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八魔の意地

 陸戦最速は、一体どの属性魔術師か。


 重量を軽くし、風を大きく受けられる風属性か。

 全体的な筋力を大幅に強化できる火属性か。

 動きを効率化し、無駄を排せる水属性か。

 それとも、瞬発力に秀でた雷属性か。


 その答えに、議論の余地はない。

 魔術に詳しくない一般人ならいざ知らず、少しでも真面目に学んだ事のある人間ならば、誰もがそれを知っている。


 土属性。


 自身の重量を重くし、身体を硬質化させるこの属性こそが、単純な最高速度では、陸地という戦場において全属性中最速を誇るのだ。


~~~~~~~~~~


 砂流壁の表面を、砂埃が舞い上がる。

 壁の根元から発生しているそれは、徐々に大きさを増しながら、その大きさに比例するように速度を上げて頂上へと上っていく。


 砂埃を上げているのは、一つの集団。


 全身を重厚な鉄鋼の鎧に包み込み、両手には巨大なタワーシールドを持ち、代わりに武器らしい武器を一つたりとも持たない者たち。


 その正体は、土の八魔、石凪家が中核となった徹甲突撃部隊である。


「駆けろ! 駆けろッ! 駆けろッ!!

 我らは八魔が一つ、石凪家だぞ!

 戦場の先駆けとならずしてどうする!?」


 鼓舞するように、先頭に立つ一際大柄な鎧武者が叫ぶ。


 彼らは足を動かす事無く、滑るように砂の大地を移動していく。


 土属性魔術《地滑り》。


 一寸先の大地に干渉し、自身を引かせるという土属性における基本移動術であり、究極へと至るとまで称される魔術だ。

 その速度は、魔術の展開速度が極端に反映され、理論上、光速すらも突破する事が可能とされている。


 とはいえ、そこまでいくと流石に術者の身体が持たない。

 あくまでも、理論上の話だ。


 だが、それでもやたらと頑丈な土属性である。

 耐久度は全属性中最高であり、高速度領域で発生する衝撃に対する耐性も群を抜いている。


 加速力、機動力という点において難があるが、充分な助走がある上で直線を駆け抜けるのならば、他属性術者の追随を許さない。


「「「おおおおおおぉぉぉぉぉぉぉ……!!」」」


 知らず知らず、彼らから雄叫びが上がる。


 徐々に徐々に、少しずつ加速していた彼らは、やがて音速を突破し、それでも猶速度を上げていく。


 彼らを後押しするのは、祖国を愛する愛国心や軍に身を置いている者としての使命感だけではない。

 むしろ、もっと黒く濁った感情。


 彼らは八魔家。

 瑞穂において、存亡の危機に立たされている身の上だ。


 ふざけるな!

 我らこそが、今まで祖国を守ってきたのだ!


 そうした怒り。

 未だ、我らは健在なのだと見せつけるが為の奮起だ。


「見せつけてやれ、我らが武威を!

 踏み潰せ! 磨り潰せ! 圧し潰せ!!

 戦場を切り刻むぞ! 蹂躙せよッ!!」

「「「応ッ!!」」」


 砂流壁へと群がる異形の怪物たち。

 最大の脅威である真龍斎へと集中していた彼らは、下から上がってくる超重にして超速の人間砲弾に気付くのが遅れた。


 ぶちかまし。


 最高速度へと至った猪武者は、その全身が凶器である。

 武器を持つ必要もない。

 単なる体当たりで、相手は弾け飛び、肉片へと変えられる。


 獣も、鬼も、悪魔も、巨人も関係なく粉砕し、同じく頑強な竜さえも吹き飛ばしていく一般魔術師たち。


 戦場を縦断し、真っ二つにした彼らは最高速度を維持したまま通り過ぎる。

 機動力に劣るが故に、即座の方向転換が出来ないのだ。


 だが、それでも問題はない。


 後方から別方向から、似たコンセプトの突撃部隊が駆け込んでくる。

 後続部隊が突撃を終える頃には、反転して戻ってくる事が可能だ。


 数の暴力には、数の暴力を。


 八魔という優秀な血筋を確立させ、長きに渡って戦闘魔術師を英雄として祭り上げてきた魔道先進国、瑞穂統一国。

 その最大の強みは、圧倒的なまでの層の厚さだった。


 集団であっても、軍団ではない異形たちは、四方八方から殺到してくる下等な魔術師たちに、為す術もなく蹂躙され、戦場が千々に引き裂かれていく。


「国軍が上がって来たな。助かる」


 一番槍となって孤軍奮闘していた真龍斎は、一息吐く。


 跳ね飛ばされてきた竜の首を一閃し、返す刀で脳髄を貫く。


 孤立した敵を、弱った敵に止めを刺していくだけの、楽な戦場。

 それを作り出している国軍の者たちには、感謝するしかない。


「あとは、どれだけ耐えきれるか、という所だな」


 それでも猶、敵勢は膨大だ。

 美雲からの情報で、異界門の即時封鎖は難しいと連絡を受けている。


 となれば、もはや我慢比べだ。


 こちらが枯渇するのが先か、相手が枯渇するのが先か。


「嫌な話もあった物だな」


 顔をわずかに顰めた真龍斎は、刀を握り直し、国軍の損耗を抑えるべく敵陣の中へと斬り込んでいった。


