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袋叩き

「なんちゃって」


 そんな事を言いつつ、刹那は《乙女座》の背後に逆さまに出現する。


「ふっ!」


 間髪入れず、《乙女座》は背後に向けて黄金剣を突き立てる。


 驚きに停滞する事はない。

 同僚たちから、刹那という男の危険性は充分に知らされている。

 だから、不意を突いた一撃があっさり躱され、更には気配もなく背後を取られた事も、想定の範囲内だったのだ。


「おっと。危ないね」


 剥き出しの刀身を素手で掴み取る刹那。


【断界剣】は、いまだ発動したままだ。

 広域化していないだけで、凶悪な威力は確かに刃に宿っている。


 だが、刹那の手は無事だ。

 僅かな出血こそ見受けられるが、消滅するどころか、千切り取れる様子もない。


「ククッ、私に傷をつけるとは。良い攻撃力だ」

「お褒めにあずかり、光栄、だッ……!」


 言葉と共に、脚甲に包まれた足で蹴りつける。

 ここにも【断界】の力は込められており、黄金の光を放っていた。


 その反動で《乙女座》は距離を開ける。


 刹那はそれを止めるような事をせず、素直に掴んでいた刀身を手放す。


「チッ! ああ、そういう事か……!」


 剣を構え直して刹那を改めて見据えた《乙女座》は、刹那の手が何故無事だったのか、その理由を知る。


【断界】の力の載った蹴りは、確かに刹那の腹部を捉えていた。

 ダメージが通った手応えもあった。

 その証拠に、目の前には腹部が抉れている彼の姿がある。


 だが、それも僅かな時間だけの物。


 見ている間にも修復がなされ、綺麗な肌が現れ、次いで衣服までもが元通りの形を取り戻していた。

 異常な再生力を頼みに、強引にダメージを封じ込めていたのだ。


「嫌な奴だな、お前は……!」

「戦いとはそういうものだ」


 言葉と同時に、刹那が瞬発する。


《乙女座》の目でも追えない高速度。

 反射的に剣を振るうが、それは一か八かの勘によるものだった。


 だが、その賭けに勝った彼女は、刹那を斬り付ける事に成功する。


 片腕を盾に黄金剣を受け止める刹那。

 刃は腕の半ばほどまでに斬り込んでいるが、それ以上には進まない。


「クッ……!」


 彼女は悔し気に歯噛みするが、悔しいのは刹那の方である。


 なにせ、自慢の念力バリアがまるで機能しないのだ。

《乙女座》の必殺剣の殺傷力は充分に知っているつもりだったが、ここまでの物とは思ってはいなかった。

 過小評価だったと素直に認めざるを得ない。


「やれやれ。泣きたいのはこちらなのだがね。

 貴様の攻撃力は驚嘆に値する」

「どうもッ! ありがとうッ!」


 剣を引き抜きにかかるが、刹那は筋肉の締め付けでもって喰い絞めて、それを阻む。


 彼のもう片方の腕が背後に引き絞られる。

 明らかな拳打の動作。


 その予想を証明するように、刹那は言う。


「さぁ、殴るぞ?」

「ッ!」


 直後、放たれた弾丸のように、真っ直ぐに拳が飛来する。


《乙女座》は片足を上げ、脚甲を盾にした。


 だが、重力操作で強引に飛翔している彼女では、しっかりと空中に張った念力の大地に足を固定し、腰の入った刹那の拳を受け止めるには足りない。


「吹き飛べ」


 タイミングよく、刹那が腕の締め付けを緩めると、《乙女座》は言葉通りに勢いよく吹き飛んで行った。

 彼女は、薄い重力障壁を幾枚も展開し、減速を試みるが、一瞬で突き破っていくばかりで、まるで止まらない。


 そのまま海面へと衝突し、水面下へと没する。


 立ち上る巨大な水柱。


 それは、明らかに《乙女座》が着弾した事による衝撃だけの物ではない大きさだった。


「ああ、《水瓶座》がいたのだったな」


 あの勢いでは、海面など硬い岩盤と変わらないだろう。

 それで戦闘不能になるほど、魔王という存在は軟ではないが、多少なりともダメージは受ける事は間違いない。


 それを防ぐために、《水瓶座》が水流を操作し、柔らかく受け止め、吸収した衝撃を余す事無く次へと繋げたのだ。


 立ち上った水柱が、突如、その方向を変える。


 放射軌道を描くように曲がったそれは、刹那を頭上から襲う。

《水瓶座》によって操作されている水柱は、先端を硬質化させており、無数の剣群が連なっているような凶悪さとなっている。


 刹那が腕を降れば、水柱は一瞬にして根元から凍り付く。


