裏切りの味
外出自粛で暇をしているかもしれない人々に、一時の暇潰しを。
なんて事をやっている所為で明日の更新分をこれから書かなければならなくなってしまう、アホな作者です。
ちなみに、作者は今日も仕事です。
おかしい。何故、外出自粛なのに当たり前のように仕事があるのだ。
「……………………おぉ、なんて事だ」
目の前で舞い上がる噴煙を眺めながら、美影は呑気に呟く。
はっきり言って、こんな事をする気は無かったし、こんな事になるとも思っていなかった。
全ては間が悪かっただけなのだ。
彼女としては、ちょっと脅かしてやるくらいのつもりだった。
少しばかり力を入れ過ぎてしまった事は間違いないが、全員で力を合わせればぎりぎりで対処できる程度に収めていた。
問題は、俊哉が一人で片付ける事を選択した事だ。
彼は周囲の者たちをまるで信じていなかった。
状況を打開する力になり得るとは欠片も思っていなかったのだ。
それが悪い事とは言わない。
他者から逸脱してくると誰もが辿り着く場所だ。
美影や刹那が良い例だ。
彼らは基本的に自分一人だけで足りている。
だから、自分以外の何者をも欲していない。
必要とされるとすれば、同じ領域に立てる者だけなのだ。
だから、俊哉がそうした事自体は全く悪い事ではない。
彼が凡才と常識の壁を突破し、美影たちと同じ超越者の領域へと踏み込みつつある、という証拠なのだから。
むしろ彼の成長を喜ぶべきと言える。
ただ、タイミングがひたすら悪かった。
「もうちょっと時と場所を考えて成長して欲しいよね」
理不尽な事を言う美影。
結果として富士山が噴火する事になったのだから、彼女の言う事にも一理はない事もないが、彼が聞けばそもそもの原因が言うな、と激昂する事だろう。
「まぁ、原因を考える事は今は置いておきましょ。
……これ、どうしたものかな」
もはや語るまでもなく大惨事である。
放っておけば、瑞穂統一国のみならず、世界規模の影響を撒き散らしてしまうだろう。
美影の技能は攻撃寄りであり、防壁を作る事には向いていない。
力業で一時的に噴火を抑えるくらいならできるだろうが、根本的解決は不可能だ。
だから、どうしたものか、と悩んでいるのだ。
「まっ、悩んでも結論は変わらないかな」
何をどうした所で自分にはどうにもならないのだから、できる人間を呼び出す。
それ以外に方策は存在しない。
携帯端末を取り出し、登録されている番号を呼び出す。
その番号には、『《六天魔軍》国枝香織』と名付けられていた。
土属性の魔王であり、強固な防壁を造り出す事に特化した、美影の対極にいる女性だ。
通信を開こうとした刹那、美影は瞬発する。
「その必要はない」
感情の籠っていない平坦な声音。
それに向けて、彼女は鋭い蹴りを放つ。
彼女の蹴撃は、しかし腕を回転させる様にして簡単に後方へと流され、代わりに強烈な鉄拳が強かに打ち付けられるのだった。
~~~~~~~~~~
「力抜いてろよー。下手に抵抗すると落っことすぞー」
爆発的に広がる噴煙の中を、無数に枝分かれした風の道が通る。
それを造り上げているのは俊哉だ。
そして、そこを通るのは選抜課程の者たちである。
彼らは飛翔翼を全開にしたまま、しかし何をする事もなくただ身を任せている。
風の向くまま、翻弄される木の葉のように。
それは、風属性術者が行う、高効率飛翔の極意だった。
風向きを理解し、最大限に風を受け止める能力がなければ、成立しない技法だ。
本来、彼らにそんな芸当は出来ない。
だが、今の彼らは飛翔翼という補助を得て、風を掴む能力が上乗せされている状態だ。
その上で、風を理解している俊哉が、外側から丁度良い流れを送り込んでいる。
完全に外部任せにする事で、風の道を行く事が出来るようになっていた。
俊哉は適度に風を送り込み、彼らを持ち上げながら噴火口から距離を取っていく。
幾ら高効率とはいえ、自身を含めて十三人分の風の道を作り、また噴煙からの防壁を築き続ける事は魔力消費量が馬鹿にならない。
所詮、彼の魔力量はBランクなのだ。
《クサナギ》内部に貯金してある分を吐き出したとしても、安全圏まで逃げ切れるかは微妙な所だ。
「おっと! 危ねぇ!」
火山弾の一つが進路上に落ちてきた。
それを新たな道を作る事で躱す。
全員分の安全を管理するのは実に大変だ。
ちょっと他に気を取られている内に危険が押し寄せてくる。
「マジ! やってらんねぇぞ、コラ!」
飛んできた火山弾の一つに、気付くのが遅れてしまった。
回避させる事が出来ない。
仕方ないので炎弾を以て迎撃するが、それによって処理がまた一手遅れていく。
詰将棋のように、徐々に、徐々に、追い詰められていく現状。
(……やべぇ! 犠牲者ゼロは無理かもしんねぇ!)
