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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
二章:最後の魔王編
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疑似魔王化

 それは、唐突に来た。


「「「!?」」」


 反応したのは、三名。

 美影、ヴラドレン、そして俊哉だ。


 魔力。

 神秘的な輝きを宿した光の柱が、世界を貫いて大地へと突き刺さる。

 莫大、膨大という言葉では収まらない魔力が、俊哉と美影を中心に満ち溢れる。


 何が起きたのか、それを理解し、最初に反応したのは、これを待っていた者、すなわち美影である。


(……へぇ、これは面白いね!)


 何をするのか、何が出来るのか、一応は聞いていた。


 遠隔魔力供給網の構築。


 成程。実現すれば、とても有用だ。

 現状では、魔力貯蔵庫を設置し、魔力の消耗に合わせて、その都度、補給に戻るしかない。

 電池の様に小分けにした魔力を持ち運ぶ案もあったが、放置していると拡散してしまう魔力の特性を効率的に抑えきれる物質も技術もなかった為、構想だけで実現はしなかった。

 ステラタイトという超希少な特殊素材を用いた俊哉の義手が例外なだけである。


 そんな中で、場所さえ分かっていれば空間を飛び越えて補給を可能とする手段は、戦力の底上げという意味で非常に有用と言える。


 だが、と美影は否定した。


 これはそんな物ではない。

 そんな、安っぽい物ではない、と。


 初めての試みの為か、魔力供給の座標は曖昧だ。

 それ故に、俊哉だけでなく、美影をも巻き込んでその場に魔力が満ちる。


 雫の魔力を受け取った美影は、その特性をよくよく理解する。

 何故、義兄と天帝が揃って彼女を使える様にしようと画策していたのか、それを骨の髄まで理解する。


(……まさかね。まさか、そのままだなんて!)


 美影を含めた魔王たちの魔力は、抽出こそ出来るものの、魔力紋や魔力属性を抜く過程で一般魔術師の魔力と変わらない物へと均質化されてしまう。

 技術屋ではない美影は、その理由を詳しく知らない。

 そういう物なのだろうと適当に納得している。


 だが、それによるデメリットはよく理解している。


 自分たちへの魔力供給には、使えない、という事だ。


 いや、正確には、供給こそ出来るものの、あまりの非効率性故にする意味がない、と言った方が良いか。


 魔力の質が強力過ぎるが故か、一般魔術師に魔力供給する際にはほぼ等価であるのに対して、彼女たち魔王クラスに供給する際には、それを遥か上回る莫大な魔力を付与しなければ、碌に回復しない。

 その倍率は数千倍にも達する為、魔王への魔力供給は不可能ではないが現実的ではない、とされていた。


 しかし、今、美影の魔力は大きく回復している。

 純粋魔力を受け取り、莫大魔力を誇るが故にあまり経験のない、魔力の過剰供給状態へと一瞬にして突入していた。


 その理由は、雫の魔力がそのままであるという事。


 彼女から送られてきた魔力は、均質化されておらず、魔王の魔力そのままで誰にでも使える形式をしていたのだ。

 おそらく、純粋魔力化の過程が少ない為だろう。

 魔力属性がなく、魔力紋さえ取り除けば純化出来る為に、魔力の質を保ったままの状態を維持できたのだろう。


 魔王への魔力供給。

 それを実現したとあれば、その利用価値は、単なる遠隔魔力供給どころではない。

 世界規模で、それこそ地球人類の切り札となり得るほどに強力なカードと断言できる。


 だが、それ以上に。

 もっと恐ろしい価値に、美影は遅れて気付いた。


 目の前で《天照》を放つ俊哉の姿を見る。

 自身の限界を超える炎熱により、全身に火傷を負っていく彼から、何故か一部の皮膚が裂けて血液が噴き出していた。


(……魔力の、過剰供給?)