 だが、それで止まるものではない。


 凍っていようとも、水は水。

 水属性で操れない道理はない。


 専門ではないが、魔王の魔力をもってすれば、練度の壁をぶち抜いて強引に使う事はできる。

 水柱から氷柱に変わっても速度が落ちる事無く、より硬質な物となりながら刹那へと襲い掛かる。


 同時に、海面のあちこちが爆発する。


 巻き上げられた水柱群は、真っ直ぐに下方より刹那を撃ち抜かんとする。


 魔王式水属性魔術【槍水】。


 それを複数、同時に発動させる事で弾幕となっている。


「おおっ、器用なものだな!」


 上下を挟まれた刹那は、感嘆の声を上げる。


 美雲を見ているとそうは感じないが、本来、複数の術式を並列して起動させる事は難易度の高い芸当である。

 それを同じ術式とはいえ、弾幕となるほどの数を同時に使用するとは、見事であるとしか言えない。


 そんな余裕を叫んでいるから、彼は逃げ遅れた。


 見事に上下から打撃を受けた彼は、破砕する氷片と水飛沫の中へと消える。


~~~~~~~~~~


「これで仕留めたなどと思いませんよ」


 海中を常時、高速で遊泳しながら、《水瓶座》――クリスティアナ・リリーは呟く。


 彼女は、アメリカ合衆国で、初めて刹那を認識した人物である。

 太平洋の哨戒をしていたところで、海中でなにやら怪しげな作業をしていた彼を見つけた事が、ファーストコンタクトだった。


 それが公海だったならば、見なかった事にしても良かったのだが、残念な事にそこは合衆国の領海内だった。

 だから、当然、捕縛の為に動かざるを得ない。

 当初は、大した事のない、つまらない仕事だと思っていた。

 なにせ、彼からは何の魔力も感じなかったから。

 世界は広く、隠れている実力者がいないなどとは思っていないが、少なくとも怪しげな人物はそれに該当しないと考えていたのだ。


 だが、蓋を開けてみれば、惨敗である。

 途中からは本気で挑みかかったというのに、まるで相手にされずに返り討ちに遭ってしまった。


 這う這うの体で本土へと帰還したが、彼に敵意があり、追ってこられていれば、間違いなく命はなかっただろうと思えるほどの惨状だった。


 その経験があるからこそ、この程度で倒せたなどと、そんな楽観的に考える事などできない。


 事実として、


「はははっ、油断してしまったな」


 水煙を振り払って、ろくに傷の見えない刹那が姿を現す。


「やはり、鍵は貴女ですね」

「そうは言われてもな」


 右手の先に、手を繋いだ《乙女座》――プリシラ・ライトフットがいる。

 海中に没した彼女を回収していたのだ。


 魔王とは、基本、自己中の集まりだ。

 強烈な自我を持っている者たちばかりであり、協調性という言葉からは程遠い。


 だから、普段の戦場であれば、わざわざプリシラを助けたりなどはしないのだが、今回は相手が相手である。

 少なくとも、自分一人ではどうやっても打倒しえないと理解しているクリスティアナは、刹那の防壁を突破できるプリシラを仕方なく拾っていたのだ。


 基本路線は簡単だ。

 クリスティアナが足止め。プリシラが止め。

 それだけだ。

 あとは臨機応変に、というアバウト極まる作戦を立てている。


 実際、それ以上、何も考えられなかった。

 なにせ、相手の能力がはっきりとしていない。

 何が出来て、何が出来ないのか。

 それに対する明確な解答がない以上、どうやっても行き当たりばったりしか出来ないのだ。


 クリスティアナは、刹那の周囲に散らばる水滴に魔力を繋げる。


 復活した水流は、刹那を飲み込んで空中に浮かぶ水の牢獄となる。

 内部には硬質な氷片が混ぜ込まれており、高速で彼へと激突し、切り刻まんとしているのだが、まるで効果は見られない。


 平然と水中遊泳を楽しまれている。


「むかつきますね、あの男」


 大抵の相手は瞬時にミンチにできる魔術が、ちょっと面白いプール扱いでは、クリスティアナの腸が煮えくり返るのも無理はない。


「ほら、プリシラ。隙だらけですよ?」

「いや、あれは隙ではなくないか?」


 隙ではなく余裕ではないか、と言う弱腰のプリシラにも連鎖的に苛立ちが募る。


「いいから行きなさい!

 特攻!

 玉砕したら骨くらい拾ってあげます!」

「お前、そんなキャラだったか?」


 苦言を無視して、クリスティアナは水流に乗せて、プリシラを打ち上げるのだった。


