終末の兆し
『――――――――ああ、それで何だね?
腕が壊れたか?
ならば、予約を入れたまえ。三日後くらいに直してやろう』
「あっ!? 壊れてねぇよ!
ってか、遅ぇよ! 何だよ、三日後って!?
こっち! 今! 戦場! コンマ一秒を争う現場!
すぐに修理に来いよ!」
『――――――――片腕でも十分だろう? 頑張りたまえ』
「頑張れって、どんだけテキトーなんだテメェ!
ってか、電波遠いな! 何処にいるんだよ!?」
通信技術の発展により、地球上ならばほぼタイムラグ無しでの通信が可能となって久しい現代。
この様に通信に微妙な間の空く現象を、俊哉は知識としてしか知らない。
何気に初めての体験である。
『――――――――ふむ。何処か。簡潔に言えば、惑星ネプテューヌスと答えよう』
「え、ネプ? えっ!? 何処!?
って、惑星!? 地球じゃない!?」
『――――――――はははっ、勉強不足だぞ、トッシー後輩よ。
ネプテューヌスは日本名で海王星。
太陽系最外縁に位置する惑星だ』
「海王星ッ!? あんた、何でそんなとこにいんの!?」
なんて悠長に戦場で通信しているが、実は問題はない。
何故ならば、先の一撃で壊滅的被害を受けた敵勢は、抗戦から撤退に切り替えたらしく、申し訳程度の魔術が殿から稀に飛んでくる程度である。
加えて、後続の者達が俊哉に追いつき、既に追い越している。
追撃は体力の余っている彼らに任せておけば十分だろう。
それに、俊哉たちの作戦目標は、本隊の上陸、及び前線基地建設の為の安全確保であって、敵の殲滅ではないのだから、程々の所で切り上げて戻ってくるだろう。
『――――――――何故? それを問うか。
よかろう。心して聞きたまえ。
実は火星の開発をしていたのだが、少々水資源が足りなくなってね。
地球から拝借しても良かったのだが、既に《ツクヨミ》開発でかなりの量を失敬しているのでね。
これ以上は問題もあるか、と別の場所から資源を確保する事にしたのだよ』
「色々とツッコミ所が多過ぎんぞ、せっちゃんセンパイ!
地球にいなくて良いんですかよ?」
『――――――――地球で優先してせねばならない事も、今はないのでね。
です子の状態も安定し、既に賢姉様に預けてある。
他、作っておくべき品も、最低限の形にはなっている。
以上、他の優先事項を消化するに決まっているだろう』
「です子って誰だよ……」
『――――――――君の運命の相手かな』
「……ごめん。マジで意味が分からん」
『――――――――なに、気にするな。直に分かる事だ』
気を取り直して、
「でさ、本題に戻るんだけど、これ、どうなってんの?」
『――――――――クサナギのキャノンモードの事か?
その様子では、使ったな? 面白かっただろう?』
「面白くねぇよ、馬鹿ッ!
全っ然、面白くなんかないかんな!?
俺っちの魔力、全部吸われたんだぞ!?」
『――――――――ああ、初回時は特典でフルパワーで撃つように設定してあったからな。
次回からは君の意思で調整できるようになるとも』
「その初回特典、まったく有り難くないんですけど?
ってか、良い方向に状況が動いたから良いものの、魔力ゼロで戦場に立たされる俺っちの身になってくれませんかねぇ?」
『――――――――俺に魔力の有用性を説かれてもな。
持っていないなら、持っていないなりに何とかなる程度の物だと俺は認識している』
「常人をあんたと一緒にしてんじゃねぇよッ!!」
最初から魔力がないままに育ってきた人間と、魔力がある事を前提としている人間では、選べる手段にも、技能の習熟度にも、大きく差が出るのは当然だ。
その当然を無視して勝手な事をされれば、とんでもない皺寄せを喰らってしまう事になる。
『――――――――何をそんなに憤っているのかね?
俺など、今の君よりも遥かに弱い頃から廃棄領域で明るく楽しく健やかに過ごしていたぞ。
魔力がない程度で騒ぐな。程度が知れるぞ』
大体、と続ける。
『――――――――君の腕には魔力貯蔵機能を付けていた筈だぞ?
