閑話:雫の帰省・前編
ごめんなさい。
遅れた上に長くなりました。
一話で終わらせるつもりだったのに。
とある昼下がりの事。
八魔家が一つ、水鏡家の邸宅の前に、一台のリムジンが停止した。
長く、立派なそれは、明らかに金のかかっていると一目で分かる。
水鏡も日本を代表する有力な家柄である。
それ故に来客も多く存在し、中にはこの様に財を見せびらかす様な事をする者もいる。
だが、今日この日、この時間に何者かが訪ねてくる、という話は聞かされていない。
よって、警備していた門番たちは、警戒を顕わにする。
武器に手をかけ、良からぬ者であれば即座に制圧する意思を示す。
滑らかに停止したリムジンの運転席から、一人の男性が降りる。
一部の隙も無くスーツを纏った、如何にも出来る男という風の男性だ。
「何者か」
誰何の問いを投げかければ、男は丁寧に頭を下げ、名乗りを上げる。
「突然の訪問、誠に申し訳ありません。
私、雷裂家に仕えております、稲生明久と申します。
本日は雷裂家の御客様の送迎の為、こちらへと参りました」
「客、だと?」
誰だろうか、と首を傾げるが、稲生と名乗った男はそれ以上は言わず、後部座席側へと移動する。
観音開きの扉が静かに開けられる。
「どうぞ」
「ありがと、です」
彼の手を取って、一人の少女が降りてくる。
年齢は十代前半ほど。
烏の濡れ羽の様な純黒の髪を長く伸ばし、それをサイドポニーに纏めている。
年相応に薄い体型をしており、それを白い前合わせの服と、黒いミニスカートで包んでいる。
惜しげもなく晒された肌はきめ細かく、染みの一つなく抜ける様に白い。
深い色をした目は半分閉じており、若干、眠たげにも見える。
門番にとって、それはとても驚くべき姿だった。
見覚えがあるようで、全く見た事のない少女。
彼女の名は、碓氷雫。
確かに知っている。
Sランクの魔力を保有しており、しかしそれを使う術を持たなかった期待外れの娘だ。
正直、良い感情はない。
碌に貢献していない、言ってしまえば穀潰しな存在だというのに、現当主に気に入られて保護されている。
それだけならまだしも、彼女の体質改善の為に力を尽くしており、水鏡家の築いてきた財の決して少なくない量を食い潰している疫病神だ。
ごく普通に働いて、水鏡家に貢献している立場からすれば、まるで面白くない。
当主の意向もあって、はっきりと傷付ける様な言動はしていないが、それでも対応が不愛想な物となり、見る目が険しくなってしまうのは致し方ない事だろう。
そんな存在が目の前にいるのだが、その姿はあまりに見違えた物だった。
以前の彼女は、季節を問わず常に分厚い衣服を着ていた。
肌の露出を可能な限り少なくし、まるで自らを隠そうとするような服装だった。
それは、正確には肌を隠したいのではなく、全身のいたるところに巻かれた血の滲んだ包帯を隠す為だ。
また、表情もいつも暗く沈んでいた。
世の全てを恨んでいるような、あるいは諦めているような、そんな暗い目をして、背を丸めて小さくなっていた。
それがまた、彼女を助けようとしている努力を否定しているようで、腹立たしく思わせる原因の一つである。
だというのに、今の雫は年頃の娘の様に瑞々しい肌を惜しみなく晒し、背を伸ばして堂々と胸を張っている。
顔には晴れやかな表情があり、かつての死人の様な印象は欠片も残っていない。
それは、あまりに記憶とかけ離れた姿だった。
故に、暫し唖然としてしまった。
「おっすー、帰ったぞ、です。婆様はいるか? です」
「は……いや、御在宅ですが、しかし……約束のない者を通す訳には……」
困惑しながらも、門番としての仕事に則り拒絶の言葉を述べる。
それに、雫は眉を顰める。
「マジ失礼、です。
ウチ、水鏡の系譜だぞ、です。
家に帰るのに約束なんていらねぇ、です」
「んな訳ねぇだろうが、アホ。
いや、すんませんね、この小娘が生意気言って」
そんな言葉と共に、雫の後頭部にチョップが決まる。
然程力の入れられていない物だが、彼女はわざとらしく頭を庇いながら、背後、己に続いて車から出てきた少年を恨みがましい目で見る。
