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閑話:雫の帰省・後編

はい、遅れてごめんなさい。

最近、毎度、遅れてんな。

本当にごめんなさい。

 どうでもいいと捨て置かれたのか、それとも単純に口止めを忘れたのか。

 なんにせよ、特に何も言われていない雫は、俊哉の後押しに自信を付けて口を開く。


「じゃあ、最初から話してやる、です」


 そう言って、雫は雷裂の研究所に行ってからの事を話し始めた。


 魔力を抽出し、身体の治療をした事。

 超能力の存在と、自身の覚醒を行った事。

 それの使い方を学んだ事。それに伴って、専用のデバイスが用意された事。

 朝鮮戦役における一手だけの介入の事。

 そして、その功績を以て『六天魔軍』に任命された事。


「……にわかには信じ難い話さね。超能力なんてのは」

「あるもんはあるんだ、です。受け入れやがれ、です」

「まぁ、何かがあるって事なんだろうね。で、あんたの超能力ってのは、何なんだい?」

「限定的な空間転移、みたいな? です」

「限定的ってのも意味が分かんないし、みたいなってあんたねぇ」


 アバウトな雫の言葉に、静は苦笑を漏らす。

 彼女は助けを求める様に、再び空気に戻ろうと気配を消していた俊哉へと視線を向ける。


「あんたは、何か知ってんのかい?」

「……いやー、俺っち、単なる護衛なんでー」

「トシも超能力者だぞ、です」

「ねぇねぇ、俺っちがフェードアウトしようとしてるって分かんない? 分かんないかなぁ」


 逃げを打とうとするものの、即座に逃げ道を塞がれてしまい、仕方なく溜息を吐く。


「って言っても、俺っちも初心者ですよって。

 まだ超能力得てから、二ヶ月くらいしか経ってませんし」

「はん。そうなのかい。

 ちなみに、あんたの能力って何なんだい? まぁ、察しは付くがね」

「御存知、パイロキネシスですとも」


 指先に炎を灯して、隠す事無くあっけらかんと言う。


 先のじゃれ合いの様な攻防で、俊哉は魔術ではなく超能力で対応した。

 それは魔力流路が損傷し、いまだ回復していない現状では、手抜きの初級魔術ですら迎撃できないという理由からだが、それによって静は違和感を得た事だろう。


 彼の挙動から、魔力を感じない、と。


 その時点では何かおかしい、という程度の違和感だったが、雫の話を聞く事で違和感の正体に気付いた。

 確信を得る為に水を向けてみたが、案の定だった訳だ。


「そんで? 雫が限定的だとかみたいだとか、はっきりしないのはどういう訳なんだい?」

「俺っちも詳しく知ってる訳じゃないんで、話半分程度に聞いて欲しいんですけどね」


 言って、俊哉は刹那との雑談の中で聞いた話を語る。


「なんでも、覚醒の仕方は二種類あるそうで。

 本当に才能を開花させるだけのと、潜在才能に形を与えた上で覚醒させるのと」

「その違いは?」

「前者は、どんな能力が開花するのかは不明。覚醒当初もクソ雑魚だって話です。

 一例として俺っちの場合、炎の大きさはマッチ程度。温度も百度に届かないレベルでしたね」

「じゃあ、後者は?」

「そっちは、最初からそれなりに育った状態で、狙った能力を獲得できるって話ですよ。

 但し、応用の幅が狭くなるとかなんとか。

 どの程度なのかは知りませんけどね」


 聞いただけの話だ。実際の例を交えて、真面目に講義された物ではない。

 なので、どうしても曖昧な話になってしまう。


「へぇー。そうなのか、です」

「……なぁんで、この娘っ子は自分の事なのに知らんのですかいねぇ」

