魔竜の咆哮、太陽の神剣
遅れました!
すみません!
閃光が奔る。扇の様にも見える残光を引き、周囲を陽炎で揺らめかせる。
ごく短い棒の様なそれは、極炎を押し固めて作られた物。
鋼の義手に握られたそれを振るうは、緑の髪の少年。
風雲 俊哉である。
「はっ! 思いついた。
これは魔刀 《ムラクモ》と名付けよう」
《ムラクモ》の正体、それは《天照》を棒の形に成形し、留める事で武器として振るう物である。
構想はしていたが、実現させる事の出来ていなかった技の一つだ。
いや、それをする事は出来る。
《嘆きの道化師》のうち、《虚栄》と《憤怒》を滅ぼした物こそが、《ムラクモ》の原型である。
だが、その結果を見れば、それがどれ程に未完成であったかなど、語るまでもない。
なにせ、《虚栄》を討った際には左腕を犠牲にし、《憤怒》を滅した際には形見の宝剣を失った。
それが、今、実現している。
別に、俊哉の技術が劇的に向上した訳ではない。
ただ単純に、義手の性能によるものだ。
刹那は言った。ステラタイトは超常の力を百%遮断する、と。
そして、この義手、《クサナギ》の表面装甲は、全てステラタイトで出来ている、らしい。
ならば、超常の力である《天照》を掴む事が出来るのではないか、と考えたのだ。
思いついたのでやってみた。そうしたら、出来た。
これが現状である。
少なくとも、戦場の真ん中でやるような事ではない。
予想が外れて《クサナギ》が溶け落ちるような事になれば、俊哉の戦力はガタ落ちなどというレベルではない。
出来るという確信があった訳ではない。
ただ、役立たずになるだけで生き残る事には問題はない、と判断しただけの事だ。
美影から叩き込まれた事だ。
要は生きていさえすれば良いのだ、と。
生きていさえすればチャンスは幾らでもある。
しかし、死ねばどうにもならない。
だから、意地でも生き残れ。
這い蹲って無様でも何でも良いから生き残るべし、と、必殺の拳と一緒に叩き込まれた。
まさにその通りだと思っている。
己は生き残っているからこそ、復讐のチャンスを得た。
仇敵に届かせる牙を得る事が出来た。
死んでいては為し得なかった事だ。
だから、平気で実験的行動を行った。
どうせ、もうすぐこの戦場は滅茶苦茶になるのだし、と楽観しながら。
右手に握った鋼の刃と、左手に握った炎の刃を以て、戦場を駆け抜ける。
敵に囲まれれば、《ムラクモ》を解放して《天照》として放つ。
そうすれば、脱出口は容易に作れる。
それの繰り返し。
実に単純で、実につまらない〝作業〟である。
(……早く、早く来い)
そうすれば、終わる。
作業から解放され、難題を乗り越える仕事となる。
…………。
やがて、その時が来た。
天が崩れ落ち、地が舞い上がる様な、そんな有り得ない重圧が戦場を押し潰す。
誰もかれもが戦いの手を止め、空を見上げる。
いつの間にか、空には雷雲が立ち込めていた。
その予兆すら、ほとんどの者には感じられなかっただろう。
途中まではゆっくりとした速度だったというのに、最後の一瞬だけは猛烈な速度でやってきたのだから。
何故なのか。
その原因は、俊哉には分かる。
目の前に落ちてきたから。
大破砕。
衝撃と大地の破片を撒き散らしながら、超速度で何かが大地へと激突した。
一流の戦士でもある俊哉の目をして、まるで見えない速度で叩き付けられたそれは、まさしく隕石の如く。
もしもこれで猶動く者があれば、それはもはや生物ではない。
「いっっっっっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい……!!」
つまり、舞い上がる粉塵の中から出てきたそれは、生物ではない。
人の形をしているだけの厄災そのものである。
(……逃げ損ねた!)
俊哉の理性と本能が、揃って最大限の警報を鳴らす。
本当であれば、遭うつもりなんて無かった。
危険域のぎりぎりを見極めて、とっとと遁走しようと思っていた。
だが、最後の一瞬を見誤った。
まさか敵の攻撃を避け損なった彼女が、勢いよく吹き飛ばされてくるなど、考えてもいなかったのだ。
俊哉にとって、彼女は絶対的な脅威である。
だから、まさか彼女がやられてしまうなどという思考は、無意識的に排除していたのだ。
「あっ、トッシー君。良い所にいるね」
「人違いっす」
粉塵を掻き分けて出てきた人ならざる彼女――雷裂 美影は、満身創痍だった。
全身は血みどろ。
それが返り血ではなく、自身が流した血液である事は、今もなお吹き出し続けている派手な流血が示している。
両腕は醜く折れ曲がっており、一部の骨は皮膚を突き破って外気に晒されている。
片足は炭化しており、今にも崩れてしまいそうだ。
脇腹は大きく抉れており、それを、おそらくは内臓が零れてしまわないようにだろう、焼いて強引に塞いである。
(……流石は、〝最強魔王〟って事かよ)
自分には抗いようもない、どうしようもない絶対強者であった美影をして、これである。
魔術黎明期に発生し、それ以降、最強の座に君臨し続けている魔王は、伊達ではないという事らしい。
益々以て、そんな人外頂上決戦に巻き込まれてしまう訳にはいかない。
命が幾つあっても足りない。
さっさと退散しようと即座に踵を返す俊哉。
だが、その行動は瞬時に阻まれてしまう。
派手に折れ曲がった血塗れの腕が彼の首に回される。
「ねぇ。ちょっと困っている感じな幼気な僕を放って、何処に行こうって言うの?」
「いや、ちょっと急な差し込みが入りまして。
いやいや、決して逃げようって訳じゃ……。
あの、いた。痛いっす。
骨が、骨が刺さって……!」
飛び出した骨がちくちくと首筋を刺している。
単純に痛覚的に嫌だし、スプラッタやグロ的な意味合いでも嫌な行為である。
「そうだよねー?
