生体爆弾
あけましておめでとうございます。
いつの間にか、新年始まって二週間も経っていますね。
ごめんなさい。
「また一つ……。随分とフットワークの軽い女怪だ」
月面都市総合管理施設。
その中でも最奥に位置する部屋で、刹那は視界の端に映したディスプレイの表示に嘆息する。
そこに表示されているのは、女怪ノエリア・サノバビッチと炎城永久に仕掛けた発信機の痕跡である。
機械に疎いだけなのか、こんなチープな手段を仕掛けてくるとは思っていないのか、未だに気付かれた様子もなく、こうして情報を流してくれている。
それによって彼女らの足取りをおおよそ追えており、出現ポイントから移動経路、消失ポイントまでをマークしている。
その痕跡が、世界地図の全体に網の目のように広がっているのだから、刹那が〝フットワークが軽い〟と評すのも無理はないだろう。
「それにしても、あれは何をしているのだろうか」
拠点が世界中にある、という訳ではない事は確認済みだ。
女怪が本拠としているのは、先日、手合わせをした場所と同じような〝異界〟である。
人造の物ではなく、天然で出来上がった物らしいが、それはどうでも良い事だ。
強固なセキュリティを施されており、気付かれずに侵入するという事は刹那を以てしても出来そうにない。
現実の地球には、ほとんど拠点らしい拠点はない。
少しはある様なので一つ残らず跡形もなく爆砕しておくが、それ故に何の為に発見される危険を冒してまでこちら側に出てきているのか、それが分からない。
最初は、何らかの工作をしているのか、と考え、接触した人間や辿った足跡を調査していたのだが、どうもその痕跡が見つからない。
発見されない自信があるから世界観光でもしている、と言われれば納得できそうなほどだ。
「……まぁ良い。考えても調べても分からない事など、思考に載せるだけ無駄だ」
最終的に捕獲して締めあげれば良い事である。
そうして、意識を切り替えた刹那は、手元の表示へと戻る。
そこにあるのは、新型デバイスの設計図及び建造状況である。
新型と銘打っているが、実際には久遠専用だ。
彼女の超能力を前提とした代物である為、久遠以外の人間では碌に動かす事も出来ないだろう。
刹那も動かそうと思えば動かせるが、趣味ではないので使う機会は訪れる事はない。
設計図を組み立て終わった時点で、組み立ては作業用機械人形に放り投げている。
だから、刹那が逐一見ている必要はない。
無いのだが、つい見てしまう。
何故なら、つまらないから。
正直な所、何の面白味も無い設計をしており、良く言えば堅実、身も蓋も無い言い方をすればありきたりな作品だ。
これならば、俊哉の《クサナギ》の方が余程遊んでいるだろう。
「とはいえ、何も思いつかん。スランプかな?」
などと自嘲する。
別に奇を衒う必要がない、というツッコミを入れてくれる人物がいない為、とても寂しい。
…………。
暫くして、作業室の扉が開かれる。
入ってくるのは、銀色の人型。
全長一八〇cmほどの機械人形である。
表面装甲に塗装された形跡はなく、鉄の色が剥き出しとなっている。
その隙間からはコードやら回路やらが覗き、やっつけ仕事という印象が持たれる。
人形がその手に握って引きずってきたのは、気を失っている炎城久遠だ。
あちらこちらに焦げた痕や火傷痕が散見され、また自身の能力の制御に失敗したのだろう。
「……センスのない娘だ」
一言で断じる。
確かに扱いの難しい能力ではあるが、それが自らの能力である以上、扱えない訳がない。
それが出来ないのなら、やはり才能がないと言われるのも仕方ない事だろう。
機械人形は、刹那の正面に置いてあるソファに、久遠を投げ捨てる様に放り込んだ後、もう片方の手にぶら下げていたバケツを構える。
バケツに入れる物など、液体に決まっている。
キンキンに冷やされた特別水――栄養剤や傷薬、それに純粋魔力水の混合物――を容赦なく久遠にぶっかける機械人形。
「ぶはっ……!?」
あまりの勢いに、ソファごとひっくり返る久遠。
一応、目が覚めたらしい。すぐに立ち上がり、周囲を見回す。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
「地獄の審判中かな。閻魔の御前であるぞ」
「……ああ、刹那か。いつもすまんな」
狼狽から、すぐに久遠は冷静を取り戻す。
もう何度も経験している事だ。
普段は放置されているが、飯時になると強引に連れ出される。
気絶していれば今回のように運ばれるだけだが、ちゃんと意識があると酷い。
問答無用で機械人形が襲い掛かってきて気絶させてくるのだ。
「食事は生命活動の基本だぞ。忘れる事なかれ、だ」