「興味がねぇからじゃねぇか、です」


 感心した様に声を上げる雫に、文句を付ける俊哉だったが、彼女のあっさりとした悪気の一切ない回答に肩を落とさざるを得ない。

 ふむ、と腕を組んだ静は、雫を見て、結論を出す。


「じゃあ、あんたは才能に形を持たせて覚醒させたって訳だね?」

「みたいだな、です」

「ちなみに、何が出来るんだい?」

「おっ、見たいか? 見たいか? です」


 少し得意げにしながら、雫は両手を上げる。


 右の掌の上に小さな魔力玉が生まれる。

 無色透明な、純粋魔力である。

 現状、『マギア・ドロップ』の小型化は済んでおらず、いまだ巨大なままだ。

 故に、その場で自身の魔力の純粋化は出来ないものの、純粋化させた魔力を固有空間にストックしておく事はできる。

 その中から取り出した一部である為、静には何の脈絡もなく、唐突に魔力が生まれたように見えた。

 今度は、その魔力玉が消え、それが左の掌の上に生まれる。

 やはり、それに何の挙動も感じられない。

 魔力を動かしたのではなく、空間を飛び越えて瞬間的に移動した。その様にしか見られない。


「と、まぁ、こんな感じだぞ、です。ウチはエネルギー限定で、あらゆる空間的制限を飛び越えられるんだ、です」

「エネルギー限定? ってこたぁ、物質は無理だし、生物の移動とかも出来ないって事かい?」

「その通りだぞ、です」

「また、使い勝手の悪い事だね」


 空属性の魔術なら、ワープなどもできる。生物も無機物も関係なく、だ。

 だが、雫はその評価に否と言う。


「ちっちっちっ、甘いぞ婆様、です。これ、対魔術師に考えるとすっげぇ強力なんだぞ、です」

「あん?」

「ほら、婆様。ウチにちょっと何でもいいから魔術を撃ってみろ、です。

 ……初級じゃなくても良いぞ? です」


 その誘いに、静は僅かに動揺する。

 彼女にとって、雫は守護すべきか弱い存在だ。

 幾ら肉体的問題が解決したからと言って、攻撃すれば容易く壊れてしまうという印象が拭い去れる物ではない。

 だが、その内心を見て取った俊哉が、大丈夫だという。


「あー、水鏡当主様。言った通りにしてみると良いですよ。

 マジで理不尽な物が見れますから」

「……本当に大丈夫なんだろうね?」

「ウチを信じやがれ、です」

「……じゃあ、軽くね」


 言って、先ほど、俊哉に対して放ったのと同じ水刃が雫へと向かう。


 何もできずに雫が真っ二つになる。それが静の未来予想図。


 だが、現実はそれを裏切る。


 まるで何もなかったかのように、雫の手前で水刃がかき消えた。


「は?」


 防御したのでもなく、迎撃したのでもなく、消えた。

 無かった事にされた様に。


 もう一度試す。やはり消える。

 今度は複数の方向から。全て無くなる。

 ならばと、全方位を包み込む水の渦を生む。

 上級に分類される魔術だが、雫に近付いた瞬間、同じ末路を辿って何事も無かったかのような静けさが戻る。


「な、何だってんだい?」


 あまりに、おかしい。何が起きているのか、さっぱり分からない。


「どやさ、です」


 得意気な雫の顔が若干うざい。

 それを睨み返しながら、問いかける。


「何を、したんだい?」

「言った筈だぞ、です。ウチはエネルギーだけの空間能力だって、です」


 核心をぼかした言葉を補足するように、俊哉が言う。


「そいつ、魔術を構成している魔力を自分の固有空間に取り込んでんですよ。

 動力そのものが消えてるから、魔術という結果もキャンセルされてる訳でして」

「…………はぁ!? な、そ、そんじゃあ、何かい?

