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急所があれば抉らずにはいられない

 そして、筆記試験が始まった。


 取り立てて、内容に特筆すべき点はない。

 ごく普通に受けただけだ。


 わざわざカンニングをするまでもなく、余裕で回答できた。

 試験後に一応は自己採点してみたが、軽く合格点を超えた時点で放り捨てた。


 という訳で、早速、実技試験初日。


 筆記試験もそうだが、受験者数は莫大の一言である為、試験会場は複数の場所に分割されている。


 刹那の会場は、第六実技演習場。

 そこそこの距離がある為、余裕をもって出かける。

 超能力移動が許されるなら、試験開始十秒前の出立でも十分なのだが、残念ながら一般交通機関はそこまで発達していないのだ。


 同行者はいない。

 一人だ。


 美雲は、純粋な魔術師としては真っ当に優秀であり、また生徒会長である事もあり、まるで足りていない試験官として駆り出されているのだ。

 美影はその助手として同行している。


 美雲は、超能力を活用した特殊な戦闘方式を採用しなければ、それなりに優秀な魔術師、という領域でしかない。

 だから、無いとは思われるが、彼女を圧倒する様な受験者がいた場合、下手すれば命が危険である為、その備えとしての美影だ。

 魔王クラスであり、《六天魔軍》に名を連ねる彼女ならば、制限解除すればそうそう敵はいない。

 他の魔術先進国家のトップ魔術師クラスでなければ、戦闘にすらならない。


 そういう訳で、刹那は単独行動である。


 彼の感覚では随分とゆっくりとした速度で走るバスに揺られる内に、試験会場最寄りのバス停に到着する。

 バスから降りれば、同じ会場の受験者たちが歩いているのが見て取れる。


(……ちょっとだけ憧れるかねぇ)


