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雫のお悩み相談

そういえば、日常回ってあんまりしてないなー、と思って特に本編とは関わらないお話を。

「ミク、ちょっと良いか? です」


 セントラル・タワー中層部。

 壁という壁が粉砕され、簡易的な柱数本のみによって支えられているとある階層に、高等部生徒会室はある。というか、それしか現状配置されていない。


 そんな場所に、珍しい客人が現れた。


 雫である。


 夏季卒業試験による多忙を極め、吹き曝しの中でも構わず死屍累々な室内において、一人だけのんびりと優雅にお茶をしている美雲は、彼女を笑顔で迎える。


「あら、いらっしゃい、雫ちゃん」

「はっ、魔王! 《ナイトメア》、勝負ですわ!」


 デスクに突っ伏してくたばっていたリネットが雫に気付き、疲労も忘れて喧嘩を売り始める。

 だが、美雲が自分のデスクにあるコンソールを操作すると、彼女の足元に穴が開いて、奈落の底へと落ちていった。


 僅か一瞬の出来事である。


「ごめんなさいね。

 ちょっと疲れて錯乱してる子がいるの」

「…………優しそうな顔して、オメェも結構容赦ねぇよな、です」

「周りのアホの子たちって、手加減してるとちゃんと分かってくれないのよ」


 美雲が小さな吐息交じりに言う。


 主に、妹とか弟とか、その辺りが全ての原因だ。

 両親もかなりの物だが、あちらは美雲の管轄外なので気にしない。世界の誰かが叱ってくれる事を祈るしかない。


「それで、何の用かしら?

 こっちに来る用事なんて、何かあったかしら?」


 気を取り直した美雲が訊ねると、雫も何事もなかったように言う。


「これ、ちょっと見て欲しいんだ、です」


 雫がデータチップを差し出す。


 それを受け取って読み込めば、出てくるのは課題となる戦闘状況と、それに対応する作戦立案の解答だ。

 雫に出されていた宿題である。


「あらら、もうしちゃったの。勉強熱心ね」

「つーか、暇なんだ、です。

 他にやる事がねぇんだ、です」


 選抜課程の者たちへの教育では、雫は現状でする事がない。

 彼女の身体能力は並以下なので、彼らに課せられている過酷な訓練に付いていけないからだ。


 だから、代わりにその間は指揮官教育を受ける事になったのである。


「ちょっと採点してみてくれ、です」

「と言っても、私は専門じゃないし、詳しく分からないわよ?」


 美雲は、細かい事は放っておいて、物量で圧殺しろ、という戦闘方式をしている。

 彼女は戦略級の戦闘単位なのだ。今、見せられている戦術レベルの話など、正解が分かる筈もない。


「私だと、見える敵を片っ端から撃ち落としていけ、っていう風にしかならないんだけど、そんな話を聞きたいの?」

「……姉妹だってよく分かるな、です」


 表面上の性格はまるで違うが、奥底では雷裂姉妹はあまり変わらない。

 そんな感触を得た雫は、少しばかり嫌そうな顔をする。


 そんな彼女を放って、美雲は笑顔を向けて先を促す。


「それで? 本題はなぁに?

 こんな事を訊きに来たんじゃないんでしょ?」

「まぁ、そうだな、です」


 若干、言い淀む雫。


 何か、言いにくい話なのだろう。

 それを察した美雲は、にこにことした笑みを崩さぬまま、じっと待つ。


「……少し、思う所があったんだ、です」

「何に?」

「恋について、です」

「恋ねぇ……」


 押し付け過ぎたか、と内心で思う。


 雫と俊哉は、周囲の思惑により恋仲になるように仕向けられている。

 二人揃って特殊技能者であり、機密などにも触れられる位置にいるからだ。

 変な異性に引っかかって貰っても非常に困る人間であり、だからこそその可能性を潰すべく、周囲が外堀を埋めようとしている。

 丁度良い事に雫の方は俊哉に関心があるようだから。


 周囲としては、ちょっとばかし特殊なお見合いみたいなもの、という程度の認識だが、押し付けているという認識はあるので、何処かで反発は生まれるだろうという予測はあった。


