非日常の裏側
滔々と、流れに身を任せて生きる。
再開された高天原神霊魔導学園では、年度の途中ではあるが、急遽、新課程が設定されていた。
その名の《魔王課程》。
正式には、《超位魔力順応応用課程》という、長ったらしい割に聞いただけではよく分からない名前だ。
あまりに分からないので誰も使わない。
内容は単純な事で、雫の魔王魔力に適応する魔術師を育成しようという物である。
ゆくゆくは彼女指揮下で動く精鋭部隊として編成しようという目論見もある。
身も蓋も無い言い方をすれば、血と肉のある魔王《地母》のデバイスだと言う事も出来る立場だ。
その為、錬成課程を無事に終了すればその待遇は、自動的に準魔王クラスとして扱われ、給料も権限も、並みの魔術師の比ではなくなる。
よって、最初は十人程度で様子を見る、という実験段階にもかかわらず、募集に応じた者たちは万単位にも及んだ。
通常、重要視される保有魔力量や、現在の立場――現役学生に限らずに応募可――にかかわらず募集した事も、理由の一つであろう。
そして、今、圧倒的狭き門を突破して、十二人の人間が高天原第四十四演習場に整列していた。
下は雫と同じ中等部、上は三十路越えという、年代に幅のある編成だ。
彼らの前には、魔王の魔力の専門という事で比較的自由度の高い美影が立っている。
その右隣には雫が、左隣には一応は先人という事で俊哉が並ぶ。
「よく来たな、選ばれし者どもよー。
《六天魔軍》第五席、雷裂美影であーる。
僕がお前らを滅茶苦茶に鍛えてやるから感謝せよー」
何処かふざけた調子で言う美影に、しかし整列している面々は至って真面目な相貌を崩さない。
《六天魔軍》という看板はそれ程に偉大なのだ。
たとえ、容姿が小娘のそれであったとしても、ふざけた言動をしていたとしても、人々に一定の畏敬を抱かせてしまう。
「長々と話をする趣味はない。
お前らを早急に使えるようにせよ、とお達しが出ている以上、無駄に時間を費やす余裕もない。
って訳で、さくさく行ってみよー」
おー、と拳を突き上げる美影に、生徒たちは一斉に返事をする。
「「「よろしくお願いしますッ!」」」
活きの良い様に満足そうに頷く彼女の後ろでは、雫と俊哉がこそこそと言葉を交わしていた。
「……おい、あいつら、何でこれで尊敬に満ちた感じなんだよ」
「すっげぇ違和感があんな、です。
あいつ、忌々しい蛇蝎みたいな女なのに、です」
「おーい、君たちー。言いたい事あるならはっきり言ったらどうだねー? んー?」
笑顔で振り向く美影に、俊哉は即座に背筋を伸ばして首を横に振る。
「いえ、何も。とても素晴らしいと褒め称えていたのです」
一方で、雫は嫌そうな顔を隠しもせずに、言う。
「テメェがクソだって言ってんだぞ、です」
「雫ちゃん雫ちゃん、そろそろ泣くよ? 僕だって傷付くんだからね?」
「ちったぁ凹んでるくらいでテメェは丁度良いんだよ、です」
雫は、ロンリー・ウルフの件をまだ許してはいないのだ。
幸いにして、なんとか俊哉は元に戻っているが、治療に美影の力が加わっていない以上、許す理由がない。
辛辣な妹分の言葉に涙目になった美影は、改めて生徒たちへと向かい合う。
「じゃー、気を取り直して、訓練を始めまーす」
やる気が一気に下落した美影は、まず、と足元に置いていた武骨な箱を取り上げる。
「君たちは、最終的に状況に応じて真っ先に対応する、即応部隊として期待されている。
当然、即応の観点から、高い機動力が求められる訳だ」
現場に急行できなければ、意味がないのだ。
ヒーローは遅れずに到着しなければならない。
「よろしいでしょうか」
「何かな、佐々木中尉君」
手を挙げたのは、銀色の髪を後ろに撫でつけた、三十路越えの中年。
十二人の中では最年長であり、現役の国防軍兵でもある。
「自分は幻属性です。
《黒龍》殿の仰る機動力は、とても実現できません」
銀髪という事からも分かる通り、彼は幻属性の魔力を持っている。
ジャミング下での通信連絡、戦闘に際しては様々な妨害工作など、搦手に秀でた属性であるが、直接的なスペックでは劣るものでもある。
身体強化を施した上での移動速度も、他属性の者に比べれば遅く、美影の言ったような機動力はとても望めない。
「うん。実に尤もな指摘だ。
他にも、同じような疑問を持っている者もいるだろう」
十二人の生徒たちの属性は雑多だ。
属性を統一し、部隊ごとに突出した特徴を出す編成を多用する瑞穂統一国では、珍しい部類の人選と言える。
これでは、とても安定した運用は難しいと言わざるを得ない。
劣っている者に合わせなければ、とても一個集団として力を発揮できないのだから。
「その為の、特殊兵装を用意してある。全員、開けてごらん」
生徒たちの足元には、美影が掲げている箱と同じ物が用意されている。
それを開くと、中には金属でできたバックパックと、八色の輝石を埋め込んだ首飾りが収められていた。
美影は、まずはバックパックを取り出す。
「これは、知っている者もいるかな?
