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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
二章:最後の魔王編
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誰何の問い

 火属性魔術《紅蓮散華・集》。


 先手を取ったのは久遠だった。


 広域に拡散する《紅蓮散華》。

 それを狭い範囲に留め、徹底的に焼き尽くす殺意の高い術式である。


 狭めたとはいえ、元は超広域魔術である。

 彼我の距離では、術者である彼女も巻き込まれてしまう。


 しかし、久遠は放った張本人である。

 落ちてくる矢の場所、順番、爆裂の効果範囲までも正確に把握している。最小限の動きを以て回避とする。


「くっ……!」


 対する、永久。


 彼女は姉ほどに割り切れていない。

 いまだ動揺の中にある。

 正しい事をしているのに、何故、姉はこれほどに嚇怒しているのか、まるで理解できない。


 故に、彼女の選択は必然、消極的な物となる。


 傘のように、岩と水の壁を造り上げる永久。


 爆撃という攻撃に対して有効な対処法は、地下に逃げ込む事である。

 そうと知る彼女は、疑似的な地面を精製した。


「下らない……」


 それを見て、久遠は吐き捨てる。

 その程度しか出来ないのか、と。


 爆撃に対する有効手段は、当然、久遠だって知っている。

 ならば、それへの対策を考えていないと、何故思わないのか。


 あるいは、これが単なる《紅蓮散華》であれば十分な対処法だったろう。

 きっと同じような手段で開戦時のそれを生き残った者達もいるだろう。


 だが、今回は違う。殺意の度合いが違う。


 水と岩の壁を、炎矢が貫通する。


「なぁっ!?」


 驚く間にも炎矢はその威力を解放する。

 灼熱と衝撃の地獄が出現する。


 一手遅れている永久には、もはや手立てはないだろう。


 自らが生み出した炎熱で妹が焼ける。

 その事に、胸の奥が軋みを上げる。

 だが、これは必要な事だと、お互いが選択した事の結果なのだと、自らに言い聞かせて黙らせる。


 そして、弓を引き絞る。


 追撃の構えだ。


 これまでの永久であれば、これで終わりだ。

 しかし、今の彼女は分からない。

 魔力属性が増えていたように、何かの結果、生き残っているかもしれない。


 だから、油断をしない。


 力を込めて弓を引き、その時を待つ。

 やがて渦を巻いていた炎が静かに収まる。


「てけり・り」


 何かの影が見えた。

 その瞬間、久遠は確認すらせず、躊躇なく撃ち放った。


 影が蠢く。


 不定形なそれは、肉も骨もないとは思えない速度で瞬発する。


 炎矢とそれがぶつかる。

 力を込められた炎矢は、大爆発を以てそれを焼く。


 しかし、焼き尽くせない。

 焼けていく端から再生し、致命傷には至らない。


「ちっ」


 何かは分からない。

 もしかしたら、あれこそが永久なのかもしれない。


 だが、何にせよ、外敵だ。


 久遠はそう判断し、次なる一手を打つ。


「熱が駄目なら、粉々にしてみるか」


 蠢くそれに炎矢を連続で撃ち込む。

 最後の一矢が炸裂し、連鎖してそれまでの全てが破裂する。


 熱ではなく、衝撃に重きを置いた攻撃だ。


 それが破裂する。


 千々に引き裂ける。

 しかし、それだけだった。


 無数に飛び散ったそれは、しかしその状態で動き始める。


「参ったな。不死身か、これは?」


 飛び散ったそれらは、周囲にある物を片っ端から喰っている。

 地面を、草木を、そして死体を。


 そして、そうするごとに体積が増している。


 それの食欲は久遠にも牙を剥く。


 粘体生物とは思えない速度で触腕を延ばしてくる。

 炎矢を槍として片手に、弓の両端にも火を灯して双刃刀として使う。


 四方八方から襲い来るそれを迎撃していると、僅かに違和を覚えた。


「? 減っている、のか?」


 気持ち、体積が減っているように感じた。

 何故、と思い、すぐに答えに辿り着く。


 己の炎が焼いているのだ、と。


「成程。火力が足りなかったのか」


 弱点は突いていたのだ。知らない内に。

 しかし、威力が足りていなかった。

 それだけの事。


 そして、それが最大の問題だ。


 自分にあれ以上の火力が出せるだろうか、と自問する。

 答えは別の所からもたらされた。


「お姉さまに、ショゴスを倒す事は無理です」


 横目で見れば、先の爆心地から永久が起き上がってくるところだった。


 見た所、彼女に大した傷はない。

 おそらくだが、この粘体生物……ショゴスとやらが守ったのだろう。


 余計な事を、と思いつつ、現実に目を向ける。


 彼女に指摘された通り、あれ以上の火力を出すのは己では難しい。


 無論、完全に後先考えずに全魔力を投入するなら別だが、本命はあくまで永久の方であって、このショゴスではない。

 その為の魔力を残しながら、となると、不可能であるという結論になる。


(……さて、どうしたものか)


