惑星ノエリア
久し振りに時間通りの投稿だ!
なんだかんだと日々が忙しくてですね(言い訳)。
中東。見渡す限りの広大な砂漠地帯。
そんな、一見すると本当に地球なのかと疑いたくなるような大地を、ノエリアは踏みしめる。
「……陽射しが熱いのぅ、ここは。もはや痛いという気分じゃが」
じりじりと照り付ける太陽光は、もはや地獄の様相だ。
何の対策もせずに出歩けば、人間などすぐに干上がってしまうだろう。
事実、同行している永久は、自己防衛のため、自発的に熱気を遮断し、冷気に満ちた空間を形成している。
一方で、ノエリアは何もしていない。だから、干乾びそうになっている。
何故、かと言えば、単純に魔力の節約だ。
供給源を失ってしまっているノエリアは、彼女の膨大な器を満たすだけの魔力回復力手段を持たない。
故に、小さな部分からコツコツと節約をしなければならない。
そうしなければ、すぐにでも魔力が枯渇し、ただの木偶となってしまうから。
とはいえ、泣き言を言ってはいられない。
やる事はやらねばならないのだ。
「勤労意識は大切な事じゃ」
ともすると投げ出してしまいそうになってしまう己を激励するように呟く。
そう、彼女がやらねばならない。
技能的な事を言えば、地球人に任せても良いだろう。
雷裂刹那ならば、万全に対処できるはずだ。
だが、こればかりは駄目だ。
ノエリアが蒔いた種なのだから、彼女自身が刈り取らねば、無責任の誹りは避けられない。
「さて、この辺りじゃと思うのじゃが……」
取り立てて、目印になるような物が何一つとして存在しない砂漠のど真ん中で、ノエリアは立ち止まって周囲を見回す。
全て、己の感覚だけが頼りだ。
しばらく周囲の観察を続けていると、目当ての物をようやく見つける。
「おお、あったあった」
目的の物が見つかったという達成感と同時に、ノエリアの内心にはうんざりとする徒労感が募る。
彼女が見つけた物は、空間擾乱。
何もない虚空にぽつりと生まれている、空間が歪む災害だ。
といっても、その規模は極小そのもの。
この程度ならば、世界中のどこにでも生まれているし、放っておいても自然修復される。
地球側の観測でも、研究用のデータ収集でもなければ、影響なしとしてスルーされるだろうほどに小さなものだ。
だが、ノエリアには違いが分かる。
あれは、単なる空間異常ではない。
すん、と鼻を鳴らす。
砂漠の香りに混じる、死の香り。
滅亡と枯渇の香りは、忘れようと思っても忘れられるものではない。
それを嗅ぎ取り、険しくなる表情。
それを、溜息一つで解きほぐすノエリア。
こんな栄華とかけ離れた土地を踏んでいるからだろうか。
どうにも、感傷的になっている。
「向こうがどうなっておるのか、確かめたいと思わなくもないが……」
この分では、確かめるまでもないだろう。
彼女の故郷、惑星ノエリアの末路など。
~~~~~~~~~~
遠い宇宙の彼方。
あるいは、次元さえも隔てているかもしれない別宇宙に、その星はあった。
惑星ノエリア。
生存可能領域を有する、美しい星だった、らしい。
豊かな緑が生い茂り、広大な海洋は様々な産物を生み出す宝庫だった、ようだ。
残念ながら、ノエリアの主観では、らしいようだ、という伝聞系を外す事が出来ない。
何故ならば、彼女はその当時には自意識という物を持っていなかったからだ。
ノエリアが自我を確立させた頃には、芳醇な星の姿は見る影もなく、斜陽どころではない、退廃しきった星となっていた。
始まりは、遥か太古に遡る。
空の彼方から飛来した、たった一つの生命に由来する。
魔物。
そう呼ばれていた生き物の祖が地上へと至った事が全ての元凶だった。
惑星ノエリアは、豊穣を体現した星だった。
だから、あまりに多くの生命体を内包する事が出来た。
人がおり、獣がおり、竜がいて、鬼がいて、巨人が、魚人が、果ては天使や悪魔までもが、その星には棲息していた。
だから、誰もが、気にしなかった。
見た事のない生き物がいた所で、また一種、新しい命が増えたのだと、その様にしか考えなかった。
それが全ての誤り。
この時点で、何を犠牲にしてでも魔物の撃滅に動いていれば、その後の運命は大きく変わっただろう。
