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理不尽の暴虐

気付けば、日間ローファンタジーで一桁に……。


己で書いといてなんだが、何処に惹かれたのか気になっている昨今です。

『受験番号20013の方。演習場へお越し下さい。繰り返します。受験番号……』


 流れる放送に、刹那は閉じていた目を開く。


「……やっとか」


 視界に映る待機室の中には、誰一人として受験生はいない。

 つまり最後である。

 窓の外を見れば、世界が夕焼けに染まっている。

 随分と長い時間を待たされたものである。


「この恨み、試験官にぶつけても良いのだろうか」


 駄目なんだろうなー、と自分でツッコミを入れる刹那。


 刹那の念力打撃だと、軽いジャブ程度の気持ちで富士山が跡形もなく消し飛んでしまうレベルだ。


 開発云々ではあまり自重しない刹那であるが、直接的暴力は控えようという気持ちはある。

 なにせ、本気出すと地球がやばいのだ。

 冗談でも比喩でもなく。


(……他人の迷惑は、ちゃんと考えないとな)


 そう思考する程度には常識的なのだ。

 尤も、いざとなれば使う事を躊躇わないが。


 椅子から立ち上がった刹那は、長時間の着席で固まった身体を解しながら、演習場へと向かう。


「さって、どうやって戦ったものかね」


 超人の悩み、答えは見えない。


~~~~~~~~~~


 演習場は、円筒形のコロシアムの様な形をしている。

 演武の様な模擬戦を行う為の施設なのだろう。

 囲む壁の上には席が設けられており、観戦する事が出来るようになっている。


 今回は入学試験である為、全てが空席であるが。


 簡素な土の舞台に登場する刹那の姿を認めて、剛毅試験官は口の端を吊り上げる。


「ようやく来たな、雷裂 刹那」

「ようやくはこちらの台詞だ。

 順番が遅くなるようならそうと言いたまえ。

 全く、何時間も無駄な時間を過ごしてしまったではないか」

「……偉っそうだな、テメェ」

「すまないな。

 将来的には社会的強者の地位に就く可能性もあるのでね。

 今から芸風を整えておこうと思ったのだ」

「おい、五十嵐。こいつ、マジか?」

「私に振らないでくれませんか?」


 とんでもない珍生物を見た、という様子で剛毅試験官は、栞女史に話を振る。

 だが、彼女の反応はクールな物だ。

 雑談に構わず、事務的に話をする。


「これより実技試験を始めます。

 受験番号20013 雷裂 刹那さん。

 準備はよろしいですか?」

「いつでも構わないとも」


 不敵に応える刹那。

 スーツに裾の長いコートという出で立ちであり、とても戦闘を行う様な格好ではない。

 それに、魔術デバイスもない。

 魔術行使を補助する一種の演算装置であり、武器でもあるそれを展開させている様子もないのだ。

 中には、そういう流派も存在するのだが、大抵は弱小であり主流派ではない。


 資産家である雷裂の系譜である以上、貧乏で用意できなかった、という可能性もない為、好き好んで持っていない、あるいは展開していないのだろう、と気にしない事にする。


 それに、それで不利益を被るのは刹那本人であり、試験官サイドからすればどうでもいい事である。


「逆に訊きたいのだがね。

 そちらの火縄 剛毅試験官の準備は出来ているのかね?」


 彼もまた、着崩したスーツ姿のままであり、魔術デバイスらしき物を何も持っていないように見える。


「あ? 俺は良いんだよ。

 若造に本気を出すほど、俺は大人げねぇ事はしねぇんだ」

「では、言おう。準備をしたまえ」

「あん?」

「俺は、君に言い訳を許すほど優しくはないぞ。

 スーツだったから勝てなかった。

 魔術デバイスがなかったから勝てなかった。

 相手を舐めていたから勝てなかった。

 全ては本気を出していなかったから負けたのだ、と、そんな理由を与えてやるほど、俺は寛大ではないのだ」

「……言ってくれるじゃねぇか」


 無礼どころではない刹那の言い様に、青筋を浮かべる剛毅試験官。


 核兵器と同じく、《六天魔軍》が出来れば使われるべきではない兵器である以上、Aランク最上位魔術師である自分こそが、皇国を最前線で守ってきたのだというプライドがある。


 そのプライドを、目の前の小僧が平気で逆撫でしてきたのだ。

 怒りを覚えない筈がない。


「そこまで言うなら、やってやろうじゃねぇか。

 後悔すんじゃねぇぞ?」


 剛毅試験官は、そう言って、魔力を練り上げる。

 それに反応して、彼の手首にまかれた赤金色のブレスレットが燐光を纏う。

 直後、一際強い光と共に、圧縮されていた魔術デバイスが本来の姿を取り戻す。

 剛毅試験官の両腕、その前腕部を覆ったのは、赤金色をした手甲型のデバイスだ。


 一瞥した刹那は、即座に詳細を看破する。


 三ツ星工業製のオーダーメイド。

 魔術デバイスとしての性能はそこそこだが、頑丈さは折り紙付きという評判の会社だ。

 手甲型である事から、デバイスで殴ったり攻撃を受けたりという使い方を多用する前衛タイプの戦闘スタイルなのだろう。

 となれば、頑丈さが売りの三ツ星工業を選択するのは良い判断だろう。

 しかも、オーダーメイドという事は、通常よりも強固かつ性能も上と考えた方が無難だ。


(……《サンダーフェロウ》製だったら優しくしてやろうと思っていたのだがな)


 ライバル社製なら壊しても良いだろうか。

 そして、剛毅試験官の自宅に嫌がらせの様に宣伝チラシを山と送り付けてやろう。


 一人で頷いていると、高密度の魔力を纏い、拳を構えた剛毅試験官が口を開く。


「俺は寛大だからよ。

 負ける言い訳を許してやるぞ」

「ありがとう。

 では、採点官五十嵐。開始の合図を。

 それとも、もう始まっているのかね?」

「いいえ。では、準備はよろしいですか?」


 栞女史の問いかけに、二人は頷く。


「では、始めてください」


