まらないと良いけど。
門を潜ったが捕まらなかった。
良かった良かった。毎回捕まってたら身が持たない。
でも、これからどうしようか……
のんびり観光でもするか?
このゲームは現実と時間が同期している。こっちが夜なら現実も夜だ。
たまに反転するらしいが、今は同期している。
つまり、これからログインするプレイヤーも増えるはずだ。
会社員とか、学生等だ。誰も彼も俺みたいに休みをとっている訳では無いという事だ。
人通りが増えればその分紛れやすくなる。
俺みたいな奴には丁度いい時間帯だ。
特に意味は無いが、噴水広場に行こう。
前に、ログインしたときは直ぐに逃げたからな。
それにあそこは、町の大通りが交わる広場。そこに行ってから何所に行くか決めよう。
噴水広場に近づくにつれ、装備をつけた人が目立ち始めた。
恐らく、ログインしてきたプレイヤーだろう。
戦士のような格好から、忍者の格好まで。
バラエティ豊かだ。
これなら、俺のフードも目立たないかも知れない。
噴水広場に着いた。
プレイヤーがどんどんと光から現れている。
やはり、ログインする人は多いな。
さて、これから何所に行こうか……
婆さんの店はここから東にある。
何所に行こうかな? どうせなら違うところに行きたい。
行きたかったのに……
「やっと見つけたぞ!」
面倒な奴に見つかった
●●●
面倒なのに見つかった。
なるべく見つからないように、動いていたのに……
時間が経ち敵意が薄れていたのか、『見極めの眼』で捉えられなかった。
そろそろ鬱陶しい。
「何だ?」
「ようやく見つけたぞ!この悪人め!今度こそ逃がさない!」
そう言って、俺の視界にメッセージが出現する。
《プレイヤーネーム ハルト からPVPの申請がありました。承諾しますか?》
PVP? そんなのあったのか?
でも、別に承諾しなくても良くね?
《申請を拒否します》
「なっ! 何でだ!」
「俺が申請を受ける理由が無い」
当たり前だ。
俺にメリットが一切無い。
《プレイヤーネーム ハルト からPVPの申請がありました。承諾しますか?》
また来た。
しつこいな。
「お前は俺が倒す!」
うるさい。
というか、本当に気取っている少年だな。
「お? 何だ? ケンカか?」
「やれやれー!」
「おい、あれ。勇者様じゃないか?」
「あ! 本当だ!」
まずいな。
広場にいたせいか、人が集まってきてしまった。
しかも、勇者の事を知っている者もいるらしい。
まずいな。何故なら
「勇者様と……あの人は誰?」
「勇者様が言う分には、悪人らしいぞ」
「そうなの? そんな奴やっつけちゃえー!勇者様ー!」
こうなるからだ。
こうなっては、俺に味方はいない。
そこらの子供さえも俺が悪だと思っている。
騒ぎが騒ぎを呼び人だかりが出来てしまった。
俺と勇者を取り囲むように。
「さぁ!観念しろ!」
勇者が意気揚々と叫ぶ
クソッ
これで逃げられなくなった。
もっと早く逃げていれば……
もう逃げられない。
PVPを受けるしか無いのか……
爆発靴のチャージが終わっていれば、跳んで逃げられるんだがな。まだ貯まっていない。
「はぁ……」
ため息をつきながら、PVPを承諾する。
《PVPを承諾しました。PVP中は装備を破壊されても復元されます》
復元されるのか。有難い機能だ。俺はまともな装備を持ってないけど。
「よし。今度は不意打ちは通用しないぞ!」
いつまでも、うるさい奴だ。
《十秒後、PVPが開始されます。九、八……》
カウントダウンが始まる。
剣と盾を構える勇者。
俺には、装備は無いし準備する物はない。
だが、そんなことはどうでも良い。
完膚なきまでにぶちのめしてやる。
俺も周りを伺うのは好きでは無い。ここで勇者に痛い目にあってもらえば、もう追いかけられはしないだろう。
やってやる。
《二、一、PVP スタート》
戦いが始まる。
●●●
まずは、勇者の攻撃だ。
最初のように右手の剣を振り下ろしてくる。
ワンパターンだな。
また、躱して手を殴るか。
「もうそれは見たぞ!」
どうやら読まれていたらしい。
勇者は手首を回し、剣を横に振るう。
俺は後ろに下がり躱す。
ふむ。どうやら成長しているらしい。
奴には剣と盾がある。更に鎧も。
だが鎧に関しては動きやすさを優先しているのか、所々防具がない。
そこを突いてやる。
俺は真っ直ぐ勇者に向かって走る。
勇者は盾を構えて、防御の姿勢だ。
てっきり迎撃してくると思ったんだが、思ったより消極的だな。
俺が素手なので舐めているのかも知れない。
後悔させてやる。
俺は思いきり踏み切って加速し、勇者が構えている盾を掴んで引き剥がした。
「な!」
勇者は驚きに目を見開く。力尽くで盾を引き剥がされるとは思っていなかったのだろう。
それとも、急な加速についていけなかったのかもな?
