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魔術先進国会議、開催

間に合った!

だけど、大急ぎだった所為で粗いかも……。


まぁ、大体の面子を知って貰えれば。

 ピピッ、という軽快な電子音が響いた。


「失礼」


 懐に手を入れて、音の発信元である端末を取り出すのは、一人の老人――《千斬》山田〝真龍斎〟五郎である。


 端末を操作し、届けられた情報を一読した彼は、深々と溜息を吐き出す。


 内容は簡潔そのもの。

 霊峰富士が噴火したが、鎮圧に成功す。

 下手人は張り倒して牢に放り込んだ、と、それだけだ。

 それだけで大体の状況が理解できてしまう辺りに、瑞穂統一国の苦労が滲んでいる。


「陛下。よろしいですか?」


 五郎は、側にいる帝へと口を寄せる。

 彼の様子から良い知らせではない、と察しながらも、帝は柔和な笑みを崩さずに問いかける。


「どうしましたか、五郎さん」

「はっ。実は、全てが予想通りに推移したとの連絡が来ました」


 それを聞いて、彼は全てを察する。


 美影がいつも通りにやらかしたのだ、と。


 短く嘆息した帝は、五郎へと確認する。


「彼女は、どうしましたか?」

「取り敢えず、痛めつけて牢獄に放り込んだ、との事です。

 まぁ、少しは反省してくれる事を期待しましょう」

「そうですね。そうだと良いのですが」


 若干、渋い顔をしながら、帝は頷く。


 以前にも、美影は庇い切れない程やらかした事がある。

 その時にも、仕方ないので反省させる意味で牢獄に入れたのだ。

 きちんとSランクの魔力にも対応した魔力絶縁機構を有しており、瑞穂において最も堅牢を誇る監獄だった。

 その実績は、この二百年で一度として如何なる脱獄をも許していない、という輝かしいものだ。


 だというのに、叩き込んだ三十分後には脱獄しており、自宅で優雅にお茶を飲まれているという事態が発生したのだ。

 しかも、丁寧に彼女が入っていた牢獄には、〝祝☆脱獄記念〟などと可愛らしい字体で彫り込まれているのだから、随分と舐められたものである。


 仕方ないので、五郎と武の二人掛かりでコテンパンに伸した嫌な思い出だ。


 才気の赴くままに自由に暴れ回る事は、実に若者らしく、とても喜ばしい、歓迎すべき事ではある。

 だが、物には限度という物があるし、出来れば時と場所をしっかりと弁えて欲しいと、少しばかり矛盾したような事を思う。


「今度は、ちゃんと大人しく反省してくれる事を切に願います」

「……陛下。あの娘に限らず、雷裂の連中がまともな思考をするとは期待しない方が良いかと」


 代々、そんな感じであり、あの一族の事を思い返せば、嫌な記憶ばかりだ。


~~~~~~~~~~


「……おい、あれは何だ?」


 各牢獄を映し出すモニターの中に、一つだけおかしな物が混じっている。


 豪華なインテリアで飾られ、贅沢な娯楽品が散らばる、とても監獄の中とは思えない様子だ。


 中にいるのは、雷裂美影である。

 先日、重症のまま、ろくに治療もされずに運び込まれた筈なのだが、既に健康体となって、今はハープを嗜んで遊んでいるようだ。

 見られている事を意識したチョイスで、とても腹立たしい。


「雷裂様の牢屋の様子です」

「それは分かる。

 あの周りにあるのは何だと聞いているのだ」

「娯楽品ですね」

「……ここは、基本差し入れは許されていなかった筈だが?」

「自分で調達してきたみたいですよ。

 ほら、ここの壁。

 補修した跡があるでしょう?」

「つまり、何か?

 勝手に脱獄して、あの品々を仕入れて、わざわざ帰ってきた、と?」


 様子を見に来た武に詰め寄られた監視員は、そっと視線を逸らす。


「い、良いじゃないですか、もう。

 だって、自分たちには止められやしないんですし。

 ちゃんと帰ってくるんだから、もうそれで妥協しましょうよ」

「…………」


 冷ややかな視線に晒されながら、監視員は涙目になりつつ、視線を逸らし続けるのだった。


~~~~~~~~~~


「まぁ、美影さんへの本格的な懲罰は帰ってからにするとして、私たちは私たちの仕事を頑張りましょうか」

「承知しました」


 帝は、五郎と連れ立って、欧州の土を踏んでいた。


 その理由は至極簡単。

 合衆国大統領スティーヴン・クールソンからの要請で、臨時の国際会議が行われる事となったのだ。

 呼びかけてから、僅か一ヶ月という、国際会議を行うにしてはあまりに突発的なスケジュールであり、今回の会議の重要性を世界がどれ程に認識しているのか、推し量れようという物だ。


