高天原の卒業試験
思い付きで一周年記念とかいう馬鹿な事をしたせいで、またストックがなくなった……。
投稿を始めてからいつもの事だけど、二日で一話書くのは疲れまする。
光あれば、当然、影もある。巨大な人工島である《高天原》もそれは例外ではない。
入り組んだ路地を奥へ奥へ進んだ先に、街並みの死角とも言うべき場所があった。
四方を背の高いビルに囲まれ、それらにはそこを見通す窓の類は一つもない。
出入りできる場所は天頂を除けば、一ヶ所しかなく、昼間であっても薄暗い袋小路だ。
そこは、一言で言えば秘密基地だろう。
不格好ながらも最低限の用は足りる工作機材が大量に運び込まれ、まるで鳥の巣のようになっていた。
現在、そこにいるのは三人の男子生徒たち。
運び込んだ機材を使って、様々な物品を作製している。
この様な所で隠れて作っているのだ。
当然と言うべきか、それらは危険極まりない品々であり、無断での作製は厳罰が処される類のものだ。
「へっへっへ、これだけあれば一発かますにゃ充分だぜ」
「甘いぞ、我が同志よ。先人たちの忠告に従えば、作り過ぎて困る事はないという話だ」
「ああ、時間の許す限り作りまくろう。なに、余りそうなら売り払っちまえば良いんだし」
会話を交わす彼らに、悪い事をしているという意識はない。
皆無だ。
当然だ。
彼らにとってこれは必要な事だからだ。
これをしなければならない、と固く信じている者に、悪気があろう筈もない。
だが、それはあくまで彼らの価値観の中での話。
規則上は完全な違反行為であり、バレてしまえば拘束される事案には違いない。
「そこのお三人! 現場を抑えましたわよ!
無許可での危険物作製の容疑で生徒会執行部が拘束いたしますわ!」
凛と響き渡る少女の声。
つい最近、体制側に付いた新戦力の声だ。
「チィッ、鬱陶しい犬め! 大儀の為だと何故分からん!」
「問答無用! 確保ですわー!」
勇ましい声と共に、場に冷気が満ちる。
通常の執行部の戦力なら、武力で抵抗する、という選択肢もあっただろう。
だが、この相手にはそれは悪手だ。
Sランク魔術師を相手にして勝てるとは彼らも夢にも思っていない。
「今捕まる訳にはいかないのでな! アデュー!」
一人が即座に掌サイズの玉を地面に叩きつける。
途端、煙幕が袋小路の中を満たした。
「……! なんて小賢しい真似を!」
視界を封じられようと、普通ならば魔力感知で対象の居場所を探る事が出来る。
狙いはアバウトになるだろうが、Sランクの攻撃力と攻撃範囲を以てすれば、強引に押し切れる程度の物だ。
だが、この煙幕には魔力を含ませているらしく、まるで周囲を敵に囲まれているかの如き無数の反応が返ってくる。
この状態で自身の魔力を隠されようものならば、とてもではないが攻撃など当たらないだろう。
執行部の少女は、少しだけどうするかと迷い、すぐにその迷いを斬って捨てる。
「ならば、全て凍り付きなさい!」
選択したのは、大魔力にあかせて押し潰す、である。
解放した魔力は冷気となり、少女を中心として袋小路内の全てを凍り付かせる。
煙幕もまた瞬間凍結され、綿あめの如き様相となった。
少女が腕を一振りすれば、儚く砕け散り、床に散らばる。
「っ!? いない!?」
視界が晴れて結果を確認すれば、袋小路の中には誰もいなくなっていた。
何処に消えたのか、と見回せば、床面に人一人が通り抜けられる大きさの穴が開いている。
他にもビルの壁の一角に、不自然な凍り方をしている場所があり、更に別の壁には上方に向かって点のようにかすかな魔力反応が残されていた。
思わず見上げれば、丁度、ビルを登り切り屋上へと消えようとしている男子学生の一人がいた。
「お待ちなさいッ!」
声を張り上げれば、見つかった事に気付いた彼が、懐に手を入れる仕草をした。
直後。
周囲で凍り付いていた不格好な機材群が爆発した。
「はっはー! アジトに望む物と言えば自爆装置だってな! あーばよー!」
そんな捨て台詞が降ってくる。
爆炎が収まると、そこには氷の塊が鎮座していた。
表面が焼け焦げ、微細なヒビの入ったそれが崩れれば、中からは怒りの表情を湛えた少女が出てくる。
「なんって、連中ですの!? もう頭に来ましたわ!」
いくら、生徒会執行部への反撃が合法とはいえ、ここまで殺意の高い攻撃をされるとは思っていなかった少女は、先ほどの男子生徒の後を追って、壁面を垂直に駆け上がっていく。
彼女の足跡はくっきりと凍り付いており、凍らせる事で壁と足を接着している事が窺える。
屋上に出た少女は、既に遠く離れている男子学生の姿を見つける。
「絶対にッ! 逃がしませんわよ!」
大規模範囲攻撃を叩き込んでやりたい所だが、それでは無関係な者を巻き込んでしまう。
それは違法だ。
だから、彼女は氷の道を空中に造り上げながら、スケートリンクを滑るように男子学生へと高速で向かっていくのだった。
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「はぁ~。……疲れましたわ」
あの手この手で反撃してくる馬鹿をなんとかひっ捕らえて懲罰房に叩き込んだ執行部の少女――リネットは、高等部生徒会室に帰ってくるなり、自分の席に座ってデスクに突っ伏した。
「あははは、お疲れ様。
それで、お疲れの所、とても心苦しいんだけど、新しい違反情報が入ってるから行ってきてくれる?」
「…………またですの!?