 それは、魔力が過剰供給状態に入り、それに耐えきれなかった魔術師の症状に似ていた。


 確かに、莫大と言える魔力を受け取った。

 自分でさえ受け切れないのだ。

 自分よりも遥かに許容量の少ない俊哉であれば、一時的に魔力が器から溢れ出してしまうのも仕方ないだろう。


 だが、十分に魔力制御能力のある術者ならば、短期間であれば過剰供給状態であろうと問題なく活動できる筈である。


 俊哉に突出した才覚はない。

 凡夫の域を出ない人間だ。

 そして、それを自覚している。

 だからこそ、鍛えれば何とかなる部分を徹底的に鍛えている。


 彼の魔力制御能力は、その血の滲む研鑽の末に、その若さにして老練の一流魔術師と遜色のないレベルにまで達している。

《天照》の維持に意識を割いていたとしても、無意識下で完璧に制御しきれるだろう。


 美影はその程度には俊哉の能力を評価していた。


 だが、目の前では、制御に失敗して肉体の崩壊が起きている。


 何故か、と考えて、すぐに答えが見つかる。


 今まさに、自分が経験している事。

 魔王の魔力を受け取ったからだ、と。


 一般魔術師の魔力と魔王の魔力では、その質が大きく異なる。

 ニトログリセリンの様な物だ。

 効果こそ高いものの、少しの刺激で爆発してしまう様な、そんな使い辛さがあるのだ。


 美影たち、先天的な魔王たちは、幼い頃からの訓練と慣れによって、その使い辛さを克服し、手足の様な繊細さで扱う術を身に着けている。


 俊哉の魔力制御能力は高いが、それは才能によるものではなく、地道な訓練と経験によって培ったものだ。

 全く経験のない、未知に対しての対応力はそこまで高くはない。


「ぐっ……!?」


 それでもなんとか制御しようと試みているのだろう。

 苦悶の呻きを漏らしながらも、肉体の崩壊は格段に小さくなる。


 だが、その代償として、《天照》への意識が薄くなる。

 ただでさえ勢いを衰えさせていた《天照》は、それにより力を失い、魔竜の咆哮を押し留める力を失う。


 大きく押し返され、咆哮が地上へと迫ってくる。


 死の気配。


 それを如実に感じ取った俊哉。


 その背に、美影は叫ぶ。


「何も考えずにぶっ放せ! 後の事は面倒を見る!」


 極限状態故に、言葉の内容を理解した訳ではなかった。


 だが、染みついた師弟関係の様な物が、反射的に彼の身体を動かした。


 再度構え直す。


 そして、言葉の通りに。


 何も考えず、全身に漲る魔王の力を撃ち放った。


《天照・魔天式》。


 魔王の力を宿した閃熱が、あれほど苦労した魔竜の咆哮を、絶対的な死の予感を齎していた魔竜の咆哮を、一瞬の拮抗すらなく打ち砕いた。


~~~~~~~~~~


(……極東には面白い物が多いな)


 自身の攻撃を粉砕し、迫る閃熱の一撃。

 それを見ながら、ヴラドレンは内心で笑った。


 取るに足りない羽虫の筈だった。

 自分たち魔王の領域にまるで届かない、路傍の石程度の雑魚。

 それが、ヴラドレンから見た俊哉の評価だった。


 だが、何故か。

 自分を認めさせた美影が窮地の中で絡んでいる。


 頼りにするほどの強者には見えないというのに。


 何か隠しているのでは、と思考した。

 己とこれ程に渡り合った美影が、この状況下で絡んでいるのだ。

 ただの羽虫と断じるのは早計だと、そう判断した。


 だから、試してみる事にした。


 一般魔術師にはとても対抗できない。

 しかし、魔王の領域に手をかけた者ならば、対処できなくもない。

 そんな絶妙な力加減での攻撃を、試金石として放ってみる事にした。


 それによって見えたのは、予想以上に面白い物。


 咆哮を放つ直前、対抗するように左腕を構えた俊哉から感じられた魔力は、Aランク上位者程度の物。

 とてもではないが、己が放とうとしている咆哮には及ばない、まさに羽虫の抵抗だった。


 だが、長きに渡るヴラドレンの戦闘勘が、ただの攻撃ではないと、そう告げていた。


 直感は、信じる事にしている。


 だから、寸前で試金石程度の攻撃を、魔王を相手にするレベルにまで引き上げた。


 その判断は正しかった。


 結果は、まさかの拮抗。


 本番用の威力相手に、俊哉は対抗してみせたのだ。


 その時点で、ヴラドレンは彼を侮る事を止めた。

 自分たちの場所、魔王の領域に手を届かせる者として認め、押し潰してやろうと考えた。

 これで死んでしまうようならその程度だったのだ、と思いながら。


 訪れた結末は、予定調和そのもの。

 魔力の絶対量が明暗を分け、己の咆哮が俊哉の閃熱を蹴散らし、地上を蹂躙せんとした。


 瞬間。


 何処から飛来した莫大魔力が地上へと降り注いだ。

 己の全魔力をも超えるであろう、巨大な魔力にヴラドレンの警戒心は一気に最大値まで引き上げられる。


 そして、次の瞬間。


 今にも地上を焼き尽くしたであろう自身の咆哮は、復活した閃熱の一撃に薙ぎ払われた。


 魔王の領域に届き得る、どころではない。

 明らかに、自分たち魔王の一撃に匹敵する物だった。


「クッ、ククッ、クハハハハハハッ!!

 そうか! 先の魔力は、そういうものか!」


 理解し、哄笑する。


 魔王の魔力を受け渡す事による、一般魔術師の疑似魔王化。


 降り注いだ巨大な魔力は、それを可能とする物だったのだ。

 先の時点で、対抗してみせた閃熱。

 それが魔王の魔力で運用されたのならば、本気からは程遠い自身の咆哮ではとても相手にはならない。

 軽く打ち払われたそれを見ながら、当然の結果だと断じる。


「良かろう。これは貴様を舐めた詫びだ」


 今ならば、まだ猶予はある。

 再度の魔術を放って相殺か、あるいは軌道を逸らさせる事は可能だ。

 少し気合を入れれば、足の遅い自分でも躱す事も出来るだろう。


 だが、ヴラドレンはそれを選択しなかった。

 真正面から受ける。

 それを以て、侮って掛かった事への詫びとした。


(……死なぬであろうし、な)


 そうして、超硬の魔竜は閃熱の中に飲まれた。


