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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
二章:最後の魔王編
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開戦の狼煙

ちょっと短め。

 海を割って、軍用高速艇が進む。


 速度を追求した船であり、装甲や火力という点では、非常に不安のある艦艇。

 進む数は十隻に満たず、普通に考えるならば偵察が目的の侵攻だと思うだろう。


 だが、事実は違う。


 中には操舵まで含めて、そのほとんどがAランク魔術師で構成された人員が乗っており、彼らこそが日本帝国による一番槍なのだ。


 今回の戦は、現在の情勢で意味もなく喧嘩を売ってくる輩を、後顧の憂いを断つ意味で叩き潰すだけでなく、純粋魔力を使用した戦争の試験でもある。

 しかし、現状の純粋魔力貯蔵設備は非常に大型であり、繊細な精密回路も多く使用されており、安易に持ち運ぶ事は出来ない。

 つまりは、防衛ならともかく、侵攻時にはあまり役に立つ物ではないのだ。


 その解決として、最初に魔力に余裕を持つ最精鋭によって上陸し、安全な橋頭保を築き上げるという選択肢を取った。

 その後、ゆっくりと純粋魔力設備を運び込み、またそれを運用する戦闘力のない技術者を配備する、という形になる。


 戦力に余裕のある大国相手にはまるで通用しないであろう作戦であるが、今回の相手はほとんどが奴隷兵で構成された、弱兵の軍だ。

 寡兵ではあるが、質の面で十分過ぎる戦力と判断された。


 とはいえ、大変に危険な任務ではある。

 寡兵である為、味方からの支援は非常に少なくなり、一手間違うだけで死に直結しかねない、乱暴と言わざるを得ない作戦だ。


 そんな危険な一番槍に、何故か俊哉は選ばれていた。


(……俺っちは、何でこんな所にいるんだろうな)


 波に揺られ、潮風を全身で浴びながら、甲板で呆と過ごす彼は、しみじみとそう思う。


 それもそうだろう。


 俊哉は本来、一学生である。

 国軍に籍を置いておらず、八魔の末席に名があるとはいえ、本家からは忘れられており、公的には一般人とそう変わりない。

 加えて、ほとんどがAランクである中で、彼はBランクの一段下がる実力だ。

 他にBランクがいない訳ではないが、明らかに浮いた人選である。


 そうなった理由は、全て雷裂の所為である。


 そもそも、今回の戦争に参加した事自体、雷裂からの推薦である。

 これが、例えば戦功を積む為の、箔付けの参戦なら嫌がられる事もあったかもしれない。


 しかし、雷裂からの注文は、安全な後方で、ではなく、危険な最前線で死ぬまでこき使え、である。

 これはもう、今回の一番槍に起用しない理由がない。

 幸いと言うべきか、調べてみれば《嘆きの道化師》三名を単独撃破するほどの武功を持っており、個人の武勇が必要となる今作戦には持って来いの人員と言える。


 そのおかげで、何の躊躇いもなく、指名が来てしまったのだ。


「どうした、風雲君。緊張しているのか?」


 何をするでもなく呆としていると、凛とした女性の声が届いた。


 振り向けば、目に入るのは鮮やかな紅の色。

 長く伸ばした赤髪を結い上げた、一人の女性。


 炎城 久遠である。


 仮にも八魔の一角を占める家の御令嬢が、こんな危険な任務に参加していて良いのか、とは思うが、きっと八魔としての義務とか、その辺りの関係なのだろう、と俊哉は思う事にする。