息を吐く暇もありませんわね!?」
銀の混じった金髪の少女――高等部生徒会長、雷裂美雲の労いと新しい仕事の話が脳に沁み込むなり、リネットは上体を起こしながら激昂の雄叫びを上げる。
高天原神霊魔導学園に転入したものの、希望である雷裂美影との決闘はいまだ叶っていない。
彼女が新課程の教官役を担い、やり過ぎてしまった結果、謹慎処分という説教タイムに突入してしまった所為だ。
手持ち無沙汰となった彼女が世話役である美雲に相談すると、執行部の手が足りていないから手伝ってくれないか、と誘われた事が、彼女が生徒会執行部に入部した経緯である。
それが全ての間違いだった。
これほどの激務だとは思っていなかった。
危険度の高い校則違反者を取り締まる、一般学舎における風紀委員のような物だとは確かに聞いていた。
抵抗するようならば実力行使も構わない、というSランクの自分に向いている暴力的な仕事だと楽観視していた。
だが、まさか立て続けに違反情報が舞い込んで、休む暇もなく《高天原》のあちらこちらを走り回されるとは思っていなかった。
「少しぐらい休憩させて下さいな!
本当にお願いですわ!」
「う~ん、まぁ、緊急案件でもないから、良いかな?
少しだけよ?」
涙目で訴えるリネットに、美雲は少しだけ思考し、了承の言葉を口にする。
デスクの中から、アンティークな砂時計を取り出しながら。
それを見て、リネットは思わず半目となってしまう。
「……まさか、それが落ちるまでですの?」
「うん。
緊急じゃないとはいえ、執行部で拘束する為には現行犯じゃないといけないし。
トンズラされる前に確保に向かってちょうだい」
あっさりと肯定する美雲の言葉に、リネットはがっくりと肩を落とす。
生徒会執行部が生徒を拘束して良いのは、違反現場を押さえた現行犯の場合のみ、というルールがある。
だから、情報が入れば迅速に向かう事が推奨されるのだ。
それが分かるが故に、リネットは諦めざるを得なかった。
彼女はノロノロと生徒会室に備え付けられているコーヒーメーカーへと向かう。
インスタントな上に作り置きのコーヒーだが、ないよりマシだ。
カップに注いだ黒い液体を一息に飲み下す。
酸味の混じった強い苦みが熱さを伴って喉を通り抜け、疲労の溜まった身体へと沁み込んでいく。
もう一杯、カップへと注いで席へと戻った彼女は、美雲へと問いかける。
「何で、こんなに忙しいんですの?」
「執行部部長の久遠がいないからね。
弟君も困った時期に拉致してくれたわ」
嘆息混じりの言葉に、リネットは首を横に振る。
「いえ、そういう事ではなく……。
そもそも、何で違反がこれ程までに多いんですの?
無法地帯過ぎますわ」
「あ、そもそもの根本原因の方?
いや、シーズンに入っちゃったから仕方ないのよ。
毎年恒例の事だから、風物詩と思って諦めて貰うしかないわ」
「風物詩? ですの?」
「うん、知らないかな?
高天原学園の卒業試験シーズン。
結構、有名な話なんだけど」
言われたリネットは、視線を宙へと彷徨わせながら、小さく頷く。
「……、……噂くらいは聞いておりますわ。
あそこは卒業試験が一番大変だ、と」
「あはは、まぁその通りではあるけど、大変の意味は多分想像と違うわよ?」
「と、言いますと?」
訊ねると、美雲は軽い口調で語り始める。
「高等部の卒業試験って、実戦なのよ。しかも、かなり本番仕様」
「……それは当然の項目ではありませんの?
