撃ち込まれる者
アメリカ合衆国、ホワイトハウス。
「……以上が、現在の量産型〝マギアニウム〟の加工状況となります」
言葉と共に、関係資料を纏めて提出するのは、大統領スティーヴンの相談役となりつつある『射手座』ジャックである。
執務机越しに受け取るのは、部屋の主であるスティーヴンだ。
「はい、あんがとよ。
……純粋魔力のおかげで色々と捗るのは良いんだが、相手の戦力が読めねぇから、何処まですれば良いのか。全く分からんなぁ、おい」
「予算が天井知らずに食い潰されて、正直、頭が痛い状況です」
合衆国では、大統領による鶴の一声で、純粋魔力の実用化を一気に推し進めている。
民間での魔力の徴収こそまだ行える段階にないが、軍内部に限ってはほぼ全軍に命令が行き渡っており、魔力の回収、及び純粋化加工が急ピッチで行われている。
その純粋魔力は、一部は緊急時用に蓄積されているが、ほとんどは別の事に使われている。
それは、魔力順応素材『マギアニウム』である。
『蛇遣い座』サラが、ふと思い立って作った素材だ。
既存の金属の分子結合に魔力を高密度で絡ませる事によって、魔力を通し易い素材へと変換する技術である。
有用ではある。
しかし、行き止まりの技術でもあった。
通し易くする魔力は、使用された魔力の持ち主に限られ、つまる所、量産がまるで効かない。
使用する魔力の質によって細かい調整が必要となる為、装置を流用する事も出来ない。
その為、『ゾディアック』を代表とした、ごく一部のデバイスや装備にのみ使用されていた。
だが、その状況は純粋魔力の登場によって打開された。
純粋魔力は、魔力の属性や質にかかわらず、誰にでも使えるエネルギーである。
そこに注目し、純粋魔力を用いて『マギアニウム』を作成してみた所、これが予想通りの成果を上げた。
これまでのオーダーメイド『マギアニウム』よりも僅かに性能は劣るが、誰にでも使用可能で、加工装置の調整も不要な量産型の『マギアニウム』が完成したのだ。
合衆国では、現在、この新型『マギアニウム』の量産、及び加工に純粋魔力のほとんどを使用している。
その目的は、全戦闘魔術師の装備を一新する事であり、もう一つ、国内に送電網ならぬ、送魔力網を造り上げる事だ。
いくらエネルギーがあろうとも、必要な場所に必要な時に運ぶ能力がなければ意味がない。
海の向こう、日本帝国ではそれを新たな『六天魔軍』という荒業で実現したようだが、こちらにもそんな都合の良い存在がいる訳ではない。
なので、技術によって解決する事にした。
『マギアニウム』製の魔力線を国内に網の目の様に敷設する事によって、各地を連結し、純粋魔力を相互に高速でやり取りできるシステムを構築しているのだ。
完成すれば、侵攻作戦においては役に立たないだろうが、こと防衛作成においては絶大な効果を発揮するだろう事は間違いない。
但し、インフラを一から整備するに等しい事業である為、物凄い金銭を必要とする。
先日の高天原異界門事件によって、巷が危機感を煽られていなければ、絶大な権限者である大統領と言えど、そう簡単に予算を通す事は出来なかっただろう。
「とはいえ、やらなければ国は守れんからな、おい。国民の安全確保は、国家の義務だし」
「一部、予算を削減された者たちから苦情が来ておりますが」
「はいはい、分かりましたよ。分かったからこっちに寄越せ。
オレが直々に話してやりゃ良いんだろ、おい!」
「頑張ってください」
「そこは応援じゃなくて、代わってやると言えよ、おい」
そんな面倒な仕事をする気のないジャックは、無視して次の案件へと移った。
「続いて、極東で起きている朝鮮戦役についてですが……」
「無視か、おい」
「序盤では、少々波乱があったようですが、現在は落ち着きを取り戻し、安定しているようです」
「そう聞くと、まるで戦争が終わったみたいに聞こえるなぁ、おい」
実際にはそんな事はない。いまだ戦争は継続中である。
但し、第三国からの介入が消え、魔王クラスというイレギュラーのいない、真っ当な戦場となっているだけだ。
