エピローグ前編―任命式
筆が乗っちゃったんだから仕方ないでしょう!?
って事で、本日二話目です。
帝宮。
主が天帝と名を変えた事で、こちらも名を変えた日本帝国の聖域。
高い戦闘能力の他、厳しい身辺調査、人格評価が行われ、それに合格する事でようやく採用される精鋭の帝宮守護隊が守りを固め、更には常時、最低一人は《六天魔軍》が警備している。
警備システムは常に最新式の物を取り入れており、電子的にも侵入は最困難という、まさに日本の不可侵領域と言える場所。
そこで、今日、歴史的な式典が行われる。
普段は報道関係者も入り口付近の会見場までしか入れないが、今日ばかりは中心部近く、天帝陛下への謁見場にまで入場許可を得ていた。
旧き時代の、日本の伝統様式を再現した謁見の間。
総畳張りの部屋の中、一段高くなり、今は上げられているが、御簾にて区切られた段上には、背後に〝護国救世〟という言葉を描いた掛け軸が掲げられ、七つの席が用意されている。
下座には、帝宮の管理維持を任されている役人、殿上人が左右に並んで座っており、更にその背後には見栄えが悪くならない程度の武装だが、屈強な帝宮守護隊の者たちが直立姿勢で並んでいた。
報道関係者は、最後列で見る事しか許されない。
映像、画像の類は、全て帝宮側が撮影、編集した物が後に渡される事となっている。
ちなみに、帝宮の公式ホームページでメディアに渡される物と同じ物が無料公開される為、妙な編集をして世論を歪めようとしても無駄な事である。
「第五席《黒龍》雷裂 美影、御入場ー」
名を呼ばれ、一人の少女が謁見の間に姿を見せる。
今時珍しい、純黒の髪と瞳を持つ小柄な少女――雷裂 美影は、普段はしない化粧を薄く施し、戦略級単独戦闘許可者、通称《六天魔軍》専用の礼服に身を包んだ姿で、厳粛な空気の中、堂々とした歩みで注目の中を行く。
迷わず段上へと上がった彼女は、並べられた七つの席の内、末席に腰を落ち着ける。
「第四席《流転》菊池 武、御入場ー」
続いて、深い青の髪を持つ青年が現れる。
服の上からでも分かる鍛え抜かれた長身の身体を、美影の物と同じ衣装の礼服に身を包んでいる。
武人らしく、一切、体感のぶれない足取りを以て段上へと上がり、席の一つに腰を下ろした。
「第三席《怪人》ナナシ、御入場ー」
名を呼ばれても、姿が見えない。
僅かにざわめくが、それは報道関係者のみ。
慣れている殿上人や守護隊、《六天魔軍》の面々に動揺の色はない。
よくよく見れば、いつの間にか、銀色の髪を持つ怪しげな女性が、美影の隣の席に座っていた。
「テメーのショーじゃねーんですけどー」
「サーヴィスでありますよ、ちんちくりん」
下座には聞こえない様な小声で、美影とナナシは喧嘩腰の言葉を交わす。
「第二席《金剛》国枝 香織、御入場ー」
続くは、灰色の髪を持つ、中年の女性。
柔和な笑みを浮かべ、お堅い礼服に身を包んでいるというのに、柔らかな雰囲気を崩さない彼女は、ゆっくりと衆人環視の中を進み、中央の右側の席へと座る。
「第一席《千斬》山田〝真龍斎〟五郎、御入場ー」
白髪の老人が背筋を伸ばして入ってくる。
最高齢であり、既に引退していてもおかしくないというのに、いまだ現役である事を雰囲気だけで周囲に知らしめる、威風堂々たる覇気を宿している。
ナナシの隣へと座り、これで七つの空席の内、五つの席が埋まった事となる。
「第133代天帝陛下、御入場ー!」
今までとは違う力の籠った声が響く。
同時に、その場にいた全員が例外なく平伏して待つ。
《六天魔軍》の面々とは違い、上座横にある入口より入場した現天帝は、皆が平伏し、物音一つしない中を静かに、ゆっくりと歩む。
段上中央の席に腰を落ち着けた後、穏やかな声で言う。
「頭を上げなさい」
一回では、誰も上げない。
報道陣の中に挙げそうになった者がいたが、隣の者に押さえつけられていた。
「頭を上げなさい」
再度の言葉。
そこで、ようやく《六天魔軍》の面々が姿勢を元に戻す。
しかし、他はまだ駄目だ。
「頭を、上げなさい」
三度目の言葉。
それによって、ようやく全員が平伏の姿勢を解く。
「では、これより授与式、及び任命式を始めます」
天帝の言葉に、空気がピンと張り詰める。
司会がこの式典の主役の名を呼ぶ。
「碓氷 雫! 御入来――!!」
襖を開けて入ってくるのは、まだ十代前半ほどの若い、と言うよりも幼いと言うべき少女だ。
美影と似た漆黒の髪を長く伸ばし、それをサイドポニーに纏めている。