「ははっ、すまん。つい時間を忘れてしまってな」
苦笑しつつ、素直に謝る。
焦っても仕方ない事ではあるが、妹の事を思うとどうしても気が急いてしまう。
その結果が気絶だ。
食事時に久遠を連れ出す理由を、刹那は生命活動だと言っているが、本当の所は違うだろうと久遠は思っている。
おそらく、心配しているのだ。
自分が身体を壊して使い物にならなくなる事を。
その為に、程よく休憩を挟ませている。
久遠の胸中にあるのは、複雑な感情だ。
途切れた絆が、自分が断ち切った絆が、再び結ばれたようで嬉しく思う。
それは、久遠の望む家族としての絆ではない。
刹那としては、便利な道具か使える駒を大切にするつもりでの心配だろう。
だが、それでも自分に関心を向け、心を砕いてくれる事がとても心に響く。
同時に、自分にそれを享受する資格があるのか、とも。
自分から断ち切ってしまった絆なのに、何の償いもせぬままにそれを受け取って良いのか、と苦い気持ちが湧き上がってくる。
久遠は、自分で解決するしかないと思っている。
ここには刹那しかいない。
以前、彼にその事を匂わせた事があるが、凄い嫌そうな顔をされた。
それがどういう意味なのかは分からないが、ともあれ刹那にとって楽しい話題ではないという事なのだろう。
少しして、いつの間にか退室していた機械人形が二つのトレーを持って帰ってくる。
二人の前に置かれたそれには、粘土の様な塊と無色透明な水――実態は栄養剤――が載せられている。
レーションのような物だ。
栄養は豊富で、特殊なナノマシンが含まれており、それから発せられる信号によって、味覚に美味であると錯覚させる機能付きという、無駄に高性能な代物である。
とはいえ、人間の、というか真っ当な生物の取る食事とはとても言えない。
極限状況ならともかく、通常時に食べる様な物ではない。
「……いつも思うのだが、もっと人間らしい食事をしてはどうだ?」
「栄養があり、味がある。これ以上に、何を求めるのかね?」
「いや、ほら、温かみというか、愛情を感じられるような食事をだな」
「残念だが、愚妹は学業中だ。わざわざ呼び出すのも悪い」
「いや、美影殿でなくとも、な。雷裂なら適当な料理人を連れてくる事も出来るだろう?」
「私は愚妹以外の愛ある食事を求めていないぞ?
強いて他に言えば、賢姉様の物なら食べようじゃないか」
刹那は、粘土を手に取って齧り取りながら、続ける。
「大体、充分にマシな食事だろう、これは。
それとも、石や土を食べたいのかね?」
「何故、比較対象がそれなのだ」
久遠も粘土の端を千切り取って、口に含む。
消しゴムでも食べているような触感と味わいなのだが、何故か脳が認識する味覚は美味と判定している。
その齟齬がとても微妙な気分になる。
(……一発ネタとしてなら面白い玩具だと思うがな)
そう思いつつ、食べていると彼女の耳に答えが返ってくる。
「私は森の中では、そんな食事をしていたのだが?」
「…………あー、すまん。なんと答えたものか」
そこまで酷い生活を送っていたとは。いや、それでもマシなのかもしれないが。
「大木が育っている姿を見てな。
もしかして、土は栄養豊富なのでは? と思って食べていたのだ。
石も似たようなものだな。
まぁ、栄養があるかは分からないが、代わりに毒物なら大量に含まれていたがね。
そう例えば……」
「続けなくて良いから。私が悪かったから」
強引に話題を遮った久遠は、別の物は無いかと視線を室内に巡らせる。
表示されたままの幾つかの映像。
その中の一つ、何やら小型の生物が飼育されていると思しき物を見つけた。
「あれは……。あれは何だ?」
「ああ、あれは最近、廃棄領域内で見つかった新種だ。
遺伝子解析した所、どうやらネズミから進化した生物のようだな」
「ネズミ? いや、だが、それにしても、何故人型なのだ?」
「そんなもの、私が知るものか。そういう物なのだろう。
それを言えば、我々だって、何故人の形をしているのか、という話になる」
映像の中では、二足歩行する灰色の体色をした生物がうろついている。
二本の腕と二本の足を持つ姿はまさしく人型だ。
それでも確かに人ではない姿は、人間の目には醜悪に映る事だろう。
齧歯類らしく鋭い牙を持っているが、動物らしい体毛はほぼ存在しない。
好戦的な性格なのか、同じ檻に入れられた同族相手に激しく喧嘩している姿も見受けられる。
そうした姿を見て、ふと思い浮かんだイメージを久遠は口にした。
「……ゴブリン?」
「この西洋かぶれめ。ここは日本だぞ。
和風に、餓鬼と言いたまえ。
まぁ、本性は鼠男だが」
「妖怪か」
「似たようなものだろう。
そもそも、ゴブリンだって妖精の一種だろう。