 こいつはあらゆる魔力を無効化できるってのかい!?」


 少し遅れて理解の追いついた静は、動揺したような声を出す。

 それを否定するのは、雫の言葉。


「無条件に全部じゃねぇぞ、です。

 魔力制御が行き届いてると引き剥がしにくい、です。

 だから、身体強化を剥がすのは難しいぞ、です」

「逆に、魔力を投げる系統だと無類の強さを誇るけどな」

「あと、ウチが瞬間的に取り込めるエネルギーにも限度がある、です。

 ミカの本気は無効化できなかったぞ、です」

「あっ、〝ミカ〟ってのは雷裂美影の事ですんで。

 で、まぁ、つまる所、魔王クラスの本気じゃない限り、全部の魔力投射系魔術は効かない訳です、こいつ」

「……はー」


 何やら、呆れたような感心したような、そんな吐息を漏らす静。


 とはいえ、言うほど強力な物ではない。

 彼女の優位性は、あくまで魔力投射に対してだけだ。

 余程の雑魚でない限り、身体強化魔術は引き剥がせなかった上に、遠距離攻撃にしても質量兵器の類はどうしようもない。

 それこそ拳銃の一発で殺傷できる程度の物だ。

 刹那の話によれば、成長すれば運動エネルギーも取り込めるようになる、という話だが、それがいつになるかは分からない。


 故に、俊哉を代表とした護衛を外す訳にはいかない。


「まっ、大体そんな所だな、です。固有空間に溢れた魔力を押し込んでるから、ウチの身体も傷付かなくなったし、とても快適だぞ、です」

「……それは結構な事だね。こっちは世の常識が色々と崩れていく気分だけども」


 疲れた溜息を吐き出す静。

 俊哉はそれに同情する。雫はそれを気にしない。


 代わりに、もっと疲れる物を差し出す。


「で、本題だけど、これ、やる、です」

「……通帳かい?」

「ウチの『六天魔軍』の給料口座だぞ、です。好きにしろ、です」


 見れば、十桁の数字が印字されている。あと少しで十一桁に届く額だ。

 基本給である十億に加えて、勲章に付随する年金、それと今回のヴラドレン撃退におけるボーナスを合算した資産である。

 今はまだそれだけであり、水鏡の総資産には及ばないが、これから年を追うごとに増えていく事を考えれば、そう遠くない内にこの口座だけで上回る事は目に見えている。


「良いのかい?」


 これは雫が稼いだ金銭だ。

 今までの不遇を考えれば、これを使って贅沢に生きても良いのでは、とも思う。


 だが、雫は応と言う。


「ウチを助けようとしてくれてたの、ウチは知ってる、です。

 水鏡なら、八魔なら見捨ててもおかしくなかった筈のウチを、です」


 刹那の境遇は聞いた。雫と彼は似た場所に立っている。

 そう考えると、雫も無かった事にされていてもおかしくなかった。


 だというのに、静や両親は愛してくれて、助けようと八方手を尽くしてくれた。


 結果として、それは実を結ばなかった事だが、それでも雫の心はそれだけで大きく救われていたのだ。


「だから、恩返しの一環だぞ、です。好きに使ってくれ、です」

「……はん。生意気な小娘だね。

 まっ、助かる事には違いないさね。そう言うなら、有難く遠慮なく使わせてもらうさね」


 きちんと運用すれば、雷裂からの援助と合わせて、八魔の看板が無くなってもまるで問題にならない纏まった金額だ。

 恩返しと言うには、これだけで十分に過ぎる。


「じゃ、用も済んだし、ウチは帰るぞ、です」

「あん? もうちょっとゆっくりしたらどうだい?」

「とと様とかか様にも顔を見せに行く、です」

「はっ、そうかい。……元気でな。体に気を付けるんだよ」

「婆様もな、です。もう年なんだから、です」

「あと、口の利き方を覚えてくるんだね」

「それは難しい事を、です」

「いや、そこは努力しろ。マジで」


 ツッコミのチョップが入り、雫は涙目になった。


~~~~~~~~~~


 静の部屋を辞した二人が邸内を歩いていると、前からガタイの良い青年が向かってきた。


 軽く会釈して何事もなく擦れ違おうとする。


 しかし、青年は嫌らしい笑みを浮かべると、雫へと手を伸ばしてきた。

 そこに、どんな意図があったのかは分からない。

 あるいは、雫を可愛がろうとしただけ、なのかもしれない。


