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人の領域、神の領域

「ぐぬぬぬ……」


 人里離れた荒野の真ん中で、白い女が夕陽に向かって唸っていた。


 ノエリアである。


 腰に手を当て、堂々とした様子で難しい顔をしており、その姿は中々に男らしい。

 その背後では、黒い衣装を纏った少女――永久が身を丸くして寝入っている。

 ここまでの道中で魔力を使い果たし、疲労が溜まっているのだ。


「さて、どうしたものかのぅ。というか、どうしたいのじゃろうなぁ」


 砂漠で受けた宣戦布告以来、彼女たちにはまともに休まる時間がない。


 何はともあれ拠点に戻ろうと、セーフティーハウスの一つへ向かうと、そこには見るも無残に爆破された瓦礫の山があった。

 どんな手法を用いたのか、しっかりとその建物だけで、周囲には一切の被害を及ぼしていない、いっそ芸術的と言っても良い有様だった。

 諦めて他に向かうも、例外なく駄目だった。

 地球上に点在する全ての拠点が同じ末路を辿っていたのだ。


 仕方ないので手軽に作った異界の拠点に行こうとするも、空間封鎖がされていて転移できなかったという笑い話が起きていた。

 強引に突破して転移する事も可能と言えば可能だが、幾つかの理由でそれは避けたかった。


 一つは、エネルギー問題。

 同位階に存在する刹那が施した空間封鎖を破る事は、ノエリアと言えど簡単な事ではない。

 手間以外にも大量のエネルギーが必要となる。

 本体ともいえる惑星を失っており、保有していた残存エネルギーもこの二百年で大きく消費してしまっている今、もはや浪費できるだけのエネルギーは彼女には残されていないのだ。