小規模な噴火などではない。
富士山がまるごと爆発する様な大噴火だ。
その影響範囲は広大で、安全圏までは非常に遠い。
今のペースでは、確実に一人二人取りこぼしてしまう。
焦りがじわじわと胸中を蝕んでいく。
だが、その不安は唐突に払拭された。
「なにッ!?」
莫大な魔力の放出。
眼下、富士山麓付近から、異常とも思える魔力が噴き出された。
世界を揺るがす様な圧力を伴ったそれは、間違いない。
間違える筈もない。
魔王の魔力である。
だが、その正体が判然としない。
美影とは間違いなく違う。
雫でもない。
擦れ違っただけなので確証はないが、《千斬》でも《怪人》とも違うと思われる。
「っ、しまッ!?」
注意が逸れていた。
突然の変化に気を取られ、周囲への警戒が疎かとなっていた。
斜め下方から打ち上がってくる火山弾。
直撃コースだ。
大きさも巨大であり、生半では撃ち落とすどころか逸らす事すら難しいだろう。
「チィッ!」
俊哉は舌打ちしながら、魔力を左腕へと集中させる。
大幅に余裕が削られるが、預かっている命には代えられない。
《クサナギ》が砲撃形態へと移行する。
周辺の大気をドンドンと取り込んでいき、赤熱の光が隙間から漏れ出る。
「砕けろッ!」
《天照》が放たれる。
瞬間。
天を衝く巨大な石壁が出現した。
「はぁっ!?」
自分たちと火山弾を隔てるように起立したそれは、両方からの直撃を受けるものの、僅かにも揺らぐ事なく、びくともしない。
見れば、《天照》によって大きく表面が削られているが、貫通はしておらず、更にはその傷跡も見ている間にも修復が進んでいく。
《天照》は、既に魔王の領域に踏み込んだ威力を持っている。
それをいとも容易く、真正面から受け止める事が出来る魔王は、瑞穂には一人しかいない。
一人いれば充分だ。
《金剛》国枝香織。
とにかく堅い。ひたすら堅い。理不尽に堅い。
そんな謳い文句を受け、防御能力のみを比較すれば世界最強とまで称される、防御一辺倒の魔王だ。
彼女の石壁は、目の前のそれだけではない。
噴火口を包むように、連続して打ち立てられていく。
天変地異を抑え込む事は、流石の魔王にもきついのだろう。
途中、魔力を使い果たしたのか、石壁の生成が途切れ、彼女の魔力も消え去った。
だが、その直後、空間を貫いて、慣れ親しんだ無色のエネルギーが飛来した。
雫による遠隔魔力補給だ。
まだまだ加減が効かないらしく、受け止めきれない量の魔力によって、富士山麓が眩い輝きに照らし出される。
余力を得た香織は、すぐさまに石壁の生成を再開する。
有り余るエネルギー量にあかせて、噴火口を囲み、最後に蓋となる石壁を造り出す事で、大噴火を押し留める事に成功する。
そこに、更に雫の魔力が届いた。
受け取った香織は、最後の仕上げへと取り掛かる。
圧縮。
まるでビルの解体現場を見ているかのように、内部に向かって倒壊し、噴火の影響を地の底へと押しやっていく。
見る見るうちに巨塔の如き石壁は縮んでいき、やがてまっさらな山肌と同化し、何事も無かった富士山の姿へと変わっていた。
「……すげぇな。流石、二つ名持ちは違うぜ」
二ヶ月前とは比べ物にならない力を持った俊哉。
美影との差は今でも果てしなく、己はまだ未熟なのだと理解はしていた。
だが、それでも少しは手が届く位置にいるのではないか、と心の片隅で思っていた。
それを覆す様な、人智を超えた芸当。
二人掛かりだったとはいえ、人間にはどうしようもないほどの天変地異をあっさりと抑え込んでみせたのだ。