 主たる議題は、当然、異界門と始祖魔術師〝女怪サノバビッチ〟への対応だ。

 ふざけた名前だが、誰よりも先んじて何処かの馬鹿が名付けてしまった為、これが世界的な正式名称なのだ。

 今回の会議中に絶対に名称変更してやろうと、スティーヴン大統領は考えているらしい。

 祖国の恥を晒す様なので、帝も同意見である。


 ともあれ、そういう理由で彼らは欧州へとやってきていたのだ。


 参加国は、七ヶ国。

 アメリカ合衆国、瑞穂統一国、ロシア神聖国、中華連邦、インド王国、そしてEU連盟からは現在の盟主国であるイギリスとフランスが参加する。

 どの国も二つ名持ちの真の魔王を常に一人は有する魔術先進国だ。

 彼らの思惑と都合によって、今の地球は運営されていると言っても過言ではない。


 係の案内に従って、二人は会議場へと入る。

 建前上は、先進国同士は対等である、という事で議場は円卓の形をしている。


 どうやら瑞穂は最後だったようで、他の席は全てが埋まっていた。


 会議場の空気は、相当に張り詰めている。

 今にも戦闘が始まるのではないか、と思わんばかりの緊迫感だ。


 国際会議こそが、文官の言葉による戦場だから、などという理由ではない。


 もっと単純にして簡潔な理由だ。


 今、この場に揃っている各国の代表たちは、全員が祖国の誇る魔王を護衛として連れているからである。

 抜き身の刃、あるいは撃鉄を挙げた銃口を突きつけ合っている状態に等しく、ほんの些細な事で、本当に戦場となってもおかしくないのだ。


 何故、この様な砲艦外交紛いの状態となっているのか。


 それは、主にロシア神聖国が原因だ。


 この国は、権力も武力も、完全なる一極集中が行われており、その全てがヴラドレン・ジェニーソヴィチ・アバーエフただ一人に集約されている。

 だから、国家の代表として訪れるのも、ヴラドレンであり、それはつまり世界最強の魔王がやってくる、という事を意味する。


 果たして、そんな何処に起爆スイッチがあるかも分からない歩き回る戦略兵器を前にして、常人が正気を保っていられるのか。


 答えは否である。


 過去に、かの魔王の発する威圧に耐えきれずに発狂した者がおり、詳細は割愛するが、その結果として会議場とそれを有する都市が丸ごと焦土となるという痛ましい事件があった。


 それを教訓とし、最低限、身の安全を安心できる戦力をそれぞれに用意してくるように、という話になり、以降、この様に全員が全員、魔王を連れてくるようになったのだ。


「全員、揃ったみてぇだし、ちゃっちゃと始めるぜ。なぁ、おい」


 ピリピリとした空気の中、発起人であるスティーヴン大統領が気楽な口調で言い放つ。

 あまりに考え無しな発言に、背後に立つ魔王――《射手座》ジャックが眉を顰める。


「……大統領。もう少し礼節という物を弁えて下さい」


 小声での忠告に、しかしスティーヴン大統領は鼻で笑い飛ばす。


「はっ! こいつらにそんなもんがいるかよ! なぁ、そうだろう、おい!?」


 大体、と繋げる。


「ウチの国は民主主義だぜ?

 オレの代わりは幾らでもいる。

 ちゃんと遺書だって書いてあんだ。

 怖いもんなんてねぇだろ、おい」

「だからと言って、自分から死に急ぐ事はないでしょう」


 全くその通りだ、と命が惜しい他の面々は内心で同意する。


「実にその通りですね。

 もう少し場に適した言動を心がけていただきたい」


 言葉にするのは、褐色の肌を持つ初老の男性。


 インド王国国王、ルドラ・ヴァルマである。

 背後に女性の魔王――《隠者》ガウリカ・アミンを控えさせている。


「おいおい、ふざけた事言ってんじゃねぇぞ、おい。

 オレが今更丁寧に喋って、誰が得するんだよ、おい。

 別に中継されてる訳でもねぇんだぜ?」


 この場の出来事が世界に公開される事はない。

 完全に参加者の内にのみ仕舞い込まれる事であり、だからこそ変に取り繕わずに行くべし、と述べるスティーヴン大統領。


「それでも、最低限、というものがあるでしょう?

 これだから歴史の浅い野蛮人は困るのです」

「これは悪かったなぁ、おい。

 古臭い事だけが取り柄の連中にゃ、オレ様のセンスは理解できねぇか!」


 売り言葉に買い言葉。

 勝手にヒートアップしていく二人の指導者。


 それを横目に、我関せずを貫く者たちもいる。


「おや、帝の坊ちゃん。

 美味しそうなものを持っていますね」


 帝の隣席に座った老女――イギリス女王ヴィクトリアが語り掛けてくる。

 帝は笑みを浮かべながら、取り出して一人で摘まんでいた饅頭を差し出す。


「よろしければ、如何でしょうか?