俺の筋力はスキルの恩恵によりかなり上がっている。
更に鍛えてきたので、ゲーム開始時よりも熟練度が上がりスキルの効果も高まっている。
勇者の反応を振り切り、恐らく鍛えていない勇者から盾を引き剥がすくらい簡単だ。
俺は空いた勇者の顔をぶん殴る。
「ぐはっ!」
俺は今までの苛立ちをぶつけるように更に追撃をする。
よろめいた勇者の喉に貫手で突き込む。
「かはっ」
これは堪えるだろう。
貫手は力が一点に集中するため、喉や目を攻撃するときに高い威力を発揮すると聞いたことがある。
『身体能力上昇』が無かったら突き指しただろうが。
「勇者様!?」
「負けるなー!勇者様ー!」
野次馬の声援が聞こえる。
そういえば、どうすればこの勝負は勝ちになるんだろう?
取り敢えずノックアウトすればいいか。
喉を突かれて呻いていた勇者は声援を聞き持ち直したのか、剣を振り回し牽制する。
流石にこれ以上の連撃は厳しいので、一旦下がるか。
「僕は、負けない!!」
勇者は剣を大上段に構える。なんだ? そのまま突っ込んで来るのか?
だが、その攻撃は俺の予想に無かった物だった。
「『魔法剣・光』!!」
魔法剣は俺も知っている。最初のスキル選択にもあった。
確か、属性に応じた効果を剣に付与するスキルだったはず。
勇者の剣に光が集まり、輝く。
まるで、物語のワンシーンのように。
やられる悪役は、俺って事か。
「やぁああああ!」
勇者が輝く剣を振り下ろす。俺と勇者の間にはそれなりに距離があるが……
光が伸び、迫る。
流石にこれは受けたら不味いだろう。
横に飛び躱す。
光は俺の横を通り過ぎる。地面には軽く切り傷が入っている。
「僕の剣から逃げられると思うなよ!」
勇者はまた、剣に光を集める。
厄介だな。遠距離攻撃をしてくるとは。
光を溜めきる前に進む。
「はぁぁ!」
勇者は光を溜めきると、今度は横凪に剣を振る。
剣の光を跳んで躱す。
「なっ!」
実は、二段ジャンプの練習でよく跳躍していたせいか、ジャンプ力が上がっている。だから、爆発靴を使わなくても助走無しで一メートルくらいは跳べる。
そのまま跳んだ勢いで接近し攻撃を仕掛ける。
飛び蹴りだ。
「ぐっ、効かないぞ!」
だが盾で防がれてしまった。
やはり、武器防具のハンデは大きいか……
また、勇者の剣に光が集まり出したので飛び退く。
盾を引き剥がそうと思ったが警戒されているのか盾を振られ、引き剥がせなかった。
どうする? 遠距離の攻撃は対応出来ない。ここには障害物もなく、防ぐ手立てがない。
どう攻略するか……
あの勇者のMPも無限では無いだろう。
勇者のMPが尽きるまで避け続けるか。
それしかない。
ここからは攻撃を考えず、避ける事に集中する。
避ける。それだけでもかなり疲れる。
いくら距離が離れているとは言っても、光の剣の速度は速い。
早く、MPが無くならないだろうか。
しばらく避け続けていると、
「何で当たらないんだ!」
勇者が額に汗を流しながら、叫ぶ。
そろそろか……?
