魔王 vs Sランク魔術師
書き終わっちゃったから仕方ないね!
魔王式水属性派生魔術《氷形城塞》。
リネットが杖を振り、魔力を周囲に撒く。
ここは海のど真ん中である。
わざわざ水分を生成するまでもなく、周辺に武器が大量に存在する。
魔力が浸透した海水が、彼女の意に沿って持ち上がる。
氷の塊となって、それらはリネットを取り囲んで積み上がっていく。
分厚く、頑丈な氷の巨城が洋上に出現した。
美影の速度と攻撃力の前では、半端な防壁では対応できずに簡単に突破されてしまう。
勝負を成り立たせるには、強固な防御を固めなければ話にならない。
天を衝く幾本もの尖塔の一つに、黒雷が奔る。
氷の造形を破砕して姿を現すは、今更のように限定を解除し、全身に黒雷を纏った美影だ。
「氷の城塞とは、うん、素直に見事だと褒めてあげようかな」
壮麗な城塞の姿は、芸術的センスを感じさせる。
イメージとしては、モンサンミッシェルのようだろうか。
全てが透き通った氷で出来ている為、幻想的な雰囲気を醸し出している。
隠す気がないのか、それとも囮なのか、城塞の中心部からはリネットの魔力が感じられる。
それが全体へと行き渡り、単なる氷以上の強度を実現させている。
「ついでに、再生機能付きかな」
観察している間に、美影の足が氷の中に飲まれ始めている。
見る見るうちに太腿の辺りまで氷に包まれ、周囲も檻の様に囲んで再生していく。
「ほっ」
固い氷を身体強化した脚力で粉砕した美影は、空へと飛び上がる。
眼下の氷城を見下ろす彼女は、虚空を足場に獣のように身をたわめる。
「取り敢えず、一発……!」
どれくらい固いのか、試してみる。
先程までの末端部と違い、よく魔力が行き届く中心部はさぞ頑強極まるのだろう。
好戦的な笑みを浮かべた彼女は、音を置き去りにして瞬発した。
一歩目から音速を突破した美影は、自らの身を砲弾として城塞へと突進する。
充分に速度が乗った所で体を反転、足を鏃にして城塞へと蹴撃を見舞った。
破砕。
幾枚もの城壁を突き破り、本丸にまで到達する。
だが、そこで止まってしまった。
クレーターのような粉砕痕が残っているが、それだけだ。
リネットの姿が、うっすらと氷の向こう側に見える。
彼女は、なにやら引き攣ったような表情をしていた。
「あっ、やば」
呆としていたら、急速再生していく氷に飲まれそうになった。
追撃の雷を置き土産に見舞いながら、離脱する。
「さて、どうしたものかな」
出方を見ようと滞空していると、城塞から魔力が放出された。
~~~~~~~~~~
「こっわ……」
氷の中に隠れたリネットは、離れていく雷を見ながら、引き攣った表情で呟く。
《氷形城塞》は彼女の最大防御術である。
鋼よりも猶頑健な氷の城壁を幾枚も重ね、更には中心部に近付けば近付くほど高速で再生していく性質を持っている。
籠っている限り、生中な事ではリネットまで攻撃が届く事はなく、それは現役の《ゾディアック》の面々からも太鼓判を押されている。
自信の傑作魔術だ。
そんな城塞の名に相応しい防御術を速度と強度任せで蹴り飛ばす、という馬鹿げた方法で突破しようとしたアホがいた。
美影である。
まともな人間なら、氷の強度の前に、氷の再生の前に、どうする事も出来ない。
つまり、彼女は人間ではない。
まさか、本当にそれだけで最終防衛ラインまで突破されるとは思わなかった。
あともう少し、助走が長ければ、確実に突破されていただろう。
「あの女、身体が金属でできているんじゃないんですの?」
実は、生家の技術と財力を使って、全身をサイボーグ改造しているのではないか、と割と本気で疑うリネット。
ともあれ、受けに回っていてはとてもではないが耐えられない。
防御を固めているからと安堵していては、攻め落とされてしまう。
今はまだ様子見をしているのか、美影は距離を取って気の抜けた雷撃を撃ってきている。
「ここで攻め切らねばなりませんわね……!」
出し惜しみせずにいく、と決意する。