~~~~~~~~~~


 別の場所では、異様な光景が広がっていた。


 出現した異形たちが、強きも弱きも関係なく、力なく落下していく光景だ。


 魔王級幻属性魔術《幻死》。


 それを受けた者は、例外なく思考が抜け落ち、精神が死に絶え、やがて連鎖的に肉体も滅びへと向かう凶悪な魔術。

 それを大魔力によって広域に作用させている者がいる。


《怪人》ナナシ。


 砂の上にぽつんと立つ黒い彼女は、流砂の処理が追い付かないほどの死体の山を築き上げながら、周囲の変化を感じ取っていた。


「やっとでありますか。鈍間(のろま)でありますなぁ」


 周辺に水気が満ち、日の光が大きく遮断され始める。


 水属性風属性混合暴走魔術《積乱雲》。


 その名の通り、災害の如き自然現象を引き起こす暴走魔術だ。

 何十人規模で行う儀式魔術の一種であり、同時に一度発動させてしまうと自然に消滅してしまうまで一切の制御の効かない、禁じ手の一つである。


 ナナシが見たところ、雲の大きさからして、数十人でも可能な儀式魔術を、出し惜しみをせずに何百人、下手すれば何千人という人数で行う事で極大化させているように思われる。

 規模は加速度的に膨れ上がっており、神話級の大災害へと発展する事だろう。


「水鏡も風祭も傘下を総動員しちゃって。

 好き者でありますなぁ」


 国防、というよりも単に使ってみたかったのだろう。

《積乱雲》は机上の空論であり、ごく小規模なものを実験室の中で使った事しかなかったのだ。


 なにせ、災害であり、制御不可能な暴走魔術である。

 守るべき物すらも破壊しかねないそんなものを、第三次大戦という破滅戦争を経験した人類が許容できるはずもない。


 故に、これまでは埃を被っていたのだが、今回は遠慮も躊躇もしなくて良いという大号令が発せられている。


 好奇心に駆られて、使用に踏み切る気持ちも分からないではない。


 やがて、周辺一帯が完全な闇へと閉ざされる。

 積み上がった分厚い雲によって、一切の光が遮断されたのだ。


 暴風が逆巻き、巨大な雹が暴れ回る。

 轟雷が駆け抜け、何もかもを粉砕させていく。


「……これは信頼の証と取るべきなのか、諸共に死ねと言われているのか。

 悩ましい所でありますなぁ」


 暴風はナナシを簡単に攫い、雹と雷は当たり前のように彼女にも襲い掛かってくる。


 嫌われているという自覚のある彼女は、それを躱し、叩き落しながら、風の流れを掴んで砂流壁へと降り立つと、ゆっくりと歩き始めた。


 巻き込まれて、一々対処の為に労力を割いていては面白くない。


 こんな場所からはさっさと退避するべし、と判断した彼女は、別の土地に向けて足を進めるのだった。


~~~~~~~~~~


 轟雷が響く。

 黒き稲妻が駆け抜け、敵勢を灰燼に変える。


 砂流壁に長い二本線を引きながら、美影は慣性を押し殺して一度立ち止まる。


「あちこち、奮戦してるね。

 大分、マシな戦場になってきたかな」


 瑞穂を駆け回っている内に、態勢を整えた国軍たちが各地で迎撃に上がり始めている。

 もはや、彼女が一人でカバーしている必要はないだろう。


 これで次の仕事に移れる。


 彼女に任せられた仕事は、その速度を生かして、各国の移動力に乏しい魔王たちを、戦力の無い土地へと送り届ける事だ。


 とはいえ、祖国の事を放置している訳にもいかない為、今まで後回しにしていたのだが、どうやらもう大丈夫のようだ。


 美影は、唇を小さく舐める。

 それが終わった後を夢想し、好戦的な笑みを浮かべる。


「頂を知ってから五年。

 そろそろ、手を届かせてみようか」


 勝算はある。

 だからこそ、挑む。


 雷気を滾らせた彼女は、これから訪れる甘美な時間を想いながら瞬発した。


 一瞬の雷光と共に世界へと飛び立ち、一拍遅れて轟音が鳴り響き、砂流壁が弾け飛ぶ。

 発生した衝撃波とついでのようにまき散らされた雷撃は、周辺に出現していた異形たちの悉くを駆逐していた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 石凪家のような一部のやつらに問いたい。 世界は刻一刻と変化を続けているというのに、なぜ自分達の立場が永遠に不変だと錯覚できるのだろうか? と。 何もかも自分等の思い通りにいく もしくは 自分…
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