近年は怪物の様に扱われる事が多いがね」
「え? そうなのか?」
「そうなのだ」
ふぅん、と気のない返事をして、改めて映像を見る。
確かに、下腹が膨らんでおり、餓鬼という気もする。
「……他にも妖怪シリーズは、いたりするのか?」
久遠は、廃棄領域の事をあまり知らない。
毒に塗れ、それに適応した超生物が跋扈していると、その程度だ。
だから、興味本位で訊ねてみた。
「そうだな。ガシャドクロなら見かけたぞ。まぁ、人骨ではなく獣骨だから少々惜しいが」
「ドクロって……どうやってそいつは生きているのだ?」
「正確には、極細の外骨格生物だったな、正体は。
骨にしか見えない骨格の中に、全ての体組織を収納していた。
おそらく、死んだふりをする為の進化だったのだろう。
戦闘力としてはさほど高くない残念妖怪だった」
「……ああ、そう」
「そいつに比べれば、この餓鬼は中々優秀だぞ」
少し興奮気味に言う刹那。
彼が上機嫌な時は、大抵良くない事だと学習している久遠は、若干引き気味になりながらも先を促す。
「と、言うと?」
「ああ、こいつは体長が三〇cmくらいしかなくてな。
大きくても五〇に満たない程度だ。
見た目通り脆弱だから、成人男性ならば握力で殺せる程度の生き物だ」
「それが何故、優秀だと?」
「理由は幾つかある。
一つは顎の強さだ。流石は齧歯類の進化系と言えよう。
腕力や脚力は推して知るべし、という所だが、顎だけは強力でな。
木材どころかコンクリすら噛み砕く。時間をかければ鉄さえも突破するという脅威の牙を持っている。
人間如き一噛みで殺せるぞ」
「それはまた恐ろしいな」
「次に、その生命力だ。
流石は廃棄領域出身と言うべきか、環境適応能力が半端ではない。
並大抵の毒物では死なんし、極地並みの低温や砂漠地帯並みの乾燥と高温にも平気で耐える。
流石にマグマの上では死んだが、ふふっ、時間の問題の様な気もするね?」
「ゴキブリみたいなものか」
「三つ目に、知能の高さと手先の器用さだな。
人間型である事から知能の高さを期待して教育を施してみたのだが、驚いた事に言語を解した個体が発生した。
喉の形が違う為に喋るのは難しいようだが、筆談程度なら出来るほどだ。
しかも、人型であるという事は道具を使えるという事だ。
試しに超小型銃を作ってみたら、見事に使いこなしてみせたぞ。
おお、なんと恐ろしい事だ」
「冗談ではなく、本当に恐ろしいぞ」
久遠は戦慄する。
人間など、銃弾一発、刃物の一本で簡単に殺せる弱い生き物なのだ。
そして、このゴブリンは、その顎の力と小さな身体、常識外れの環境適応能力を利用して、何処にでも出現しうる。
最悪の暗殺者だ。
知能もあるという話なので、下手な罠では止められないだろうし、将来的に人間が駆逐される未来さえも見える。
だが、それで終わりではなかった。
刹那はとても楽しそうに続ける。
「まだまだだぞ。最後の一つが残っている。
最後に、繁殖力の異常な高さと進化の速度だ。
こいつらは雌雄同体で単為生殖する。
単体でも勝手に増えるのだ。一度に五、六匹は産むしな。
安定した成長環境であれば、ネズミ算どころではない増え方をする。
だが、もっと恐ろしいのは苗床を得た場合だ。
餓鬼どもはどんな生物とも子を為せる。
昆虫だろうと魚だろうと獣だろうと、人間だろうと、な。
別種の雌を得た場合、一度に出産される数が倍ほどにも増える。
相手の種類にも関係するので一概には言えんがね。
そして、母体となった者の性質が子に受け継がれるのだ。
例えば、昆虫ならば外骨格を得たり、魚ならばエラや水かきが出来たり、だな。
どうだ? 凄まじい進化のスピードだとは思わないか?」
「恐ろしいまでにな。いや、本当に。早く絶滅させるべきだろう、それは」
リアルに人類滅亡が見える。
久遠の言葉に、刹那はあっさりと頷く。
「とうに殲滅した後だ。あそこにいるのは、サンプル用に確保した生き残りだ。
野生では完全に絶滅させている」
「ああ、なんだ。そうなのか。それは良かった」
その事にほっと息を吐く。
ふと、刹那が腕を組んで久遠を見ながら考える。
久遠は粘土を不味そうに飲み下しながら、その視線に気づく。
モルモットを見る様な冷たい視線。
それに居心地が悪い気分を味わう。
「な、なんだ?」
「いや、な」
少し言い淀んで、刹那は提案する。
「どうかね? 炎城久遠よ、餓鬼の苗床になってみないか?」
「ぶふっ!」
思わず、口に含んだ水を吹き出す。
予想の範囲内だった刹那は、さっとトレーごと横にずれて、久遠の水攻撃を回避していた。
「汚い娘だね。もう少しマナーという物を学んだ方が良いのではないかね?」
「げほっ、うぐぐ、い、いきなり何を言うのだ、お前は!