やや吊り目がちの目は意志の強さを感じさせ、何より全身から迸る強大な魔力が、将来の帝国の守護者としての期待感を抱かせる。
その証明とでも言うように、年相応に細い身体は、《六天魔軍》だけが着用を許される礼服を纏っていた。
緊張しているのか、少々おぼつかない足取りで広間の中心へと至り、皆が注目する中、天帝へと平伏する。
「碓氷 雫、参上しました」
「よくぞ参られた。お顔を見せて下さい」
「はい!」
雫は顔を上げ、真っ直ぐに段上に座る面々を見据える。
天帝。
言うまでもなく、日本帝国における権力の頂点。
権威という意味でも世界クラスの影響力を持っており、間違いなく世界を左右する絶対者の一人である。
そして、並ぶのは《六天魔軍》の五人。
魔導先進国と言われる象徴。
戦略級の戦力を個人で所有する魔王たち。
彼らもまた、方向性は違えど、世界を左右する絶対者たちだ。
「《災禍》ヴラドレン・ジェニーソヴィチ・アバーエフ撃退の功、大儀でした」
「勿体無き御言葉です」
「その功を称え、碓氷 雫、そなたに旭日桜花大綬章を授ける物とします」
「有難き幸せです」
控えていた女官が、静々と盆を掲げつつ、雫の脇へと侍る。
盆の上には、磨き上げられ、傷一つない立派な勲章が載せられていた。
旭日を背に桜を模したそれの名は、旭日桜花大綬章。
国家の重大事を解決に導いた者の中で、最も功労の優れた者に送られる勲章である。
ほぼ最高位に位置する勲章であり、権威があるだけではなく、持っているだけで年金すら出る代物である。
女官が雫の胸に勲章を取り付ける。
女官が下がった所で、天帝が声を授ける。
「大儀でした。これに満足せず、更なる活躍に期待します」
「ご期待に応えられるよう、誠心誠意、精進いたします」
雫がもう一度、平伏し、数秒で頭を上げる。
それを合図に、司会が言葉を発する。
「これにて授与式を終えます。続いて、任命式に移ります」
どちらかと言えば、ここからが本命だ。
授与式は事のついでに行われただけである。
この二百年で、初めての瞬間が起きるのだから。
「碓氷 雫、前へ」
「はい!」
応え、雫は段と御簾で仕切られた境界の手前にまで移動する。
そこが境目。
絶対者と一般人の狭間である。
「そなたの力、見せて貰いました。
確かな実力があると判断します。
よって、そなたに戦略級単独戦闘許可を与える物とします。
異論のある者は、おりますか?」
「「「「「…………」」」」」
無言が返る。
既に決まっている事だ。
たとえ異論があり、この場でそれを言った所で、壇上に揃っている《六天魔軍》の誰か、あるいは今まさに段を上がろうという雫に黙らせられるだけである。
「先任者の皆様はどうですか?」
《千斬》が言う。
「陛下の判断に、異論などありませぬ」
《金剛》が言う。
「問題ないかと」
《怪人》が言う。
「務めは果たせると思うであります」
《流転》が言う。
「十分な力量を備えていると判断できます」
《黒龍》が言う。
「ええんとちゃうんけ?」
「……美影さんはもうちょっと場の雰囲気という物を大事にしてくださいね?」
天帝は苦笑し、やんわりと釘を刺す。
気を取り直して、雫へと向き合う。
「満場一致にて、承認されました。
碓氷 雫、そなたに戦略級単独戦闘許可、及び《地母》の字名を与える物とし、《六天魔軍》第六席へと任命します」
雫は深く首を垂れ、宣言する。
「我が力、祖国の為、民の為、安寧の為に振るう事を、ここに誓います」
「よろしい。では、こちらへ」
言われ、雫は段を上る。
絶対者の領域へと。
《六天魔軍》第六席、《地母》碓氷 雫。
世界最大の魔力を誇り、距離と障害を無視してそれを他者へと付与する力を持つ魔王。
無数の疑似魔王を生み出す、単身にして神話の軍勢を築き上げる悪夢の魔王が、ここに誕生した。
歴史的瞬間である。
ただでさえ、《六天魔軍》が任命される事はそれだけで歴史の刻まれる事である。
だが、何よりも大きな事がある。
これが初めての事なのだ。
二百年前、魔力が人類に認知されて以来、《六天魔軍》という制度が生まれて以来、初めての事なのだ。
その席の全てが埋まったという事は、今の今まで無かった事なのである。
日本帝国の軍事力が、第三次世界大戦終結以降、最大になった瞬間。
歴史が音を立てて動き出している。
そんな予感を世界へと知らしめた式典が、ここに終わった。
こういう式典の様子とか知らん。
なので、完全に想像だけで書いてます。
気が向けばちゃんと調べて書き直すかも(期待はするな)。