飛び鷲の国から貰ってね。それをウチで改造した品だ」
「魔動飛翔翼ですか……!」
若い者たちはピンと来なかったようだが、佐々木中尉を筆頭とした、現役の者たちは驚きに目を見開く。
魔動飛翔翼。
《蛇遣い座》を戴いている研究者が開発した、アメリカ合衆国の傑作兵器の一つである。
いくら人智を超えた魔術師といえど、基本が地を歩く人間である以上、空を飛ぶ事は難しい。
工夫をすれば出来る事ではあるが、長時間に渡って安定した飛行を行うとなると、熟達した風属性術者でなければ現実的ではないとされている。
それを塗り替えたのが、この作品である。
簡潔に言えば、魔力さえ注入すれば、誰でも飛翔能力を得られる、という物だ。
当初こそ、かなりの大魔力が必要だったが、バージョンを重ねるごとに要求される魔力量が下がっていき、最新型ではDランク相当の魔力でも十時間以上の飛行が可能という燃費の良さとなっている。
合衆国は、これを有力部隊に配置し、広大な領土を完全にカバーできる体勢を整えていた。
当然、国防の心臓部である為、これまで同盟国といえども技術提供どころか、現品の輸出さえもしてこなかったものだ。
それが、今、手元にあると思えば、驚愕の一つもしようという物だ。
「実は、向こうで新型が開発されたらしくてね。
今までとは隔絶した性能だって事で、旧型のこいつはもういらないらしい。
なもんで、貰ってきちゃった」
てへっ、と可愛らしく言うが、そんな簡単な話ではない筈だ。
どんな取引があったのか、と生徒たちは疑問を抱くが、美影はそれを説明する義務を持たないし、なにより彼女自身がそれを知らない。
訓練する上で活用しろ、と渡されただけだから。
なので、彼らの内心を察しつつ、素知らぬ顔でスルーして続ける。
「こいつの扱いに習熟して貰う。
そうすれば、機動力という点は解決だ。
一定以上の移動能力は確保できる」
その通りだ、と、合衆国という実例を知っている皆が頷く。
次いで、美影は首飾りを取り上げる。
「今度は、こいつ。
こっちは知らないよね?
知ってるって奴がいたら手を挙げてみてみ?」
誰も手を挙げない。
それを、彼女は残念そうに見る。
「そう。誰も知らないか。
残念。君たちの中に知ったかぶりはいなかったか。
いたら懲罰として殴ろうと思ったのに」
ぞっとする事を言いつつ、彼女は続ける。
「これは、統一国オリジナルの兵装だ。
名前は、試作型多重属性付与機 《ヤマタ》」
「属性付与、ですか?」
「うん。まぁ、言葉でグチグチ言うより、実践して体験してみるのが一番。
って事で、はい、皆の衆ー。装着ー」
僅かに逡巡しつつも、美影に促された皆は《ヤマタ》を首にかける。
途端。
彼らの中で絶対と信じていた物が変化する感覚が駆け抜けた。
先程とは比べ物にならない驚愕が、彼らの中に広がる。
「こ、《黒龍》殿! こ、これは……!?」
「はいはい。体感したね?
そう。君たちは、生まれ持った属性だけじゃなくて、今この瞬間、別の属性を手に入れた。
多重属性魔術師になったんだ。喜べ?」
選考過程で、そういう者を選んだのだ。
最低で四属性以上を潜在的に有している者。
これがハードルの一つである。
少数部隊で過酷な戦場に飛び込ませようというのだから、それぞれが専門家では、一人崩れればそこから崩壊が連鎖してしまう。
だから、互いにカバーし合える万能家を欲した結果だ。
常識をひっくり返す、とんでもない発明だ。
世界中が驚愕に打ち震える事だろう。
自分たちが、そんな技術に触れている。
それを知った彼らは、暫し絶句したまま戻ってこれなかった。
「……《黒龍》殿は、これを一体どこで?」
震える声で、一人が訊ねる。
期待されている、とは言っても、限度がある。
それこそ秘匿されていてもおかしくない程の技術を、惜しみなく注ぎ込まれる程とは思わなかったが為の問いに、美影は笑って答える。
「まぁ、これでも《六天魔軍》の一人って事でね。
ツテなら色々とあるんだよ。
暇そうな連中を蹴り飛ばして、先行量産型を人数分用意させたんだ」
そして、ウインクをして、口元に指を添えて言う。
「内緒だゾ♪」
「まさか……」
「無許可ですか!?」
馬鹿げた事をしでかしているらしい彼女に、皆が更なる驚愕に襲われた。
何処か非難するような視線に、美影は悪びれもせずに笑って言う。
「戦力増強の為じゃん。
君たち、雫ちゃんの剣となり盾となるんだよ?