 なので、そのフォローをする気はある。

 不安や不満を解消し、円満にくっ付いて貰わねばならないのだから。


 尤も、それが来るのは、突然に押し付けられた側である俊哉の方だと思われていたが。

 まさか雫の方から先に来るとは思ってもみなかった。


「俊哉君に不満でもできたのかしら? もう倦怠期?」

「違ぇぞ、です。そうじゃねぇんだ、です」

「ふむ。じゃあ、何かしら?」

「ウチは、本当にトシに恋してんのか? って事だぞ、です」

「? というと?」


 言葉がまとまらないのか、視線を宙に彷徨わせながら、雫は語る。


「ウチはトシに恋したと思った、です。

 困難に果敢に立ち向かっていく姿を、カッコいいと思った、です」

「うん。そう言っていたわね」

「感覚としては、一目ぼれに近いと、思う、です」

「そうかもしれないわね」

「でも、それってどうなんだ? って思った、です」


 雫の吐露に、美雲はピンと来ていない様子で眉を寄せる。


「……もうちょっと詳しく。私は恋愛に疎いのよ」

「? そうなのか? です。

 ミカよりかは大丈夫に見えんぞ、です」

「うん、そうなのよ。

 正直に言うと、恋愛相談とかされても想像以上では答えられないというか。

 多分、美影ちゃんの方がよっぽどそこら辺は理解しているわよ」


 恋を知らない美雲では、話に聞く一般的知識以上の事は分からない。

 そういう意味では、確かに刹那に対して恋と愛を向けている美影の方が、よほど熟練者と言える。


 興味がない訳ではない。

 彼女も年頃の女の子だ。

 惚れた腫れたの話に、人並み程度の興味はある。


 ただ、彼女の心が、いまいち異性――この際、同性でも良いが――に対して、そういう感情を抱かせてくれないのだ。


「まぁ、聞くだけは聞くわ。力になれるかは分からないけど」

「不安になるけど、言うだけ言ってやる、です」


 言葉を区切って、彼女は続ける。


「色々と、恋愛話を見聞きして、思ったんだ、です。

 一目惚れってのは、つまりそいつの表面だけに惚れただけなんじゃねぇのかって、です。

 そいつは、長続きする感情じゃねぇんじゃねぇかって、思ったんだ、です」


 見た目や、ほんの一瞬の行動を切り取っただけであり、本質、あるいは本性には程遠い。

 そうであるが故に、長く付き合えば付き合うほど、思っていた理想と、目の前の現実とに齟齬が生じる。

 それは恋心を冷ましていくのに、充分な事柄だ。


「ええっと、つまり俊哉君に嫌気がさしてきたの?」


 もしも、そうであるならば、予定を変更せざるを得ない。

 単なる政略結婚などではないのだ。

 繋がりが出来て終わり、という簡単な話ではなく、あくまでもこれは付け入る隙を無くす為の方策なのだ。

 だから、熱が冷め、仮面夫婦のようになられてしまっても困る。


 そうなってしまうようならば、むしろきっぱりと関係を清算して、新しい関係を築いて貰った方が得策だ。


 そのように考えていると、雫は首を横に振る。


「違う、です。トシに不満はねぇぞ、です」


 厳密に言えば、細々とした不満ならばある。

 例えば、アプローチしているのに、いまいち女性として見てくれない辺りとか。


 だが、そんなものは些細なものだ。

 彼女の心を冷まさせるほどの物ではない。


「ただ、いつか恋が醒めるんじゃねぇか、って不安なだけだぞ、です。

 それと、これが偽物なんじゃねぇのか、って思っちまうだけだ、です」

「真実の愛とか、そういう話?

