天才の上陸
ほぼ説明回
極東の島国、日本帝国が保有する巨大人工島《高天原》に、高天原神霊魔導学園は存在する。
人工島《高天原》、直径約13㎞の多角形型の巨大フロートだ。
地上部分は一部を除いて一般にも公開されているが、本体とも言うべき部分は水面下に存在する。
十層にも及ぶ地下施設が存在しており、重要度の高い研究などは、全てそちらで行われている。
かなり滅茶苦茶な改造が施されており、一種の世界が構築されているような状態となっており、慣れないと本気で遭難してしまう。
実際に、毎年迷子になって救難信号を発する者が数人はいる。
今の時期は、一月末。
海風の厳しい季節であるが、最も部外者の入島の多い時期でもある。
その理由は、ごく単純。
高天原神霊魔導学園への入学試験に、全国から数多の学生が集結しているのだ。
付き添いとしてやってくる家族の姿も含めれば、その数は更に膨れ上がる。
今日もまた、夜明け前の暗い時間帯から臨時便の大型客船が《高天原》に到着する。
ぞろぞろと降りてくる若者たちとその保護者たち。
ほぼ満員に乗せてきただけあり、その行列はかなりの窮屈さを感じさせるものだ。
それを横目に、特別に設置されたルートで悠々と下船してくる一行がある。
一人の青年と、二人の女性で構成された三人組。
雷裂の兄妹である。
一等船室を超える、特別船室を利用していたのだから、特別ルートを使えるのは当然だ。
本来であれば、それこそ国賓級の相手でもなければ使われない船室であるが、彼女らは別に良いのだ。
なにせ、この巨大な豪華客船の所有者名義は、雷裂 美雲なのだから。
ちなみに、設計・製造を行ったのは刹那でもある。
美影は関わっていない。
念力式簡易バリアを常に張り巡らせ、対艦ミサイルレベルならば十本くらいまで直撃に耐えきれる耐久力を実現。
念力式推進システムを組み込んでおり、同規模の船よりも機動性や最高速度は上にも関わらず、エネルギー効率は倍以上。
操作性にも優れており、本格的に訓練を積めば、最悪、一人ですら航行するだけならば可能という無駄性能。
盗難対策に超能力式認証システムを採用しており、超能力の存在を認識していない現代においては謎の技術によって守られている。
それが、この豪華客船である。
いっそ改修して軍艦にでもしろ、と言いたくなるオーバースペックと言える。
それ故に、近年の要人の移動の足として重用されており、その製造者と所有者には帝国から感謝されているくらいである。
なので、特別船室をちょっと利用するくらい、他の利用予定がなければあっさりと許されるのだ。
「ふっ、到着だ!
やはり公共の足というのは鈍足でいかんな!」
「ほんとほんと。
走った方が速くて疲れないって、ダメダメだよね」
「それ、二人だけだからね?」
念力式飛行術やテレポーテーション、もっと単純に超能力式身体強化術によって疾走など、高速移動術を持つ刹那と、進化し過ぎた能力の所為でナチュラルに身体性能が超人化している美影の場合、自前の足で移動した方がよほど速いし効率も良い。
とはいえ、普通の人類がそんな事を出来る筈もなく、一応は国家の切り札として二人の情報はそれなりに機密とされている為、不自然な行為はなるべく慎むべきなのだ。
入出管理ゲートを潜り、姉妹はある意味――人生の大半を過ごしている為もはや故郷同然である——帰郷を果たし、刹那は初めての上陸を果たす。
念力式千里眼では幾度となく訪れているから、あまり新鮮味はないが。
「で、俺は把握していないのだが、これからの予定は?」
「……弟君。
いや、もはや何も言わないけどね。
入試は今日の午前九時から、筆記テスト。明日いっぱいまでずっと筆記よ。
その後は実技なんだけど、試験官足りてないから、スケジュールは一週間くらいあるわ。
幸いというべきか、弟君は初日で待たなくて良いけどね」
「それは良い。
時間を無駄にしなくて済むというのは大変に素晴らしい事だ」
なんだかんだで、刹那は結構忙しいのだ。
専門分野という物を持たず、あちらこちらに手を出している自業自得でしかないが、ちゃんと一定の成果は出しているから、もっと働けと各界からせっつかれたりしている。
これがブラック。
それを知っている美影は、何気ない調子で訊いてみる。
「ところでさ、お兄って受験勉強とかしたの?
ここ、日本最難関って話だよ? 筆記」
初等部から所属している美影には実感はないが、それは真実の話である。
通常科目だけでも、日本帝国最高クラスの難易度を誇っているというのに、それに加え魔術理論や魔動工学など、専門科目もあり、その難易度はやはり高校レベルではない。
「愚妹よ。
俺にそんな暇があると思うか?」
「なさそうだから訊いてみたんだけどね。
やっぱりしてなかったか~」
ウケる、と笑う美影と、頭が痛いとばかりに眉間を指先で押さえる美雲。
「なぁに、なんとかなる。
最悪、念力飛ばして答えを調べれば良いのだ。何も問題はない」
「……人はそれをカンニングと言うのよ、弟君」
「バレなければ良いのだ、賢姉様」
「弟君……」
どうしたものか、と頭を抱える。
バレずにそれをするだけの能力がある事を、美雲は知っている。
同時に、おそらくそれをする必要もない事も、知っている。
刹那は、分かり易く〝天才〟なのだ。
たかが学力試験程度に躓く様な、そんな凡庸な才覚をしていない。
(……炎城も愚かな選択を)
刹那を手放さなければ、きっと未来の栄光を約束されていた。
彼は情に厚い性格だ。
家族の為ならば、労力を惜しまない。
『サンダーフェロウ』が良い例だ。
元より巨大企業であったが、それだけの物だった。
決して国家防衛の一翼を担うほどの影響力を持つ物ではなかった。
それがどうだ。
今では、国家戦略の重要な位置を担い、それこそ世界の命運すら左右できる立ち位置にいる。
無論、それによるリスクもある。
他者の嫉妬や悪意を多く受ける。
だが、その全てを叩き潰すだけの力も、同時に与えてくれた。
守る、とそう言ったのだ。
それを証明するだけの成果も見せてきた。
全て、彼の昔の家族、炎城が手にする筈だったものだ。
それを投げ捨てた。
魔術が使えないという、ただそれだけ。
たった一つの欠点を理由に。
五歳児の才覚を見抜け、というのも無理な話だが、それを言えば、その時点の才能だけで捨てるのもおかしな話だろう。
美雲は溜息を吐く。
考えても仕方のない事だ。
刹那は既に見切りを付け、選択をして、行動も終えている。
あとは、時代が考える事だ。
もはや、彼がどうしようと止まらない。
星を壊す気で動かない限り。
それすらも出来る、という事に、再度の深い溜息を吐く美雲だった。