定めるべき優先順位
いつもと曜日が違う?
一周年だからええねん。
はい、実は今日で投稿を始めて一周年なのです。
ここまで飽きる事無く続ける事が出来たのは、読んでくれている皆様のおかげです。
おかげさまで、まさかの書籍化なんて事にもなったりして、ある意味、人生で一番の激動の一年だった気もします。
読者の皆様には大感謝しております。
これからもよろしくお付き合いください。
一時の暇潰しになってくれれば、幸いであります。
巨大な手の形に沈みこんだ大地。
無数の即席生物が勝手気ままに暴れていた為、かなり広範に渡って叩き潰さねばならなかった。
《ツクヨミ》内部とはいえ、外縁部のまだ何もない空き地だったから良かったものの、施設に影響を及ぼしていたら張り倒す程度では済まさなかっただろう。
「……全く。いきなり武力行使するとは、文明を知らん連中ばかりだな」
問答無用で叩き潰した自分の事は棚に上げつつ、刹那は吐息する。
彼の眼下、掌型クレーターの端で起き上がる影がある。
「おぉー、酷い目に遭ったのだよぉ」
水色の髪の女性――サラ・レディングだ。
ナノ生命体である彼女には、気絶という現象は適応されない。
地面にめり込んでいたが、五体満足の姿をしてケロリと立ち上がった。
尤も、完全に無事とは言い難い。
攻撃を受ければ、ナノマシンだって損傷するし、限界を超えれば崩壊もする。
現在の彼女は、月面に来た当初に比べ、その体積の約三割が減っている。
月面への墜落と久遠との戦闘、そして今の一撃で、それだけのナノマシンが損壊したのだ。
自己保存という意味では、ナノマシン一個でも作動していれば問題ないが、目に見えて命がすり減らされているのは良い気分ではない。
早々に補充をしておきたい所だ。
「よく来たな、襲撃者よ。この私が銀河の覇者だ。
特別に名乗る事を許そう」
「……ちょー上から目線でどうもありがとう、なのだよ。
アタシはサラ・レディングっていう者なのだよ。
《蛇遣い座》って名乗った方が分かり易いのだよ?」
「ほほぅ。《ゾディアック》の名に似ているな。
あれは黄道十二宮がモデルだった筈なのだがね」
「世の中、例外という物は何処にでもあるものなのだよ」
「成程。納得した」
刹那が指先を軽く持ち上げると、地面と一体化したオブジェとなっていた久遠が引っ張り上げられる。
プラプラと揺れる彼女を見て、サラは頷きを一つ入れ、
「吊るし切りをご所望なのだな? 任せるのだよ」
いつの間にか、サラの両腕が金属質な刃物へと変化しており、やる気満々な様子だ。
「面白い発想だ。
是非に見てみたい所だが、これには利用価値がある。
次回にして貰おう」
倫理や道徳、あるいは情という理由ではないが、解体されても困るのでここは我慢してもらう。
いずれ利用価値がなくなった頃に頼むかもしれないが。
「さて、せっかく月まで来たのだ。
青き地球を肴に一杯御馳走してやろうではないか。
今年のぶどうジュースは中々の出来だ」
「……ジュースなのだよ? 酒じゃなく?」
「未成年者に酒を望まれてもな」
単に幾ら飲んでもアルコールに酔わないからだが、建前という物は大切なのだ。
そうしないと、美雲に怒られてしまうから。
~~~~~~~~~~
《ツクヨミ》管理棟の一室に通されたサラは、目の前の男を観察する。
正直な所、よく分からない、という結論しか出てこない。
観測器を総動員しているというのに、彼からは魔力を感じられない。
先の一撃や、久遠を持ち上げていた時にだって、何も観測できなかった。
科学的なトリックという可能性も考えて精査してみたが、やはりと言うべきか、何も検出されなかった。
久遠に続いて、二人目の奇跡の担い手。
未知を宿した存在である。
彼という存在に、サラはとてもそそられる。
何処かで隙を突いて麻痺させられないだろうか、と真剣に検討するくらいには。
「ふむ。
私には地球上に存在するありとあらゆる毒物は効かないので、無駄な行動は控えた方が無難だと忠告はしておこう」
「それが本当かどうかは、その内に試すのだよ」
