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追いかけてきた過去

日間ランキング10位達成!

あまりの高評価にビビっている小心者です。


ブックマークしてくれた皆さま、大変ありがとうございます。

 時刻は九時ちょうど。

 試験予定に記載された通りである。

 以降は、今、この瞬間の入室でも受け付けられず、即刻、不合格となる。

 尤も、一応は止むを得ない事情があれば、なんとか受験は出来るが。


 入ってきたのは、二人の男女。


 一人は、薄緑の髪をセミロングにした、眼鏡とスーツの女性。

 背筋をしっかりと伸ばしており、如何にも出来る女という雰囲気を漂わせている。


 もう一人は、燃えるような赤い髪の男。

 よく鍛えられた筋肉質な長身を着崩したダークスーツに包んでおり、鋭い眼光と隙の無い立ち姿が彼を歴戦の勇士だと証明している。


「初めまして。私は、五十嵐(いがらし) (しおり)といいます。

 ここ、第六実技演習場での実技試験の採点官を務めさせてもらいます」


 講壇に立った女性が軽く名乗り、次いで隣の男性を示す。


「こちらの方が皆さんの試験官を務める……」

火縄(ひなわ) 剛毅(ごうき)だ。よろしくな、ガキども」


 途端、教室内にざわめきが生じる。


「火縄の剛毅って、もしかして《餓狼》の?」

「Aランク序列一桁……」

「嘘だろ……?」

「ババ引いたわ……」


 刹那がざわめきに耳を澄ませれば、そんな呟きが聞こえてきた。

 彼は隣の席へと頭を傾け、一言、簡潔に尋ねる。


「誰?」

「知らねぇのか?

《餓狼》火縄・剛毅。八魔家、炎城の分家筋の火縄家の現当主で、Aランク魔術師序列第四位。

 最も《六天魔軍》に近い魔術師って言われてる」

「名前くらいしか知らんな」


 答えつつ、内心で笑いを噛み殺す。


《六天魔軍》に近いとか、笑わせに来ているとしか思えない。

 いや、確かに近いのだろう。

 だが、あくまでそれは、他に比べて、という意味でしかない。

 実際の所、火縄・剛毅と《六天魔軍》の間には越えられない壁がある。少なくとも、

 刹那の目にはその様に映る。


(……そもそも、魔王クラスでもない時点で、な)