帝国側も、序盤で行っていたよく分からない作戦行動を控え、堅実で手堅い動きをしており、以降は順当な予想通りの結果に落ち着くだろう、というのがアメリカ軍内での結論である。
「まぁ、あそこの事はどうでもいい。それよりも、他に言いたい事があるんだろ? なぁ、おい」
「ええ、まぁ。取り敢えず、先日、任命されました新たな『六天魔軍』、シズク・ウスイのコードが決定されました」
言われ、スティーヴンが書類をめくる。目当ての項目を見つけ、溜息を吐いた。
「『ナイトメア』ってか。
まぁ、確かにそうと言えなくもないが……センスがねぇなぁ、おい」
「当初は『マザー』が一番人気だったのですが、それでは欧州の魔王と被ってしまうので、次点のそちらに決まりました」
「名前があるって事が重要であって、中身は別にどうでも良いっちゃどうでも良いからな。
そんで、危険度は?」
「A+です」
「最高から二番目か。随分と評価されたもんじゃねぇか。なぁ、おい?」
端的に言われた回答に、スティーヴンはカラカラと笑う。
一番上は、Sであり、A+ともなれば、ほぼ上限いっぱいだ。
ちなみに、現在、危険度Sに認定されているのは、刹那とヴラドレン、そして始祖魔術師の三名だけである。
「彼女の能力は脅威以外の何物でもありません。
魔王への魔力供給が可能なだけでなく、一般魔術師を魔王とするのです。
どうやら魔力流路に相当な負荷をかけてしまうようで、実質使い捨てに近いようですが、魔王クラスという実例があるのです。
解決できない問題とは考えられません」
「つまり、何処の戦場で未知の魔王が突然発生してもおかしくない、と。そりゃ脅威だな」
「どうやら当人の戦闘力は皆無に近い様ですので、そこだけが救いですね。
その事と、いまだ一般魔術師の安定した魔王化が実現していない為、危険度は割り引いてあります。
安定した魔王化が実現すれば、自動的にS評価に引き上げられます」
それくらいには、アメリカは雫の事を脅威として認定している。
今は非常時であり、国の垣根を超えて協力しなければならない状況である為、逆に心強い味方としているが、そうでなければ暗殺さえ選択肢に入れていただろう程に。
それを聞いていたスティーヴンは、ふと思い至ったと顔を上げる。
「そうだよ、それだ。
魔王化、向こうはまだ実現させてないんだろ? そうだな? おい」
「確か、その筈ですが、それが何か?」
「よし。じゃ、それ、交渉材料にして何か引っ張ってこよう。うん、それが良いな、おい」
大統領の言葉に、ジャックは首を傾げる。
「交渉材料も何も、我が国にはその技術がないでしょう?
共同開発でも申し入れるのですか?」
それでは、然程の条件を引っ張り出せないと考えていたジャックだが、スティーヴンは否と首を横に振る。
「これがあるんだなぁ、実は。
サラの奴が前に書いてたんだよなぁ、おい。
なんつったっけか。
……ああ、これだこれだ。
『高魔力負荷の分散解決法』。
魔王クラスの魔力負荷に耐える仕組みだ。
使い道がなくて埃被ってた代物だが、今なら使い道があるんじゃねぇの? なぁ、おい」
端末を操作し、目的の物を引っ張り出したスティーヴンは、それをジャックに見せる。
見せられたそれを、不審げな視線で目を通すジャック。
やがて概要を理解した彼は、疲れたように目元を覆いながら天を仰いだ。
「あの女は……。こんな使い様のない物まで研究していたのか」
魔力の受け渡しが出来ない以上、魔王の魔力に一般魔術師が耐える為の手法など研究しても意味がない。
その為、完成したこれも、結局、使い道無し、と判断されてデータベースの肥やしとなっていた。
それは、純粋魔力が誕生してからも変わらない。
魔王の魔力を、その質を保ったまま、純粋化する術がなかったからである。
だが、雫を擁する日本帝国ならば、事情が違う。
彼らは魔王の魔力をそのままに受け渡す術を持っている。
この技術に、価値を見出せる場所だ。
「あっちも無能な集団じゃねぇ。
その内、解決策を見つけるだろうよ。
その時じゃ、こいつの価値が消える。
だが、今なら、どうだよ、おい。
今なら、連中も高い値段を付けてくれるんじゃねぇか?