魔物の目的は、星を喰らう事。
星が宿す輝きの全てを喰らい尽くす事が全て。
そこに、あるのは悪意でも敵意でもない。
本能。
そういう形の生き物であり、星を喰らっては、また別の星へと向かうという事を繰り返す、疫病のような存在なのだ。
気が付いた頃には、星の全域に魔物が蔓延っていた。
海に、空に、陸に、世界のどこにでも魔物が発生するようになっていた。
だが、その時点でも、まだ誰にも脅威と認識は出来なかった。
強い力があり、狂暴な性質を持ち、繁殖力に富んで猶、長きに渡って文明を築いてきた惑星ノエリアの民には敵わなかったから。
だから、面倒な害獣と認識こそされ、根絶やしにしなければならない存在だとは映らなかったのだ。
目的が違う。狙いが違う。見ている場所が、違う。
魔物は、表層に巣くっている寄生虫などに興味はなかったのだ。
邪魔さえされなければ、別に構わなかった。
人々が、そして星自身が、魔物たちの目的に気付いたのは、星の核に喰らい付かれてからだった。
そして、気付いた時には遅かった。
狡猾に事を進めていた魔物たちは、増えに増えた同胞たちの全てで星核を一気呵成に喰らい尽くしていった。
その速度はあまりに急激で、とても対処できるものではなかった。
星が自らを守る守護者を望み、人々が命と大地を救う救世主を願い、ノエリアを創り出した時には、全ては終わっていたのだ。
彼女が目覚めた時には、星の輝きは失われ、枯渇した大地ばかりが広がる死んだ星があるだけだった。
遅過ぎた。あまりに、遅きに失した。
もっと早くに目覚めていれば、結果はまた別だっただろう。
後悔しても遅い事だ。
もう結果は出てしまっている。
惑星ノエリアという本体を失った以上、時を巻き戻すだけのエネルギーは何処からもひねり出せない。
過去を変える事は出来ないのだ。
結局、ノエリアにはどうする事も出来なかった。
星を喰らう星の天敵たる魔物たちは、星の化身であるノエリアにはあまりに相性の悪い相手と言わざるを得ない。
せめてもの抵抗と言えば、魔物たちが喰らう星の力を持ち逃げする事くらいしかできなかった。
だが、それは絶望的な相手から一人で逃げ出す事と同義。
守るべき星を、民を、見捨てて守護者であり救世主たる者がいなくなれば、残された者たちはどうなるのか。
考えるまでもない事だろう。
更に、悪い事は重なるものだ。
魔物たちは、自分たちに痛打を与え、餌を持ち去ったノエリアを、みすみす逃がす気がなかったのだ。
宇宙の最果てまで追いかけて、喰らい尽くしてやろうとする魔物たちは、その先で歓喜する事となった。
新たな餌を見つけた。
豊潤で瑞々しい、とても美味しそうな果実。
しかも、それを守るべき寄生虫たちは、お互いに殺し合って今にも自滅しようとしている。
ほんの少し待つだけで、何の労力を払う事もなく、たわわに実った餌に丸ごと噛り付けると知り、魔物たちはノエリアに逆に感謝した。
ありがとう、お前のおかげで新しい食べ物を見つけられた、と。
縁が結ばれてしまった。
知られてしまった以上、ノエリアにはもはやどうしようもない。
止める事など出来はしない。
いつか滅ぼしてやると考えていた。
愛しい同胞たちの無念を晴らしてやろうと誓っていた。
だが、更なる力を得られてしまっては、どうしようもなくなる。
だから、策を講じる事にした。
どうせやってくる事を止められないならば、迎え撃ってやろうと。
元気に戦争をする余裕のある原住民たちを鍛え上げ、魔物への人柱として利用してやろうと。
その為に戦争を止めた。
魔力と魔術という奇跡の技を教えた。
襲来しようとしてくる魔物たちを、ギリギリで押し留めてきた。
そして、何より、自分と同じ守護者が生まれる様に、星核に刺激を与えてきた。
その甲斐もあり、原住民たちはそれなり程度の力を持つに至っている。
あまり期待していなかった守護者も、いつの間にか生まれていた。
だが、一方で自分のエネルギーも尽きかけている。
持ち逃げした惑星ノエリアのエネルギーは、原住民に分け与え、時間稼ぎ用のシールドを張る事で使い切ってしまった。
もはや、自分では抑えきれないだろう。
残るエネルギーは、魔物を殲滅する為に取っておかねばならないのだから。