そちらには手を付けない様に設定していた筈なのだがね?』
「いや、確かにそっちは無事だけどよ……」
俊哉本人が持つ魔力は枯渇させられたが、クサナギに溜めてあった魔力には手を付けられていない。
今はそこから魔力を引っ張って自身のそれを回復させている最中だ。
おかげで、なんとか魔力枯渇による失神は免れているが、一歩間違えれば、そんな事をする間もなく戦場のど真ん中で気絶しているところだ。
(……文句言っても無駄なんだろうなー)
つい遠い目をしてしまう俊哉である。
こういう事で理解を示してくれるのは、雷裂兄妹の中では、美雲ただ一人だ。
人間の領域から遠く離れた刹那と美影は、平気で人外の事を要求してくれる。
出来るだろ? という顔をしながら。
それが出来るのはお前たちだけだ、と何度も言っているのだが、効果が出た事はない。
同じ生物なのだから出来るに決まっている、と言ってきかないのだ。
「あー、もー、まー、いいや……。取り敢えず、なんとかなったんだし」
『――――――――うむ。人間、妥協は大切だぞ』
「でさ、もう一個、訊きたい事あんだけどさ」
『――――――――何かね?』
「アマテラスの威力がさ、俺っちの全力を遥かに超えた馬鹿威力になってたんだけどさ、何か心当たりはないですかよ?」
本気の超能力に全魔力を注ぎ込んだとしても、先の一撃には及ばない。
それは感覚で分かっている。
にもかかわらず、あれである。
何らかの代償、それこそ寿命だとかを知らない内に支払わされているのではないか、と思わずにはいられない。
『――――――――ああ、その事か。
新物質ステラタイトの効果の一つだ。
あの物質は加工の仕方で極端に性質が変わってね。
百%超能力や魔力を絶縁するかと思えば、逆に触れたエネルギーを増幅して放出するようにもなる。
とても面白い性質をしているのだよ。
いやいや、加工の難易度を除けば、とことん興味深い物質だ』
「あー、つまり、そのステラタイト製のフィルターかなんかを通した事で、アマテラスが増幅されて放出されたと?」
『――――――――その理解で問題ない』
「寿命とか、削れたりしてないんだな?」
『――――――――ふむ』
何故か、答えが返ってこない。
途端に不安になる俊哉。
「おい。おい! 何とか言えよ、おい!」
催促すれば、やっと反応が返ってくる。
『――――――――良いかね? トッシー後輩よ。よく聞きたまえ』
「聞いとるわ。だから、さっさと言え」
『――――――――ステラタイトは未発見の新物質だ。
しかも、硬いだの柔いだの、そんな単純な性能だけの物ではない。
超能力や魔力に対して適性を持つ未知の基準を持つ新物質だ。
そう、伝説上に語られる、オリハルコンやらアダマンタイトやらと、分類としては同じものと見た方が良い』
「長々と五月蠅い。結局、何が言いたいんですかねぇ、せっちゃんセンパイ?」
『――――――――せっかちな輩だね、君は。
良いだろう。結論を言おう。
俺にもよく分からん。その為のテストだと知れ』
「なんてもん付けてくれてんだ、テメェ!」
『――――――――はははっ、命の値段としては安かったかね?
もっと上乗せしてほしいと?』
「そういうこっちゃねぇよッ!