 だが、雫は不快そうな表情をした。

 それだけで、俊哉が動くには充分だった。


「おっと、ごめんなさいよ」


 雫へと届く寸前、青年の手首が俊哉の手に掴み取られる。


「お触り厳禁って事で。すんませんねぇ」

「チッ」


 青年は舌打ちすると、乱暴に俊哉の手を振り払う。


「優秀な護衛を連れてんじゃねぇか、使えない欠陥品の癖に。

 え? その貧相な身体で誑かしたのか?」


 悪意ある言葉。


 だが、雫は気にした風もなく、俊哉へと顔を寄せる。


「間違ってねぇよな? です」

「いや、今の所、そういう関係じゃないかんな? 一応、言っておくけども」


 まるで堪えていない様子の二人に、青年は苛立ちを覚える。

 再度の舌打ちをして、彼は言う。


「欠陥品の癖に、『六天魔軍』にどうやってなったんだよ、テメェ。

 ああ、そうか。単なる数合わせだな? そりゃそうだよな。

 欠陥品に戦力なんて期待できねぇもんな。

 だから、護衛なんて連れてんだろ? ホントは雑魚だって事がバレねぇようにな」


 雫の功績について、詳細は公開されていない。

 朝鮮戦役を観戦していた各国には、彼女の力について大体の所はバレている事だろうが、それでも機密には違いない為、世間に公開されていないだけでなく、生家である水鏡にも伝達されていないのだ。


 だからこそ、この様な者が生まれる。

 何らかの政治的理由で選出されただけであり、本人は何の力も無い雑魚なのでは、と疑う者が。


 一部は、間違っていない。

 実際に、雫本人は雑魚そのものだ。

 殺す気でかかるならともかく、試合レベルでは彼女は一般魔術師にも普通に負けてしまうだろう。

 それを差し引いても有用だと、魔王に相応しいと判断されたが故の地位なのだが、それを認められない者は一定数存在する物だ。

 彼女に近く、これまでの彼女の役立たず具合を知る者ほど、特に。


「当たらずとも遠からずって感じじゃねぇか? です」

「そういう事言うなよ」


 数合わせなどは間違いだが、護衛云々については間違いとも言い切れない部分がある。

 なので、やはり二人は気にしない。羽虫の囀りと受け流す。


「テメェみたいなクソ雑魚が『六天魔軍』になれるってんなら、オレでもなれるんじゃねぇか?

 ハハッ、なんならオレが代わりに――」

「それはねぇぞ、です」


 これまでまるで反論しなかった雫だが、これには即座に断じる。

 否、と。それはない、と。


「ンだと?」

「お前じゃ力不足だって言ってんだぞ、です」


 まだ若い青年。

 彼はきっと、魔王の立つ戦場と言うものを知らないのだろう。

 だから、強がれる。己は強いのだと言える。


 そんな事、本物の魔王たちの前では、鼻で笑えるものだというのに。

 非力な自分でさえ、本気で殺す気ならば、彼くらいは殺せるのだというのに。


「欠陥品が、随分とでかい口きいてくれるじゃねぇか」

「ウゼェ、です。事実すら受け止められない馬鹿の相手は疲れる、です」

「ねぇねぇ、何で煽ってんの? 何で敵増やすような事してんの?

 それ、守るの、俺っちですよ? 仕事増やさないでくれません?」


 剣呑な雰囲気を漂わせる青年。吐き捨てる雫。抗議する俊哉。

 一触即発の空気が流れるが、それを制止する声が割って入る。


「やめんか、阿呆共。ったく、屋敷の中で暴れんじゃないよ」

「と、当主様。申し訳ありません」

「文句は絡んできたこいつに言いやがれ、です」


 魔力の高まりを感じ取って駆け付けた静に、流石にかしこまる青年だが、雫は悪びれた様子はない。

 溜息を吐いた彼女は、当事者を見回し、軽く言う。


「血の気が余ってんなら、迷惑のかからん所で発散しな」

「え? あれ? 止めてくれるんじゃないんですかい?」

「無理に止めても暴走するだろう。若いのは特に、ね」

「えぇー」


 当主の登場で安全に収まると期待していた俊哉は、思わぬ方向に走り始めた状況に唖然とした様子で肩を落とす。

 その肩を雫が叩く。


「トシ、そんな訳だから、後は任せたぞ、です」

「マジでお前、俺っちの疫病神なんじゃねぇの?」


 雫が喧嘩を売り、実際にやり合うの俊哉である。


