踊り回る議題
「今回、開催したのは他でもねぇ」
スティーヴン大統領がデータチップを円卓へと挿入する。
中央部に映し出される立体画面は、先日の高天原で発生した異界門の姿である。
「魔術的異相宇宙世界転移回廊、通称・異界門。
こいつの脅威について共有し、その対処についてきっちりと決めておこうって話だよ。なぁ、おい」
「確かに、これは看過するには大き過ぎる問題だね。
で、率直な感想を訊きたいんだけど、こいつら、強いのかい?」
ヴァレリアン皇帝の言葉の行く先は、実際に戦っているジャックと五郎の二人だ。
本来、彼らは単なる護衛であり、この場での発言権は存在しない。
しかし、議題の内容からして、重要な参考人とも言える。
その為、質問されれば、それに対して答える権利と義務が発生する。
二人は視線を交わらせ、頷き合うと端的に答える。
「はっきりと申し上げますが、然程、強くはありませんでした」
「そうなのかえ?
資料によると、敵勢の魔力は最低でAランク相当、Sランクもザラに混じっているとあるけどね?」
ヴィクトリア女王に答えるのは、五郎だ。
「刃を交えた感触からの推測になりますが、連中はどうにも力任せ、という印象を受けましたな。
魔力の使い道も魔力強化ばかりであり、魔術のまの字もないという有様でした」
しかし、とジャックが続ける。
「油断はできません」
「と言われますと?」
「彼らが先遣隊であるという可能性があります。
資料にもありますが、彼らは出現当初から時間経過と共にその強度を徐々に上げております。
本当に強くなっていたのか、我々の力に耐性を付け始めたのか、それは今の所申し上げられませんが、最終的には太刀打ちできない強者が出現する可能性があります」
「加えて言いますと、強さよりも何よりも数が圧倒的です。
無尽蔵に湧き出すあの数は、脅威以外の何者でもありません。
我々は所詮は人の身。
戦力の逐次投入をされると、息切れをしてしまいます」
本来、愚策とされる戦力を小分けにする行為だが、数が少ない代わりに一撃の威力が高い魔王に対しては非常に有効に作用する。
まとめて固まって出てきてくれれば一撃で殲滅する事も可能だが、何度も何度も繰り返して出て来られては無駄が重なり、どうしても途中で力尽きてしまいがちなのだ。
それを補う為の通常戦力であるが、今回の敵勢はあまりに底が見えない。
技術の類がないとはいえ、平均魔力量がAランクを超えている怪物たちが相手では、通常戦力では今一歩物足りなく、彼らでも魔王たちの隙を補いきれなかった。
それを証明するように、高天原での戦闘では、最終局面では通常戦力がほぼ力尽きており、魔王の一人、雷裂美影も疲労により脱落しかかっていたのだ。
「ふむん。分かり易い忠言、ありがとね」
納得できる話を聞いたヴァレリアン皇帝は軽く礼を言う。
「それで、一番の当事国たちは、どう考えているのですかな?」
ルドラ国王は、帝とスティーヴン大統領へと問いかける。
「ぶっちゃけ、相手の戦力がどれだけあるのか、全く分からん。
だから、何とも言えねぇんだよ」
先の襲撃は先遣隊ではないか、と言ったが、もしかしたらあれで全軍だったのだ、と楽観的に考える事もできる。
実態など分からない。
そもそも、相手方が何処の誰で、何を目的としているのかも、はっきりとは分かっていないのだから。
「そうですね。決して安穏とは出来ない、と考えております。
最悪、地球圏からの脱出をも考慮するくらいには」
「へぇ? じゃあ、あれもその一環なのかい?