《六天魔軍》は全員がSランク、魔王クラスの者だけで構成されている。

 SとAの狭間には絶望的なまでの差が存在するからだ。

 Aランクまでなら、技術や経験などでランク差を超えた逆転劇もあり得るが、Sランク相手だけは無理なのだ。

 余程、例外的で常軌を逸した技術でもない限り、相手にすらならない。


 剛毅本人がそれを知っているのか否か、それによって面白さが変わるのだが。


「あー、お静かにお願いします」


 栞女史が眉をひそめながら言えば、徐々にざわめきが鎮まっていく。

 数秒で静寂を取り戻したところで、栞女史が口を開く。


「試験は、試験官との模擬戦を行っていただき、その内容によって判断します。

 言うまでもない事ですが、その際、勝敗は関係ありません。

 繰り返しますが、勝敗は関係ありません」


 当たり前の事だ。

 相手は最前線でも通用する本物の戦士であり、実戦の経験もない若造たちが戦って勝てる相手ではないし、何より試験官は会場と日取りによって異なるのだ。

 そこに勝敗を条件に加えれば、試験に不公平が生まれてしまう。

 それを考慮しないのは当然だ。


「午前九時三〇分より一人ずつ演習場に呼び、模擬戦を行います。

 着替え等の準備が必要な方は、それまでに済ませておいて下さい。

 説明は以上となります。何か、質問はありますか?」


 問いかけに誰も手を上げない。


「では、これにて説明を終わります。

 皆さんの奮闘、期待しております」


 無駄な話など一切せず、必要分を最小限に言って、さっさと退室していく栞女史。

 その後ろに付きながら、剛毅試験官は挑発的な笑みを浮かべて、一言だけ告げる。


「精々頑張れよ、ガキども」


~~~~~~~~~~


 待機室より退出した二人は、演習場へと向かいながら言葉を交わす。


「火縄さん、どうでしたか?」

「あん? 何がだよ?」

「受験生です。見所のありそうな者はいましたか?」


 問われた剛毅試験官は、待機室内の光景を思い出す様に視線を彷徨わせ、


「俺の看板だけで委縮してる時点で駄目だろ。

 何人かは平静保ってたが……魔力制御も碌にできてねぇのばっかだ。

 一人くらいか? 少しはやりそうだったのは」

「それは……黒髪にスーツの少年ですか?」

「あ? ちげぇよ。

 緑のモヒカン気味の奴だ」

「ああ、風雲君ですか」

「……知ってんのか?」

「ええ。

 彼は、二年前まで我が校の生徒でしたから」


 中等部からの入学生であり、首席クラスではないものの、上位には食い込む程度には魔力量も魔術行使も優秀だった。


 全寮制である高天原学園に通っており、また早くに実家から学舎に戻って自主練習する様な性格だった事が幸いして、彼の実家で起きた悲劇を免れる事が出来た。

 しかし、事件以降は精神を病んで塞ぎ込み、そのまま退学してしまったのだ。


 将来を有望視されていただけに、彼の事は教員内でも残念に思われていたのだが、再度、受験に来た事と先ほどの様子からどうやら持ち直したらしい。


「火縄さんも知っておられるでしょう?

 二年前の《嘆きの道化師》事件を。

 彼はその被害者一族の生き残りです」

「……ああ、あれか。

 当時はまだ新米だったからな。生憎と捜査には加わってねぇんだわ。

 そうか、あいつが生き残りか」


 可哀想に、とは思うが、それだけだ。

《嘆きの道化師》による事件は派手で規模こそ大きいものの、別に他の魔術師殺傷事件は皆無な訳ではない。

 荒事に関わる事の多い魔術師の家系に生まれついたのが運の尽き、と諦めて付き合っていくしかないのだ。


 実際、剛毅試験官自身も、自分の血族でこそないが、身近な人間がある日、突然に消えるという経験を持っているのだから。


「まぁ、そういう事なら、多分、合格点は取れるだろ。

 よっぽど腕が鈍ってなけりゃの話だがな」

「でしょうね」

「ところでよ、さっきは何で別の奴を上げたんだ?

 そいつ、何かあんのかよ?」


 黒髪にスーツの少年、と言われた剛毅試験官は、頭の中で待機室の光景を思い出す。


 確かに、いた。

 今、話題に上がった風雲の隣に、条件に合致した少年が座っていた。


 だが、印象には乏しい。

 己の名に動じていない様子だったが、それは怖気づいていないと言うよりも単純に知らないという反応に見えた。


 加えて、魔力も一切感じなかった。

 完璧に制御して表に出していない、という類ではなく、それこそ魔力を持たないのかと疑うほどにそれを感じられなかったのだ。


 だから、剛毅試験官の中では、その少年を記念受験しに来た奴だと判断していたのだ。


「……明確な確信がある訳ではないのです。

 ただ、彼は〝雷裂〟の名を持っているのです」

「カンザキ? そいつは、八魔の、か?」

「はい。その雷裂です。

