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混ぜるな危険

 それがやって来たのは、突然の事だった。


 正面ゲートのインターフォンが鳴らされ、起動したカメラに映し出されたのは、一人の女性。


 年齢は三十ほどだろう白人の女性。

 青の髪を長く伸ばし、それを適当な紐で一本に括っている。

 目元には冗談のように分厚い眼鏡をかけ、スレンダーながらもそこそこ整っている身体を皺だらけのパンツスーツに包み込み、その上からやはりよれた白衣を纏っている。


 彼女は繋がったマイクに向かって、軽快に宣言する。


『襲撃なのだよ~。開けて頂戴な~』


 何処か呑気な口調で、トチ狂った事を宣言する。

 聞き間違いか、と首を傾げる間にも、女性はマイクに向かって言葉を投げかける。


『おぉーい、襲撃だって言ってるのだよ~? 開けて欲しいのだよ~』


 急かす様に、ゲートをカンカンと軽快に叩く音がする。


『ダイダラ』は非常に重要な戦略施設だ。

 本来の使用法である物資輸送という点でも重要度が高いが、何よりもその攻撃力の高さが危険に過ぎる。

 地球の重力を振り切り、月面まで物資を投げ飛ばす推進力は、それを受け止める施設がない場所に撃ち込めば、想像を絶する破壊力となってしまう。

 今まさに、月面側『ダイダラ』がそれを行い、地球の何処とも知れない場所を破壊しているのだから、猶更、理解できる事だ。


 故に、襲撃がある事を前提とした警備体制を敷いているし、様々なパターンを想定したマニュアルも用意されている。

 だが、この様に真正面から〝襲撃〟を宣言してくる馬鹿に対するマニュアルなど、存在しない。


 狂言なのか、本気なのか、とモニターを見ていた者たちは一様に首を傾げる。


「いや、待て。それよりも……」


 一人が気付く。

 それ以前に、考えるべき事が、気にすべき事がある、と。


 何度も繰り返すが、『ダイダラ』は超重要施設である。

 だからこそ、小規模とはいえ戦時中である今、これでもかと厳重な警備を張り巡らせている。

 正面ゲートに辿り着くまででも、幾つもの検問や防衛ラインが構築されており、だというのにそのどれもから襲撃者を名乗る女性の報告は上がってきていない。


 気付かれないように隠密に徹した結果なのか、それとも報告する暇もなく突破されたのか。

 真相について、現時点では何も分からない。


 だが、ただ一つ、確実に言えるのは、この女性は何かがおかしい、という事。

 警戒するには充分過ぎるほどに。


『返事がないのだよ。居留守なのだよ?

 なら、勝手にお邪魔させて貰うのだよ~』


 思考停止している時間が、長過ぎた。


 女性の言葉に我に返れば、彼女は僅かにゲートから離れ、弓でも弾き絞るように右腕を後ろに構える姿勢を取る。

 その立ち姿は、武芸を嗜んでいる者のそれではない。

 素人が見様見真似で構えてみた、という出来栄えだ。

 仮にも重要施設の防衛を任せられている彼らの目には、はっきりとその様に映った。


 一方で、まずい、と脳裏に警鐘が鳴り響く。


 ただの素人。

 そんな者が誰にも知られずにここまで乗り込めるだろうか。


 答えは否である。


 だから、何をする気かは分からないが、何かをさせてはいけない、という警戒を抱くのは当然の事だ。


「待て……!」


 今更のように制止の叫びを叩きつける。

 しかし、女性は止まらない。


『都合の悪い時はだんまりで、都合の良い時だけ言葉を放つ。

 それは、道理が通らないのだよ。

 チャンスは与えたのだよ。

 もう、アタシを止める手段に言葉はないのだよ』


 冷ややかな返答をしながら、女性に変化が起きる。


 引き絞られた右腕を包むように、重厚な金属が展開していく。

 何百何千という部品が射出され、絡み合い、一つの形を成していく。


 それは、控えめに言えば籠手だ。

 近接格闘を得意とする魔術師が好んで使うデバイスと、形だけは似ている。


 ただ、埒外に大きい。

 女性の身の丈すらも超える巨大な籠手は、まるで巨人が使用する為に用意された品のようだ。


 肘に相当すると思われる部分が展開し、光を吹き出す。


 あまりにも分かり易い現象に、見ていた者たちは、この後に起きる事を直感した。


(……耐えられる。耐えてくれ!)


