エピローグ後編―任命(命令)
本日二話目。
前話を読んでいない方は、そちらからどうぞ。
瞼を開くと、そこには真っ白な天井。
「見慣れた天井」
「おかえり~、トッシー君」
嫌な事に見慣れてしまった天井を見上げつつ呟くと、傍らから甘い声が聞こえてきた。
首を動かせば、銀色の髪を持つ妙齢の女性がにこやかな笑顔で佇んでいた。
看護服が実にエロい。
色気が漂ってくる。
しかし、それは既に慣れたもの。
俊哉は軽くスルーして挨拶する。
「ちょっと振りっす、瑠奈さん。
今は二十代くらいなんすね。大変、お美しゅう御座います」
「ふふっ、ありがと~。
でも~、もうちょっとドキドキしてくれると、お姉さん、嬉しいな~?」
「はははっ、お戯れを。
俺っち、美影さんに殺されたくないんで」
貞操観念の厳しい美影の事だ。
母が浮気しようものなら死にかねない勢いでしばき倒すだろうし、その相手も当然のようにしばくだろう。
そんな明らかに見えている地雷を踏みに行くほど、俊哉はスリルに飢えていない。
「それにしても~、この間、退院したばかりなのにもう帰ってくるなんて~。
そんなに住み心地が良かったかしら~?」
「俺っちも帰ってくるつもりなんてなかったんすけどねぇ」
本当に帰ってくるつもりなんて無かったのだが。
まさか数日で戻ってくる羽目になるとは夢にも思っていなかった。
「んふふ。じゃあ、恒例の診断結果からいってみましょうか~」
「うっす。お願いするっす」
瑠奈が診断書を取って、そこに目を通す。
「と言っても~、今回はあんまり派手じゃないかな~?
重度の全身火傷に~、あとは重篤な脱水症状くらいかしら~。
あっ、あと全身の魔力流路がズタズタだったのは~、ちょっと危なかったね~。
おかげで魔術による治療ができなくて~、わざわざ私が呼び出されたのよ~」
「すんません。お手間をかけるっす」
「良いのよ~。
あとは~、そうね~、脳味噌が軽く沸騰してたのは~、ちょ~っと、やばかったかもしれないわね~。
一応、元に戻しておいたけど、大丈夫~?
記憶が抜けてたりとか~、人格が歪んでたりとか~、そんな気はしないかしら~?」
「自覚症状は全然ないっす。
っていうか、あったら色々と不安になるっす。
ホントに大丈夫っすか?」
「さぁ~?」
「さぁじゃなくて!」
「にゃぁ~?」
「にゃあじゃなくて!」
うふふ、と微笑む瑠奈。
「まぁ、受け答えはしっかりしてるし~、きっと大丈夫なんじゃないかな~?
うん、そう思っておきましょう~」
「マジで大丈夫なんですよね!?」
瑠奈は微笑むだけで何も言わない。
恐怖に身震いする俊哉である。
そんな事をしていると、外と仕切られていたカーテンが勢いよく開け放たれる。
現れたのは、スーツ姿の青年――刹那である。
「ふっ、起きたようだね、トッシー後輩。経過は順調のようだ」
「あれ、せっちゃんセンパイ?
珍しいな。
見舞いか? 悪い物でも食ったか?」
「おいおい、俺は友人想いの情の厚い男だぞ?
見舞いの一つくらいするに決まっているだろう」
「せっちゃん、おひさ~」
「ああ、我が母よ。久しいね。
相変わらず人生を満喫しているようで何よりだ」
「それはもう~。せっちゃんのおかげで楽しませて貰ってるわ~。
そろそろ三人目でも産もうかって、パパと話してたのよ~」
「それは良いな。家族が増えるのは良い事だ」
笑い合い、刹那は瑠奈の隣に腰かける。
彼はポケットから小さな、しかし立派な装丁の木箱を取り出し、俊哉の胸の上に置く。
「まずは、これを進呈しよう」
「ええっと、何これ?」
「開けてみたまえ」
「動けないんですけど?」
絶対安静で、ベッドの上に固定されている。
腕の一本も動かせない。
左腕は取り外されていて、右腕一本しかないが。
刹那は芝居がかった動きで天を仰ぎ、
「全く、手を使わなければ箱の一つも開けられんとは。
実に情けないと思わないかね?」
「全然、思わないんで。助けてくれませんかねぇ?」
「仕方ないな」
仕方なく刹那が箱を開ける。
そこには、旭日を模した勲章が入っていた。
「何これ? 勲章みたいに見えるけど」
「みたい、ではなく、立派な勲章だ。
旭日綬章。
国家の重大事を解決に導いた功のある者に贈られる、大変に有難い代物だ。
年金も出るぞ? 確か、年に200万だったか300万だったか。
まぁ、端金だが金には違いない。
受け取っておきたまえ」
「え~、勲章~? わっ、凄いじゃないの~、トッシー君」
「えー……。いや、意味分かんねぇ。
何で俺っちに勲章が出るのかも分かんねぇし、こんな適当な授与も意味分かんねぇ」
俊哉の視点では、目が覚めたら、いきなり勲章を放り投げられた、という気分だ。
実感も無ければ、有難みも無い。
「仕方なかろう。貴様、寝ていたじゃないか。
意識不明の傷病者を引きずって有難く受け取れ、と授与する訳にもいくまい」
「いや、そこは意識が戻るまでちょっと待つとか、対応のしようもあったんじゃねぇのかなー、って」
「いやいや、よく考えてみたまえ。
貴様、比喩でも何でもなく、文字通りに脳が沸いていたのだぞ?