 今はまだ、永久が割り切れていない。

 姉の事を排除すべき敵として見れていない。


 しかし、それも時間の問題だ。

 いつかは気持ちを切り替えて、攻勢に出るだろう。


 ショゴスの動きは、素早く鋭いものがあるが、直線的で単純だ。

 だからこそ、対処できているが、そこに永久が加われば話は変わる。


 おそらく、捌き切れなくなる。


 打開策が見つからない内に、永久が剣を構える。


「……お姉さま、今、理解してくれとは、もう言いません」


 覚悟が決まったらしい。

 まだ完全とは言い難いが、先よりは戦意が宿っている。


「……少しは見られる顔になったな」


 こんな状況ではあるが、覚悟を決めた表情となった妹に、頼もしさを覚える。

 出来れば味方で、己の隣に並んでいて欲しかったが。


「お覚悟を、お姉さま!」

「来い、永久」


 姉妹が交叉する。


 瞬間。


 大火が場を薙ぎ払った。


~~~~~~~~~~


「覚悟を決めし、二人の戦士。互いを思いやりながらも、因縁を断ち切るべく、刃を掲げし悲劇の舞台」


 空から、声が降ってくる。


「そんな場ではあるが、思いっきり水を差させて貰おうか」


 先に復帰したのは、ショゴスという守護者に守られていた永久だった。

 ショゴスが盾になった事で本人へのダメージが少なく済んだ彼女は、大火の元凶と思われる、空から降ってくる声へと顔を向ける。

 ゆっくりと下降してくるそれを視界に納めた瞬間、彼女の顔は憤怒に染まった。


 遅れて、久遠も炎の中から飛び出してくる。

 偶然か、飛び出した彼女が着地したのは、丁度、声の主が降り立とうとしていた場所の隣だった。


「何で、お前がここにいる……!?」


 怒りに染まった永久が感情のままに問いを放つが、それは気にも留めない。

 完全なる無視をして、眼下で呆然とした様子で自らを見上げる久遠へと視線を向けている。


「ふむ。どうしたのかね、炎城 久遠。

 とても微妙な面構えをしているぞ。

 そう、たとえて言うなら、この世の摩訶不思議の全てを煮詰めて不可解を埋め込んだ物を見たような、そんな表情だ」

「……あー、何を言っているのか理解できないが、その、一つ、訊いて良いか?」

「戦場の最中、質疑応答か。君も中々余裕だね? 良かろう。問いかけを許す」


 声の主は、上から目線で言う。位置関係的にも見下している。


「雷裂 刹那、お前、何故、下半身がないのだ?」


 声の主――下半身のない刹那は、質問に答えず、一本指を立てて先に訂正を入れる。


「問いに答える前に、一つ、訂正しておこう。

 俺は雷裂 刹那という超絶有能なスーパーイケメンではない。

 俺の名は、Mr.テケテケ。

 なにせ、足がないものでね。

 そう見知っておいてもらおう」

「…………」


 久遠は全てを投げ出して帰って寝たくなった。


「そして、問いかけにも答えよう。

 いや実は、宇宙人を探して銀河を渡り歩いていたのだがね。

 少々前方不注意でブラックホールとかち合ってしまったのだ。

 いやはや、不幸な事故だったよ。

 おかげで、足が呑まれてしまった。

 まぁ、気にするな。大した事ではない。

 前時代の何処かの偉人も言っていた。

 そう、足など飾りだと」

「…………」


 何処まで本気なのか、悩ましい所である。