 正面ゲートを閉ざす扉は、分厚い合金の板を何枚にも重ねた装甲仕様だ。

 並大抵の火力では傷一つ付かない頑強さをしており、一般的な魔術師がそれを強引に突破しようと思えば、最低でも百人単位の魔術師による複合魔術が必要となる。


 だから、耐えられる筈だ、と祈った。

 単身でそれを破れるとなれば、それは間違いなく魔王クラスの破壊力を持つという事なのだから、彼らの願いも当然だ。


 噴き出す光が一際強くなる。

 強くなる推進力に負け、ずりずりと女性の足がゲートに向かって引きずられる。


 充分な〝溜め〟が出来たと判断した女性は、それを解き放つ。


『ジェットパンチ☆ なのだよ』


 冗談のような言葉と共に。


 激震が周辺を襲う。

 爆発にも似た衝撃が撒き散らされ、大地にヒビが入り、粉塵が舞い上がる。

 大気は押し出され、一時的に暴風の様な空気の渦がそこらをかき回した。


 やがて、発生した突風に押し流されて、粉塵が消える。


「そんな……馬鹿な……」


 晴れ渡った視界の中には、無残に破壊されたゲートの姿があった。

 その真正面で悠然と佇む女性は、右腕を解体し、虚空へと収納しながら一歩を踏み出す。


『んじゃ、お邪魔しまーす、なのだよ』


 常軌を逸した怪物の侵入を許してしまった。

 その事実に、管理室は蜂の巣を突いたような騒ぎとなった。


「非常用バリアを起動しろ! 最大出力だ!」

「それでは短距離での通信しかできません!」

「良い! 外の警備隊と連絡さえ取れればそれで良い! 外部との連絡はそちらに任せる!」


 上空から地下まで、球形に『ダイダラ』を包み込んでしまう非常用バリア。

 小蟻一匹の隙間もなく、また驚くほどの強固さを誇るバリアだが、欠点が一つある。


 それは、あまりに強過ぎる為、最大出力にすると通信波まで遮断してしまい、ごく短距離に激しいノイズ混じりの通信を送る事が精一杯となってしまう事だ。

 碌に援軍も呼べぬままに籠城する事は緩やかな死と同義であり、運よく外がこちらの異常を察知してくれる事を期待するしかない状況となってしまう。


 それを起動するという決断が、今がどれ程に追い詰められた状況なのか、という事を物語っている。


「非戦闘員はシェルターに! 避難急げ!」

「戦闘員は完全武装で待機!

 バリアを突破できるとは思えないが、突破された時に備えて覚悟を決めろ! 一秒でも時間を稼げ!」

「救援要請シグナル、発信しました!」

「非常用バリア、展開します!」

「外周警備隊と通信が繋がりません!」

「何度でも呼びかけろ!」


 あちこちから怒号の様な指示と応答が上がる。

 モニターの中には、展開されたバリアを前に足を止める侵入者の姿がある。


「頼む。これで、これで諦めてくれ」


 警備主任は、心からそう願わずにはいられなかった。


~~~~~~~~~~


「ふぅむ。困ったのだよ」


 ゲートを突破した女性は、目の前に現れた無色の壁を前に、足を止めて立ち往生していた。


 見た目は、よくある科学式バリアのようだ。

 軍艦や重要施設には、当たり前のように装備されている有り触れた物だ。


 だが、その強度が尋常ではない。

 試しにジェットパンチを打ち込んでみたが、まるで手応えがなかった。

 女性が知っている最高強度のバリアでも耐えられない筈なのだが、目の前のこれはびくともしていない。


 多彩な手札を持つ女性であるが、あれ以上の打撃力はほぼ持ち合わせておらず――ないとは言わない――、それで破れなかった以上、強硬手段は無理と判断した。


「通信妨害も直にばれてしまうのだよ。

 不利なのは、こちらの方、なのだよ」


 外縁の警備隊は、無力化したのではなく、こっそりとすり抜けてきただけだ。

 殲滅する事が不可能だった訳ではないが、かなりの練度と装備を持つ者たちだった故に、争えば確実に殺し合いとなってしまう。


 こんな事をしておいてなんだが、別に敵対しに来た訳ではない。

 少し月まで送って貰えればそれで良いのだ。

 ただ正面からお願いしても門前払いを受けたから、こんな事をする羽目になっているだけで。


 定期連絡くらいはしているだろう。

 それが通じないと分かれば、異常事態を察知されてしまう。

 そうなれば挟撃を受けてしまう女性の方が不利に決まっている。


「さて、あまり時間的猶予はない。

 となれば、抜け道を探すしかないのだよ」


 腕を振る。

 それに合わせて、砂のような極小の物質が撒き散らされた。


 それは風に乗って、さらさらとバリアの表面を流れていく。

 少しして、女性はにやりと口元を歪ませる。


「――見つけたのだよ」


 呟いた直後、彼女の身体が崩れた。

 全身が先程ばら撒いた砂のようになり、同じようにさらさらと揺れて流れていった。


 女性が見つけたのは、バリアに一点だけ開いた、小さな小さな穴。


 全周を囲う無敵のバリアに見えるが、実の所、僅か一点だけ、覆い切れていない箇所が存在していた。

 製作者も誰も気付いていないし、そもそも気付いていても問題とすら考えなかっただろう程に小さな瑕疵。


 最大幅、僅か0.0003㎜という、もはや穴とすら言えない様な穴なのだから。


 だが、女性には関係ない。

 全身を作り替え、構成する物質の全てをナノマシンに置き換えた彼女にとっては、それは巨大と言っても良いほどの大きな穴だった。


 流動した彼女は、その穴に殺到し、やがて全身を内部へと侵入させる事に成功した。


 粒子から人の形へと再構築した女性――《蛇遣い座》サラ・レディングは、無機質な廊下に立ちながら、周囲を見回す。


「さーて、お掃除しちゃうのだよ」