~~~~~~~~~~


 突発的に催される事となった決闘騒ぎは、水鏡邸の庭で行われる事となった。

 当事者だけでなく、急ぎの仕事のない使用人たちも見物に集まっている。


「取り敢えず、殺しは御法度。あとは好きにしな」

「トシー、頑張ったらチューしてやんぞー、です」

「……いらねぇ。代わりに、もっと平穏を寄越せ」

「ふっ、本人がやらないとは。やはりお飾りという事だな」


 それぞれに口にしながら、舞台は整う。


 向かい合う俊哉と青年。

 青年は魔力を高め、臨戦態勢を取っている。

 一方で、俊哉はやる気がなさそうに、気怠げに構えている。

 魔力の高まりは感じられず、明らかに戦闘態勢にない。


「それじゃ、始めな」


 いまいちやる気の無い静の合図で、決闘は始まった。


 青年は、まずは小手調べとばかりに水弾や水刃で俊哉を攻撃している。

 対する俊哉は、簡単な身体強化だけで見切り、躱していく。


「で、実際の所、どうなんだい?」

「? 何がだ、です」


 それを見ながら、静は隣の雫に訊ねる。


「そりゃ、あの小僧の強ささね。

 仮にも護衛役なんだ。それなりに強くはあるんだろうがね。

 相手もAランク。センスも悪くない。

 少々増長して傲慢な所があるがね。

 勝てんのかい?」

「大丈夫だろ、です。

 トシの奴、ミカに直に鍛えられてんだぞ、です。

 そこらの奴に易々と負けたりなんかしねぇ、です。

 それに……」

「それに?」

「ウチが惚れた男だぞ、です。絶対に負かしてやんねぇ、です」


 本来、雫が売った喧嘩なのだ。

 だから、最悪、介入する気でいる。

 魔王用純粋魔力を叩き込めば、あれくらいの相手ならば一撃必殺くらいできるだろう。

 尤も、そんな事をすれば、せっかく治りかけていた魔力流路が再びズタズタになって病院送りになるだろうが。


「ほぅ。それは良い事を聞いた。

 では、是非とも彼には痛い目を見て貰わなければな」


 二人の会話に、入ってくる声があった。


 渋い男性の声。


 それに振り返った雫は、彼女だけが呼べる名を呼ぶ。


「あっ、とと様。少し振りだな、です」


~~~~~~~~~~


 青年は、決して俊哉の事を舐めてかかってはいなかった。

 雫の事は確かに見下し、馬鹿にしていたが、俊哉は国が認めた護衛役だ。

 決して侮って良い存在ではない。


 小手調べのつもりで初級魔術を連続して放つが、容易く躱される現状が、それを裏付けている。


 長杖型のデバイスを振り、池の水を利用して背後からの不意打ちも行うが、背中に目でも付いているのかと疑うほどに、あっさりと躱される。


(……これは舐められんな)


 幸いと言うべきか、相手にやる気が感じられない。

 ならば、その油断している内に勝負を付けるべきだろうと判断する。


 初級魔術の弾幕をそのままに、青年は別に魔力を練り上げる。


「ふっ、喰らえ!」


 臨界に達した魔力を使って、上級の魔術を発動させる。


 水属性上級魔術『氷柱成る蛇』。


 水で出来た蛇が、氷の棘を無数に生やした異形の存在が、空中でうねり、俊哉へと襲い掛かる。

 その大きさは巨大で、初級魔術の弾幕と合わせて逃げ場はない。

 追い詰められた、様に見えた。


「ふぅ……」


 だが、俊哉はこの期に及んで、やる気を見せない。

 小さく吐息を漏らし、両手を掲げる。