あの月に出来た謎の人工物ってのも」
ヴィクトリア女王の探る様な視線に、帝は隠す事はないとばかりに頷きを返す。
「ええ、月面都市『ツクヨミ』と名付けております。
国民総疎開計画の肝ですよ」
「ホホホッ、それは良いわねぇ。
是非とも、我が国も混ぜて欲しいのだけれど?」
「土地は余っておりますので、ご自由にお願いします。
来られましたら、ご近所付き合い程度の手助けは致しましょう」
まずは来てみろ、という帝。
これ程の大事業である。
国家として支援します、とは安易には言えない。
《ツクヨミ》が使用している面積は、月面のほんの僅かでしかない。
その為、いまだ誰の物でもない土地自体は有り余っているので、開発できるのならば好きにしてくれ、としか言えないのだ。
もしも本当に計画が発足して月面開発をし始めれば、月面開発の先達として、また未来の隣国として、打算に塗れた援助をする気持ちぐらいはある。
「月面都市、ねぇ~。
やっぱりあれは瑞穂の仕業だったかぁ。
アメリカかどっちか迷ったんだけどねぇ」
「坊ちゃん坊ちゃん、賭けはわたくしの勝ちですねー。御褒美、お願いしますねー」
「そうだね。って、それはまた後でね。
……じゃあ、アメリカは何をしているのかなぁ?」
面白がるように言うヴァレリアン皇帝に、ルドラ国王が乗っかる。
「そういえば、火星方面に何やら動きがあると、うちの天文台から報告があったような気がしますな」
他国に訊ねるように視線を向けると、それぞれに否定してみせる。
「朕は関係ないな~」
「私も知らないわねぇ」
「(プルプルプルプル)」
「ふん……」
「そっちは、違いますね」
最後に、帝が裏切るように言葉を紡ぐ。
刹那発案の事業だが、瑞穂としては全く関わっていない。
月面都市の設備が一部利用されているようだが、あくまで刹那や雷裂の財布から出ている金や資材であり、国家の思惑は一切挟まっていない。
こんな時ばかり協調性のある連中に逃げ道を塞がれたスティーヴン大統領は、舌打ちをしながら肯定する。
「チッ。ああ、そうだよ。
うちの地球脱出計画だよ、おい。
何か文句あんのかよ、おい」
「いいえ? 特には。
強いて言えば、我々も一枚噛ませていただきたいな、という所でしょうか」
「だったら、金と人出せよ、おい。
タダで便乗許すほど、合衆国の懐は大きくねぇんだぞ」
「ハハハッ、それで良いのかい?
だったら、是非とも混ぜて貰おうかなぁ。
宇宙旅行って、女の子を誘うのに良さそうだし」
「下半身皇帝が煩悩で何か言ってんぞ、おい」
「まぁ、彼の戯言はさておいて、もしもに備えて我が国も参加したい所ですね」
ヴァレリアン皇帝とルドラ国王が参入を表明する中、王芳に耳打ちされた天子も手を挙げて発言する。
「あ、あの! ちゅ、中華連邦も! お願い……しま、す……」
尻すぼみに消えていく言葉。
国家代表として資質を疑う態度だが、彼女が単なる傀儡である事は暗黙の事実であるので、誰も気にしない。
そんな事よりも、中華連邦の持つマンパワーの方が重要だ。
彼らは、ほぼ全人民が近接魔術師としての訓練を受けているという馬鹿みたいに偏った教育をしている。
幼い女子供でさえ、大人顔負けの肉体労働者となりうるという環境は、重量や維持施設の問題から重機などを持ち込みにくい宇宙開発において、とても心強い援軍となるだろう。
それらを即座に計算した代表たちは、中華連邦の参加を歓迎する。
「ハッ! まぁ良いぜ?
ちゃんと協力するってんなら、こっちだって文句なんざねぇよ。なぁ、おい」
そうして、一旦、纏まった所で帝が発言し、話題の軌道を戻す。
「まぁ、これはあくまで最悪の状況に対する最後の手段です。
出来れば、青き故郷を離れたくないので、その対策といきましょう」
「とは言っても、何も分かってないんでしょ?
対策のしようがなくない?」
「下手人と目される始祖魔術師も、捉えられませんからね。
彼女が何を目的としているのか、甚だ疑問です」
異界からの先兵だというのなら、二百年前の時点でもっと行動していても良かった筈だ。
今になって扉を開け放つ理由が分からない。
彼女の行動に対して、ちぐはぐな印象を抱かざるを得ないのだ。
「それについては、第三席が少し情報を持ち帰っております。
まだ解析中なので詳細は不明ですし、空振りに終わるかもしれないので、期待はしないで欲しいですが」
「へぇ? あの黒い娘っ子かい?