自分ではただの数人を無事に逃がす事さえ難しかったそれを、だ。
俊哉の顔に笑みが浮かぶ。
それはとても獰猛で、挑戦的な物だった。
「こんな高みを見せられちゃ、頑張ってみるしかねぇよな……!」
果てのない頂への道。
だが、男として、資格を持つ者として、それを上り詰めずにはいられないのだ。
~~~~~~~~~~
柔よく剛を制す、剛よく柔を断つ。
二人の魔王の戦いは、まさに対極にある様相となっていた。
一見して華奢な矮躯でありながら、強力な身体強化を持ち、真っ直ぐな剛拳を振るう《黒龍》雷裂美影。
対するは、彼女に比べ遥かに体格に勝り、よほど剛拳の似合いながらも、流麗で無駄のない柔拳を振るう《流転》菊池武。
「お前と戦うのって楽しくないんだよ……!」
「奇遇だな。俺もそう思う」
雷を纏った鋭い拳が、閃光のように振るわれる。
それを武は手一本で受け止める。
巨岩をも粉砕する剛拳。
如何に魔王の身体強化と言えど、正面から受け止めれば無事では済まない威力が込められている。
だが、美影の拳には、まるで分厚い綿でも殴ったような、気の抜けた感触のみが伝わってくる。
きちんと威力が通っていない。
そうと感じられる手応えを証明するように、武は涼し気な顔を崩さず、代わりとばかりに彼の足元が爆散する。
している事は、実は単純だ。
身体の中に力の流れを作り、受けた威力をその流れに乗せて外に放り出しているだけ。
受け止めるのではなく、受け流している。
それを神業の如きタイミングと技量で行っているだけの事だ。
だが、事は言うは易し、行うは難し、である。
神速で駆け抜ける怪物を相手に、刹那のタイミングを合わせて、寸分の狂いもなく正しく受けなければならないのだ。
もしも受け損なえば、受け入れた威力は体内で爆発してしまい、普通に攻撃を受けるよりも痛烈なダメージを受けてしまうだろう。
技量だけでなく、一歩も怯まない豪胆な精神があって初めて成立する技だ。
「ふっ……!」
美影の蹴りを受け止め、一瞬だけ遅れて武も蹴り足を放つ。
彼女はそれを腕を盾に受け止め、そのまま蹴り倒された。
地面が破砕し、派手にめり込む美影。
武が発している魔力量からは考えられない威力。
その正体は、美影自身が放った蹴撃の威力を、そのまま叩き返された結果だ。
普段は地面などに流している威力だが、カウンターをしっかりと返せる場合は、武は自身の攻撃に受け入れた威力を載せて叩き返しているのだ。
対人特化。
《魔王殺し》とも称される、技だけで魔王を殺し得る超人である。
タネを知っている美影は、当然、そのまま返されたとしても自分が耐えられる程度の威力での攻撃しかしていない。
だから、すぐさまに復帰するものの、打開策が中々見つけられない。
「まったく。頑丈な娘だ。
いい加減、素直に殴られてくれないだろうか」
「つーか、これ、僕の所為じゃないでしょ。
ただの不幸な事故だって」
武は、全ての元凶を制裁し、捕獲する役目を負って配置されたのだが、どうにも攻め切れていない。
大抵の相手ならばそれがたとえ魔王であっても問題ないが、美影は速度が異常だ。
最速で雷の速度で駆け抜ける彼女が相手では、一瞬の隙が即座に致命傷へと繋がる。
下手に攻勢に回れば、それを隙とされてしまうだろう。
大変に相性の悪い、面倒な相手なのだ。
だから、彼は待つ。
武の戦いに卑怯や反則という言葉はない。
勝てれば全て良しなのだ。
「事故と片付けるには、些か事が大き過ぎる。
誰かが責任を取らなければいかん」