「さぁて、地球人ども。反吐の出る戦の時は近いぞ。準備は出来ておるのかのぅ」
〝地球〟という星の運命には、さほど興味はない。なかった。
だが、二百年も付き合っていれば愛着の一つも湧いてくる。
出来れば、無事に生き残って欲しいものだと思うノエリアである。
~~~~~~~~~~
ノエリアは、惑星ノエリアへと繋がっている空間擾乱を封鎖する。
「静かに浸透する。
馬鹿の一つ覚えと言えばそうなのじゃが、有効であると認めざるを得んのぅ」
知っているからこそ対処できているが、そうでなければ、地球上のあちこちに異界門が開き、ひっそりと軍勢が送り込まれていた事だろう。
惑星ノエリアがそうであったように、知らない内に手遅れの状態にまで持って行かれていた筈だ。
困った困った、と嘯きながらも、テキパキと対処を終えた彼女は、踵を返す。
「さっ、とっとと撤退じゃ! ここは暑くてかなわん」
言った瞬間、彼女の視界がぶれた。
側頭部から伝わってくる衝撃から、何らかの攻撃を受けたのだと認識する。
遅れて、軽快な銃撃音が聞こえてきて、これが狙撃なのだと判断した。
「な、何なのじゃ、突然……」
ダメージはない。
魔王クラスの全霊を賭した一点集中攻撃でもなければ、まず彼女の防壁を抜く事は出来ない。
だから、攻撃された事自体はどうでもいい。
問題は、そもそも気付かれないようにこっそりと行動している自分を、どうやって捕捉したのか、という事だ。
常に二重三重に幻魔術を施し、安全策を講じていた筈だ。
その証明に、これまで大都市の中でも堂々と出歩いていたにもかかわらず、誰一人としてノエリアに注目した者はいなかった。
それは、全世界に指名手配されてしまっている現状でも、である。
だというのに、捕捉され、攻撃を受けた。
有り得てはいけない事態である。
一瞬、彼女の脳裏に刹那の顔が浮かぶ。
だが、すぐに否定する。
ノエリアは彼の破壊力と性格をおおよそ把握している。
だからこそ、こんな通じないと分かっている攻撃をしてくるとは思えなかった。
では、誰が。
「チッ! 悠長に思索もしていられぬか」
二撃目が飛来し、それを羽衣で弾く。
狙撃では仕留められないと判断したのか。潜伏していた者たちが砂丘の陰から姿を見せる。
無言で、無数の術弾と質量弾が放たれた。
確認どころか、降伏を促す言葉すらない、実に殺意の高い行動である。
「…………」
展開された弾幕に対処したのは、永久だった。
ノエリアを守る様には設定されていない。
だが、自己防衛するようには設定されている。
弾幕は、明らかに彼女を巻き込む軌道を取っていた。
だから、対処に動いたのだ。
展開されるは、身の丈ほどもある漆黒の大剣。
それに魔力を込めながら、くるりと一回転しながら振るう。
放たれたのは、大剣と同じ漆黒の波動。
混沌魔力である。
ただそれだけで全てに対して優位に立てるエネルギーは、いともあっさりと弾幕を飲み込み、勢い余って襲撃者たちへと襲い掛かった。
「「っ!?」」
反応する間もない。
混沌魔力は襲撃者たちを飲み込み、溶かして同化してしまう。
暫く蠢いていた混沌魔力だが、目標がいなくなったと判断した永久によって、消し去られる。
「……まぁ、特に指示しておらんから良いのじゃがな」
見ているだけだったノエリアが、少しばかり恨めしそうに傍らで直立姿勢へと戻った永久を見遣る。
どうせなら、情報を得る為に幾人かを生け捕りにする、というくらいの機転は利かせてほしいものだ、と思う。
人形にそんな事は不可能だとは分かっているが、高望みくらいはしたい。
短く吐息を漏らして意識を切り替えたノエリアは、首を傾げる。
「さてさて、僅かに読み取れた思考によると、何処ぞからタレコミがあったそうじゃが……。
何処のどいつがどうやって我を捕捉しえたのじゃろうなぁ」
とても今更だが、周辺を探査する。
しかし、何の異物も見つけられない。
探知範囲を衛星軌道まで伸ばしているというのに、である。
更に思い悩み、ふと思い立って、自分自身に探知をかけてみる。
張り巡らせた防壁を抜いて、自分に監視魔術を施せるとは思えないが、物は試しである。
すると、何故かヒットしてしまう。