~~~~~~~~~~


 爆発音が『ダイダラ』の内部を震わせる。


「こちら第四十三区画! 原因不明の爆発が発生! 至急応援を――」


 通信機に向かって叫んでいた警備員の後頭部に、硬い銃口の感触が押し付けられる。


「それを置くのだよ。さもないと……」

「……分かった。言う通りに……」


 置いた瞬間、破裂音が響いた。

 容赦なく撃ったのだ。


 倒れ伏す男を見下ろしながら、サラは聞こえない言葉を告げる。


「安心するのだよ。ただの麻酔弾なのだよ」


 殺す気はない。だからこそ、容赦も慈悲もない。


~~~~~~~~~~


「待てッ!」


 現場に急行しようとしていた一部隊だが、戦闘を行く男が制止させる。


「どうした?」

「罠が仕掛けてあります。起動させれば、まぁ良い予感はしませんね」

「解除はできるか?」

「出来ます。簡単な作りです」


 急ごしらえの物だから仕方ない。

 だが、仕掛けた者にとっては別に複雑である必要はないのだ。

 何故ならば、


「では――」

「隊長! 前方からロボが向かってきた! ああ、罠が!?」

「なにぃ!?」


 ロボによって強制起動させられた罠は、勢いよくガスを噴出させる。

 ガードする暇もなく、一瞬で充満したガスは、当然、麻酔ガス。

 一呼吸で酩酊し、二呼吸で意識を失う強力な物だ。


 全滅した部隊は、ロボによって捕縛されて、安全な部屋に放り込まれた。