 目に映る色彩は、実に多彩だ。


 彼の視線が向かう先は、人々の髪である。

 見える髪色は、黒や金だけでなく、赤や青、灰や緑と多種が揃っている。

 髪を代表とした体毛は、魔力の影響を受け易い部位である。

 その為、本人の魔力属性によってその色合いが変わり、人種や遺伝子に依らない髪色が発現するのだ。


 刹那の超能力にはその様な特徴はない。

 その為、彼の髪はアジア人らしい黒髪が基礎となっている。

 あらゆる魔術を超越する超能力を有している、とは言っても、それでも他人とは違う、という事はある種の疎外感を彼に与える。


 少しだけ、多彩な髪色を羨ましく思う。


 とはいえ、それだけだ。

 無い物は無いのだから仕方ない。

 そう諦められる程度には擦れた刹那は、肩を竦めて会場入りするのだった。


~~~~~~~~~~


 指定された待機室に入れば、おおよそ九割がたの席が埋まっていた。

 真面目な事だ、と思いつつ、空いている席に座る刹那。


 男女それぞれが全国津々浦々の制服を着ている。

 学ラン型、セーラー型、ブレザー型、など実に多様だ。


 そんな中で、スーツを着用している自分はどうなのだろうか、などと思う。


 いや、制服がない訳ではないのだ。

 確かに刹那は若者で、ちゃんと実在する中学に在籍していた。


 しかし、登校した事は一度もない。

 名目上の在籍、幽霊生徒だったのである。

 登校している暇があれば、一つでも多くの開発・発明すべきだ、という思いからの不登校である。


 通常と違う所があるとすれば、引き籠ったり不良の道へ進んでいない事だろう。

 優良かと言われるとそれはそれで困るが、少なくとも世界の発展には寄与しているから良いのだ。

 本人の中では。


 その甲斐もあって、日本帝国の国家戦略を大幅に、そして自分の望む方向に修正する事が出来た。

 止める気も無いが、もはや時代の変革は止められないだろう。


(……時代の狭間にいる若者には悪い事をしてるんだよなぁ)


 被害を最も受けるのは、今この場にいる同世代の子供だろう。

 悪いとは思うし、出来る限りのフォローはするつもりだが、それでも取りこぼしは出るだろうし、その結果、不幸と呼べる人生を送る者も出てくる筈だ。


 とはいえ、もう止められないし。

 強引に止めるとすれば、それこそ国を海にでも沈めでもしなければならないだろう。

 それを思えば、僅かな犠牲は仕方ないと諦めるしかない。


「なぁなぁ、アンタ、どこ出身?」


 そんな事を考えていると、隣の席から声をかけられる。

 見れば、薄い緑色の髪を若干モヒカン気味に逆立てた少年が、刹那を見ていた。

 反対側を見てもそこは空席で、きっと己に話しかけたのだろう。


「……ミー?」

「そうそう。ユー。

 あ、先に自己紹介しろって?

 良いぜ。俺っちは風雲(かざぐも) 俊哉(としや)。九州の福岡から来たんだぜ。

 気軽にトッシーって呼んでくれよ?」

「ほぅ、殊勝な心掛けだ、風雲 トッシー君。

 では、俺も名乗ろう。俺の名は雷裂 刹那。

 出身は分からん。どっかの原生林だ」

「いやいや、意味分かんねぇよ。

 どっかの原生林って何だよ。

 ってか、カンザキって、雷裂か? 八魔家の?」

「その雷裂だ。養子でな。

 昔、原生林に捨てられてサバイバルしてた所を拾われたんだ」


 簡潔な来歴に、俊哉少年は少しばかり引く。


「お、おう。

 なんてーか、コメントに困るな、それ。

 えーと、悪い事を聞いたって言った方が良いか?」

「ふっ、まるで気にしていないから汝も気にする必要もない」

「それなら良いんだがな。

 にしても、養子ってあるんだな。

 いや、ほら、魔術師の才能って遺伝要素あるじゃん?

 八魔家とかその分家って、その辺り厳しいと思ってたんだけどよ」

「まぁ、普通はそうなのだろうが、雷裂の御家は少々特殊でな」


 魔術師の才能は、大なり小なり遺伝する。

 そして、魔術が確認されてから二世紀の間、連綿とその才を高め続けてきたのが、現在の八魔家である。

 雷裂家もその例に漏れず、一応は血筋なども気にしたりはするのだが、


「うちは道楽で血筋を重ねてみたら、いつの間にか八魔家になってしまった、という経歴でな。

 元より桁違いの資産家という事もあり、ぶっちゃけ八魔の称号を剥奪されても全く構わない、と本気で思っているのだよ」

「……すげーな。他の八魔家が聞いたら発狂するんじゃねぇか?」

「かもな。とはいえ、それが本音である以上、仕方あるまい」


 狙って貰った称号ではない為、なんとも微妙な気分なのだ。

 早く他の雷系列の家が台頭して、自分たちから捥ぎ取ってくれないだろうか、そうすれば面倒な戦争に駆り出される事もないし、道楽に時間と労力を全額つぎ込めるのに。

 と、その様な事を本気で考えたりしている。

 八魔家の地位に固執している他家が聞けば、反感を買う事は間違いない。