よくもまぁ始祖から情報をくすねられたものね」
「彼女の印象では、くすねたと言うよりも、押し付けられた、という感触だったらしいですね」
「ふむん。まぁ、何にせよ、判断材料が増える事は喜ばしい事です。
是非とも早期の解析をお願いしたいですね」
「そんな今は分かんねぇ事よりも、だ」
スティーヴン大統領が話をぶった切って言う。
「そいつの名前を変えんぞ、おい!
女怪サノバビッチって何だよ!
誰がこんなクソみたいな名前付けたんだよ、おい!」
誰、と誰何しておきながら、確信しているように彼は帝へと厳しい視線を向けている。
世界に通用する権力者で、この様なネーミングセンスを持っている人物は、一人しか心当たりが無い。
一人いれば充分である。
帝は、素知らぬ顔をしてすっとぼける。
「さて、誰でしょうね。
全く分かりませんが、まぁ文句については同意します。
名称変更をしましょうか」
「朕は好きなんだけどね!
良いじゃん、サノバビッチ。
始祖は女の子みたいだから、ちょっと元の意味とは違っちゃうけど、クソッタレに対する名前にはぴったりじゃない?」
「おい、ショタ皇帝。
アホ言ってんじゃねぇぞ、おい。
これ、正式名称になってんだぞ。
何が悲しくて、正式な書類に女怪だのサノバビッチだの書かなくちゃならねぇんだよ。
後世まで残るんだぞ、おい」
「全くですな。品性の欠片もありません。
歴史の分岐点に立っている以上、我々の名前と共に語られてしまいますぞ、これが」
更にルドラ国王も変更に賛成らしい。
「下らん話だ……」
見ているだけだったヴラドレン神が吐き捨てるが、積極派は無視した。
これは断固として譲れない話題だからだ。
「私も、変えたいわねぇ。
これでも清楚で通っているのよ?
国民の前でサノバビッチとは言いたくないわねぇ」
「ババァが清楚とか」
「若造、喧嘩売ってんのかしら?」
「おっと、本音が。悪いなぁ、おい。
正直な性質なもんだよ」
瑞穂、アメリカ、インド、イギリスが賛成で、フランスが反対。
ロシア、中華は中立。
賛成多数により名称変更が正式に認証される事となった。
「で、何て付けるよ?」
「一応、先日の邂逅時に名乗っておりますよ? なんと言いましたか……」
「ノエリアです、陛下」
「ああ、そうそう。ノエリアと名乗っていたそうです」
五郎からのフォローを受けながら帝が言うと、スティーヴン大統領が思案顔をする。
「……そのままでも良いんだが、ちと捻りが欲しい所だな、おい」
「ヤンキー大統領。実は君、名付けた人物と同類ですね?」
心無いルドラ国王の指摘に、流石のスティーヴン大統領は激昂する。
「はぁ!? テメェ、ふざけんなよ、おい!
オレとあのクソを一緒にしてんじゃねぇよ!」
「……いや、大体間違っていないかと」
「なんか言ったか、おい」
「いえ、何も」
背後のジャックがぼそりと裏切る言葉を口にする。
それを耳ざとく聞き届けたスティーヴン大統領が睨みつけるが、彼は視線を逸らして知らん振りをする。
「では、面倒なので、始祖魔術師ノエリアで決定という事で」
その間に、ルドラ国王が纏める。
「ええ、良いんじゃないかしら?」
「異論はありませんよ」
「まっ、妥当なんじゃない? どうでもいいけど」
「(コクコクコクコク)」
「…………」
最後に、スティーヴン大統領も同意を示す。
「チッ、しゃーねぇな、おい。
これだから、ユーモアの足りてねぇ連中はつまんねぇんだ」
「やっぱり、ヤンキーは朕と同じ側じゃない? 何でそっちにいるのさ」
改名反対派が邪悪な誘いをかける。
もしも、その誘いに乗って更に混沌とされても困る為、他の面々は次なる議題へとさっさと移らせる。
「それじゃ、異界門について、もっと現実的な話をしようかしらね」
「そうですな。
帝陛下、お訊ねするが、この異界門の封鎖はどの程度、現実的なのですかな?」
まだ一例しか起きていない為、その一例の当事国に視線が集まる。
他国も見ていたので、あの事件の最後の場面、異界門を封鎖した魔法陣も見ていた。
当然、もしも自国で異界門が発生した事態に備えて研究していたのだが、結論は全く無意味な陣であるという事だけだ。
模様としては美しいのではないか? などと少しばかり茶目っ気の入った報告が入ってきたりもしている。
その結論は、彼らが無能なのではなく、逆に有能である証だ。
なにせ、あの時の魔法陣は、美雲が行った単なる演出なのだから。
肝要なのは彼女の超能力であり、それを行使する為には魔法陣や魔術式やらは必要としない。
主に遊び心である。
若干の諜報対策という意識もあるが。
「今回に関しては、我が国の特異技能者による物でした。
なので、同じように対処する事は難しいでしょう」
帝は言葉を区切り、スティーヴン大統領へと水を向ける。
「研究は、合衆国の方がしているかと思いますよ。
異界門の構成について、詳細なデータを渡してありますので」
途端、視線が帝からスティーヴン大統領へと移る。
突然に注目された彼は、はっきりと断言する。
「対抗術式を渡しても良いが金を払え!