「……うぉい。いや、これは我が間抜けと誹られるべきか」
反応する部位を探れば、何らかの機械製品があった。
とても小さく、あると知っていなければ中々見つけられないだろう。
「機械には疎いのじゃが……。汝はこれが何か、分かるかの?」
「いいえ、分かりません」
永久に訊ねてみるが、否と答えが返ってくる。
とはいえ、正体など分からなくはない。
大方、盗聴器か発信機の類だろうと当たりを付けるノエリア。
「やってくれるのぅ。……ん?」
憎々し気に機械を握り潰して無力化すると、近くから軽快な電子音が響いてきた。
何かと思って探れば、それは先程の襲撃者が落とした通信機器だった。
もしかしたら情報提供者に繋がるかと考え、ノエリアは回線を開く。
『ふはははっ、ボンジュール、女怪サノバビッチよ。
私からのプレゼントに、ようやく気付いたようだな。この大間抜けめ』
「…………我をサノバビッチなどと呼ぶでないわ、妖怪腐れ外道が。これは、汝の仕業か」
通信の先にいたのは、地球の守護者――雷裂刹那だった。
あの男ならば気付かれないままに機材の一つも仕込む事くらいは出来るだろう。
そうと思ったノエリアは、苦々しい顔を作る。
最後に接触したのは、朝鮮戦争での事だ。
あの後からずっととなれば、かなりの情報を抜き取られた可能性がある。
これでは、大間抜けと呼ばれるのも仕方ないだろう。
『そうとも。私の仕業だ。
地球の技術も捨てた物ではなかろう?
魔術などという下らん玩具だけが世界の全てではないぞ、ロートルよ』
「肝に銘じておこう。
それで? 先の襲撃も汝の差し金かの?」
『それも私だ。
貴様がどう対処するか、調べてみようかと思ってね。
まぁ、隣のお人形さんの所為で、いまいちな成果だった訳だが』
「ほっ。それは良かったのじゃ。ざまぁみろ」
少しは思惑を外せた事に溜飲が下がるノエリア。
だが、刹那にはまるで堪えた様子はない。
『まぁ、所詮、命がリーズナブルな連中を使った安い嫌がらせだ。
どう転ぼうと別に構わんさ』
「御託は良い。何の用があるのじゃ?
まさか、種明かしの為だけに話をしに来たわけではあるまい?」
『え? ただの自慢だけど?』
「…………」
『…………』
「…………え? マジで?」
『大マジだとも』
暫しの無言が流れ、ようやく本気なのだと理解したノエリア。
とても無駄な時間を過ごしているような気分に陥ってしまう。
「汝は……」
苦言の一つでも叩きつけてやろうと口を開くが、彼女が何かを言う前に、ああ、と思い出したように刹那が言葉を紡ぐ。
『もう一つ、あったな。そう、宣戦布告、という奴だ』
「宣戦布告じゃと? 今更かの?」
既に敵対している。
もはや拳以外に語る事などないだろうとノエリアは言う。
『確かに、今更だ。
だが、様式美という物は大切だよ。
私は文化人なのでね。
言葉もなく殴りかかるような野蛮人ではないのだ』
「どの口が言っておるのじゃ」
刹那の経歴はおおよそ調べてある。
その結果、ほぼ中身は獣同然だと結論付けているノエリアは、馬鹿な事を、と鼻で笑う。
『まぁ、そういきり立つな。皺が増えるぞ。
ともあれ、貴様に付き合うのも飽きてきた。
そろそろ本格的に貴様を追い詰めていくのでね。
覚悟をしておけと善意で告げているのだよ』
「ふん。そうか。
では、精々、期待しておこう。
汝が何を仕掛けてくるか。楽しみに待っておるぞ」
応え、ノエリアは通信端末を破壊する。
そして、頭を抱えた。
「まずい。とてもまずい事になった。どうすべきなのじゃ」
現状と矛盾するようだが、刹那と敵対するのは得策ではない。
外敵への備えを浪費する、無駄な労力だ。
だから、少しは行き違いを解けるかと思い、先日の朝鮮王宮にて、僅かなりとも情報を残してきたのだ。
だが、まさか、それを受け取る前に、あるいは受け取った上で、戦争に踏み切られるとは思わなかった。
「ともあれ、殺されてあげる訳にはいかない以上、準備はしておくかの」
覚悟を決めて、行動を開始するノエリア。
その時の彼女は知らなかった。
今この時に、地球上の各所で同時多発的な爆破事件が起きている事を。
そして、標的となった場所が、自分が地球上で拠点としている地点だという事を。