 身辺調査によると、どうも養子の様なのですが、仮にも八魔家の名を名乗っているのですから、何かあるのでは、と思っていたのですが……」

「へぇ? 養子、ねぇ。

 確かに臭いな。

 おい、そいつのデータあるか? ちょっとくれよ」


 剛毅試験官の要求に、栞女史は責める様なジト目を向ける。


「……火縄さん、担当の受験生のデータは回されていた筈ですが?」

「間違えて消去しちまった。

 どうせ、ほとんど落とすガキどものデータなんて興味もないしよ」

「怠慢です。気を付けてください」


 軽く毒を吐きながら、栞女史は自身の端末を操作し、受験生データを剛毅試験官のそれに送信する。


「おっ、来た来た。

 えーっと、雷裂は、と……これか。

 あん……? 雷裂……刹那……?」


 刹那、という名に古い記憶が刺激される。


 高等部時代、既に魔術師として頭角を現していた剛毅は、本家からの覚えもめでたく、それ故に本家に出入りする事もあった。

 その際に、本家の子息と顔を合わせる事もあったのだ。


 だから、刹那、という名前に憶えがある。

 魔力無しと判定され、暫くの軟禁の後に、死亡したと告げられた長男の名を。


 遠くない内に、死ぬとは思っていた。

 なにせ、魔無しとされて以降、目に見えて虐待されていたし、友人として付き合う為に呼ばれていた同年代の子供たちからは虐めにも遭っていた。

 特に虐めの方は酷く、子供故に加減も無ければ、手段も選ばない物であり、最後に見た時には魔法の標的として狙われ、顔面を含めた全身に火傷を負っていた。


 偶然の一致だ、と思う。だが、同時に心がざわめく。


(……まぁ、見りゃ良い話だ)


 想像を巡らせても仕方ない。

 即座に分かる情報は、既に手の中にあるのだ。


 端末をタップし、詳細情報を引き出す。


 雷裂・刹那の名と共に出てくる顔写真を、まじまじと見つめる。


(……似てる、か?)


 面影があるような気もするが、なにせ最後に見たのは十年も過去の事だ。

 成長期の十年は大きいものだ。

 写真だけで本人だとは確信できない。

 ただ、右顔面に刻まれた火傷痕が、剛毅の記憶を強く刺激する。


 詳しい経歴を見てみるが、五年前、十歳の時に雷裂家に養子として迎えられた、という事以外に目を引くような情報は何もない。

 強いて言えば、中学は不登校だった、という事だけだろうか。


「義理とはいえ、生徒会長の弟なのです。

 何かあるのでは、と思っていたのですが……火縄さんは何か知っておりますか?」


 栞女史も八魔の係累であるが、風雲と同じく末席であり、自身も大した能力を持たない為、中枢情報からは遠い。

 なので、八魔の本家とも密接な関係のある剛毅ならば何か知っているのでは、と思っての問いかけだが、


「……いや、何も知らねぇ。

 雷裂は他と違って表に出てこねぇからな」


 秘密主義という訳ではないのだが、あまり積極的に他と交流しようという様子のない引き籠り体質なのだ。

 当主の集まる八魔会議も欠席する事が多く、その内情はあまり知られていない。


「それと、比べんなら姉の方じゃなくて妹の方にしとけ」

「え? 妹?

 というと、雷裂 美影の方でしょうか?」


 名前は知っているし、悪い意味で有名だ。


 なにせ、元はSランクの魔力を持っていたのに、中等部に上がる頃にそれを失っているのだ。

 現在はEランクまで落ち込んでおり、〝落ちこぼれ〟と陰で呼ばれている。


 己の言葉を理解していないらしい栞女史の様子に、剛毅は言う。


「積極的に宣伝されてねぇし、こっそりと登録されてるからな。

 知らんのも分からんでもないが、仮にも自分の生徒の事なんだ。

 調べて、知っておいた方が良いぞ」


 雷裂 美影が《六天魔軍》の一人だという事は、秘密ではないし、ちゃんと政府広報に記載されている事なのだが、何故か大々的な喧伝をされていない。

 その為、その事実を知る者は意外に少ないし、故に彼女の才能は枯渇したのではなく、単に制限が掛けられているのだという事を知る者もとても少ない。


 困惑気味の栞女史は放って、剛毅は再度端末に視線を落とす。

 そこに書かれている事に変化は見られず、やはり何も分からない。


 だが、すぐに試す場は用意されているのだ。そこで確かめてみれば良い。


「おい。五十嵐。ちょいと頼みがあるんだけどよ……」

「は? な、何ですか?」

「いや、大した事じゃないんだがな……」


 そして、試験が始まる。

試験が始まると言ったな。

あれは嘘だ。


ごめんなさい。調子に乗りました。

つい教員サイドを入れたら長くなってしまったとです。


明日も更新しますので許してください。

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