苗床になれなどと、馬鹿な事を言うな!」
自分があれらに身体を許している光景を脳裏に思い描き、背筋にこれ以上ないほどの怖気が走る。
仮にも武家の娘であり、虜囚の身となって辱めを受ける覚悟だってあるが、それはあくまで人間が相手の話だ。
人外相手の覚悟なんてある訳がない。
「いや、だが、あれは良い戦力になるぞ?
人間が苗床となった場合、知能指数がかなり向上する様なのでな。
母の言う事をよく聞く、優秀な子供となるだろう。
単純な軍勢としても強力であり、何よりこれ以上ない兵器にもなり得る」
「……兵器?」
口元を拭きながら、胡乱気な視線を向ける。
刹那は答えず、代わりに端末を操作する。
すると、映像の中で一匹の餓鬼が檻の中から引きずり出されて隔離された。
刹那が更に端末を操作すると、途端、隔離された餓鬼の全身がぶくりと膨れ、直後、盛大な爆炎を撒き散らして弾け飛んだ。
その威力はかなりの物があり、餓鬼を閉じ込めていたケージが跡形もなく粉砕されていた。
突然のスプラッタに唖然とする久遠。
だが、数秒で復帰した彼女は、恐る恐る刹那に訊ねる。
「……今の……もしかして、《サクリファイス》か?」
「その通りだ。お前から頂戴した術式を仕込んである。
はっはっはっ、一寸の虫にも五分の魂とは言うが、餓鬼も中々の魂をお持ちのようだな」
「お前、道徳とか倫理とか、そういうものの持ち合わせはないのか?」
「それで戦争に勝てるなら、私は幾らでも振り絞ってやるがね。
大体、《サクリファイス》は元々お前の家の魔術だろうに。
それを一族の身で使っていた連中に言われたくはないな」
「ぐっ……。痛い所を」
実際に使っていたという現実を考えると、何も言えなくなる久遠だ。
彼女を黙らせた刹那は、続ける。
「生き残り共の遺伝子を少々改造してね。
生まれながらに心臓に《サクリファイス》の術式が刻まれるようにしてある。
脱走してもボタン一つで、ボンッ、さ。
まぁ、それはともかく、単体でもあの威力だ。
それが百も千も連鎖させれば、一体どれほどの威力になるかな?」
「……考えたくもないな」
「いや、考えたまえよ。
お前の敵は、ショゴスを連れているのだぞ?
あれは高火力で焼き切るくらいしか対処手段がない。
こいつらを上手く使えば、然程、労せずに倒せるぞ?」
ん? と勧めてくる鬼畜外道。
利点を語られ、少しだけ惹かれた久遠だが、やはりあれの子を孕むという事の生理的嫌悪が勝り、首を横に振る。
「……いや、遠慮しておく。
そもそも、その為の新型デバイスなのだろう?」
「切り札は何枚でも用意しておくべきだと私は思うがね。
それに、今の所、能力を使いこなせていないお前ではデバイスも意味を為さんだろう。
代替案として有効だと思うのだが」
「それは……私が頑張れば良い話だ」
「頑張っても、駄目なものは駄目なのだがな」
成果が、結果が出なければ、経過には意味がないのだ。