 久遠がどっと疲れを感じていると、刃の閃きを視界の端で捉えた。


 永久である。


 問答している内に魔力を練り上げた彼女は、一足飛びに刹那――もとい、Mr.テケテケへと襲い掛かったのだ。


 大上段から振り下ろされる凶刃。


「危ないっ……!?」


 遅れて気付いた久遠が阻止に動こうとするが、間に合わない。


「ふっ」


 テケテケは余裕綽々の笑みを浮かべると、ふわりと横滑りして躱した。


「おいおい、いきなり斬りかかってくるとは、不躾な娘だね。

 そんなに水を差された事が気に食わないのか。

 まぁ、お互いに無事なのだから良いではないか。

 そんなに怒るものではないぞ」

「うるさいうるさいッ! お前がッ! 全部、お前の所為でッ!!」


 既に永久の中から久遠の事など消えている。


 全ての元凶たる男が目の前に現れたのだ。

 全霊を賭して撃ち滅ぼす以外に、彼女の選択肢は消えていた。


 火が、水が、石が、風が、雷が、幻が、テケテケを殺してやると空間さえも飛び越えて舞い踊る。


 その全てを、ふわりふわりと軽い動きで躱していくテケテケ。


「おい、炎城 久遠。

 何なんだ、あの娘は?

 俺に対して殺意剥き出しだぞ。

 俺、なんかしたっけ?」


 普通であれば、危険な状況である。

 自分といえど、無傷で切り抜けられるとは絶対に言えない弾幕の中、それをそよ風のように受け流す彼に呆然としていた久遠は、問われて我に返る。


「い、いや、逆恨みの類なのだが……」

「ああ、成程。逆恨み。まぁ、よくある事だ」


 軽く納得したテケテケは、振るわれた剣を指二本で挟み止める。

 たったそれだけで、万力に挟まれたかのようにピクリとも動かなくなる。


「あー、何処の誰だか知りませんが、お嬢さんや。

 俺の目的は君ではない。

 用事があるなら後で相手をしてあげるから、取り敢えず静かにしていたまえ」


 掌底。


 特に速くも無ければ、力を入れているようにも見えない、そんな一撃。


 しかし、それで剣は真っ二つにへし折れ、永久はくの字に折れ曲がって吹き飛んでいった。


 地面に激突する永久。


 舞い上がる土埃の中、しかしそれでも起き上がろうとしている永久。

 ダメージが大きく、立ち上がる事も出来ないようだが、折れた剣を握りしめ、必至という形相でテケテケを睨みつけている。


「……良い根性だと褒めておくべきかな? 少し興味が湧いたな」


 言って、テケテケは久遠へと訊ねる。


「おい、炎城 久遠」

「な、何だ?」

「あの娘は一体どこの誰だね?

 逆恨みの類だという話だが、俺とどんな関係があるのかね?

 軽く謳ってみてくれないかな」


 まさか、とは思っていた。

 どうにも話が噛み合っていない様な、そんな違和感があった。


 その違和感の正体は、この瞬間、判明した。


「まさか、覚えていないのか?」

「何を?」


 本気で首を傾げるテケテケ。


 それに更なる怒りが燃え上がる永久。

 彼女は血反吐を吐きながら、吠える。


「お前ッ! 私の顔を、忘れたって言うのッ!!??」

「さっぱり分からん。誰お前」


 Mr.テケテケ――刹那は、血の繋がった妹の顔を覚えていなかった。


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