言われても諦める気はないサラは、ところで、と話を変える。
「君が、セツナ・カンザキで良いのだよ?」
「そういえば、自己紹介がまだだったね。
そうとも。私が雷裂刹那だ。
気軽に、刹那様と呼ぶ事を許そう」
ワイングラスに注がれた濃い紫の液体を揺らしながら、刹那は尊大に言い放つ。
液体の正体は無論、ぶどうジュースだ。
微小な泡が絶え間なく弾けており、炭酸仕様である。
「はいはい、セツナセツナ。
まずは、忘れない内にこれを渡しておくのだよ」
軽くスルーしたサラは、左手を持ち上げる。
その掌から浮かび上がる様に、一枚のデータチップが出現した。
ナノレベルに分解し、自身の構成物質として収納していたのだ。
流出の可能性を限りなく減らせる確実な輸送手段と言えるだろう。
言っておきながら呼び名に拘りはないのか、刹那はスルーされた事を気にせず、念力でチップを取り上げる。
「ふむ? これは何かね?」
「《マギアニウム》加工技術と、ついでに《高魔力負荷の分散解決法》のデータなのだよ」
「ああ、純粋魔力化の対価として捥ぎ取った奴か。
《マギアニウム》とは中々興味深い。
私も楽しみにしていた。
しかし……後者は聞いていないな。何なのかね?」
「端的に言えば、魔王クラスの魔力を一般魔術師が扱う為の理論、なのだよ」
「またピンポイントに我が国に必要な理論だな」
「アタシもそれが日の目を見る日が来るとは思っていなかったのだよ」
洒落で書いた代物だった。
なにせ、前提条件が色々と間違っている。
魔力は、ごく稀に存在する相性の良い者同士を除けば、受け渡しが出来ない事が基本である。
だからこそ、純粋魔力という技術が重宝されるのだ。
故に、他人の魔力を、それも明らかに質が違い過ぎる魔王魔力を、他人に供給した上で受け取った一般魔術師が十全に扱える方法を編み出すなど、あまりにも無駄な労力としか言いようがない。
だが、雫の存在がその条件を覆した。
圧倒的な魔王魔力を他人へと供給する大魔王、という怪物の誕生によって、この理論に価値が生まれたのだ。
「とはいえ、それを私に渡されてもな。
下の連中に寄越したまえよ」
「それはアタシの知った事じゃないのだよ。
そっちで勝手にやるのだよ」
サラの仕事は確実に渡すまで、それ以上の事はどうでも良い事だ。
確かに、と納得した刹那は、チップを適当な機材に突っ込んで読み取らせる。
地球では、今まさに雫の魔力に適応させる学課が組まれている。
効果的な手法が判然としない為、手探り状態らしいが、これがあれば大きく前進するだろう。
チップの中から《高魔力負荷の分散解決法》に関する記述を抜き出し、地上へと送信してやる。
「お使いは受け取った。受領サインは必要かね?」
「いらないのだよ。
それよりも、色々と話そうじゃないのだよ!
前々から話がしてみたいと思っていたのだよ!」
主に自慢をしたい。
自分が造ったあれやこれやを見せびらかして、悔しがらせてやりたい。
その思惑を読み取ったのだろう。
刹那の目がギラリと光る。
「ほほう?
良いだろう。採点してやる。
だが、言っておくが、私は辛口だぞ?」
「ふっ、ギャフン言わせてやるから、覚悟するのだよ」
~~~~~~~~~~
久遠の目覚めは、けたたましい破砕音によってもたらされた。
「貴様! それは私が造るつもりだったのに!」
「ふははははっ、ばーかめぇ! 早い者勝ちなのだよ!」
「クッソが!
アークエンジェル計画だと!? 良い名前ではないか!
それで!? 建設はしているのか!?」
「当然! なのだよ!
予算がどうとかで融通の利かないアホには内緒で、こっそりと仕込んであるのだよ!」
「よし、良いぞ! もっとやれ!
これは私も負けていられないな!
では、今度はこちらのターンだ! 刮目せよ!」
「ぬ!? ぬぬぅ!?
まさか、こんな事が!?
いや、だが確かにこれは面白いのだよ!」
「名付けて、ラグナロク・システム!
これで地球の命運は我が手の上よ!」
「確かに完成すれば地球の全ては思いのままなのだよ!