魔術師は軍人の側面が強いのですから」
卒業生の全てがそうなる、という訳ではないが、魔術師養成学校という物は軍人を代表とした荒事従事者を育成するという側面が強い。
そもそも、一般的な生活を送る上では、熟達した魔術の腕など必要ないのだから当然の事だ。
だから、そうした学校に実戦に近い演習が組まれる事は珍しくないし、ほとんどの学校で卒業試験などに実戦という科目が含まれる。
そうした事情を理解しているリネットは、美雲の言葉に首を傾げる。
「うん、その通りなんだけど、うちの場合はかなり特殊というか……。
そうね、最初から話しましょうか。
まず、卒業試験は一年度に四回行われるのよね」
「四季に合わせて、という感じですの?」
「ううん。
三回は、夏期、秋期、冬期で合ってるんだけど、春期分だけは入学とか卒業とか、あと進水式だとかで忙しいから、不定期。
春以外の何処かで実施されるの」
首を振ってリネットの理解を否定する美雲。
彼女の説明に、リネットは若干顔を顰める。
「何処かで、って、何ですの、そのアバウトな表現は。
決まっておりませんの?」
有り得ない、と責める様な言葉に、美雲は肯定の頷きを返す。
「うん。不定期。
必ずやりはするんだけど、具体的な日時は通達されないから。
というか、他の三回も夏秋冬にやるって決まってるだけで、いつ始まっていつ終わるのか、って何も知らされないから」
「は? へ? な、何なんですの、それ?」
「だから、かなり本番仕様って言ってるの。
敵役は瑞穂統一国軍なのよ。
分かってるのは、それだけ。
あとは自分たちで調べなさい、っていう無茶苦茶を言ってくるの」
情報戦からして、戦争の一部だ。
目と耳もなくて、どうやって戦うのだ、という思想から生まれた試験方法なのである。
高等部二年までに、それぞれに戦に必要な技能はほぼ叩き込み終わり、その中には情報収集を行う専門課程も存在する。
彼らが中心となって国軍のデータベース――正確には卒業試験用に用意されている専用データベース――にクラッキングを仕掛け、試験内容を素っ破抜く事から試験は始まっているのだ。
それは、試験日程だけでなく、攻め手である国軍の編成や作戦内容まで含まれる。
無論、国軍側も黙ってはいない。
防御するだけでなく、偽情報を掴ませたり、カウンターを決めて逆に生徒側の防衛情報を引き抜いたりもしてくる。
「で、ぶっちゃけ、経験値の差よね。
情報戦だとほとんど生徒側が負けちゃうのよ。
碌に情報が集められないどころか、向こうにこっちの準備状況が筒抜けになっちゃう事が多くてね。
そんな先人たちの有様を見てたら、ちゃんと申請して準備するのが馬鹿らしくならないかしら?」
先程、リネットが確保した男子学生の容疑は、無許可での危険物作製、である。
これで重要なのは〝無許可〟の部分であって、許可さえ取っていれば彼らの作製していた物品の数々も危険度は高いものの、ちゃんと合法の物として扱われていた。
ならば、彼らは何故、許可を取らなかったのか。
それは、許可を取れば記録に残ってしまうからだ。
記録に残れば、国軍に知られてしまう可能性がある。
そして、例年の情報戦の勝敗を鑑みれば、その可能性は非常に高いと言わざるを得ない。
だから、彼らは許可を取らなかった。
記録が残っていない以上、知られる可能性は低くなり、それ故に国軍の裏をかけるからだ。
とはいえ、無許可は無許可なので、当然、拘束の対象となる。
そこで活躍するのが、生徒会執行部という訳だ。
彼らは軍というよりも警察機構の課程を修めた者たちが中心となって編成されている。
特に対テロ部隊という意味合いが強く、秘密裏に活動している不穏分子の洗い出しと一般市民に可能な限り迷惑をかけない形での制圧方法の修練の場として、彼らの行動を利用しているのだ。
事情と想いは理解できるので、きちんと調べた上で――数は少ないが本当にテロ行為を行おうとしている事もある為――、大抵は短期間の謹慎や無償労働などですぐに釈放される。
その為、手段を選ばずに卒業試験に臨む者は一向に減らない。
そうした理由で、卒業試験シーズンが終わるまでは、生徒会執行部に休む暇などある訳がない。
慣れてくれば、適度に力を抜く方法も、効率的な摘発のコツも覚えるだろうが、着任したばかりのリネットにはまだまだ難しい事だ。
「な、なんて迷惑な試験ですの……」
狂気の沙汰だ、と言うリネットに、美雲は苦笑を返す。
「本当にね。
これ、情報戦だけじゃないのよ?