~~~~~~~~~~


「ふぅむ。困った」


 水の中で揺られながら、刹那はこぼす。


 何が困ったかと言えば、相手が見えない事が、である。


 彼には、魔力が感じられない。

 今、自身を取り巻いている水牢も魔力で造られている筈なのだが、刹那には何ら特異な力を感じられないでいる。


 だから、水中に潜む《水瓶座》と《乙女座》の二人が何処にいるのか、全く分からないのだ。

 普通の魔術師ならば、魔力の線を辿ってすぐにでも特定できるのだが、そんな基本的な事すら刹那には不可能な技なのである。


 では、超能力由来で探そう、と思うが、これも効率的ではない。

 超能力は万物に宿っている。

 そこらの微生物や海を泳ぐ魚も、微量ながら持っており、魔力の蓋を被せられている人間では、区別が付かないのだ。


 故に、水中にある反応が、果たして魚なのか、それとも二人なのか、いまいち分からずにいる。


 解決手段は、この辺り一帯を丸ごと潰してしまう事だが、それは些か影響が大き過ぎる。


 こんな事をしておいてなんだが、刹那は別に喧嘩を売りに来た訳ではないのだから。


 彼の目的は、囮役。

 時間稼ぎこそが目標。

 だから、注目されて相手にされている現状は望む所なのだが、いまいち地味な現状はつまらないとも思ってしまう。


「おっ、ようやく動きが」


 四方八方から水流が打ち上がる。


 どれが本命か。

 それともすべてが囮か。


 どう出てくるのか、楽しみにして見ていると、背後の一本から人影が飛び出す。


「セヤァァァァ……!」


 黄金に輝く大剣を横薙ぎにする《乙女座》。


「少々、正直に過ぎないかね、それは」


 今度は躱すのでは、反重力をぶつける事で【断界剣】を中和しながら、刹那は呆れたように言う。


「私もそう思っている!」


 答えながら彼女は、幾重にも重ねた重力加速魔術を展開し、自らを砲弾として飛ばす。

 いとも容易く音速の壁を突破し、水牢を吹き飛ばしながら肉薄するが、そんな真っ直ぐな動きで刹那を捉えるには、あまりにも速度が足りていない。

 振るわれる黄金の刃は、同じく黄金の輝きを宿した拳による迎撃を受ける。


「やってみるとできる物だな」

「真似するなッ!」


 叫ぶ《乙女座》は、その場に留まり、剣戟を重ねるが、刹那に有効打を与える事が出来ていない。


(……やはり無謀ではないか!

 クリスめ、後で殴ってやる!)


 内心で悪態を吐きながらも、なんとか守りを突破できないかと全力を尽くしていると、遥か遠くから飛来する異常な魔力を感知した。


(……これは、……ジャックか!?)


 大統領について、欧州に遠征している《射手座》の魔力だ。


 確かに遠距離砲撃は彼の得意とする所ではあるが、まさか地球の裏側近くまで正確に飛ばせるとは思っていなかった彼女は、内心で驚く。


 見れば、刹那に変わりはない。

 受け止めても問題ないと思っているのか、それとも感じ取っていないのか。


《乙女座》にその答えは分からないが、この助力を活かさない手はない。


 悟られないように変わらずに全力をぶつけ続け、絶妙なタイミングを見計らった彼女は、高速で離脱した。


 刹那は、追ってこなかった。

 ただ、突然に退いた《乙女座》を不審げに見るだけだ。


「突然、どうしたのか……ほぶっ!?」


 見事に隕石に激突して落ちていく刹那。


 思わぬ追撃はそれだけではない。


 眼下、海上から魔王クラスの魔力が吹き上がる。

 一瞬、《水瓶座》の物かと思ったが、感触が違う。


《乙女座》が答えを出す前に、目の前にこれ以上ない解答が突き付けられる。


 巨人。

 突如、全長数百メートルはあろうかという、まさに天を衝く大男が出現したのだ。


《牡牛座》だ。


「ぬぅん!」


 彼のマッハを優に突破する神速の拳が、隕石にへばりついている刹那を隕石ごとぶん殴る。


 砕け散る岩塊。


 宙を舞う瓦礫の中に、くるくると回転しながら吹き飛ぶ刹那の姿があった。


 あれこそが隙である。


《乙女座》はそんな事を思いながら、全力の魔力を剣に込めて振りかぶる。


「くたばれッ!」


 正直な言葉と共に、【断界剣】を振り抜くのだった。


舐めプしてるからこんな事になるんだよ。

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― 新着の感想 ―
[一言] というか主人公って、何かを仕留めたこと無いような。 毎回舐めプして逃げられるか止め刺しそこねてるよね。 今回は揺動役だから、倒す必要無いんでしょうけど。
[一言] これは…あれか? 某伊達男みたく 「ならば聞こう。一体いつから、私がオリジナルだと錯覚していた?」 て言い放つパターンか?
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