「これで決める!!」
勇者の剣がこれまで以上に光り輝く。
決めに来たという事は、それだけ焦っているんだろう。
これを躱しきったら俺の勝機だ。
アレが演技ならお手上げだがな。
「うおおおお!!『光明剣』!!」
アーツか!
今までよりも太く速い光が、俺に迫る。
躱し切れるか……
全力で横に跳ぶ。
「ぐっ……」
左肩と顔の左頬に僅かに当たってしまった。
血が流れる。痛い。
何か最近、痛覚耐性が機能していない気がする。
「僕の全力の攻撃を躱した!?」
驚いているが、体の姿勢が乱れている。
チャンス!
全力で蹴り込みに行く。
盾で防がれるが、攻撃直後で踏ん張りがきかなかったのか、そのまま倒れる。
剣を持っている方の手を踏みつける。
「ぐあっ!」
よし、剣を離したな。
これで脅威はない。
盾は残っているが、間に合わないだろう。
思いっきり容赦なく顔を踏み抜くか。頭蓋骨すら砕くつもりで。
「や、やめてー!」
外野から何か聞こえるが、やめる気はない。
この機会を逃したら勝てないかもしれないからな。
ズゴンという音がする。
勇者の動きが止まった。勝ったか?
《おめでとう御座います PVPに勝利しました》
メッセージが浮かび上がる。
どうやら勝ったようだ。
何が勝利条件だったのだろう?
戦闘不能になったらか?
「くっクソ!!」
勇者が起き上がって悔しそうに地面を叩く。
PVPが終わると傷も治るのか。
俺の傷もいつの間にか治っている。
「勇者様!」
「ローズ……すまない、情けない姿を見せた……」
「いいえ!そんなことは御座いませんわ!」
何やら、身なりのいい少女と喋っている。
知り合いか?
「あのような、野蛮な人間に勇者様が負ける訳がありません! きっと何かの間違いです!」
酷いな、野蛮な人間て。
間違いなく、俺は勝ったぞ?
システムも認めている。
「そこのあなた! 勇者様に何て事を!」
こっちに突っかかってきた。
何て事を! って勝負だしな……
「そこの勇者の望み通り勝負してやっただけだぞ? その結果で文句を言われてもな」
「黙りなさい!」
うわ、怒ると話聞かないタイプの人だ。
面倒くさい。こういう人は嫌いなんだよな。
にしても身なりのいい服に喋り方。
こいつ、良いとこの娘さんか? 明らかに普通の街の住人じゃ無いだろ。
そんな人物と、知り合いって……
勇者は何をしたんだ?
「良いんだ。ローズ。僕は負けたんだ」
「勇者様……」
お、勇者が負けを認めたか。
まぁ逃げもせず普通に勝負して勝ったしな。これで駄々をこねられたら、勇者失格だろう。
さぁそろそろ爆発靴のチャージが終わるかな?
「おいお前! 俺は見たぞ!」
ん? 野次馬の一人が叫んでいる。
「お前は罪人だろう! そのフードの下の入れ墨を俺は見たぞ!」
見られただと? いつ?
勇者の攻撃が僅かに擦ったときか。
あの一瞬で見られるとは……
「罪人め!」
「罪人がうろついてんじゃねぇ!」
「勇者様に勝ったのも、イカサマをしたに違いねぇ!」
「そーだそーだ!」
「ふざけんな!」
面倒だな。暴徒になりかけてる気がする。
しかし参ったな……完全に入れ墨について気付かれた。
直接見た者は少ない事が小さな救いか?
だが、噂は広がるだろうな。街を歩けなくなるかもしれない。
店関連は既に半分諦めていたし、アリスと婆さんの店には行けるだろうからいいが、街を歩き辛くなるのは辛いな。
あれ? 俺勝負受けただけなのに何でこうなった?