「じゃあ、僕以外の誰かでも生贄に捧げよう」
「最低の娘だな。
お前以外にこれを為せる者がいない以上、責任はお前が取るしかない」
「やだよ。
ほとぼり冷めるまで廃棄領域にでも引っ込んでる」
「逃がすと思うか?」
「止められると思うの?」
逃げに徹せられると間違いなく捉えきれない。
なので、程よく手を抜いて、準備が整うまで逃げるという選択を選ばせないようにしなければならない。
武の任務の難易度が更に上がってしまう。
千日手の様な攻防が続く中、視界の端で変化が起きた。
巨大な石壁が噴火口を包み込み、倒壊しながら噴煙を封殺したのだ。
「あれ、国枝のおっかさんも来てたんだ」
「噴火活動を抑えるとなれば、彼女を外せる筈がない」
美影が富士山を使う事は通知されていた。
それを聞いて、帝は最悪噴火してしまう事態まで予測し、その対策として《六天魔軍》の二人を動員し、密かに配置していたのだ。
何事も無ければ、ただの心配症で済んだが、まさかの事態が発生してしまった為、こうして対処に動く羽目となってしまった。
二児の母である香織など、ぶちぶちと文句を言いながら待機していた物である。
ずぶり、と美影の足が泥濘に膝まで沈む。
「うわ! 地味な足止め!」
突然の事に僅かにバランスを崩す彼女に一撃をくれてやろうと、武は駆ける。
「ぬりゃ!」
美影は足を引き抜くのではなく、そのままの状態で強引に前蹴りを放った。
既に硬い石となっていた泥濘だが、彼女の脚力に耐えきれず破砕し、散弾となって武へと殺到する。
「このゴリラめ」
「あっ! 女の子に向かってそんな事言う!?」
正直な感想を言えば、何故か美影が怒り出す。
とても不思議だと首を傾げる武に、美影は踏み込む。
一閃の拳打。
それを阻むのは、硬質な石壁。
「無駄ぁ!」
力を込めて粉砕する。
砕ける石壁の陰に隠れて、武が美影の頭上を取る。
蹴撃。
隙を突いた攻撃。
だが、美影の方が早い。
腕を交差させて、既にガード態勢を取っている。
武の力では、防御を貫いて痛撃を与える事は出来ないだろう。
普通ならば。
刹那の瞬間、場に膨大な魔力が溢れる。
「雫ちゃん!? 裏切ったね!?」
それが何であるかを即座に看破した美影は、悲鳴を上げる。
いまだ正確な魔力の転送を出来ない雫では、大雑把な範囲を満たしてしまう。
それは接近戦を行っている場合、敵味方を区別せずに利用可能なエネルギーを送る事だ。
だが、それでも敵味方で効果の差は出る物だ。
一つは、知っているか否かの差。
それが来ると知っている者と知らない者では、理解し、利用するまでに僅かなタイムラグが発生する。
もう一つは、場に満ちたエネルギーを、どれだけ効率的に利用できるか、という差。
魔力操作は練度によって大きく異なる。
である以上、どれだけ効率的に取り込み、それを生かせるか、という点でも差が出てしまう。
美影は知らなかった。
雫が協力している事を。
そして、魔力操作という点でも、負けている。
自分の魔力を操作するだけならば負けているつもりは欠片もない。
だが、外側にある魔力を取り込み、利用するという点において、武の右に出る者はいない。
一瞬で場の魔力を掌握し、独占した武は、その全てを蹴り足に込める。
「なんて卑怯なッ!」
「勝てば官軍だ、小娘」
美影に蹴撃が叩き込まれる。
両腕の骨が折れる音が響き、それでも勢いを止めきれなかった彼女は、地面の中に深く埋まった。
そして、美影は反省室という名の冷たい牢獄に放り込まれるのだった。