「でも、トシ、家に帰ってきたのに家に入れねぇっておかしいと思わねぇか? です」
「ここはお前の家じゃないだろうに。
お前、碓氷さんちの子、ここ、水鏡さんちの家。
アンダスタン?」
雫の護衛に任命された俊哉である。
退院した後、彼はすぐにその任に就かされ、現在はほぼ四六時中雫と共に行動している。
尤も、いまだ万全の体調とは言い難い――特に魔力流路が――為、他の護衛も陰ながら付いているが。
彼の言葉に、雫は首を傾げる。
「似たようなもんじゃねぇか、です」
「全っ然、違うかんな?」
俊哉も、末端とはいえ八魔の系統だ。
だから、分家だからと言って、本家の邸宅に親戚の家に遊びに来たという感覚で訪れる事は出来ないと知っている。
たとえ分家筋の者であろうと、許可がなくては本邸には入れない。
許可があったとしても、事前に予定を確認し、アポイントメントを取って訪問しなければ、まず敷地の中に入る事すら出来ない。
それが普通なのだ。
俊哉はてっきりアポを取っているか、それとも完全フリーパスなのかと思っていたのだが、どうやら行き当たりばったりの突撃訪問だったらしい。
「いや、ほんとすんません。出直してきますんで、ええ。これで失礼します」
「おい、トシ、勝手に決めんな、です。
ウチの方が偉いんだぞ、です」
「はいはい、偉いでちゅねー。
それなら、ちったぁ常識とか学んじゃくれませんかねぇ?」
抗議する雫を片手で抑えつけ、欠片も敬っていない言葉を返す俊哉。
だが、意外にも二人を押し留め、雫を擁護するような言葉があった。
「い、いえ! 少々お待ちください!
今、当主様に確認しておりますので、今しばらく待っていただければ……」
そう言ったのは、門番の男だ。
他にいた者は邸内に走って当主に確認しに行っている。
それに、俊哉は意外そうに目を丸くし、雫はドヤ顔で胸を張った。
鬱陶しかったのでチョップを叩き込んでおいた。左手で。
スペアの間に合わせとはいえ金属製である。
それなりに痛い。
雫は涙目になった。
通常であれば、門前払いが妥当となる案件だが、彼女は他と同様の対応を取るべきではない理由がある。
雫が『六天魔軍』に任命された事は連日のニュースで知っている。
水鏡の系譜であり、その上で『六天魔軍』となったとなれば、魔術師の名家である水鏡にとって英雄に等しい人物だ。
内心の悪感情はともかくとして、無碍に追い払って良い人間ではない。
少しして、御用聞きに行っていた者が戻ってくる。
「当主様はなんと?」
「お、お通ししろ、と」
「ほら、トシ。ほら聞いたか、です。
ウチ、婆様と仲良いんだぞ、です」
「はいはい。俺っちが悪かったよ。
許可が出たんなら、とっとと中に入ろうぜ。
御当主様を待たせちゃ悪いだろ」
「そこは、可愛い彼女を気遣った方がポイント高ぇぞ、です」
「彼女じゃねぇだろ」
意地でも否定する俊哉。但し、可愛いという部分は否定しない。
実際、雫の事は気に入っている。
今はまだ幼くあるが、充分に可愛らしく数年後には美人に育つだろう。
甲斐甲斐しく世話をしてこようとしてくる嫁力高めな性格でありながら、何処か男らしい部分もあり、変に気を遣わなくても良い為、付き合っていて気持ちが良い。
更に言えば、素直に好意を向けてくる辺りに、少しずつ絆されている。
ふわりと漂う雫の香りも良い匂いだし。
気になる部分と言えば、年齢が少し気になるが、とはいえ、俊哉自身もまだ十五であり、雫とはわずか三歳差でしかない。
大人になればそう大した年齢差ではないだろう。
実際、彼の両親も同じくらいの年齢差であったから。
だから、正直、そういう関係となる事は嫌ではないのだが、彼は断固としてそれを拒絶している。
何が嫌かと言えば、そうなれ、とばかりに周りがお膳立てしてきているのがムカつく。
周りの思惑にまんまと嵌められているという事に反発を覚えたくなるお年頃なのだ。
なので、諦めが付くまでは絶対に受け入れない、と心に固く決めていた。
門を潜った二人は、案内役の女中に迎えられ、屋敷の中を進む。