全力で魔力を放出すれば、天地がそれに応える。
急激に一帯の気温が下降していき、氷点下へと至った海洋は、氷城を中心にして真白の大地へと変貌する。
更には、天には雪を大量に抱えた暗雲が立ち込めていく。
「行きますわよッ!」
魔王式水属性派生魔術《氷雨》。
本来、氷の粒を射出するだけの魔術。
任意の方向に打ち付ける雹のようなものだ。
だが、それをSランクの魔力で使えばどうなるのか。
氷城の周囲に、大小様々な氷塊が生まれる。
小さい物でも五メートルほどもあり、大きい物では十メートルすら超えている。
更に、それを形成し直す。
高天原で過ごしている内に無駄に鍛えられた魔力操作技術を惜しみなく使い、全ての氷塊が精緻な装飾の施された槍剣となって浮かぶ。
幻想的な氷の城を、一つとして同じ物のない無数の氷の刃が待っている光景は、実に美しいものだった。
その証拠に、美影が喝采を挙げている。
声は聞こえないが、手を叩いて笑顔を見せている以上、悪い気持ちは抱いていないだろう。
この様な事をした事に、意味はない。
はっきり言えば、形成し直した分だけ労力の無駄でしかない。
ならば、何故そのような事をしたのか、と言えば、ひとえに遊び心である。
リネットの知る限り、魔王の先人たちは戦闘の最中にも自身の美学を貫く事を欠かさない。
彼らは勝って当然であり、だからこそそれ以上を求めるのだ。
その拘りは常人には理解しがたい物かもしれないが、同じ場所を目指しているリネットは、同じように拘りを持たなくてはならない。
無様な、泥にまみれた勝利であってはならないのだ。
それが、この氷の芸術である。
リネットが杖を振り、その先端で美影を指し示す。
瞬間、壮麗な刃列が彼女へと殺到した。
美影は瞬発して距離を取ると、両手を合わせる。
合わされた両手が開かれると、そこには二本の黒雷の刃があった。
魔王式雷属性魔術《龍刀・雷迅》。
黒雷を圧縮した双剣を握った美影は、殺到する刃群へと立ち向かう。
粉砕。
すれ違う端から、氷の破片が散っていく。
美影の刃によって、断ち折られていっているのだ。
「なんて几帳面な……」
見事な剣舞を披露する彼女を見て、リネットは呆れ果てる。
直撃コースの物だけ対処すれば良い物を、美影は躱し、あるいは当たらない刃まで、全て圧し折っているのだ。
意図は理解できる。
おそらくは、通り過ぎた刃が再利用され、背後から襲われる事を危惧しているのだろう。
だが、あまりにも馬鹿げている。
圧倒的速度を持つ彼女でなければ、確実に行動が追い付かない芸当だ。
このままでは突破されてしまう。
リネットは杖を掲げ、更なる術を発動させる。
魔王式水属性派生魔術《氷鉄槌》。
氷城の直上に、巨大な直方体型の戦槌が形成される。
「少し手抜きですわね」
密度高めにして、重量と強度を大幅に向上させた武器。
代わりに、少々、造形が手抜きになってしまった。
若干、不満があるが、造り直しているだけの猶予はない。
戦槌を振りかぶったリネットは、機を見計らって振り下ろす。
「むっ」
氷刃を巻き込みながら頭上を覆う戦槌に、美影は雷刃を突き立てる。
それは、判断ミスだった。
回避も可能だったというのに、彼女は迎撃を選んでしまった。
美学を曲げてまで強度を優先させた氷塊を切り裂くには、雷刃は力不足であり、表面に僅かな切れ込みを入れるだけで精一杯だったのだ。
戦槌の打撃を受けながら、美影は氷の大地へと沈む。
直後、黒雷が弾ける。
「あー、ちべたい!」
雷刃に圧縮していた黒雷を解放し、その威力を以て戦槌を粉砕した美影は、舞い散るダイアモンドダストの中で全身に黒雷を纏う。
電熱を発生させ、極地並みにまで下がりつつある気温へと対抗する。
リネットの猛攻は終わらない。
氷の大地が罅割れ、トラバサミの様に美影を挟み込む。
宙を蹴って空へと逃れた美影だが、その周囲に風が吹いた。
吹雪が発生する。
粉砕されてきた氷の破片が、強度を増した状態で混ざっており、その鋭利さで彼女を切り刻もうとする。