本当に一から十まで全部生徒だけでやるんだから。
部隊の編制、作戦立案、物資の補給や機材のメンテナンス、そして実際に戦場に立って戦ったり、作戦指揮を取ったり。
多分、高等部三年が一番忙しい時期ね。
これまでに学んだ集大成を見せてみろ、って言葉がヒシヒシと感じられるわ」
悠長に言う彼女に、リネットは半目を向ける。
「その割には、ミクモ会長はのんびりとしていらっしゃるように見受けられますわよ?」
美雲も高等部三年であり、卒業試験は他人事ではないだろう、という言葉に、彼女はあっさりとした調子で答える。
「だって、私は去年度に卒業試験の単位は取ったもの。
夏期卒業試験で圧殺してやったわ」
瑞穂統一国軍において、もはや伝説である。
情報戦の時点から、美雲たった一人の手によって翻弄され、実戦演習においても彼女一人に叩き潰されたのだから。
《サウザンドアイ》や《無敵要塞マジノライン》をフル活用した、反則勝ちに近い物だったが。
ちなみに、こっそりと一人で潰してしまった為、去年度の夏期卒業試験はいつの間にか終わっていた、という生徒側にとっては理解不能な状況になってしまっていた。
そして、その結果を盗み見た他国のスパイによって、美雲は準魔王クラスとして祖国に報告されてしまう事になったのだ。
流石に彼女に動かれると卒業試験が台無しになる、という事で、その一回だけで卒業試験は通過したと見なされ、以降は絶対に手出しするんじゃないお願いだから、と土下座で頼みこまれている。
なので、美雲は忙しく走り回る同級生たちを横目に、のんびりと生徒会長の椅子に座っていられるのだ。
「ちょっと派手にやっちゃったものだから、世界中から注目されちゃって。
おかげで、他の国ではコードネーム付きの戦力として入国制限かけられているのよ、私」
申請しても許可は中々下りないし、仮に不法入国でもしようものなら、問答無用に抹殺されてもおかしくない程の警戒をされている身の上なのだ。
今の所は単なる学生なので不便はないのだが、卒業後、雷裂の家督を継いだ後は面倒そうだと今から憂鬱になる。
「……なんて頭のおかしい学園なんですの。
それに振り回される身にもなって欲しいですわ」
「あら、でも良い経験になっているんじゃない?
対テロ制圧のノウハウ、かなり学べていると思うんだけど」
「ええ、ええ、感謝しておりますわ、その点だけは。
おかげで、魔力制御も上手くなりましたもの」
都市機能や人々に被害を与えず、対象のみを無力化する。
大規模攻撃が華であるSランク魔術師のリネットには欠けていた能力だ。
最初こそ、加減を誤って被害を出してしまい、何度かペナルティを受けてしまっていたが、何度も、何十度も繰り返せば嫌でも身体が覚えてくる。
おかげで、絶妙な力加減を出すコツを覚え、それが転じて今まで制御の緩かった魔力をしっかりと掌握する能力へと繋がった。
これまではちょっとした感情の揺らぎですぐに漏れ出していた魔力だが、今では憤怒に駆られていてもほとんど漏れない。
全くではないが。
成長している事が如実に感じられるのは嬉しくあるが、こうも便利に走り回されては堪った物ではない。
それを抗議すれば、美雲は苦笑して言う。
「まっ、それは慣れね。
半月も走り回れば慣れるわよ」
生徒会執行部伝統の、地獄の半月と呼ばれる期間だ。
それを耐えきれば問題ないが、耐えきれずに脱落してしまう者も多い。
だから、執行部は常に人手不足となっている。
はぁぁ、と深く深く溜息を吐き出すリネット。
そうしている内に、砂時計の砂が落ち切る。
それを見た美雲は、手を叩いて笑顔で言う。
「はい、休憩時間終わり。お仕事の時間よ」
「はいはい。分かりましたわよ。行ってきますわよ」
残っていたコーヒーを飲み干し、リネットは立ち上がる。
彼女が生徒会室を出る直前、ふと訊ねる。
「そういえば、貴女の妹はいつ解放されるんですの?」
「さぁーてねー。
今回はやり過ぎちゃってるから、いつになる事やら」
「……それもそうですわね。
あれは流石に、お咎めなしとはいきませんわよね」
あまり答えを期待していなかったのだろう。
特に執着を見せる事無く、リネットは扉の向こうに消えた。
美雲はそれを見送った後、端末を操作し、美影の所業に関する抗議文を呼び出す。
「富士山をうっかりで噴火させるのは、流石に駄目過ぎるわよねぇ」
一体、何が起きたのか。
書籍発売まであと半月……。
どうなるかと今から緊張してしまう。
活動報告にて、雷裂兄妹のデザインを公開しております。
良かったら見ていってください。