俊哉は縁側から臨める庭園を見て、感嘆の声を上げた。
「流石、水の八魔。池が綺麗な物だな」
庭には大きな溜め池があり、そこには美しい色彩をした鯉やら金魚やらが気持ち良さそうに泳いでいた。
どうやら、見える場所以外にも池があるのか、川の流れがあり、それが耳に心地よいせせらぎの音を奏でている。
更には、魔術をした特異な水流を生み出し、水柱を上げたり、水の橋を作り出したりしている。
それが陽光を反射して虹を生み出している所を見れば、かなり緻密な計算をされている事が見て取れる。
「入って泳いじゃ駄目だぞ、です」
「泳がねぇよ。どんな非常識だ」
「命が危ねぇから、です」
「いや、ちょっと待て。おかしな返しが来たぞ、これ。
危ないって何? あれ、酸で出来てたりすんの?」
二人のやり取りを聞いていた女中が、クスクスと笑う。
雫に代わって彼女が俊哉の疑問に答える。
「いえいえ、風雲様。
水そのものはごく普通の物ですよ。
ただ、あそこには鰐などもおります。不用意に近付くと噛み千切られてしまいますので、ご注意くださいね」
「何それ。怖い。超怖い。何でそんなもん飼ってんだよ」
「さぁ? ウチは知らねぇ、です。
でも、かの有名な鰐のデスロールは生で見るとすげぇ迫力だぞ、です。
一見の価値あり、です」
「……それを見たって事は誰かが犠牲になったって事だよな」
「時折いらっしゃる泥棒の方や忠告を聞かない頭の足りていないお客様などが、盛大に噛み付かれて引きずり込まれておりますね。
我が家では人気のイベントで御座いますよ。
最近は話が出回っているのか、中々、引っかかってくださる方もいなくて退屈しておりますが」
そう言って、女中はちらりと俊哉を見遣る。
「如何でしょう?
夏の気配も近付いて、最近は暑くなって参りました。
ここで少し遊泳と洒落込むというのは」
「何言っちゃってくれてんですかね、このお人は。
そういうノリは雷裂の連中だけで間に合ってんですけど」
「あいつらはそんな事しねぇだろ、です。
手足持って投げ込むに決まってやがる、です」
「なんと。これは私共も精進が足りませんね。見習わなくては」
「見習うなよ、そんな部分。いやマジで」
雫が橋渡しとなり、水鏡の家が雷裂の影響を受けるという悪夢が俊哉の脳裏を過った。
あまりに恐ろしい未来図に、思わず身震いする。
何が恐ろしいって、どう考えても自分が巻き込まれるだろう事が予想できる辺りが、特に恐ろしい。
そんな話をしながら、俊哉は周囲に意識を向ける。
分かり易く見える位置に、人はいない。
だが、確かに見られている。
暗部を担う隠密の様な連中ではない。
ただの興味本位の視線だ。
そこに載せられた感情は、決して良い物ではない。
悪意に彩られた物がほとんどだ。
これまでずっと、欠陥品だの穀潰しだのと馬鹿にし、見下してきた少女が帰ってきたのだ。
しかも、ただ帰ってきたのではない。
『六天魔軍』という錦の旗を掲げて、だ。
面白く思わないのも無理はない。
中には、憎々し気に見るだけに留まらず、風に載せて悪意ある言葉を投げかけてくる者もいる。
色々な思惑の結果とはいえ、俊哉は雫の護衛だ。
彼女への悪意を放っておく事など出来ない。
だから、小さく風の結界を張る。
使われる魔力も、展開する魔術も極小であり、今の傷付いた魔力流路でも可能な小さな奇跡。
だが、たったそれだけで、悪意の言葉は雫まで届かない。
彼女は何も知らずに楽しそうにしているが、それで良いのだ。
(……まっ、悪口くらいならこれで良いんだけど)
馬鹿な奴というのは何処までも馬鹿な物だ。
直接、殴りに来る者がいないとは限らない。
果たして、そうなった時、今の自分で守りきれるのか。
仮にも、ここは八魔の一角の本邸だ。
そこに出入りするのだから、魔術師としてそれなり以上の手練れだろう。
それだけの者に、傷付いている己がどれだけ対抗できるか、と考えながら、俊哉は進んだ。
~~~~~~~~~~
「こちらで当主様がお待ちです。では、私はこれにて」
去っていく女中を見送り、俊哉は八魔の当主との面会に緊張していた。