なぁ、そう思わねぇか、おい」
「違いありませんね。思わぬ拾い物です」
「だから、あいつには好きにさせとく方が良いんだよ。こうして、時々役に立つからなぁ、おい」
サラを重用している理由である。
当時はゴミであろうと、後から価値が出てくるものが時折ある。
頻度はそこまで高くはないが、その一発一発が大きい為、彼女への支援を打ち切るのは愚策だとスティーヴンは考えるのだ。
「さて、何が貰えるかねぇ。
ジャック、おいジャック。なんか欲しいもんあるか?」
「そうですね……」
楽し気にするスティーヴンの問いかけに、ジャックは顎に手をやりながら思考する。
そうしていると、部屋の外から何やら荒々しい足音が聞こえてきた。
それは徐々に近づいてきて、やがて部屋の前で止まる。
そして、けたたましい音を立てて、扉が開かれた。
「ちょっと! どういう事ですの!?」
入ってきたのは、一人の少女だ。
年齢は、十代半ばほど。
波打つ水色の髪を腰まで伸ばしている。目は勝気そうにつり上がっており、それを示す様に瞳には強い意志が宿っている。
細身の身体を学生服に包んでおり、ホワイトハウスで働く職員の様には見えない。
実際に、彼女は職員ではない。だが、入る事は許されている。
何故ならば、彼女もまた、魔王の一人だからだ。
名を、リネット・アーカートという。
彼女の登場に、スティーヴンはげんなりとしつつ、言葉を返す。
「何がだよ、嬢ちゃん」
「あの島国の話ですわ! 新しい魔王が生まれたそうじゃないですの!」
「ああ、そうだな。で? それが? なんなんだよ、おい」
自らの怒りが伝わっていない様子に、リネットは眦を更に吊り上げる。
そして、大股で近付くと、大統領の執務机を強く叩いた。
「わたくしがまだ『ゾディアック』になっていないというのに、何でわたくしよりも年下の小娘が『六天魔軍』に任命されるんですの!?
おかしいですわ!
わたくしも今すぐに『ゾディアック』に入れなさいな!」
魔王クラスではあるが、『ゾディアック』に任命はされていないリネット。
その一方で、海の向こうでは、自分よりも年下の女の子が同格である『六天魔軍』に任命されている。
それが気に食わないのだ。
「ああ、それ。駄目」
魔王の怒りもなんのその。スティーヴンはあっさりと拒絶する。
「何故ですの!?」
「だって、嬢ちゃん、弱いじゃん」
「強いですわよ! 今ここで、見せ付けて差し上げましょうか!?」
リネットの激昂に比例して、彼女の魔力が漏れ出る。
それは冷気へと変換され、室内が凍り付き始める。
スティーヴンはその様子を迷惑そうに見ながら、軽い調子で言う。
「そりゃ、一般魔術師と比較すりゃな、おい。
でも、他の魔王どもには勝てねぇだろ? ええ、おい?」
激昂しただけで魔力が漏れている時点でも、彼女の未熟さは明らかだ。
魔力制御が拙い事の証明であり、二つ名持ちの魔王たちには遠く及ばない。
雫の様に唯一無二の絶大な特徴がある訳でもない以上、その未熟さに目を瞑って『ゾディアック』の席に就けるのは危険だと判断されているのだ。
リネットは、指摘に少しばかりたじろぐ。
自分でも未熟だという自覚はあったのだろう。
だが、それで諦められるようならば、最初から直談判に来たりしていない。
「か、勝てますわよ! 勝てない訳ありませんわ!」
「あそ。じゃあ、あれだ。
魔王の首、誰でも良いから取って来いよ。
そうしたら即座に認めてやる」
「言いましたわね!? その言葉、忘れるんじゃないですわよ!?」
そうして、再び騒がしく退出していくリネット。
「……誰の首を取りに行くと思うよ?」
「十中八九、日本帝国のミカゲ・カンザキか、シズク・ウスイかと」
その二人は、彼女と同年代であり、戦場に立った経験の薄い若輩者だ。
他の魔王たちは、少しばかり世代が離れており、魔王として脂が乗っている為、彼女たちを狙い目だと考えるのでは、とジャックは判断した。