半端な戦力で丸裸になっちゃ危ないじゃん
彼女、か弱い女の子よ?」
元々、多重属性化はする予定だった。
そうでなければ、選考基準に潜在魔力属性がある訳がない。
だが、事は最重要防衛機密である。
これからの過酷な訓練において、脱落者がきっと出てくる。
そう考えた上層部は、基本訓練を潜り抜け、脱落の可能性がほぼほぼ消えた者にだけ、これを施すつもりだったのだ。
その段取りを無視したのが、美影である。
何故かと言えば、時間がないから、という単純な理由だ。
彼女は、刹那が喧嘩を売り始めている事を知っている。
彼女の予測では日常が脅かされるまで、まだ暫くの猶予があるが、浪費できるほどの余裕ではない。
多数の訓練を並行して促成栽培してやらねば、間に合わない。
それが美影の出した結論だ。
一応、進言はしてみたが、学園上層部や国防軍参謀辺りには取り合ってもらえなかった。
なので、独断で行う事にした。
(……なに、逃がさなければ良いだけだよ)
内心で、悪の笑みを浮かべる美影。
脱落し、漏洩の危険があるから、躊躇うのだ。
ならば、生かさず殺さず、きっちりかっちり追い込んで、逃げるという発想も、逃げるという余禄も残さず、徹底的に鍛え抜いてやれば良い。
しっかりと無慈悲なるキリングマシーンに仕立て上げてしまえば、何一つとして問題なし、と彼女は思う。
「まっ、安心しなって。責任問題にはさせないから。
君たちは、一生懸命、訓練に励めば良いよ」
軽く言う。
暫し、困惑のざわめきが収まらなかったが、最終的には納得したのか、落ち着きを取り戻していく。
「そんじゃま、まずは飛翔翼の特訓から始めよー」
静かになった所で美影が宣言するが、それに水を差す様に、彼女の背後から声が届く。
「あれ、美影さん。魔王魔力への順応っての、やらないんすか?」
俊哉だ。
それが主目的である以上、最初からそれをしていく物だと覚悟していたのだが、まさかの後回しである。
同じ疑問を抱いた者たちも、不思議そうにしている中、美影は嘆息する。
「それねー。実は、まだちゃんとした訓練法が分かんなくてねー、困った事に」
今まで、全く考えられていなかった事だけに、何をどうすれば一般魔術師が魔王魔力を扱えるようになるのか、見当もつかない。
保有者である現役の魔王クラスに訊ねてみても、彼らにとっては当たり前の事なので、逆にどうして扱えないのかが分からない。
そんな事情があり、主目的はさておいて、今すぐに出来る事をしていこう、という話になったのだ。
「慣れの問題って事にして、とにかく魔力を注入していく、って案もあるけど……やりたい?
僕はオススメしないけどね」
「勘弁してほしいっす。殺す気か」
習熟していない状態で魔王魔力をその身に受け止めた先駆者は、嫌そうな顔で首を横に振る。
そんな事をすれば、冗談でなく死にかねない。
慣れる前に全身が爆散してもおかしくない。
その様な未来を予見したのだ。
先人の恐怖に歪んだ顔に、生徒たちは一様に顔を青くさせている。
「まっ、人的資源の浪費は避けるべきだしね。
僕も却下した訳よ。だから、後回し。
もうちょっと現実的な訓練法が見つかるまでは、別の事を頑張りましょー、って事で、OK?」
「理解したっす。それなら、仕方ないっすね」
「じゃ、改めて、飛翔翼を装着してねー」
彼女の促しに、装着していく生徒たち。
「……俺には? 俺、何も無いっすけど」
その間、手持ち無沙汰になった俊哉が訊ねる。
彼には魔動飛翔翼が渡されていない。
それだけでなく、《ヤマタ》もない。
「え? 当然でしょ?