 女の子っぽい話ねぇ。女の子だけど」


 困った、と美雲は思う。

 自分に答えられる類の話ではない、と。


(……こういう話は、美影ちゃんの方がよっぽど合っているんだけどね)


 あの少女の感情論は、極めてドライだ。

 下手な言葉の誤魔化しに動かされない。


 不安そうに揺れる雫に、何かを答えなければ、とは思うが、何を言えば良いのか、はっきりとした言葉が出てこない。


 そうしていると、何かが駆け上がってくる足音が聞こえた。


 最初は先ほど落としたリネットかと思ったが、足音は軽快な物。

 疲れ切っている彼女に出せるものではない。


 ならば誰なのか。

 その答えに察しの付いた美雲は、天井からぶら下がっている紐に手をかける。


 まだ気付いていない雫は、彼女の行動に首を傾げる。


「僕を呼ぶ声が聞こえたッ!」


 階段を駆け上がってきた馬鹿が姿を現し、美雲がすかさず紐を引けば、地の底に落ちていく。


「まだ反省期間は終わってないのに。

 脱獄してきたのね、あの子」

「……この部屋、どんだけギミックがあるんだ? です」

「悪い事しなければ、牙を剥く事はないわよ?」


 自分の足元にも穴があるのでは、と床を見る雫に、美雲は綺麗な笑顔で言った。


~~~~~~~~~~


 地の底にある謎の貯水槽にて。


「あれ、お前、何でこんな所にいんの?」

「あ、貴女は! 魔王ブラック! しょ、勝負ですわ!」

「また今度ねー」

「お、お待ちなさい!

 って、何ですの、この水!

 凍りませんわよ!?」

「不凍液だからねー。ついでに、絶縁体。

 水槽は魔力絶縁構造だから、魔術も使い辛いでしょー」

「何なんですのよ、ここは!」

「え? 飼育用の水槽?」

「飼育?」

「うん、飼育」


 瞬間。

 リネットはサメに齧られた。

 頭が二つもある不思議なサメだ。


「何なんですのよーッ!?」


 殴って応戦するが、水中という慣れない戦場である事と、魔力絶縁構造の内部である為、効果はあまりないらしい。

 サメは元気に齧り付いたままだ。


「廃棄領域には面白い生き物が多いよねー。

 ここはサメエリアだから、のんびりしてると食べられちゃうよ?」

「キャア―――――ッッ!! 触手がッ! シャークトパスですわー!」

「アメリカ人なら好きでしょー、ヘンテコなサメ。

 メガシャークもいるから、気を付けなねー」


 笑いながら言って、美影は泳ぎ去っていく。


「何で貴女は襲われないんですのよーッ!」


 リネットの悲痛な叫びが、水槽の中に木霊した。


~~~~~~~~~~


「戻ってきたよ!」

「あら、おかえりなさい。もう一度行く?」


 くいっと紐を引くが、美影は既に穴の上から消えていた。


「ふっ、残像だよ」

「…………まぁ良いわ。

 丁度良かったし、ちょっと雫ちゃんの悩み相談に乗ってあげて」

「え? お悩み相談?

 良いよ! お姉さんに話してみなさい!

 カモン!」

「……えぇー」


 手招きする美影に、すっごい嫌そうな顔をする雫。


 崩れ落ちる美影。

 この隙に落とすべきか、紐を弄びながら悩む美雲。


「まぁ、良いぞ、です。

 聞かせるだけ聞かせてやる、です。

 為になる話を聞かせられたら、少しは許してやるぞ、です」

「よぉし! お姉さん、頑張っちゃうぞー!」


 餌を投げられた美影は、途端にやる気を出す。

 現金な物だと思いながら、美雲は美影に任せる事にした。


 恋も愛も知る彼女ならば、それなりに上手い事を言えるだろうと思って。


 雫が一通りの事を話し終えると、美影は立ち上がる。


「ふっふっふっ、恋愛相談を僕にするとは良い選択だよ!」


 眼鏡(伊達)を装着し、白衣をたなびかせながら着込んだ美影は、何処からともなくホワイトボードを引っ張り出してくる。


「眼鏡と白衣で知力アップ!

 魅惑の女教師モードに換装したこの僕が、悩める子羊な雫ちゃんにめくるめく大人の恋愛講座をしてあげよう!」

「……超うぜぇ、です」

「まぁまぁ。殴るのは最後まで聞いてからでも遅くないから」


余計な事入れてたら、思っていた以上に長くなってしまったので分割。


次回予告「美影の恋愛論」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新ありがとうございます。 自宅待機から2週間、腐りそう・・・。 [一言] シャークトパスなるものは動画でチラッと見た気が。 アレ関連って幾つ有るんですかね?
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