特許だ、特許!
それが世界の仕組みってもんだろ!?
なぁ、おい!」
「君はいつでも金金金と、卑しいと思いませんかな?」
「うるっせぇな。うちは火の車なんだよ。
どっかの馬鹿がアホみたいに予算喰ってくれるからな」
そのどっかの馬鹿は、今は月面で更なる浪費計画を練っている最中である。
「まぁ、良いわ。
背に腹は代えられないと言うし、適正価格なら払ってあげるわよ」
「右に同じく」
「まっ、仕方ないね。
これに関しては、黙って支払ってあげるよ」
「……どうにも上から目線で言われてる気がするなぁ、おい」
ともあれ、封鎖手段については目途が立った。
具体的な価格についてはそれぞれで話し合う事として、次なる議題へと移ろうとした隙間で、これまでほぼ沈黙を保っていた男が口を開く。
「――一つ、問おう」
ヴラドレン神である。
何を言いだすのか、緊張感に空気が引き締まる中、彼は一切気にかけずに問いかける。
「始祖は、どれ程の物だ?」
強いのか否か。それを問いかける質問。
それを知る帝とスティーヴン大統領は即答で返す。
「テメェじゃ歯が立たねぇくらいだな、おい」
「神の如き力、と評すべきでしょうね」
二人の評価に反応したのは、中華連邦の魔王だった。
「クッ、ハハハハハハハハッ!!
神の! 如き! 力!
それは良い! 最高だ!」
これまで泰然としていた男の破顔に、皆は迷惑そうな表情を作る。
「最近は落ち着いていると思っていましたが、相変わらずですか」
「彼の狂戦士振りには困りものですな」
「…………はぁ」
近隣国である、帝とルドラ国王、更にはヴラドレン神までもが嘆息してみせる。
そんな些細な事を気にせず、かつて世界最強の魔王にさえ、喧嘩を売りつけ、その上で生き残ってみせた狂魔王は笑う。
「是非とも死合を申し込んでみたい所だ。
うむ、きっと甘美なる時間を得られる事だろう。
いやいや、更なる高みとあらば望まざるを得ないな。
それが良い。ああ、そうしよう」
「はわわわ……。あ、あの、その、ご、ごめんなさいごめんなさい!
悪気は、多分、ないと、思う、んですけど……。えと」
「ああ、天子殿。気にしなくて良いですよ。いつもの事と割り切っておりますから」
狂い、自分の世界へと落ちてしまった王芳に代わって、天子が謝罪をするが、それを帝が構わないと制する。
彼女が生まれる前からの付き合いだ。
そんな男だと諦めている。
最近は大人しかったので少しは落ち着いたのかと思っていたのだが、三つ子の魂百までという格言通り、相変わらずだったらしい。
ある意味では安心した。
「まっ、そいつの事は放っておいて。
ぶっちゃけ、始祖の野郎をどうにかする当てなんざ一個しかねぇよ」
「一個だけ、ですか」
「ええ。一人だけ」
「詳しく、聞かせて貰えるのかしらね?」
「無論です」
この時、人類史に初めて〝雷裂刹那〟という名前が登場するのだった。
刹那「チッ、修正主義者どもめ。つまらん事を」