 そんな事を言えば、現在、北の海で最強の魔王と殴り合っている八魔の御令嬢もいるのだ。

 実力があれば、家柄などは関係ないのだろう。おそらく。


「炎城さんじゃないっすか。

 いや、緊張してる訳じゃないんすけどね。

 俺っちは何でこんな所にいるんだろうなー、って、自分の運命について考えていただけっすよ」

「そうか。まぁ、そうだな。

 君は、今更、戦争の一つや二つで緊張する人材でもないか。

 ……隣に座っても?」

「どうぞ。

 なんか、俺っちの事、知ってますって感じっすね?」


 言うと、久遠は遠慮なく俊哉の隣に腰を落ち着ける。


「ははっ、見透かされるのは嫌いか?」

「嫌いっす。

 テメェが俺っちの何を知ってやがんだ、って気分になるっすから」

「分からないでもないな」


 久遠は苦笑を以て返し、種明かしをする。


「まぁ、簡単に言えば、少しばかり美雲、雷裂生徒会長から君の事は聞いていてね。

 なんでも、美影嬢にマンツーマンで指導されたのだって?」

「……あれを指導と言うのなら、まぁ、指導は受けたっすね」

「微妙に歯切れが悪いな」


 俊哉は思い出す。

 四月の間、ずっと囚われていた地獄を。

 極限環境に放り込まれては、ひたすら美影に追い回され、追いつかれれば殴り殺される日々を。


 あれを指導と呼ぶか、単なる虐待と呼ぶか。

 俊哉としては後者を推したい所である。


「炎城さんも、一度、受けてみれば良いんじゃないっすかね。

 生きている事の素晴らしさを理解できるようになると思うっすけど。

 もしくは、自分が生きているのか死んでいるのか、良く分からなくなったり」


 俊哉の言葉に、久遠は嫌そうに顔を顰める。


「……そんなに、なのか?」

「少なくとも、俺っちはあれを指導とは呼びたくないっすね」


 他愛ない話をしている内に、目に見える位置にまで戦場が近付く。


「……もうそろそろだな」

「そろそろ迎撃位来ても良い頃合いっすね」


 僅かに緊迫の色を浮かべる久遠に対して、俊哉は何処までも自然体だ。


 何かが起こるのではないか、というある種の不安はある。

 しかし、それはそれとして、心を落ち着ける術を知っている。


 人間、何をどうしようと死ぬ時は死ぬのだと、美影の所為で強制的に学ばされた。

 ならば、わざわざ心をざわつかせて、不快な気持ちで死ぬよりも、落ち着いて穏やかな心で死んだ方が気分が楽だろうと、そんな後ろ向きに学習した結果である。


 隣で久遠が立ち上がり、弓型デバイスを立ち上げる。

 俊哉もまた、身体の中で魔力を練り上げる。


 そして、その時は来た。


「……融合魔術ですらないとか、舐められてんのかね」


 陸地から迎撃の魔術が飛来する。

 無数、と言えるほどの数が飛んでくるが、そのほとんどが力の入っていない弱い魔術だ。

 強力と言える物も中には混じっているが、そう多くはないし、そもそも大半の攻撃が放っておいても外れる軌道をしている。


「いや、舐めているというよりも、単純に牽制なのではないか?

 私たちは寡兵だからな。偵察と思われていると私は見たが」

「ああ、成程。そいつは言えてるっすね」


 ごく少数の高速艇のみの編成だ。

 そう思われるのも納得である。


「で、どうするんすか?」

「方針としては、各自で適当に自分を守れ。他を頼るな。だったな」

「何処まで乱暴な作戦なんだか。

 軍ってのは、もうちょっとかっちりとしているもんだと俺っちは思ってたんすけどね」

「言うな。それだけ信頼されているという事だ」


 魔王クラスの者たちほどではないとはいえ、Aランクも十分に平均値から見れば、英雄英傑の領域に住まう者たちだ。

 それ故に、彼らを主とした部隊を編成した場合、これまでの経験上、己たちの常識で縛り付けるよりも、大雑把な方針のみを伝えて個々の裁量に任せた方が良い結果が出る事が多い。

 それは歴史が証明している。


 だから、これは久遠が言うように、乱暴で適当なのではなく、信頼の証と言えるのだ。

 傍から見れば、投げやり以外の何物にも見えないが。


「じゃ、俺っちがやりましょうかね」

「私が撃ち落としても良いのだぞ?」

「いやいや、仮にも雷裂の推薦で来ている身なんで。

 ちったぁ役に立つって所を見せてやりませんとねって」


 そう言うと、俊哉の魔力が開放される。

 傍目には、魔力が噴き上がっただけで何かが起きたようには見えない。


 しかし、直後には劇的な効果が上がる。


 爆発。


 風属性魔力によって大気成分を調整され、可燃性ガスと化した空間に炎熱系魔術が激突したのだ。

 たちまち引火したそれは、周囲の弾幕を巻き込んで大爆発を起こす。

 範囲はそう広くはないが、しかし俊哉の乗っている艦艇に当たる軌道の魔術は全て撃ち落とされる。


「お見事。しかし、派手だな」

「まっ、開戦の狼煙って所っすかね。

 最初くらい、派手にやるのも良いんじゃないっすか?」

「そうだな。うむ、では、私も一つ、開戦と知らしめよう」


 他の艦もそれぞれに迎撃し、無傷で進む中、久遠はゆっくりと弓を引き絞る。

 引き絞られる弦に合わせて、練り上げられた火属性魔力が矢となって形成されていく。

 やがて極限まで引き絞られた所で、それは解放される。


 細く、一本の炎矢が空高く放たれる。


 雲に届くほど高度まで達した所で、反転、地上へと落ちていく。


 しかし、それは既に一本ではない。

 反転する直前で無数に枝分かれしたのだ。


 まるで花開くように、空に美しい炎の華を咲かせる炎矢。


 だが、その下にいる者たちにとっては、死を呼び込む灼熱の雨である。


 火属性魔術《紅蓮散華》。


 多量の魔力と緻密な魔力操作能力を要求される、真に高位の範囲殲滅魔術である。


 沿岸部に降り注ぐ炎矢。

 幾らか防御しようとする動きこそあったが、あまりの量を前には焼け石に水も同然。


 迎撃し損ねた炎矢が大地へと突き刺さり、衝撃と共に爆発する。


「ふぅ。これで、第一陣は壊滅できただろう」


 うっすらと額に汗をかいた久遠が言う。


「みたいっすね。

 おかげで、安全に上陸できそうっす。感謝感激っす」


 最も危険な上陸時。

 そこさえ超えてしまえば、ある程度はなんとかなる。


 そう思っていた一番槍部隊の面々は、通信機越しに称賛と感謝の言葉を送るのだった。


融合魔術。

複数の術師が、複数の魔術を発動させ、混ぜ合わせる事で爆発的に効果を上昇させる技法。

寸分の狂いも許さない精密さが求められるが、その分、その威力は文字通り桁違いの物となる。

高等技法ではあるが、訓練でどうにかなる範囲の物であり、軍としての体裁を保っている組織ならば、それを使える部隊は一つ二つはあるのが普通である。

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