摩訶不思議生物
スーパー短し。
いつもの半分くらい。
「「ハハハッ、油断してしまったね。いやいや、ここは君達の健闘を褒め称えるべきかな?」」
頭上で、軽快に笑いながら言う、その生き物を視認しながら、ゾディアックの面々は頭を抱えたい思いを共有していた。
自分たちは果たして何と戦っているのだろうか? という、そんな思いだ。
《乙女座》も、《水瓶座》も、《牡牛座》も、目の前にある理不尽で不可解な存在に、唖然とせざるを得ない。
やがて、正気に返った《牡牛座》が代表して彼に訊ねる。
「あー、少年。一つ、良いか?」
巨人らしい腹の底に響く巨声を向ければ、それらは彼を見る。
「「むっ、何かね?」」
眩暈のしそうな光景に眉間を抑えながら、この場の誰もが抱いているだろう疑問を言葉にする。
「お前、何で生きてんだ?」
「「ふむ。哲学的な質問だね」」
「いや、生物的な質問だよ。
良いか、少年。
人間ってのは、真っ二つになったら生きていちゃいけねぇんだよ」
「「新しい学説だ」」
「いやいや、新しくも何ともねぇよ。至極、常識的な話だ」
頭から股下まで、文字通り真っ二つになった、右半身のみの刹那と左半身のみの刹那は、嘆くように唯一の腕で髪をかき上げながら天を仰ぐ。
「「全く、実に嘆かわしいな。
真っ二つになった事もない人間が、真っ二つになっても生きている人間に命を語るとは」」
「むしろ、お前が人間を語るな」
うんうん、とこの場の誰もが《牡牛座》のツッコミに頷く。
少し考えた彼は、二つに分かれている刹那へと問いかける。
「なぁ、とても今更な質問なんだが……お前ってどうすれば死ぬんだ?」
「「実は私もその辺りとても疑問でね。
どうすれば、どうなったら死ぬのか、私もよく分からないのだ」」
「じゃあ、取り敢えず潰れてみろや」
音速超過の巨拳が振るわれた。
左右に分かれて回避した刹那たちは、それぞれに《ゾディアック》へと向き合う。
刹那(右)は《牡牛座》と、刹那(左)は《乙女座》と、対峙する。
「「では、お相手願おうか」」
激しい戦闘が、再開した。
~~~~~~~~~~
それを、遥か上空から見下ろす視線がある。
大気圏と宇宙の狭間のような高空ではあるが、彼女の眼には詳細に映っている。
「……我を放って何をしておるのかと思えば、本当に何をしておるのじゃろうなぁ」
ノエリアである。
喧嘩を仕掛けてきた己の鏡写しだったが、彼の意味の薄い猛攻が忽然と消え去った。
油断させる為の緩急なのかと疑っていたが、いつまで経っても再開される気配がちっとも感じられない為、ずっと首を傾げていたのだ。
邪魔がないなら丁度良い、と閉ざされてしまった自身が拠点としている異界への道を、突然の奇襲を警戒しつつ、ちまちまと解きほぐしていたのだが、突然、北米大陸近郊で複数の魔王クラスの魔力反応を探知した。
地球上の様々な国家や組織を渡り歩き、陰で煽ったり唆したりして戦乱を途絶えさせなかった実績のあるノエリアだが、現状では全ての火種を煽る行為を差し止めている。
理由がないし、何よりも無駄だからだ。
雷裂刹那というジョーカーが生まれている以上、これ以上、地球と人間に刺激を与えて恐怖と危機感を促す必要はない。
それに注ぎ込むだけのエネルギーが無意味に過ぎる。
だから、今この時に魔王が出撃しなければならないほどの戦闘に、全く心当たりがない。
無論、魔術文明が始まって以来の全てがノエリアの掌の上だった訳ではない。
ここが彼女の母星だったならばともかく、アウェーの土地である以上、彼女が見る事のできる範囲はごく小規模なものだ。
ノエリアの知らないところで、知らない誰かが、思わぬ事をしでかす事は、はっきり言えばよくある事だった。