色々と骨を折って、時間をかけて鍛えまくってあげた大恩あるお師匠様を放って逃げるなんて、そんな薄情な事はトッシー君はしないもんねー?」
ぺちぺち、と顔を蒼褪めさせている俊哉の頬を、美影が笑顔で叩く。
血がべったりと付着して大変に気持ち悪い。
蒼褪めている理由はそれではないが。
「ええ、はい。はははっ、そうっす。
だから、逃げる訳じゃなくて、ほら、戦場っすからね?
護国の兵として敵を倒さにゃならん訳でして……。
だから、その手を、その手を離せ……!」
首に巻かれた腕を外そうと全力で力を入れるが、びくともしない。
魔力的にも超能力的にも足元にも及ばない俊哉では、満身創痍になってさえ、美影には敵わないのだ。
「いやいや、その必要はないって。そこらの羽虫はすぐに散るから。
代わりに、ほら、見てみなよ。
食べ応えのある奴が見えるでしょ?」
俊哉の顔を掴んで、強引に空を見上げさせる。
現実逃避の為に見ないようにしていた現実が、そこにはいた。
美影を追ってきた化け物が、雷雲を割り開いて顔を覗かせているのだ。
蛇に睨まれた蛙。
まさに、その言葉が相応しく、戦場では誰もかれもが動きを止めている。
逃げる意思も、抗う意思も、そこには存在しない。
一秒でも早く過ぎ去ってくれと、ただただ一心に誰もが願っている。
狙いは美影だ。
周辺にいる有象無象ではない。
故に、それは自然に纏っている絶対者の威圧に呑まれた結果である。
だが、俊哉は違う。
目標である美影に絡まれているが故に、否応もなく巨竜の視界に入ってしまっている。
その様子から、他とは違い、興味すら持たれている。
「……うっわ、目が合っちゃった」
絶望的な気分である。
美影という魔王に慣れていなければ、彼も周囲の者たち同様、動けなくっていたであろう重圧がのしかかる。
「ね? 歯応え、ありそうじゃない?」
「あり過ぎっす。俺っちじゃ噛み切れませんよ、あんなん」
だから、巻き込むなと言外に言うが、美影は涼しい顔で聞き流している。
そうしている内に、巨竜の咢が開かれる。
喉奥には魔力の光が滾っている。
竜に相応しく、ブレスでも吐こうというのだろう。
ひたすら素早い美影を捉えるには、兎に角広域を万遍なく薙ぎ払うのが最も手っ取り早いのだから、実に合理的な選択である。
つまり、逃げ場はない。
雷の如き美影を捉える為の攻撃なのだ。
その効果範囲は絶大であろう事は想像に難くなく、またそれは魔王の一撃である。
たとえ、彼女の足を止める為の牽制的な物であろうと、一般人である俊哉には致命にしかならない。
「さぁ、頑張れ、弟子一号! 君なら出来る!」
「無茶ぬかさんで欲しいっす!
美影さんが何とかしてくださいよ!?」
「やだ。僕、ちょっと疲れちゃったの。
きゅーけー」
俊哉の首から腕を外し、その場でごろりと寝転がる美影。
その様子からは、微塵もやる気が感じられない。
心なしか、纏っている黒雷も勢いが落ちており、本当に何もしないつもりなのだと見て取る。
「く、くそ……!
なんっつー不良師匠だ! 絶対に訴えてやるっす!」
「おー。受けて立ってやるから頑張って生き残んなよ」
俊哉は覚悟を決める。
もはや自分がどうにかするしかないのだと。
「あーもう! 骨くらいは拾えよ、不良師匠ッ!」
「ちゃんと残ってたらねー」
冗談と言い切れない、不吉な発言を無視して、俊哉は左腕を掲げる。
彼の意思を反映して、内部機構が稼働する。
展開。
花開くように部品が組み変わり、腕の形から砲塔へとその姿を変える。
相手は最強の魔王。
出し惜しみをして打ち勝てる相手では、決してない。
故に、全力を注ぎ込む。
僅かに回復していた魔力だけではない。
義手の中に蓄積されていた魔力も使い切る。
この一撃に、今の自分の全てを捧げる。
大気が渦を巻いて義腕に吸い込まれ、熱が溢れ出す。
ステラタイト装甲の僅かな隙間から、閉じ込めきれない熱量が漏れているのだ。
「ぐっ……!」
自分の耐熱能力を遥かに超えた火焔。
その余波で、周囲は灼熱の地獄となり、俊哉の皮膚が焼け爛れる。
「おー、凄い凄い。意外と良い線行けるんじゃない?」
「余裕ぶっこいてないで手伝ってくれませんかねぇ!?」
「やーだよ」
期待していなかったので、それ以上の問答はしない。
暴れ狂う暴威を意地と気合で制御し、空の竜を見据える。
大きく開かれた咢の奥、そこに灯った魔力の光が一際強くなる。
今、決死の一撃が放たれた。
「ぶち抜け……!」
そして、俊哉もまた臨界へと達した閃熱を解き放つ。
《天照・極式》。
地を穿つ魔竜の咆哮と、天を貫く太陽の神剣が、激突した。
ちょっと佐世保でサバトに参加してたんや!
その所為で書く暇もなければ、そもそも書く環境すらなかったんや!
はい、言い訳です。
後悔はしていませんが、反省はしております。
ごめんなさい。