 一つは、被害の問題。

 強引にこじ開ければ、それに見合うだけの空間異常が発生してしまう。

 単純に地球が大災害に見舞われるという事も問題だが、それほどの規模の空間異常が起きてしまえば、侵略者の侵入を許してしまうだろう。

 連中の分裂、浸食速度は異常だ。

 一度、入り込まれてしまうと、対処が追い付かなくなる。


 ならば、地球から離れた場所でこじ開ければ、とも考えるだろうが、異界は地球を起点に創ったものだ。

 その為、地球との縁が切れた場所では、更に大きく労力を割く羽目になってしまう事となり、割に合ったものではない。


 以上の理由によって、ノエリアと永久は地球上に留まらざるを得なくなったのだ。


 帰る家がない、という事はこの際どうでもいい。

 問題は、ひっきりなしに襲撃がある事だ。

 どうやってかは分からないが、己に施していた隠蔽魔術を突破されているらしく、街中にいれば容赦なく現地統治機構に通報が行く。

 そして、実働部隊による警告なしの襲撃がこれでもかとやってくるのだ。

 襲撃自体は脅威ではない。

 ノエリアは当然として、既に一般魔術師の領域を超えている永久であっても、単独で彼らを蹴散らす事は出来る。


 だが、現状、ノエリアには応戦する理由が少ない。


 元々は、地球そのものや人間たちの集合無意識に危機感を植え付ける為、二百年をかけて様々な形で悪意ある刺激を続けてきた。

 戦争を唆した事も、意図的に廃棄領域を残した事も、そうした活動の一つだ。


 理由は簡単だ。

 必要は発明の母である、という話だ。

 必要が生まれれば、人間たちは驚くほどの速度で進化・発展していく。

 おかげで、二百年という文明としては一瞬に等しい時間で、魔術という技術体系を驚くほどに発展させ、惑星ノエリアの領域に手をかけるほどにまで成長した。


 そして、あまり期待していなかったもう一つの理由、自分と同じ《守護者》の誕生という目的も達成されている。


 である以上、悪意ある存在として君臨する必要もない。

 いきなり歩み寄っても信用されないだろう故、少しずつすれ違いと誤解を解きほぐし、ゆっくりと協力関係を築こうと考えていた。


 だが、刹那の行動が早かった。

 一切の迷いなく、排除に動いた。

 歩み寄ろう話し合おう、という思考自体が抜け落ちているかのようだ。


「まぁ、我も悪いのじゃろうが」


 嫌がらせのつもりで、かつての因縁にちょっかいをかけた。

 手札を潰された事に対する、ちょっとした意趣返しのつもりだった。

 どうせ、既に切れた縁な上に、最終的には新しい魔王を生み出す事にもなるのだから、そう大事にはならないだろう、と考えていたのだ。


 もしも、刹那が普通の人生を歩んできた者ならば、真っ当に《守護者》として成長していれば、それでも交渉の余地はあっただろう。


 だが、刹那は違う。

 真っ当ではない。

 幼い頃から、一手間違うだけで本当に死んでしまう環境の中で生きてきた。


 だから、彼は判断が早い。

 敵と味方を明確に分ける。

 優先順位もはっきりと付ける。


 嫌がらせをした時点で、ノエリアは敵と認識されてしまったのだ。

 そこに事情があろうと理由があろうと、何一つ関係ないという事なのだろう。


 その所為で、今まさに追われる立場となって、この様な何処とも知れない荒野へと追いやられている。


 地球人との歩み寄りを望む身としては、襲われたから殺しました、は出来ない。

 その為、降りかかる火の粉を適度に払いつつ、逃げ出した。


 それで済めば良かったのだが、人気が無くなった途端、攻撃は更に過激になった。


 妙な力を保有した機械人形やら、廃棄領域出身と思しき妙な生物たちが波を打って襲い掛かってきたのだ。

 更には、それらを巻き込む事を前提とした〝爆撃〟さえ放ってきた。


 それらへの対応の所為で、永久は力尽きてしまっている。

 魔力量が大きく向上しているとはいえ、所詮は人の身。

 体力も集中力も限界はある。


 おかげで、ノエリア自身が対処せねばならない状況に陥っている。


 遥か頭上から、大地を震わせるほどの爆音が響いてきた。

 衛星軌道上から落ちてきた質量弾が、ノエリアの羽衣に撃墜された音だ。


「〝神の杖〟を持ち出してくるとは。

 やる事が派手じゃの。

 まぁ、クリーンな兵器と言えば、クリーンな兵器かの」


 使っているのは、頑丈で重いだけの槍だ。

 毒素も何もなく、後の時代にまで影響をもたらす物ではない。

 とはいえ、破壊力は馬鹿にならない。

 地上に炸裂すれば、地図を書き換えねばならないほどになる。


 しかし、だ。


 確かに、星の上でちまちまするしかない魔術師相手なら充分に脅威となる兵器だが、星間戦争級の破壊力と手札のあるノエリアには、有効な攻撃手段とはならない。


 その他の戦力も同様であり、また〝人間〟ではないノエリアには持久戦も大した効果を得られない。