美影は、包み込もうとするそれを、周囲への無差別雷撃で弾き飛ばした。
「やる事が多彩な事だね」
とはいえ、この時点で相当な魔力を放出している。
もう残存魔力はそう多くないだろう。
あと一手か二手くらいで攻勢は終わるだろう、と美影は見た。
その予想は間違っていない。
リネットは自分に有利なフィールドを形成する為に、大半の魔力を使用している。
この攻勢で押し切れなければ、彼女の敗北は決定的だろう。
故に、切り札を出す。
しんしん、と、天を覆っていた暗雲から雪が降り始める。
それを認識した美影は、楽し気に笑う。
「さて、単なる自然現象とは思えないけど」
何が飛び出すのか、と思いながら、再形成した雷刃で振り払う。
振り払おうとした。
「なんと……!」
氷結。
雪に触れた雷刃の表面に、結晶のような氷の華が咲いた。
言うまでもない事だが、雷刃は発生する電熱によって超高温である。
凍り付くなどあり得ない筈だが、驚く事にそれを成している。
危険だ。
水属性派生オリジナル術式《氷結結界・花園》。
氷の華が咲き乱れる。
広域に舞い落ちる雪の密度は高く、もはや逃げる事はかなわない。
「うわわわっ、これはやばいよ!?」
なんとなく余裕のある様子で慌てながら、美影は美麗な花園の中に埋もれて消えていった。
その結果を、リネットは氷城の中から確認していた。
「……っ、ぷはぁ! はぁ。これで終わって下さると助かるのですが」
急激に魔力を放出した事で肩で息をしていた彼女は、荒れた息を整えながらそう願わずにはいられない。
氷結結界を躱す隙もないほどの密度で超広域に展開した事で、ほとんどの魔力を消費してしまった。
水平線まで続く氷の花園は、大変に美しく、中心に鎮座する氷城と合わせてとても幻想的であり、リネットの芸術的センスでも満足の出来栄えだが、二度としたくないと思う。
少しでも魔力を回復させようと、瞑想する。
彼女は、願いとは真逆に、これで終わりではないと判断していた。
その証拠に、花園の中から鮮烈な魔力がいまだに感じられる。
氷華を砕いて、天に向けて黒い雷が打ち上がる。
暗雲を貫く黒い柱は、いつまでも終わらない。
「っ、大層な魔力放出ですわね!」
城壁の中に隠れていてさえ、竦み上がる様な圧を受ける。
瞬間的な魔力放出量では、Sランクの中でも随一だろう。
黒雷は暗雲の中で拡散し、雪雲を雷雲へと塗り替えていく。
やがて、柱の中から少女の姿が現れる。
氷華を踏み砕きながら、彼女は快活に笑う。
「フッフッフッ、フハハハハッ、いやー、油断した油断した。やるじゃあないか」
全身にこびり付いた氷片を溶かし落としながら、油断ならない覇気を迸らせる美影。
リネットは、即座に雪の竜巻を形成し、槍の様に突き立てる。
迫る渦巻に、美影は拳を構えた。
「そいやっ!」
連打する。
音速突破する拳の連撃は、無数の衝撃波を生み出し、渦巻の推進力を強引に圧し潰す。
「化け物ですわね!」
力技の対処に舌打ちしながら、リネットは海水になけなしの魔力を通す。
氷原を貫いて、数百メートルはあろうかという巨大な剣が起立した。
「斬・陸・剣ッ!」
なんて言いながら振り下ろす。
「よい……しょぉ!」
対する美影は、回し蹴りでもって迎撃する。
その一撃で、大氷剣に大きく罅割れて刃こぼれし、押し返される。
高密度型ではないとはいえ、生身の体術で大質量を砕く現実に、リネットは現実逃避したくなった。
(……やはり金属でできているのでは)
疑いは深まった。
次なる一手を放とうと魔力を練り上げる。
だが、その前に美影が行動を始めた。
「剣戟のお返しは、やっぱり剣戟だよね!」
片腕を空へと掲げる。
立ち上っていた黒雷が消え、代わりに天から蒼雷を纏った暗雲が降り注ぐ。
その光景を見て、リネットは茫然と呟く。
「うそ……。そんな馬鹿な事が」
彼女は、天を衝いていた黒雷の意味を、今更ながらに理解したのだ。
術式の上書き。
魔術の乗っ取りだ。
(……そんな事が可能だなんて!