~~~~~~~~~


『こ、こちら、第八小隊! 敵を視認! 攻撃を開始します!』


 いつの間にか侵入を許してしまった上に、精鋭の筈の部隊がどんどんと無力化される中、一つの部隊が罠を潜り抜けて遂に接敵した。

 これで一安心、と思いたいが、とてもそうは楽観できない。


 その証拠に、通信機からは悲痛な叫びが聞こえてくる。


『な、なんだ、あいつは!? 攻撃が貫通するぞ!?』

『面だ! 面制圧しろ!』

『駄目です! 距離が近過ぎて味方を巻き込み……うわぁ!』

『くそ、こいつ! がはっ!?』

「なんだ、何が起きている!?」


 駄目そうだとは分かるが、応戦だけで精一杯らしく、詳細な情報がもたらされない。

 せめて何らかの有益な情報を得たい指揮官が通信機に向かって叫ぶ。


 だが、それに応答したのは、小隊の誰でもなかった。


『すぐにお前の番なのだよ。首を洗って待っているのだよ』


 それきり、通信が途絶える。


「……我々は一体何と戦っているのだ」


 心からの疑問に、答えられる者はこの場に一人もいなかった。

 数瞬の沈黙から復帰し、指示を下す。


「非常用バリアを解除。内部に侵入された以上、あれはこちらの首を絞めるだけだ。

 代わりに施設内の全隔壁を閉鎖。気休めだが、何もしないよりはマシだ。

 そして、全力で救援要請を呼びかけろ。

 ……何処とも繋がらんのか?」

「……はい。残念ながら」


 ジャミングがされているのだろう。

 定期交信がない以上、直に異常は外に伝わるだろうが、それまでここが持ちこたえられるかどうか。


「……システムにロックを。いや、完全な破壊をしろ」

「し、しかし……いえ、分かりました」


 一瞬、反射的に反論しかけた職員の一人だが、すぐに頷く。


『ダイダラ』は世界で唯一の施設だ。

 それ故に、その中身も完全なオリジナルである。

 完全破壊などしようものなら、復旧にどれだけの労力がかかるか分からない。


 だが、もしも奪われた場合の被害を考えれば、破壊を指示される事も分かる。

 指揮官の苦渋の顔を見れば、この決断がどれだけ不本意な物なのか、推し量れようという物だ。


 職員たちがこれまでの努力の結晶を完膚なきまでに破壊する作業を開始する。


 その間も、『ダイダラ』の何処かから爆音やら振動やらが伝わってくる。

 だが、それも暫くして消える。


 そして、それはやって来た。


 出入り口の一つから、赤い光が見えた。

 それはゆっくりと移動し、赤い線となって扉を飾っていく。

 数秒で歪な円を描いた後、赤い線で囲まれた部分が内側に向かって傾いで落ちた。


 最後の砦を突破して現れたのは、水色の髪の眼鏡をかけた女性だ。


「やぁっと、中枢なのだよ。随分と迷ってしまったのだよ」


 言う彼女に向かって、指揮官が魔術を向ける。


 細かな石の弾幕。

 今更、こんな下位魔術でどうにかなる敵ではない、とは分かるが何もせずにはいられなかったのだろう。


 それを一瞥した女性だが、彼女は何もしない。

 ただ棒立ちでそれを受け、全身に無数の穴が開いた。


 一瞬、奇跡が起きたのだと喜ぶ。


 しかし、すぐにそれが間違いだと理解する。

 女性の全身に開いた穴が何事も無かったように塞がる事で。


「おぉー、びっくりしたのだよ~。いきなり何をするのだよ」


 文句を言うが、そこに怒りの感情は見られない。


 指揮官は諦めたように、深く椅子に座り込む。


「お前は何者だ?」

「答える必要はないのだよ」

「何が目的だ」

「ちょっと月旅行がしたいだけなのだよ」

「……我々はどうなる?」

「別に、どうも。そこを明け渡してくれれば、アタシはさっさと月に行くだけなのだよ」

「……そうか」


 指揮官はゆっくりと頷き、職員たちに向かって言う。


「少し、外の空気でも吸いに行かないか? 憂鬱な気分も晴れそうだ」

「……ははは、それも良いですね。お供します」


 乾いた笑みで答え、ぞろぞろと連れ立って管理室から消えていく。

 誰もいなくなった部屋の中で、女性――サラは首を傾げた。


「……随分と物分かりが良いのだよ。何かの罠なのだよ?」


 まぁ良いか、とすぐに思考を切り替えた彼女は、管理システムのチェックに入る。

 そして、彼らが立ち去った理由を即座に悟る。


「あー、やられたのだよ。制御システムが全部破棄されてるのだよ。

 サルベージは、まぁ無理そうなのだよな」


 即興で再構築しても良いが、どんな不具合が出るかも分からない。

 暫し悩みながら、更にチェックを進めていると、


「おっ、通信システムは復旧できそうなのだよ。

 電話帳になんか良いのはないかな、と」


 登録されている通信先を呼び出し、リストを確認していくと、〝月面『ダイダラ』〟という項目を見つけた。


「ふむ」


 少し考える。


 月か地球か、という違いだけで、基本は同じ施設である。

 細かな設定の違いはあるだろうが、走らせているシステムはほとんど変わらない可能性が高い。


 通信越しにそのシステムを奪えるだろうか、と思考し、可能だと判断する。


「きひひ、じゃ、ちょいとお邪魔してみましょう、なのだよ」


 呼び出すと、ワンコールで繋がる。


『私だ。何かね?』


 傲慢を滲ませた若い男の声。

 それに、サラは答える。


「うぉ~い、アタシなのだよ~。アタシアタシ、襲撃者なのだよぉ。今からそっち行くから、受け入れて欲しいのだよ~」


 マッドが出会った瞬間である。


ああ、書籍発売まで一ヶ月になってしまった。

緊張で心が痛い。

気分はまさにマリッジブルー!

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― 新着の感想 ―
[一言] ふむ、アメリカに対して損害賠償請求出来るな。マッドって、基本的に研究や自分のことしか考えないからなぁ…。 このマッド、色々魔王級。 大統領、頭痛いが、せっちゃんに被害出て嬉しく、マッドが出会…
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