「パワーは良いんだけど、速度が足りてないんだよなぁ」


 彼は空を掴む。風属性による魔力制御の極致の芸当だ。

 大気の層を掴んだ彼は、それを膂力に任せて振り回す。

 豪風が吹き荒れる。

 まるで不可視の大布を振り回されているかのようだ。


「なんと……!」


 見物人から感嘆の声が聞こえる。

 それ程の技巧だったのだ。

 魔力を最小限にしながらも暴風を生み出す風属性の妙技。

 俊哉ほどの年齢でこの領域に達せるものはそういない。


 豪風の壁は、水を散らす。

 推進力と言う面で押し負けたそれらは、あっさりと吹き散らされる。


 それは、水蛇も例外ではない。

 正面から強かに打ち付けられ、その頭を弾けさせた。


「なんだと……!?」


 大魔力を使用した自信の一撃だっただけに、この結果は青年の意識に空白を生む。

 そこに、俊足でもって俊哉が肉薄する。


「はい、ごめんよー」


 青年を掴むと、勢いを利用した投げを放つ。


 宙を舞う青年の巨体。

 彼はそのまま重力に引かれ、大きな水しぶきを上げて池の中へと没した。


「勝利だぜ」


 ブイと、雫へと二本指を立ててみせる俊哉。


 この時、俊哉は確かに油断していた。

 戦場ならともかく、これは一対一の紳士的な決闘である。

 だから、敵がもう一人いるなどと、思ってもみなかった。


 がしり、と、俊哉の腰に背後から腕が回される。


 何が、と思う間もなく持ち上げられる身体。


「娘が、世話になっているようだね!」


 ジャーマンスープレックス。


 背中から俊哉は池に叩き込まれた。


 その時には意識が追い付いていた彼は、即座に復帰して水面から顔を出す。


 池の畔には、俊哉を池に叩き込んだ人物が気取った様子で立っていた。


「テッメェ! 何しやがる!」

「可愛い私の天使に群がる、邪悪な悪魔を滅しようという親心が理解できんのか」

「あ!? 親!? 雫の親父か!?」

「私を! 父と呼ぶな、ゴミがぁ!」

「うごっ!」


 神速の蹴りが顔に突き刺さる。

 かなり容赦のない蹴りだった。

 というか、あと一瞬、身体強化が遅れていれば、真面目に首が捥げていたかもしれない。


 冗談の通じない、という静の言葉が思い出される。


 反撃しなければ殺される。

 そう悟った俊哉は、本日、初めて臨戦態勢を取ろうとする。


 そこに、雫の声が届く。


「トシー、後ろ後ろー、です」

「は? 後ろ?」


 振り向く。

 そこには、大きく口を広げて跳びかかってくる爬虫類の姿。


「うおぉぉぉ、ワニィィィィィィィィィィ!!」

「ハッハッハッ、いい気味だ! そのまま噛み千切られてしまえ!」


 盛大なデスロールを喰らう。

 ぐるぐると視界が回って、俊哉は中々有効な対処が出来ない。


 今日一番の盛り上がりが、見物人の中で沸き上がったのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] デスロールに翻弄される俊哉の姿が目に浮かぶ・・・。 笑えないけど笑えるわ。
[一言] 何か前も見た気がするが やはり烈火の炎ネタなのかな? 懐かし過ぎて読みたくなった
[気になる点] 役者不足はどっかの阿呆の言い出した造語ですよ〜 「力不足」もしくはただ「お前じゃ不足だ」で良いと思
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