いえ、しかし、この国にはかの魔王がおりましたわね!)
他者の魔力を吸収し、自身の魔力を上乗せして殴り返すという、常識外れの技術を持った前代未聞の達人、《流転》菊池武。
彼の技をもってすれば、そのような事も可能なのかもしれない。
だが、それをまさか美影が使えるなどとは想像だにしていなかった。
収束した蒼雷は美影の手の中へと吸い込まれて行き、暗雲ごと一本の剣へと成形される。
晴れ渡る青空。
その下で、神話の如き刃が生まれていた。
「うわっ、あれは無理ですわ……」
あれは駄目だ。
リネットは、直感した。
自身の大半の魔力と、美影の巨大な魔力が混ざり合い、一点に集中した代物なのだ。
その威力は想像を絶する。
「真龍斎爺様、見様見真似ッ!」
魔王式水雷属性混合魔術《霜雷一閃》。
両手で握りしめ、大上段に構える美影。
リネットは残るほとんどの魔力を賭して、城塞に更なる防壁を追加する。
気休めだが、目くらまし程度の役目はこなせる。
自分が対処しようとしている、と思わせる事はできる。
「一刀! 両・断・剣ッ!」
刀術の達人たる《千斬》の動きをトレースし、美影が最効率にして最大最速の力で降り抜いた。
解放された威力が走り抜ける。
氷原を切り裂き、水平線の向こうまでも切り伏せられた。
黒雷の一閃が海を割り、白霜がその爪痕を残すように周囲の海を凍り付かせる。
最大防御を整えた氷の城塞も、一切の抵抗を許されず、真っ二つに両断されてしまった。
だが、そこにリネットはいない。
防ぎきれない、と直感した時点で、彼女は城塞を放棄していたのだ。
頭上に影が差した。
美影が天を仰げば、空から落ちてきたリネットがいた。
最後の魔力を振り絞って、最後の賭けに出ていたのだ。
「最後の勝負ですわッ!」
リネットの凍結能力は、自身に近いほどに強力になる。
故に、最も威力を発揮するのは、密着状態である。
単なる自然落下。
その速度は然程ではなく、回避する事は美影ならば可能だった。
だが、逃げる事は許されない。
これは死闘ではなく、試合なのだ。
勝負を挑まれて逃げる事は、許されない事だ。
何より、先達としての意地として、彼女自身が正面対決を望んだ。
抱き合う二人。
「凍りなさいッ!」
「焼いてあげるよッ!」
魔王式水属性派生魔術《永劫之棺》。
魔王式雷属性魔術《万雷招来》。
密着状態から、極大の魔術が衝突した。
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咲き誇る華のように、幾重にも巨大な氷の壁が連なった世界の中心に、一人の少女が立っている。
「いやいや、本当にお見事だよ」
美影だ。
彼女の足元には、焼け焦げたリネットが横たわっている。
意識はないが、魔力欠乏と雷撃によって気絶しているだけだ。
命に別状はない。
一方で、美影は大分傷が目立つ。
半身が凍り付いており、更には右腕が根元から砕けて失われていた。
「全く。格上に挑むからって、本当に殺す気で来る奴があるかって話だよ」
美影は四肢の欠損程度は問題としないが、それは兄や母という人智を超えた治癒術者がいるからだ。
通常の人間なら、場合によっては第一線からの引退すら考えるほどの損傷である。
凍っている事で丁度よく血止めになっている為、右肩付近の氷結だけを残して、残る部位を電熱で解凍する。
勝負がついた事を見て取ったのだろう。
遠くから、迎えの船の汽笛が聞こえてきた。
「あーあ、疲れたー。
正面対決とか、ほんっとにやってらんねー
受けるんじゃなかった」
馬鹿馬鹿しい、などと、敵として最大級の賛辞を呟き、彼女は気絶しているリネットを拾い上げて、汽笛を鳴らした船に向かって跳躍した。
広域に渡って凍り付いている為、中心部にいる二人の近くまで寄せる事が出来ないだろうと、判断したのである。
勝者――《黒龍》雷裂美影。
これから次話を書き始める。
定期更新に間に合うだろうか。
更新が無ければ、作者が根性見せやがらなかったと舌打ちしてください。