 彼女を止めたいなら、刹那本人が来るしかないのだ。


 だが、その気配がない。

 何がしたいのか、分からない。


「……本当に、何をしたいのじゃろうなぁ」


 地平線近くに、新手の一団が見えた。

 ノエリアは、嘆息混じりにそれを撃滅するのだった。


~~~~~~~~~~


「ふははは、少しは堪えてくれるかとぼんやりと期待したが、まぁまるで効果はないな」


 月面に設置された重力制御式マスドライバー施設『ダイダラ』から、質量弾を射出しながら刹那は一人呟く。


 本来は地球と月を行き来する為の移動手段兼物資輸送手段として建設された物だが、それは通常に運用されればの話だ。

 射出目標を対となる施設としなければ、それは立派な戦略級爆撃手段となりうる。

 その威力は、速度や重量にもよるが、爆炎や放射線を伴わない核兵器にも匹敵する。


 とはいえ、己やノエリアにとっては大した威力ではない。

 刹那ならば、常に展開している念力バリアだけで防げる程度の威力だし、それはノエリアも同じ事だろう。


 だから、特に堪えていない状況には、予想外というほどの事はない。

 少し残念、という程度だ。


「まぁ良い。本命は別だ」


 刹那は、手の中で金属製の短槍を弄ぶ。


 総ステラタイト製の槍だ。

 俊哉の義手、《クサナギ》に使用した分を除いた、ほとんどのステラタイトを使っている。

 あらゆる超常を拒絶するように調整されており、もはや刹那ですら変形させる事も破壊する事もできなくなった、不壊の短槍である。


 これならば、容赦なくノエリアの防壁も貫く、防御不能の一撃を叩き出せる。


 しかし、あくまで防御できないだけで、側面を弾けば逸らす事も出来るし、事前に察知して回避する事も可能だ。


 なので、必中を期する為に油断を誘う必要がある。

 爆撃や襲撃は、その為の布石に過ぎない。


「さて、いつまで緊張感を保てるか。

 それとも、何か打開策を見つける事が出来るか」


 どうなるか、先行きが見えない。

 それがとても心を揺さぶる。

 今となっては、中々、味わえない心地だ。


 できれば、驚くべき奇手を打ってきてほしい、と思うのは、油断か傲慢か。


「次は何を行ってみるか。

 在庫が少ないが……餓鬼軍団でも投入してみようか」


 連鎖爆破の威力を試してみたいと思っていた所だ。

 久遠が苗床となる事を拒否してくれた所為で在庫の数が心もとないが、試してみるくらいは出来る。


「何処か、人権のリーズナブルな地域から女を攫ってきても良いのだが……それをすると賢姉様から叱られてしまうからな」


 難儀な事だ、と思う。


 そうしていると、遠くから炎が噴き上がった。

 久遠の能力が暴走でもしたのだろう。

 それは波打ち、蛇のようにうねりながら、『ダイダラ』へと真っ直ぐに迫ってきた。


「すまん、刹那! 止めてくれ!」


 背後から、それを追いかけてきた久遠が、声を張り上げる。

 なんとか制御しようとしているようだが、まるで利いている様子はない。


 刹那は嘆息しつつ、指先を動かす。


 直後、炎の蛇が凍り付いた。

 まるで場面を切り替えたかのような瞬間凍結だ。


 遅れて到着した久遠は、肩で息をしながら感謝を告げる。


「ハァ……、ありがとう、ハァ……。止めてくれて、ハァ……」

「もう訓練を始めてそれなりの時間が経過するが、まるで進展が見られないな」

「返す、ハァ……、言葉もない」

「才能がないのではないかね?」

「…………ああ、そうかも、しれないな」


 微妙に歯切れの悪い言葉。

 表情も、何処か苦い物となっている。


 少しばかり首を傾げ、ああ、と刹那は内心で回答に行き付く。


(……意趣返しとでも、思っているのかね?)


 かつて才能がないとして捨てられた刹那。

 その仕返しに、今、同じ言葉を投げつけているとでも感じているのかもしれない。


 実に馬鹿々々しい話だ。

 彼は何度も昔の事は恨んでいない憎んでいない、どうでも良い事だと伝えてきた。

 それを素直に受け取れば良いものを、何かにつけて久遠は後ろめたいという様子を見せる。


 きっと、その根源は執着だ。


 未だ、彼女は刹那との絆を諦めきれていない。

 家族となる事に未練がある。

 自覚があるか否かは分からないが。

 だから、久遠は刹那の言葉一つにいちいち反応する。


 もう遅過ぎるというのに。


(……鬱陶しくはあるな。何処かで断ち切ってやらねばなるまい)


 ともあれ、と意識を切り替える。

 久遠の未練は鬱陶しいだけで実害がある訳ではない。

 なので、後回しにして目の前の問題へと向かい合う。


「何故、どうにもならないのかね?

 その能力が発現した以上、お前にはそれを扱うだけの才覚があるという事だ。

 だから、出来ない筈がない」

「それは……」

「いや、答えなくて良いぞ。有益な回答など、期待していない。