 我が国の幻の名産品ですよ?」


 物自体は単なる地方名産品だが、それを基に美影がアレンジして作った逸品だ。

 魔王自らの手で作られた品という意味で、それは確かに幻の品と言えよう。


「おや、強請ってしまったみたいで悪いわね。

 有り難く頂戴するわね」


 ヴィクトリア女王が手を伸ばすが、その前に彼女を制止する声が届いた。


「女王陛下。一応、毒見が必要だと思うのであるが……」


 燕尾服にシルクハットという、英国紳士然とした男性魔王――《霧雨》アレン・ウィンザーの言葉に、ヴィクトリア女王は確かにと頷く。


「あら。それもそうね。ホホホッ、ではアレン君。お食べ?」

「承知。帝陛下、失礼するのである」

「どうぞどうぞ」


 差し出された箱から、ランダムに抽出し、そこから破片を千切り取って食べてみせるアレン。


「どうかしら?」

「大変に美味である。

 お代わりを所望しても?」

「私の後にしなさいね?」


 若干、威圧を込めて釘を刺しながら、ヴィクトリア女王は少しばかり欠けた饅頭を齧る。


「あら、本当に美味しいわ。

 何処のお土産なのかしら?」

「我が国の第五席の子のお手製ですよ。

 とても料理の上手な子でしてね」

「ああ、あのカンザキの。悪名高き。

 へぇ、そうなのね。やっぱり、女の子は料理が上手ね。

 ……ちなみに、やっぱりカンザキの血を引いているのかしら?」

「それはもう、立派に。

 つい先刻も少々火山を噴火させてくれまして。

 いやはや、元気が良過ぎるのも困りものです」

「あらあら、お転婆な子ね。

 容姿も愛らしいし、今度、是非ともウチに招いてみたいわ」

「それは良いですね。

 可愛い子にはやはり旅をさせたい物ですから」


 刻一刻と険悪になっていく応酬の横では、和やかな茶話に花を咲かせている。


 更にその横では、まだ若い、と言うよりも幼いと言うべき少年少女たちが言葉を交わす。


「ねぇねぇ、この後、時間ある? あるよね?

 近くに良いスポットがあるんだ。

 朕と一緒にピクニックにでも行こうよ」

「えぅ、あぅ、……あ、あの」

「それとも、ショッピングが良いかな?

 大丈夫。色々と良いお店を知ってるからね。

 しっかりとエスコートしてあげるから」

「その、あの……う、うぅ」


 まくし立てるように少女に粉をかけるのは、フランスの若き皇帝――ヴァレリアン・ロンデックスである。


 その勢いに負けて困惑している少女は、中華連邦代表の天子だ。

 代々、象徴としてのみ存在しており、実権はない。

 その為、大抵は見目が良いだけの者が担がれてしまう。


「良いですよー、坊ちゃん。そう、愛を囁くのです。

 そうすれば愛に飢えた子はメロメロコロリンなのですよー」


 皇帝ヴァレリアンの背後で囁くのは、妙齢の女性魔王――《母神》エメリーヌ・ラクルテルだ。

 お互いに愛に生きる愛の戦士である為、皇帝とは実に仲が良い。


 それを呆れた視線で見るのは、屈強な体格を有する男性魔王――《仙人》王芳(ワン・ファン)だ。

 中華連邦の実質的な支配者でもある。


 実に多彩で、癖のある面々。

 こうして自由に過ごしていながらも、各魔王はそれぞれに威圧を飛ばし合い、牽制を怠っていない。

 自分たちの代表――建前上を含めて――に刃が向けられれば、即座に動けるように意識している。


 一触即発の会議場だが、突如、空気が切り替わる事態が発生する。


「――鎮まれ」


 一言。

 たった一言が、ロシア神聖国代表――《災禍》ヴラドレン・ジェニーソヴィチ・アバーエフから放たれた。


 瞬間。


 他の全魔王が臨戦態勢を取った。

 それぞれに会話していた代表たちも、厳しい視線でかの魔王を見る。


「我の時間を浪費させるな」


 居丈高に言い放つ。

 仮にも対等とされる各国に対して、傲慢とさえ言える態度だが、それが許されるだけの力を有している。


 暴れるつもりはない、と判断して臨戦態勢こそ解除するが、それでも一瞬にして高まった警戒心は解かれる事はない。

 なにせ、既に臨界点だ。

 これ以上、ふざけた事をすれば最強の魔王が爆発しかねない。


「チッ。しゃーねぇな、おい」


 舌打ちしながらも、椅子に座り直したスティーヴン大統領は、改めて会議の開催を宣言する。


「そんじゃ、今度こそ始めるぞ。

 世界の行く末を決める為にな」


今週、遂に書籍発売です!

書き下ろしもあるので、出来ればお手に取って貰えると作者が喜びます!

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[一言] 未来の学生「始祖魔術師〝サノバビッチ〟…ゑ?これ国定教科書だよね?」
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