なんだかんだで、ちゃんとした権力者と会うのは初めての事である。
雷裂の三人姉弟は、あれでも権力をほとんど持たない。
刹那は基本ただの研究者であり、美雲は次期当主だが、現状では実権などほぼ持たない。
美影は『六天魔軍』という権力者の一角であるが、どちらかと言えば武力的側面が強過ぎて権力という言葉からは程遠い。
他に偉い人間と言えば、炎城久遠も知り合いだが、あちらも美雲と同様の状態だ。
権力者とは言い難い。
だが、これから会うのは、間違いなく八魔の当主であり、長くその座に君臨する人物だ。
気位が高く、ちょっとした言葉尻を捉えてこちらを攻め立ててくるような気難しさを持っているかもしれない。
そう思うと、気が重くなる俊哉だが、雫はそんな事は露知らず、さっさと襖を開け放つ。
「ただいま帰ったぞ、婆様、です!」
「ちょっ! もうちょっと心の準備をする時間をですね!?」
「案ずるより産むが易しだぞ、です。
会っちまった方が楽になれるぞ、です」
「あん、もう!」
頭を抱える俊哉を無視して、雫は部屋の中に足を踏み入れる。
そこには、まるで変わらない和装の老婆がいた。
彼女は老眼鏡を外しながら、侵入者の少女を見据える。
「ああ、おかえり、雫。
ちったぁ礼節を覚えて帰ってくるかと期待したんだがね。
期待外れだったみたいだね」
「あそこで? 礼節?
婆様、雷裂の連中が礼節なんてもんを持ってると思うんじゃねぇぞ、です」
「……想像は出来るんだが、あそこは中でもそんななのかい」
「そんなだぞ、です」
一応は世話になっている者たちの事なので、俊哉としては否定したくはあるのだが、会話の内容に百%同意できるので、沈黙するしかない。
老婆――水鏡静は、勝手知ったるとばかりに歩いて、座布団を取り出す雫を見て、目を細める。
それは安堵するような、そんな柔らかな表情だった。
「もう、大丈夫なのかい?」
「おう、です。心配かけたな、です」
以前の死んだような、全てを諦めているような、そんな人間とは違う、覇気の感じられる声だった。
その言葉の証明に、今の彼女には血の滲んだ包帯も無ければ、魔力を片っ端から分解していく機能のある金属輪も無い。
どちらも以前の彼女には不可欠な代物であり、異常体質の象徴の様な物だった。
ずっと待ち望んでいた姿に、涙が滲む。
同時に、自分たちがそうしてやれなかったという悔しさと情けなさも、少しだけ。
「良かったね。ほんとに、良かったよ……」
孫娘の様に可愛がってきただけに、感慨もひとしおだ。
暫し抑えきれなかった涙と嗚咽が、部屋の中に広がった。
~~~~~~~~~~
ようやく感情が落ち着いてきた静は、涙を拭うと笑みを浮かべた。
「情けない所を見せちまったね」
「気にすんな、です。ウチを想ってくれたんだ、です。ウチは嬉しいぞ、です」
「ハッ、生意気言うね」
再度、彼女は笑い、表情を改める。
「そんで、詳しい事、聞いて良いかい?
雷裂に行ったと思ったら、いきなり『六天魔軍』になってるからね。
こっちは驚天動地ってもんさね」
「んー」
問われ、雫は腕を組んで悩む。
何処まで語って良いのか、いまいち判断が付かないのだ。
ちゃんと話そうと思うと超能力の事に触れない訳にはいかないのだが、それは公にされていない事ゆえに、話してしまっても良いのか分からない。
アドバイスを求める様に気配を消して、部屋の隅で大人しくしている俊哉に視線を向ける。
「トシ、何処まで話して良いと思うんだ? です」
「え? 俺っちに振っちゃう?」
判断が出来ない……のではなく、ここで意識を自分の方に向けないで欲しい、という意味で俊哉は嫌そうにした。
せっかく静の意識が雫にのみ向けられていたのだから、このまま空気に徹して一切何も関わらずに消えようと思っていたのに、これでは台無しだ。
事実、今まで室内にいるというのにまるで視線も向けられていなかったというのに、雫の言葉に誘われ、静の視線が彼へと向けられていた。
そこに、友好的な色合いは見られない。
敵意の色がある。
「……そういや、そいつは誰だい?