~~~~~~~~~~


《天照》が消え、《クサナギ》が腕の形へと自動変形する。

 周辺はあまりの熱量に陽炎が揺らめき、絶え間なく排熱の煙を吹き出している。


 頑丈に造ってあるとはいえ、あくまでも俊哉用に開発された《クサナギ》。

 魔王の一撃用には設計されておらず、ステラタイトで構成された部分はともかく、他の素材で構成されたパーツは溶解、あるいは蒸発している物が多くあり、一度、完全に分解して整備し直さねばならないだろう。


 限界を迎えたのは、俊哉自身も同じだ。


 ただでさえ、蓄積魔力を全使用した《天照》は彼の耐久力を超えていた。

 だというのに、そこに魔王の魔力を過剰摂取した事による自己崩壊。

 更に、極式を超えた《天照》を放った為に、全身が重度の火傷を負っている。

 明らかに致命傷だ。

 放っておけば死ぬだろうが、近くに美影がいる以上、そう簡単に死なせてはくれないだろう。


(……この間、退院したばっかなんだけどなぁ)


 また病院送りなのか、と呑気に思考する。


 仰向けに倒れた彼は、空を見上げる。


《天照》によって雷雲は払われ、青空が見える。

 清々しささえ感じられる空だが、しかしそこには変わらず滞空する魔竜の姿があった。


「ちくしょうめ。まだ届かねぇか」


 予想通りとはいえ、少し悔しい。


 だが、ヴラドレンも決して無傷ではない。

 全身の鱗には焼けた痕があり、一部では溶け落ちたらしき箇所も見受けられる。


 倒せなかったとはいえ、手を届かせたのだ。

 あの最強の魔王に。


 これは大躍進である。

 今まででは絶対に考えられない戦果だ。


(……まっ、色んな助けがあっての事、ってのがちと情けないけどな)


 とはいえ、人脈や人望も力の内だ。

 手助けをして貰えるだけの価値が自分にはあったのだと誇っておこう。


 それに、ここからは自分の出る幕ではない。


 バチリ、と何かが弾ける様な音が聞こえた。

 寒気さえ感じられる慣れ親しんだ気配。


 億劫そうに視線を動かせば、黒雷を盛んに迸らせる美影の姿が傍らにあった。


「アンタが持ってきた厄介の種なんすから。

 ちゃんと始末、付けて下さいよって」

「ふふっ、りょーかい。

 頑張ったトッシー君は安心して休むと良いよ。

 次に起きた時は、病院のベッドの上だ」

「そう願ってるっすよ」


 言って、俊哉は意識を手放した。


~~~~~~~~~~


(……本当に、よく頑張ったねぇ)


 気絶した俊哉を見ながら、そう思う。

 実際、美影は精々でヴラドレンの初撃を黙らせる事が精一杯の成果だと思っていた。


 だが、俊哉はそれだけでなく、瞬間的にとはいえ、魔王の力を制御して、ヴラドレンへとダメージを与えるほどの威力を叩き出した。


 魂を消費しようとした時は張り倒してやろうと思った物だが、結果良ければ全て良し。

 見事、と、惜しみなき称賛を彼に贈る。


 後は自分の仕事だ。

 俊哉の言う通り、己が蒔いた種なのだから、己の力で狩り取らねばならない。


 文字通り溢れるほどの魔力を浴びて高揚している意識の赴くままに、地に、空に、世界に、自らの力を行き渡らせる。

 世界の全てが帯電し、己が巨人にでもなったかのような錯覚を覚える。


「一切の無駄なく、自分の魔力の全てを注ぎ込む一撃は、はてさて、どうなるかな?」


 楽しい。実に楽しい。

 渾身の力を振るうというのは、とても楽しくある。


 全魔力を絞り出し、超能力の雷と融合した黒雷が、地を満たす。

 まるでそれは奈落の大穴。

 何処までも底の見えない、不吉と厄災を詰め込んだかの様な有様。


「さぁ、受け取れクソトカゲッ……!!」


《天魔槌》。


 天地を繋ぐ、漆黒の雷柱が顕現した。


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