 分かっているのならば、改善できるだろう。

 改善できていない以上、お前も答えを持たないのだ」


 先んじて口を封じて、思考にふける。


(……さてさて、どういう事だろうか?

 確かに、こいつの超能力は異質な物ではあるが、能力の一つには違いない。

 制御できない、などという事はない)


 刹那も同じ能力を持っている。

 元は念力しか持たず、他の能力は全て他人、というか実験台となった猿どもから千切り取った紛い物ではあるが、だからこそ特別な才覚が必要な能力ではない、という事が分かる。


 ならば、何故? と最初に戻ってきてしまう。


(……ふむ、視点を切り替えてみるか。

 私や猿に出来て、炎城久遠に出来ない。

 つまり、二つには明確な差異があるという事。

 何が違うというのか)


 性別、年齢、人生経験、など様々な可能性が浮かんでは消えていく。


「種族の違い……でもないか。

 猿とは違うが、私は一応同じ人間なのだし」


 と、そこで僅かばかり引っかかる。

 何が、と引っかかりを手繰り寄せて、ふと思いついた。


 あまりに単純な話だ。

 理性的な人間と、本能的な野生生物、という違いだ。

 この感性は、確かに人間特有のものだ。

 野生動物が、そんな事を考える筈もない。

 野生で生きてきた刹那もまた、そんな事を気にした事などない。


「おい、炎城久遠。

 お前は、己が人間だと思っているのではないか?

 神ならぬ人の身だと、その様に思っている。

 違うか?」

「いや、実際にそうだろう。

 私は人間だ。神などではないぞ?」


 何を当たり前の事を、と久遠は返す。

 だが、刹那は首を横に振って否定する。


「違う。その考えは間違っている。

 その能力が人には過ぎた物だと、神の領域だと考えるのはあまりにも的外れだ」


 刹那は言う。


「それは、人の、地上に生きる生物の能力だ。

 出来る事に対して疑問を持つな」

「だが、これは明らかに人の領域を超えているだろう。

 人の意思で、軽々しく振るって良いものではない」


 彼の言葉に、久遠はそれでも首を振る。

 ならば、と言い方を変える。


「では、逆に言おう。

 人である事を諦めろ。

 その能力は、お前に宿った。

 人の領域を超えている、と言うのならば、人である事を止めろ」

「いや、だが……」

「人の身で扱えない、と言うのならば、神のつもりで力を振るえ」


 断言する。


「お前が能力を制御できない理由はただ一つ。

 己には制御できる筈がない、という下らない思い込みだ」

「…………」

「まっ、言葉でそう簡単に意識など切り替わるものではないがな」


 言われて、分かりました、で済めば苦労はない。

 まだまだ彼女は制御に手間取る事だろう。


 とはいえ、そう悠長にしていられる時間は残っていない。


「しかし、急いだ方が良いぞ。

 お前の妹は、中々成長しているようだ」

「っ、そうなのか?」

「少なくとも、今のお前で手に負える相手ではないな。

 今しばらくは我慢比べが続くだろうが、いつまで続くかも分からない。

 カウントダウンはもう始まっているぞ」

「……そうか。分かった。アドバイス、感謝する」


 真剣な表情に切り替わった久遠が、踵を返して立ち去る。


 その背を見送る刹那。


 その時、『ダイダラ』の通信機が呼び出し音を奏でた。


「私だ。何かね?」


 音を出した通信機は、地球側の『ダイダラ』直通回線だ。

 だから、そちらに詰めている職員以外が出る筈がない。


 そして、現在、月面側『ダイダラ』は砲撃装置として使用している為、地球側の物は停止状態となっている。

 その為、緊急呼び出しをかけてくる要因が思いつかなかったのだが、


『うぉ~い、アタシなのだよ~。

 アタシアタシ、襲撃者なのだよぉ。

 今からそっち行くから、受け入れて欲しいのだよ~』

「おや、これは予想外な事に」


 ちょっと目を離した隙に、占拠されていたらしい。

 困った事だ。


改めて書こうとすると、特典用SSって大変ですね。

長いと長いで困るけど、短いと短いでとても困る。


傍線部について、十字以内で述べよ。

そんな国語の問題を解いている気分。

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― 新着の感想 ―
[一言] 刹那の才覚云々は純粋に「時代が悪かった」としか言い様がないのよな 古代ローマ時代に「宇宙飛行士の才能極振り」を見抜けとか神の御業よ。
[良い点] せっちゃんサイド来た、待ってましたわ! さて、続くのか。それとも美影サイドに戻るのか。 [一言] そろそろ炎城の二人が鬱陶しくなってきたわ… いつまで経ってもせっちゃんの手を煩わせてばかり…
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