~~~~~~~~~~


 開始の合図はあったが、しかし両者は即座には動かなかった。


 刹那は単なる慢心で油断であり、先手は譲ってやろうという上から目線だが、剛毅試験官は違う。


「……あー、くそ。

 腹芸とか嫌いなんだ。直球に訊くぞ」

「今日の下着は、ヒョウ柄に金のモール入りだ」

「ンな事訊いてねぇ!

 って、それマジか?」

「興味があるのか。

 ホモか。

 話しかけるな。ホモがうつる」

「うつらねぇし、俺はホモでもねぇよ、ドアホが!」


 疲れたように溜息を洩らした剛毅試験官は、すぐに気を取り直して本題を訊ねる。


「お前は、炎城 刹那なのか?」

「ふむ。受験票を見ていないのかね?

 俺の名前は雷裂 刹那だった筈だが?」

「……そう、だよな。

 いや、変な事訊いちまった」

「まぁ、同一人物だが」


 さらりと続ける刹那に、唖然とする剛毅試験官。


「て、テメ……! なん、やっぱり……!?」

「あー、一応、こう言っておくべきか?

 お久しぶりですね、火縄 剛毅?

 正直、あまり覚えていないが」


 過去を割り切ったから忘れた、という訳ではない。

 単純に幼い頃の記憶である事と、もっと言えばその後のサバイバル生活が濃厚過ぎて、過去の記憶を思い返す余裕がなくて忘れてしまったのだ。


 だから、実は恨みもそこまで深くはないのだ。

 何が何でも破滅させてやろう、とは思わないし、面と向かって嘲笑ってやろうとも思わない。

 状況だけ用意して、あとは勝手に生きるなり死ぬなりしろ、というのが刹那の本音である。


「さて、ネタばらしは終わったな。

 では、かかってこい。おしゃべりの時間ではあるまい」

「チッ……。後で話聞かせてもらうからな」


 魔力の鎧を纏い直した剛毅試験官は、更に全身に炎を纏う。

 基本魔術であり、どの属性であろうと可能である身体強化に加え、火属性の身体強化術式を加えた物だ。


 火属性身体強化の特徴は、瞬発力の強化である。


 Aランク最上位の本気の踏み込み。

 剛毅試験官の足元がひび割れた直後、栞女史には彼の姿がかき消えたように見えた。


 激音。


 硬い物がぶつかり合う衝撃を伴った大音が響く。


「ン……だと……」


 拳を振り切った剛毅試験官は、驚愕を浮かべる。

 拳は確かに刹那の顔面を捉えている。

 刹那は微動だにしていない。


 攻撃が当たる前までなら、反応できなかったのだと思うだろう。

 だが、攻撃が当たっても、であれば?