故に、今回の事も何処かの馬鹿が馬鹿をした結果だと思いつつも、しかし一方で複数の魔王が出なければいけないほどの事態とは何事かと思い、興味本位で見物に来たのだ。
そうしたら、何故か、己に喧嘩を売って来た筈の輩が別の奴にも喧嘩を吹っかけていた。
確かに馬鹿がいた。
そして、分かり易く馬鹿な行動である。
何がしたいのか、さっぱり分からない。
「とはいえ、まぁ、我には都合が良いかの」
何がしたいのかは分からないが、少なくとも今現在は刹那の目はこちらを向いていない。
ノエリアにとってはそれで充分である。
ならば、その隙に塞がれてしまっている道を悠々と開通させるだけの事だ。
遊んでいるせいで随分と損傷しているが、心配など欠片もない。
どうせ、刹那は、あのジョーカーは死ぬ事はない。
彼は、地球の守護者。そして人類の救世主なのだ。
力の根源は、地球という惑星と救いを求める全人類の無意識である。
言うなれば、地球と人類が滅びない限り、彼は死とは程遠い。
それらとラインが繋がっていない未覚醒時だったならば、まだ尋常な手段で殺す事も可能だっただろうが、既に目覚めている現状では、地球と人類を殺しつくして、その身に宿るエネルギーの全てを削り切らねば、まず消滅という事にはならない。
自分と同じように。
今は、生まれ持った肉体をそのままに使っている。
それ故に、真っ当な生物のようにも見えるし、殺せば死にそうにも見える。
だが、それを捨ててしまえば、完全なるエネルギー生命体だ。
削りきり、枯渇させる以外に方法がないのだ。
あるいは、大本である地球と人類が、刹那を不要であると判断しない限りは。
故に、心配など欠片もしない。
するだけの価値がない。
場合によっては、複数の魔王が死亡する可能性もあるが、そちらは幾らでも替えが効く。
使い捨てで良ければ量産もできるし、少し時間をかければ使い捨てではない駒も数を揃えられるだろう。
それをするだけの意義が少ないので、する事はないだろうが。
「さて、では若人たちよ。精々、頑張るがよいぞ」
誰にも届かぬ呟きを落とし、ノエリアはその場から立ち去った。
~~~~~~~~~~
苦しい。苦しい。苦しい。
痛い。痛い。痛い。
辛い。辛い。辛い。
助けて。助けて。助けて。誰でも良いから、助けて……!
果てのない苦悶の中で、彼らは救済を求める。
だが、それに応える声はない。
此処には死滅しか存在しない。
だから、彼らは此処ではない何処かへと助けを求める。
意味のない行為か。
否、意味はある。
希望もある。
罅割れる世界。
しかし、それもすぐに消えていく。
何度も何度も繰り返される、些細な攻防。
その中で、彼らは確かに感じていた。
罅の向こう側から、懐かしき故郷の匂いがする。
枯れてしまった彼らの大地。
死んでしまった彼らの星。
それと全く同じ波動が伝わってくるのだ。
生きている。まだ生きている。我らの因子は、いまだ滅びてはいない……!
その事実だけで、今を耐え忍ぶ。
些細で静かな攻防は、長く続いている。
だが、それも徐々に傾きつつある。
少しずつ、ほんの少しずつ、罅割れが大きく、長く続くようになってきていた。
彼らは期待する。
道が開くその日を切望する。
この地獄から逃れられる日を。新たな天地へ降り立つ日を。自らの救世主と再会する日を……!
「ああ、ノエリア様。我らが守護星霊よ。貴方様の下へ、再び……」
その時まで、静かに、息を潜め、耐え続けるのだ。
という訳で、三章はそんなお話です。
ここからクライマックスまで一直線……!
には、なりませんが、でもそろそろ畳み始めないといけませんよね。
だって、もう一章二章と同じくらいの長さを使っちゃってますし。