もっと安全な代物寄越せよ、って話だよ!」
『――――――――なに、心配するな。人間、意外と頑丈だ。
俺は体験から知っている。
身体が半分になっても意外に生きていられるものだよ。
それに、寿命が少し削れても観測できない以上、それは無い物と同じだ。
そうは思わんかね?』
「ちっとも思いませんけどぉ?」
とはいえ、分からない物は分からない以上、どうしようもない。
たとえ、寿命が削れているのだとしても、天涯孤独の身であり、取り立てて長生きしたい理由もない俊哉としては、常識という理由以外にそれを忌避する理由を持たない。
積極的に取り外したいと思う理由が弱いのだ。
一方で、戦場では役に立つ。
エネルギー増幅効果は、魔力の節約にも、ここぞという場面での必殺の一撃にも、非常に有用だ。
「まぁ、良いや。即座の危険性はないんだろ?」
『――――――――それは保障しよう』
「じゃ、保留にしとくわ。なんかあったら面倒見てくれ」
『――――――――引き受けよう。では、良い戦場を』
「ああ、またな」
言って、通信が切れる。
丁度良く、追撃に出ていた者たちが戻ってくる。
これから防衛線を敷いての持久戦が始まるのだ。
ちょっと危険がある……かもしれない、などというあやふやなリスクで明確に有用な武器を投げ捨てる理由はない。
(……なぁに、どうせ死ぬだけだ)
嫌な話だが、美影に散々と殴られて、馬鹿みたいな回数の臨死体験をしてきた。
俊哉にとって、死とはすぐ隣にある物である。
常識的に憤ってみたものの、よくよく考えれば特別に恐れなければいけない物ではない。
鋼の左腕を見下ろし、具合を確かめる様にその手を開閉させる。
「っし。ちょっとやってみっか!」
~~~~~~~~~~
極寒と暴風の巨大惑星、海王星。
生物の気配が一切感じられないそこで、刹那は一人佇む。
「ふっふっふっ、地球の命運は奴の両肩にさりげなくかかっている訳だが……」
扱いに困っていたとある兵器の起動スイッチが、実はクサナギの中に仕込んである。
現状ではオフラインにしてあり、絶対に起動しないようになっているが、今後の俊哉の成長次第ではそれも解禁されるだろう。
一度起動してしまえば、冗談でも比喩でもなく、文字通りの意味で地球最後の日となりかねない超兵器だが、それもまた一興だ。
ちなみに、何故、そんなものを仕込んだのかと言えば、隙間が余っていた為に適当に突っ込んだ結果だ。
遊び心の一種であり、それ以上の意味はない。
通信端末を仕舞い込んだ刹那は、前を向く。
「さて、俺も頑張らねばな」
水資源の確保。
俊哉に語った理由は真実ではあるが、全てではない。ごく一部だ。
真の狙いは、自身の力の確認だ。
ここでならば、もし暴発してしまっても地球にまでは大きな影響は及ばないと判断したのだ。
始祖魔術師は、強力だ。
先日の衝突では、お互いに全力を出してはいなかった。小手調べの様な物だった。
しかし、押し切れなかったのも事実だ。
小手調べであった以上、向こうの強さの底は見切れず、もしかしたら己が死力を尽くしたとしてもどうにもならない怪物かもしれない。
そう感じさせる物があった。
であるならば、対処法は一つ。
こちらも強くなるしかない。
レベルを上げて物理で殴る、ではないが、対抗できるステージまで登っておくのが最も手っ取り早いのだ。
特に、未だ強さの上限に達していない刹那ならば猶更である。
彼は、自身の内側へと意識を集中させる。
魂とも言うべき場所で胎動する巨大なエネルギー。
超能力と呼称する能力へと変化する前、まだ何物にもなっていない純粋なエネルギーを感じ取る。
先日、閉鎖異界からの脱出の為に、始祖魔術師が使っていたエネルギーを真似た技法を使った。
結果、世界を引き裂き、収縮消滅する異界から脱する事に成功した。
あれはあれで強力な物だが、もっと先があると刹那は直感していた。
その為には、自らの力を正確に知らねばならない。
あの技法でさえ、僅かなズレ、僅かなミスで崩壊する不安定で繊細な物だった。
しかも、そうして崩れて制御を外れた余波だけで、無闇矢鱈と頑強な刹那の身が引き裂けるほどの物だった。
その先を、と思えば、弾き出される威力がどうなるのか、考えるまでもない。
下手をすれば、一撃必殺となり得る。
死は怖くない。
刹那にとって、死とは日常の中で当たり前に感じる物だった。
だが、美影を、美雲を残して逝く事は認められない。
彼女たちが安心して暮らせる場所を、安全に生きていける世界を、この手で作らねばならない。
故に、僅かなりとも不安要素を残す訳にはいかない。
超能力を介さずに、魂のエネルギーをそのまま取り出してみる。
手の中に、極光の輝きが生まれる。
今にも〝何か〟に変質しようとする、とても不安定なエネルギー。
それを手の中で弄びながら、刹那は口元に笑みを浮かべる。
「では、一つ。やってみようか」
その日、海王星が僅かな時間の間、綺麗に半分になった事を、世界中の天文台が観測した。