 迫る攻撃に対して、防御も回避も必要がなかったのだと言える。


 剛毅試験官は、決して手加減をしていない。

 本気で、今の一撃で終わらせるつもりで拳を振るった。


 だが、その結果は、打倒するどころか、頬肉を歪ませる事すらできていない。


 まるで、刹那の体表面に見えざる壁があるかのように止められている。

 魔力を一切纏っていないというのに。


 それが故の、困惑。

 それが故の、停滞。


 刹那が、顔の前にある拳に触れる。


「ふむ。

 その停滞は、今度はお前のターンだぞ、というプロレス的な隙かな?」

「チッ……!」


 我に返った剛毅試験官は、即座に逆突きを叩き込み、その反動を利用しつつ、高速で距離をとる。

 やはり、刹那はびくともしていない。


「……テメェ、どうなってやがる」

「何か疑問かね」

「何で魔力も纏ってねぇのに倒れねぇんだよ!」

「それに答える馬鹿がいると思うのかね。

 模擬戦とはいえ、敵同士だぞ」


 呆れの吐息を漏らす刹那。

 疲れた、とでも言うように頭を掻きながら再度の吐息を漏らした彼は、指を三本、立てる。


「火縄 剛毅。君に三つの選択肢を与えよう」

「あ?」

「一つ。真正面から負ける。

 この場合、君の土俵、まぁ接近格闘戦を行う事になる。

 二つ。絶望して負ける。

 この場合、俺は何もしない。君が諦めて体力が尽きるまで、この場で仁王立ちをしていよう。

 三つ。理不尽に負ける。

 この場合、君は訳も分からず大地に沈む。

 あまり手加減が上手くないのでね。もしかしたら後遺症が残るかもしれない。

 さて、どれを選ぶかな?」

「テメェを倒して勝つに決まってんだろうがッ!」


 激昂の雄叫びと共に、剛毅試験官は再度の突撃をする。


 馬鹿正直に真正面からの全力を込めた物だ。

 普通なら、そんな事はしない。

 躱される可能性、防がれる可能性、カウンターの可能性、それらを考慮し、虚実を織り交ぜて戦闘を組み立てていく。


 だが、目の前の男は躱さないだろう、とある種の確信をしていた。


 刹那はおそらく自分の防御に絶対の自信を抱いている。

 であるならば、きっと受け止めると、そう考えたのだ。


 後先考えず、全ての魔力を振り絞っての一撃。

 この後に何もないからこそ出来る、全力。


 何か妙な予感を抱いた剛毅試験官は、最悪、この様な展開もあり得ると考えた為、栞女史に頼んで刹那の試験を最後に回してもらったのだ。


「思い切りは、良い。だが……」


 全魔力を振り絞った、間違いなく自分に出せる最大威力の攻撃が刹那に激突する。

 予想通りに、刹那は躱さなかった。


「惜しむらくは、圧倒的な力の差」


 そして、結局、彼の防壁を貫く事はできなかった。


「う……そ、だろ……おい」


 全力を出し尽くした剛毅試験官には、これ以上の戦闘行動は不可能だ。

 いや、もっと言えば、日常生活に支障をきたすほどの疲労である。


 最後の気力でなんとか倒れる事だけは防いでいるが、正直に言えば、今にも意識を手放したいほどである。


「さて、守ってばかりいるのも採点官に悪いか。

 一手ぐらいは、攻め手も見せんとな」

「っ、待っ……!?」


 Aランク最上位の魔術師が、まるで歯が立たない。

 その現実離れした光景に呆然としていた栞女史は、刹那の言葉に我に返る。


 今の剛毅試験官は、魔力を使い果たした無防備な状態だ。

 そんな状態で攻撃を受ければ、死にかねない。

 それを想像した彼女は、慌てて止めようとするが、それはあまりに遅過ぎた。


 刹那が腕を一振りする。


 氷結。


 剛毅試験官を中心に、半径三メートルほどの空間が凍り付いていた。


(……なんて、凍結速度……!)


 まるで場面が切り替わったかのような、瞬間凍結だった。


 栞女史も、魔術師の端くれである。

 学生時代から含めれば、多くの魔術師を見てきており、その中には凍結魔術を得意とする者も何人もいる。

 だが、その全てが及ばない。


 幾ら無防備であり、何の抵抗も出来なかったとはいえ、人間一人を一瞬で完全凍結させるほどの使い手など見た事などなかった。


「安心したまえ。

 最速で凍結させたからな。細胞は一切殺していない。

 丁寧に解凍すれば、当たり前の様に生き返るとも」


 何事もなく、いつもの光景とでも言いそうなほどに興奮も消沈もしていない刹那の様子に、栞女史は信じられない物を見る目を向ける。

 彼はそれに気付くも、まるで気にする事なく、続ける。


「さて、ではこれで試験は終了かな?

 試験官がこの有様では続ける訳にもいかんしな」

「は、はい。その……」


 何かを言い淀む栞女史。


「何か、言いたい事でも?」


 刹那が促せば、口の中に溜まった唾を飲み下しながら訊ねる。


「ほ、本当に、生き返る……のです、よね?」

「無論だとも」


 刹那は即答する。


「人間の解凍蘇生のノウハウがないというのなら、俺がしても構わんぞ?

 なぁに、幾度も愚妹を凍らせてきたからな。手慣れた物さ」


 夜這いを仕掛けてきたり、真正面から押し倒そうとしてきたり、と、何度も性欲に突き動かされた襲撃を受け、その悉くを返り討ちにしてきた。

 その中には、氷結させる事で動きを止めた物もあり、人間解凍の技術には幾らか覚えがあるのだ。


「……いえ、それには及びません。高天原には優秀な医者もおりますので」

「そうかね」

「……試験はこれで終了となります。

 結果は後日、郵送にてお知らせします。

 ……本日は、お疲れさまでした」

「ああ、君たちも一日、大変だったろう。お疲れ様。

 なるべく好意的に評価してくれる事を期待しているよ。

 では、さらばだ」


 軽く別れを告げて、刹那は堂々とこの場から退場した。


~~~~~~~~~~


 刹那のいなくなった演習場にて。


 栞女史は、暫く彼の消えたゲートを見つめていたが、やがて深呼吸一つで気持ちを切り替えて、氷の彫像と化した剛毅試験官を見遣る。


「……最後の意地で断ってしまいましたが、これ、本当に大丈夫ですよね……?」


 責任問題になったらどうしよう、と不安に思いつつ、彼女は端末を取り出し、救護室に一報を入れるのだった。


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