敷設状況は!?」
「貴様らの所の《ゾディアック》どもが敏感に察知して邪魔してくるのだ。
おかげで、合衆国本土がほとんど手付かずなのだ。
何とかならんか?」
「一枚噛ませてくれるなら、アタシが協力してやるのだよ!」
「良かろう! 幾らかの権限を委譲しようではないか!」
なにやら白熱している男女がいる。
呆とする頭を必死に回転させながら、彼女は身を起こす。
意識を失っていた久遠は、ソファの上に寝かされていた。
その事に気付いた彼女は、床ではないだけ上等な扱いだ、と微妙にずれた事を考えていた。
やがて、血が脳に巡ってきた久遠は、騒がしく喚いている女性――サラに気付く。
「お前はッ! ガッ!?」
一瞬で臨戦態勢を取った久遠に、神速で念力デコピンが叩き込まれる。
「落ち着け。暴力はいかんぞ、野蛮人め。
これは私の客だ。害はあまりない」
「はいはい、サラ・レディングなのだよ~。
よろしくよろしく~。
解体はまたの機会にするから、怯えなくて良いのだよ~」
「……ッ、……ッ!」
首が捥げるのではないかという衝撃に悶えている久遠は、返事をする余裕がない。
首を抑えてもんどりうっている彼女を放置し、二人は議論へと戻っていく。
「そうだ。ドクトル・アスクレピオス。
実は少々行き詰っている事があってね。
是非、貴様の意見を聞いてみたい」
「ふむん。
他でもない同志マイフレンドの頼みなのだよ。
力になれるかは分からないけど、聞くだけ聞いてあげるのだよ」
「ありがとう。まずはこれを見てくれたまえ」
刹那は、とある設計図を表示する。
それは、久遠専用の新デバイスの設計図だった。
概略図ではあるが、おおよそどんな物を作っているのかぐらいは読み取れる。
顎に手を当てて思考したサラは、簡単に否定の言葉を述べる。
「浪漫は分かるのだよ。
だけど、これは巨大に過ぎるのだよ。
自重で潰れてしまうのがオチなのだよ」
「そのままで動かせば、な」
「その心は?」
「実は、これはそこでのたうち回っているメス用のデバイスなのだが、それは物体に〝命〟を与える能力を有している」
「ほう? 命とな?」
先の戦闘を思い出す。
無数のゴーレム群が生み出された一幕。
普通ならば、ゴーレムは操り人形のような物だ。
操者のコマンドに従って動くだけの人形であり、自立稼働するようにはできていない。
命令がなければ、そこに佇むだけの木偶にしかならない代物だ。
だが、あの時は、無秩序に暴れ回っていた。
ゴーレム同士で戦い合うどころか、創造者である久遠まで襲われていた。
既存の常識からはかけ離れているが、命を与えられていたというのなら、あの状況にも説明が付く。
その能力について、具体的な事を訊きたい衝動を堪え、サラは先を促す。
「ああ、〝命〟を与えられた物は、素材が如何なるものであろうと生物的な特徴を持つのだ」
「というと、自己治癒能力とかなのだよ?」
「それだけではない。
柔軟性とでも言うのか?
例えば、鉄に〝命〟を与えた場合、通常ならば破損する程の圧を加えたとしても、柔らかくたわみ、受け止める事が出来るのだ。
生物が持つ肉の様にな」
「成程成程。
つまり、〝命〟を与えれば、これも問題なく稼働する、という事なのだよ?」
「そう、その通りだ。
だが、実はそれだけでな。
このデバイスは見た目通りだけで、面白い機能が何も付いていない。
あまりに堅実で、あまりにつまらない代物なのだ」
悔し気に刹那が言う。
それに同意するように、サラは何度も頷く。
「分かる。その気持ち、よ~く分かるのだよ。
よし、お姉さん、人肌脱いじゃうのだよ」
「おお!
貴様の狂った脳髄があれば、もっと面白くできるだろう!