だって、トッシー君は自前で飛べるじゃん。
あと、君、潜在魔力属性ないから。
ぷーっ、ざーんねーん」
雷属性だけの女が風属性だけの男を笑った。
俊哉も末席だったとはいえ、八魔家の系譜だ。
その為、魔力量の高さと引き換えに魔力属性の多様化を失っており、風属性のみの資質しか持たない。
また、美影の常軌を逸した修行を生き残る為、高効率の魔力操作技術を習得しており、風属性という特性上、その副産物として自力での高速かつ長距離、長時間飛翔を可能としている。
つまり、今、生徒たちに用意された二つの兵装は、彼にとって何の意味も無い物なのだ。
その事を指摘された俊哉は激しく肩を落として落ち込む。
美影はそれを指差して笑い、雫は肩を叩いて慰めた。
少しして、全員がバックパックを背負い、しっかりと固定すると、美影は佐々木中尉を手招きする。
「取り敢えず、まずは飛んでみよっか。
全員にして貰うけど、まずは佐々木中尉、お願いね?」
「承知しました」
意識を集中させ、背中の装置に魔力を流し込む。
加減が分からない為、ゆっくりと慎重に。
やがて規定量に達すると、装置が展開する。
継ぎ目から花開き、内部に収められていた金属部品が次々に飛び出しては順番に組み立てられていく。
組み上がったそれは、一対の金属翼へと完成した。
部品の隙間から魔力の光が漏れ出しており、神々しい雰囲気を醸し出している。
佐々木中尉が更に魔力を込めれば、金属翼が浮力を生み出し、彼の身体を空へと持ち上げていく。
「おおっ!」
「と、飛んだ!」
飛翔翼の機能を間近で初めて見た皆が、口々に感動の言葉を漏らす。
佐々木中尉の飛翔は、ただ浮かんでいるだけであり、〝飛翔〟というには程遠い。
バランスも不安定で、今にも天地が逆さまになってしまいそうな不格好な物だ。
それでも初めての空に、彼は年甲斐もなく感動の表情を顔に張り付けていた。
少しして、ふらつきながらも着地する佐々木中尉。
「どうだったかな?」
「……大変、素晴らしい物でした」
「ふーん、そっか」
一瞬、邪悪な笑みを浮かべる美影。
だが、それは本当に一瞬の間であり、不本意にも彼女の気質に慣れている俊哉以外に、誰にも気づかれなかった。
「じゃ、皆もやってみてねー。くれぐれも勝手な行動は慎むように」
「「「はいっ!」」」
許可を出すと、それぞれに飛翔翼を展開して、空へと飛びあがる。
中にはバランスを崩して、空中でぐるぐると回ってしまっている者もいるが、おおむね楽しそうだ。
俊哉が地上からそれを眺めていると、いつの間にか近寄ってきた美影に、一本の縄を渡される。
金属製で、とても頑丈そうだ。
「はい、どうぞ」
つい反射的に受け取り、その正体を確かめた俊哉は、嫌そうに顔を顰めた。
修業時代の嫌な記憶を思い出したからだ。
「あれを……するんすか?」
「うん。だって、空を飛ぶには手っ取り早いでしょ?
トッシー君だって、あれのおかげで空を行く感覚を掴んだじゃない」
「そうしなきゃ、死ぬと思ったっすからね」
当時は本当に死ぬかと思ったものだ。
飛翔技術をマスターした今ならばどうという事はないが、そうでないと地獄の体験となるだろう。
彼は空で遊んでいる者たちをもう一度見上げる。
「御愁傷様、ってところっすね」
「案外、楽しんでくれると僕は期待しているよ」
クククッ、と笑いながら、心にもない言葉を放つ美影。
やがて満足した生徒たちが全員着地すると、美影は彼らに俊哉に渡した物と同じ縄を渡す。
「じゃあ、これから飛翔訓練に移りまーす。
それ、絶対に手放さないようにねー。
手放したら命の保証はしないからねー」
ざわざわと困惑が伝播する。
だが、美影は落ち着く時間を与えない。
両手に皆と繋がる縄を巻き付けた彼女は、自身のリミッターを解除する。
迸る黒雷。撒き散らされる圧倒的威圧。
突然の事に付いていけない者たちを放って、彼女は身をたわめる。
「ほんじゃ、死にたくなければ、さっさと空に慣れる事だね!」
言って、美影は雷の速度で空へと駆け上がった。
生徒たちを引きずりながら。
突然ですが、この度、書籍化する事になりました。
嘘だろマジか。これが作者の本音であります。
これも皆さまの応援のおかげです。
誠にありがとうございます。
詳細は活動報告に掲載しますので、よろしければ覗いてください。