「あれに、負けると思うか?」
「シズク・ウスイは負けるでしょう。彼女本人は弱いですから」
「周りが弱いとは限らねぇんだよなぁ、おい。
うちなら、他の魔王を護衛に付けるな」
そして、もう一人の候補について訊ねる。
「黒い方はどうだよ?」
「負ける要素が見当たりません。
下手すれば、ミンチになって海に撒かれるのでは?」
「だよなぁ。あのビリビリ娘、容赦ねぇしなぁ、おい」
「まかり間違って、追い詰める事に成功したとしても……」
ジャックは言葉を切る。
通用するとは思えないが、奇襲か何かで良い線行く可能性も無いではない。
だが、そうだとしても、無理だろうと思われる。
何故ならば。
「彼女には、人智を超えた兄がいますので……ええ、やはりミンチになるか、蒸発するか、その辺りが妥当な線だと」
「……勢いで言っちまったが、悲惨な末路だなぁ、おい。
尻くらいは拭ってやるか」
言って、スティーヴンは備え付けてある電話の受話器を取る。
かける先は、迷惑をかけてしまう相手の国だ。
「ああ、オレだよオレ。
あ? 詐欺じゃねぇよ、おい。大統領様だぞ、おい。
で、そっちに猪娘を一人、留学に出すから、ちょっと面倒見てくれよ。
おう、費用とかはこっちが持つから。あと、特別扱いもしなくて良いぞ。
ああ、そう。いや、頼むよ。な?
詳しい資料は後で送るからよ。
おう、頼んだぞ」
一頻りまくし立てて、受話器を置く。
「受け入れてくれるとよ。
後で嬢ちゃんの資料、纏めといてくれ。
あと、カンザキの連中にも話し通さなきゃなぁ、おい」
一番被害を受けるであろう雷裂には、話を確実に通しておかなくては、間違いなくリネットの命がない。
廃棄領域を有している連中だ。
あそこに捨てられると、証拠も残らないし、探しに行く気もしない。
「お疲れ様です、大統領」
ジャックが労いの言葉をかける。
疲れたように嘆息したスティーヴンは、もう一つ、思い付く。
「可愛い子には旅をさせろって事で嬢ちゃんが留学するのは良いんだが、こっちばかり苦労するってのも割に合わねぇよな、おい」
「……何をするおつもりで?」
にやり、と悪魔の笑みを浮かべる。
「サラがよ、『マギアニウム』作製技術の受け渡しに自分で行くっつってんだ。
まぁ、許可はしてねぇんだが、あの女が人の言う事を聞くとは思えねぇ」
「でしょうね」
純粋魔力技術と交換で、合衆国からは『マギアニウム』についての技術を供与する事になっている。
その役目は適当な技術者に任せるつもりであり、開発者本人であるサラに任せるつもりはなかったのだが、何故か彼女が行く事に意欲を見せているのだ。
当然、許可はされないのだが、それで諦めてくれるほど、聞き分けの良い人物ではない。
「で、調べてたら弾道ミサイルを用意してやがった。
あの女、ミサイルにしがみついて海を渡るつもりでいやがる」
「それはまた豪快ですな」
「ああ、全くだ。
お前らの誰かに撃ち落として回収して貰おうと思ってたんだが……止めだ。
代わりに、あの猪娘を括りつけてやれ。
ミサイルに乗って他国に撃ち込まれる経験があれば、大概の事には動じない胆力が付くだろうよ、クククッ」
あんまりな仕打ちに、ジャックはリネットの受難を心の中で哀れんだ。
とはいえ、あまり反対する気はない。
魔王クラスならば、そう問題のない行動だからだ。
自分ならば、ミサイルの先端に腕を組んで仁王立ちし、軽快に笑いを飛ばせるくらい余裕である。
他の連中だって、似たり寄ったりだろう。
この程度で心が折れるようならば、それこそ『ゾディアック』になどなるべきではない。
「さて、これで成長してくれると良いんだがなぁ、おい」
同世代の刺激を受けて、リネットが上の段階へと至ってくれる事をスティーヴンは期待するのだった。
閑話終了で三章始まり。
なんですけど、まだ概要くらいしか決めてない。
どうしよう。