「ところで、俺も質問なんだが、トッシー氏の風雲とは、風祭の分家筋の者かな?」

「あ? ああ、そうだぜ?

 つっても、端っこも端っこの木端一族だけどな。よく知ってたな」


 八魔家には、大なり小なり分家が存在する。

 それは雷裂家も例外ではなく、かなり他に比べてその数は少ないが、分家を持っている。


 そして、風の八魔、風祭家の分家筋はかなり多い方だ。

 本家ですらその全てを把握しきれていない、と噂が立つほどに分家が存在しており、風雲はその末席に名を連ねる木端分家である。


 世俗にあまり興味を持たない刹那では、通常では名前の聞き覚えすらない様な一族であるが、二年ほど前に少しばかり話題に上がった為にその存在を把握していた。


「ああ。

 風雲皆殺し事件は有名だからな。生き残りがいるとは知らなかったが」


 二年前、日本帝国九州地方の一角で発生した凶悪事件である。

 正月の季節であり、一族が集まっていた所を狙われ、抵抗の甲斐なく一族が皆殺しとなった物だ。


 犯人は分かっている。

《嘆きの道化師》と名乗る魔術テロリスト集団である。

 メンバーは少数ながらも、全員が高位の魔術師であり、その凶悪かつ神出鬼没な行動によって世界を震撼させている連中だ。


 話は知っているが、雷裂の系譜でもないし、ぶっちゃけ犯人である《嘆きの道化師》達も気にするほどの影響力もないし、という事で深く調査してはいなかった。


 中小国レベルなら危険な集団であるが、魔術先進国レベルだと然程の戦力でもない《嘆きの道化師》が野放しとなっているのには、幾つかの理由がある。


 一つは、単純に逃げ足が速い事。

 まるで世界中を監視しているかのように、限界ギリギリまで暴れた後に、ちょうど公的機関から逃げ切れるタイミングで逃走に移るのだ。

 その為、偶発的遭遇などでない限り、交戦すら行われない。


 二つは、捕まえられたとしても逃げられる脱獄能力だ。

 今までに、何かの偶然で制圧に成功し、身柄を確保できた事はあるのだが、彼らは檻の中から煙の如く消えてしまう。

 手足の腱を斬り、魔術を使えないように魔力発生器官の破壊、その上で、何重にもした牢屋と警備を配しても、すぐに逃亡してしまう。

 しかも、どうやって治したのか。

 損傷した魔力発生器官の治療は不可能と言われているというのに、次に現れた時には何事もなかったかのように魔術を行使している。


 最後に、被害に遭っているのが、代々魔術師として身を立てている、所謂、名家と呼ばれる者たちだけという事。

 一般人には、偶然、巻き込まれてしまった以外の被害は出ていない為、仮にも魔術師の名家なのだから自分たちで何とかしろ、という政府側の意見と。

 面子を潰された為に必ず己たちで報復してやる、と意気込んだ名家側の意見が一致した結果、公的機関による彼らの捜索及び捕縛がやや消極的になっているのだ。


 それらの理由があり、いまだに《嘆きの道化師》たちは野放しで世界に蔓延っている。


 そんな事を考えていた刹那が我に返り、視線を俊哉少年に向けると、彼は殺意すら滲ませる厳しい顔をしていた。


「……アンタさ、デリカシーって言葉、知ってっか?」

「事実をあるがままに告げただけで怒られるとは。

 まぁ、気持ちは分からんでもない。

 俺も雷裂の家族を殺されれば似たような心境にもなろう。

 だが、俺は君じゃない。

 だから、君の痛みを本気で理解してやれない。

 それに、俺たちは初対面だ。君がどういう人間なのか、まるで知らない。

 もしかしたら、家族に虐げられた生活を送っており、家族が殺された事に狂喜乱舞しているかもしれないじゃないか。

 君の事情を碌に知らない以上、言葉に気を付けるという行為は難しいのだよ」


 とはいえ、


「だが、色々とごちゃごちゃと言ったが、不快にさせたというのなら謝罪しよう。

 ごめんなさい」


 まるで心の籠っていない、口だけだと誰もが分かる語調で、謝罪の言葉を述べる刹那。


 無言。


 少しの時間、二人の間に沈黙が下りるが、数秒で俊哉少年が目つきを緩めて、溜息を深く吐き出す。


「あーあー、分かったよ。ちくしょうが。

 分かったから、二度とその話をすんじゃねぇ。

 あと、一発殴らせろ」

「それで気が済むのなら好きにしたまえ」


 答えた瞬間、俊哉の拳が刹那の目の前に迫っていた。

 寸止めなどはしない。本気で打ち抜いた。

 拳を振り抜いた姿勢で固まる俊哉少年。


 数秒後、自らの拳を抱いてうずくまる。

 涙目だ。


「い、いてぇ。アンタ、金属でできてんのか……?」

「まさか。バリアを張っているだけだ」


 念力式バリアである。

 ハルマゲドン級の隕石の直撃でもびくともしない防御力がある。

 星も砕けない拳では、一方的に傷付くだけなのは当然の結果だ。


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