感謝しよう!」
「そんなに褒めてもアイディアくらいしか出ないのだよ~」
照れながら、サラは端末を操作して、更に詳しい設計図を引っ張り出し、改造ポイントを描き出していく。
作業をしながら、ふと気づいたように彼女は問う。
「そういえば、作るのは良いのだけど、制御とかできるのだよ?」
先の暴走を見る限り、とてもできないように見える。
ただの岩やら空気ですら、あれほどの破壊力があったのだ。
兵器として作られたデバイスが暴走しようものなら、どうなるか、想像に難くない。
サラとしては作るのが楽しいので、どうなろうとも別にどうでも良いと言えばどうでも良い。
ただ興味本位で訊いてみただけだ。
「制御は出来るぞ。私ならばな。
あのメスには出来ていないが」
「何か違いがあるのだよ? 練度?」
「いや、思考回路の違いだ。
どうも、人に許された域を超えているとか、そんなつまらない道徳観念に囚われているようなのだ」
「ふぅむ? よく分からないのだよ。
出来るものは出来るのだから、素直に受け入れれば良いと思うのだよ」
ようやくデコピンの衝撃から復帰した久遠は、反論の言葉を口にする。
「だ、だが、命を操るのだぞ?
そんな事、人が軽々しくやって良い訳がないだろう?」
「何でなのだよ?」
「何でって……」
当たり前のように聞き返されて、久遠は言葉に詰まる。
きっと、真面な人間であれば、彼女の言葉に同意や理解を示しただろう。
だが、この場にいるのは、人間的感性を何処かに置き忘れてきてしまった者たちだけだ。
当たり前の回答が返ってくる訳がない。
ふむ、と少し考えたサラは、子供に言い聞かせるように語る。
「かつて、雷は神威の象徴だったのだよ」
「え? は?」
「この国では、神鳴りなんて言ったりもするらしいのだよ?
それくらいに、あれは神による絶対な怒りだったのだよ。
だけど、現実はそんな事は無かったのだよ。
勇気と好奇心を兼ね備えた偉大なる先人たちのたゆまぬ努力によって、何故、どうしてそれが起きているのか解明され、ごく小規模な同じエネルギーは、人類の文明を支える力となったのだよ」
サラが手を掲げる。
その手から、一瞬、放電現象が走る。
ナノマシンを操作し、即席で発電し、放出したのだ。
かつては神の怒りとまで恐れられた現象は、あまりにも簡単に人に扱える技となってしまっていた。
「〝命〟も同じ事なのだよ。
かつては理解不能で奇跡の産物にしか見えなかったから、だから神の領域だと勝手に神聖視するようになっただけの事なのだよ。
仕組みを理解し、操作する術を編み出したなら、それはもう人の技なのだよ。
神の所業なんかじゃないのだよ」
「…………」
久遠は悔し気に唇を噛み締める。
感情的には幾らでも反感を抱ける。
だが、彼女や刹那には、感情で幾ら訴えようとも響かないだろう。
彼らは何処までも現実主義者だ。
冷徹に理論と数字しか見ていない。
感情なんて物で物事を考えていない。
「人であるから駄目だと言うのなら、人を止めれば良いと思うのだよ」
「……刹那と、同じ事を言うのだな」
「そりゃもう、アタシは人なんてとっくに止めているから。
こいつもそうじゃないのだよ?」
サラリと、輪郭が崩してみせるサラ。
全身がナノマシンで出来ている彼女は、生物学的に人間か以前に、もはや生物にすら分類されないだろう。
「人である事に、誇りはないのか?」
「人である事に、拘る理由がないのだよ」
何処までも平行線。
常人と狂人の間には、埋めがたき深い溝が横たわっていた。
「まっ、複雑に考えても仕方あるまい。
もっと単純に考えた方が建設的だ」
刹那が軽く言う。
「単純に?」
「そう。単純に。
簡単に言えば、優先順位だ。
お前は何を優先する? 何が大切だ?
妹の命と尊厳か?
それとも自らの人間性か?
炎城家当主としての責務か?
何が一番なのだ?
それを守る為ならば、残るは些末な事だと思わないか?」
かつての刹那は、生き残りたかった。
死にたくなかった。
ただそれだけだった。
だから、命以外の何もかもを捨てた。
そうしなければ、最優先事項である命が守れなかったから。
憎悪も憤怒も、記憶や言語、人間性すらも、かなぐり捨てたのだ。
先達は言う。
お前に、何物にも優先したい大切な物はあるか、と。
「…………何よりも、守りたい物」
久遠の中で、決意が固まりつつあった。
実は、こっそりと活動報告でキャラデザの公開を始めています。
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