まさか、雫、あんたの伴侶とか言わんだろうね?」
「婆様、慧眼だな、です」
雫は親指を立てて肯定した。
「断固違います!」
俊哉は盛大に首を横に振って否定した。
「あんた、うちの子が嫌ってのかい!?」
それに静が切れた。
「物語でよく見る展開だけど、こういう場合ってどう答えるのが正解なんだろうな……」
飛んできた水刃を爆炎で迎撃する。
流路が損傷している為、魔力はあまり派手に使えないが、超能力の方は問題なく使えるのだ。
「開き直って全肯定しちゃえば解決すんじゃねぇか? です」
「それはそれで、ほら、お前なんぞに娘はやらん、的な展開にならないか?」
「つまり、最終的には暴力が物を言うって事だな、です。
頑張れトシ、ウチの為に、です」
「俺っちは俺っちの命の為に頑張るからな?」
暫し、水と炎の応酬が続く。
とはいえ、どちらも本気ではない。
静は基本魔術のみに絞り、それも直撃しても死なない程度に手加減している。
俊哉も防御に徹して、決して攻撃には転じない。
何発も打ち込んで少し満足した静は、やっと攻撃を止め、改めて訊ねる。
「で、本当の所は?」
「雫さんの護衛役で「ウチの彼氏」でも何でもない風雲俊哉と言います。お見知りおきを」
ぎろり、と睨みつける様な視線をくれ、静は言う。
「随分と、うちの子に気に入られているみたいだね」
「俺っちもとても不思議なんです。何ででしょうね」
「愛に理由はいらねぇ、ってミカの奴は言ってたぞ、です」
「おい、あれを参考にすんじゃねぇ。あれは野生動物だ。人間の機微には疎い」
~~~~~~~~~
「へぷし、へぷしっ」
「あら、美影ちゃん、風邪?」
「んー? んーん。これは噂の方だね。この感じは、トッシー君だ」
「あらま、凄い。分かるんだ?」
「まーね。クククッ、身の程ってものがまだ分からんらしいね」
~~~~~~~~~~
ぞくり、と背筋が凍る様な悪寒が俊哉を襲った。
周囲を慌てたように見回す彼に、女衆は不審の視線を向ける。
それを誤魔化す様に、俊哉は咳払いをして話題を終わらせにかかる。
「ま、まぁ、ともかく。
未来の事は分かりませんが、現状では単なる護衛役なので、あんまり敵意を向けんで下さい、お願いします!」
「はん。手を出さないとは言わないのかい?」
「いえ、雫さんに魅力がないとは思っていないので」
俊哉の答えに、静は呵々と笑う。
あまり言われない素直な言葉に、雫は少し顔を赤くした。
「はっ! 素直な男だね!
まっ、あたしとしちゃ別に良いさね。
雫を幸せにできるってんなら、どんな男だろうとね」
だけど、と続ける。
「こいつの父親は冗談通じないから、気を付けな。
背中に気を付ける事だね」
「え? マジで? 何で俺っち、こんなに危機に見舞われるの? なんか呪われてない?」
「ウチの所為じゃねぇぞ、です」
「今現在、差し迫っている危機の元凶は間違いなく雫だと思うけど?」
「トシを護衛に任命した奴が元凶じゃねぇのか? です」
「誰の所為なんだろうなー……」
俊哉は遠い目をした。怪しいのは刹那か帝辺りか。
「ああ、うん。まぁ、そんな感じなんで、取り敢えず、よろしくお願いします。
でー、えっと、話を戻しますけども、別に好きに言って良いと思うぞ?」
「良いのか? 守秘義務的なもんがあんじゃねぇのか? です」
「なんか言われた? あれ言っちゃ駄目、これ言っちゃ駄目、的に」
「何も言われてねぇぞ、です」
雫は首を横に振って否定する。
「じゃあ、良いじゃんね。隠す気も無いって事でしょうよ」
「なんか、すっげぇテキトーだな、です」
「連中はいつもテキトーだぜ」
そういう事になった。
後編はまだ書いてないから、どれくらいの長さになるか分かりません。
あっさりと終わるやもしれないし、中編が入るかもしれない。