いつ目覚めるとも分からない輩を待つ訳にもいくまいよ」
「え? そこまでの重体だったの? マジで?」
瑠奈を見れば、その通りとばかりに首を縦に振られる。
頬が引きつらずにはいられない俊哉である。
「まぁ、俺にすれば魂が無事なのは見れば分かるからな。
そう心配する事も無いと思っていたが、魂を観測する事すら出来ない世間様はそうは思わないからな。
まったく、実に情けない事だ」
「魂とか見えないのが普通ですよ?
一般ピーポーをせっちゃんセンパイと同列で語らないでくれませんかね?」
俊哉だって魂なんて見た事も無い。
己のそれだけならば、なんとなく感じ取れるが、他人の物なんてまるで分からない。
超能力を獲得して以降の事なので、このまま鍛えていけば、魂の観測なんて荒業が出来るようになるのだろうか、と内心で思う。
「さて、まぁそんな訳で、一応、友人枠である俺が仕方なく預かっておいたのだ。感謝したまえ」
「あー、はいはい。有り難う御座います有難う御座います。
んで? 何で勲章なんて出た訳?」
「あの空飛ぶトカゲに一発かましただろう?
あれの撃退に功有り、と上が判断したのだ。
まぁ無駄に怪我しただけで終わらなくて良かったではないか」
「あー、そうなのかー。まぁ、良かったよ。
無意味に美影さんに難題吹っ掛けられただけじゃなくてさ」
一応、死にかけた甲斐があった訳だ。
割に合った物かどうかはさておいて。
「そして、更に追加案件として、貴様にお仕事が舞い込んできたぞ。喜べ」
「怪我人に仕事とか、ブラック企業に勤めた覚えないんすけど!?」
「安心しろ。依頼元は国だ。
推薦したのは俺たちだが」
「国そのものがブラックとか!」
衝撃である。
何処かに安住の地はない物か。
なさそうだな、と速攻で諦めた俊哉は意識を切り替えて、話を聞く姿勢となる。
「で、一応、聞くだけ聞くけど、どんなお仕事で?」
「護衛任務だ。
《六天魔軍》第六席《地母》碓氷 雫の専属護衛。
意識のない貴様を勝手に推薦し、意識のない貴様に依頼が来たので、意識のない貴様に代わって勝手に受諾しておいた。
感謝したまえ」
「何で勝手に!?
人権! 俺っちに人権ってないの!?
なぁ!?」
刹那は窓の外、遠い空の彼方を見詰めた。
あまりの世の理不尽さに、俊哉は血管が切れそうである。
「っていうか、《六天魔軍》の護衛!?
必要ないじゃん!
連中、人外じゃん!
魔王にそんなもんいらないじゃん!」
「碓氷 雫は例外的存在だ。
本人の戦闘能力は皆無。見た目通りの女子だ。
護衛の一つも付けねばなるまい」
「女子って、だったら同性選ぼうぜ!?
何で俺っちになるんだよ!
色々と不便があるだろ!?」
「まぁまぁ、そう興奮するな。
貴様だって知らない仲ではないだろう?」
「いや、知らねぇよ。誰だよ、碓氷 雫って」
多分、水鏡の系譜だろうな、とは名前から推測できるが、それだけだ。
面識も無ければ、聞き覚えも無い。
「そうか?
トカゲとの戦闘時、最後に貴様に魔力を供給したのは彼女だぞ?
恩があるのではないか?」
「あっ! あれ!
いや、恩があると言えばあるけども、それで死にかけたとも言える様な……」
魔力流路がズタズタに破損したのは、それが原因である。
あれのおかげでヴラドレンの咆哮を押し返す事ができたとはいえ、俊哉としては若干微妙な気分と言わざるを得ない。
「なぁに、そう不安がるな。
十分に魅力的な娘だぞ。賢姉様と愚妹には劣るがな。
見目も良いし、性格も悪くない。口は悪いがな。
護衛をしていればお近付きになるチャンスもあるぞ?
興味がない訳でもないのだろう? ん?」
「……まぁ、人並み程度にはそりゃ女の子に興味はあるけども」
くっ付け、とばかりにお膳立てされるのも何となく腹立たしい。
苦い顔をする俊哉の肩を叩き、刹那は席を立つ。
「まっ、もう受けてしまったのだ。取り敢えず、やってみたまえよ。
どうしても合わないようなら、ちゃんと考慮するとも。
なに、世の中、大抵の事は案ずるよりも産むが易し、だ。
不安に思う前に、一度やってみたまえ。
給料も良いしな」
「チッ、しゃーねーな。
分かったよ。やるだけやってみるよ。
それで良いんだろ?」
「結構。
では、精々養生したまえ。
何事も、身体が資本だからな。
さらばだ!」
嵐のように去っていく刹那。
残された俊哉は、未来への不安に溜息を吐いた。
「お仕事が決まって良かったわね~。
おめでとう~」
「……本当に良かったのかどうか、まだ分かんないっすけどね」
俊哉の受難は終わらない。
これで、一応、二章は終わりです。
また閑話を少し挟んでから、三章に入ります。




