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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
終章:永劫封絶の刻
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予定調和

 徐々に、徐々に、封印壁が閉じてゆく。


 もはや人類連合軍に出来る事はない。


 敵は集結し、封印への必死の抵抗をしている。

 彼らには、連合軍を相手にしている余裕はない。


 一方で、連合軍もまた、封印に巻き込まれたくない為、封印壁の外に退避している。

 巻き込まれてでも、敵の一体でも多く打ち倒したいという捨て鉢の者は、既に全員が最期の瞬間を迎えていた。


 だから、軍勢同士の衝突というフェーズは、もう終わっている。

 次に起きるとすれば、封印が失敗した時だ。


 そして、それは同時に敗北を意味する。


 人類連合軍は、既に満身創痍の状態だ。

 一般部隊は数字上の意味で半壊、軍として見れば完全に戦力として機能していない。

 魔王たちも少なくない数が脱落しており、生き残っている者たちも、疲労困憊でまともに動ける者はほとんどいない。

 用意できた装備類、兵器類もまた、ほぼ底を付いている。


 もはや、戦う力は残されていない。


 だから、皆が静かに見上げ、ただ心の中で祈りを捧げる。


 ――終われ。これで終わってくれ。


 誰もが、例外なく、懸命に。


 その中で、ゆっくりと動く者がいた。

 今までの血生臭い喧騒からは信じられない程の静寂の中で、その動きと伴う電気の弾ける音は、嫌でも周囲の注意を引いた。


「……何してんスか? 美影さん」


 丁度居合わせた唯一の顔見知りが、当人へと訊ねる。

 そうでもなければ、誰も質問を投げるなどという事は出来なかっただろう。


 恐れ多いから。

 触らぬ神に祟りなし。

 誰も、何処に地雷が埋まっているかも分からない平原に立ち入りたくはないだろう。


 動く者――美影は、直立から身体を下げていた。

 遠目に見れば、あるいは真摯に祈る為に跪いた様にも見えたかもしれないが、よく見ればそんな事はない。


 両手を地面に付けた四足の姿勢。

 腰を高く上げており、未だに衣服を着ていない為に、微妙に扇情的な目に毒な物となっている。

 間違っても劣情を覚える馬鹿はいなかったが。

 どんな性欲過多な者でも、獲物を選ぶ知能くらいはあるのだ。


『ふっ、僕はチャンスを逃がさない女』

「……質問に答えてねー」


 何を言っているのか、さっぱり分からない。


 そうこうしている内に、封印は最終段階へと至っていた。


 一時は、天輪の形成により押し返されていた封印壁だったが、漆黒の一矢により陣形が崩壊。

 抵抗力を乱された事により、天秤は再度傾く。


 ここまで来れば、もはや大勢は決した。

 封印壁の隙間がほぼ消え、肉眼では光の塊のようになる。


『ラストチャンス……』


 グッ、と、一瞬、身をたわめた美影が、小さく呟いた直後、雷鳴と共に進発した。


 ここまで、ここまで来れば、もう刹那と美雲は必要ない。


 封印の発動は完了した。

 封印の安定性も、もういらない。


 だから、死んでも逃げても、あるいは残っていても。

 何も結果は変わらない。


 なら、ならば、だ。

 美影がそれを黙して見過ごす訳がなかった。


 黒き雷光が駆け抜ける。

 閉じゆく封印壁を追い越し、中心点へと。


『邪魔……だッ……!!』


 崩れた天輪は、もはや美影の期待を受けるに足りない。

 封印を阻止するという大役を果たせなくなったそれは、今はただただ邪魔なだけの障害だ。


 だから、打ち砕く。

 何かをするまでもない。

 迸る轟雷を解放するだけで、全ては薙ぎ払われる有象無象となるのだ。


『■■■■■■■■■■ーー!!』


 神の進撃に立ちはだかるは、光の竜。


 半身を〝黒〟に侵されながらも、その威光は微塵も衰えを見せておらず、無秩序に放出される雷の嵐を抜けて、美影の前へと辿り着く。


 しかし。


『笑止』


 鎧袖一触。

 歯牙にも掛けず、美影はその身を矢となし、容易く貫いた。


 彼女とアインスの力は、既にそれ程の差を見せていたのだ。

 開戦当初は拮抗していた力も、戦闘を経るごとに増大し制御されていく力と、周囲からの気に掛けるべき人類の消失により、大きく突き放されていたのだ。


 早く、速く、迅く、これまでの生で最も速く駆け抜けた先。


 美影が心から求める姿を見つける。


『お兄ぃーーーーーーーーっ!!』


 叫ぶ声を置き去りに。


 彼の下へと手を伸ばす。

 瞬く雷光に気付いた刹那もまた、その手を伸ばした。


 彼も、既に自分が、自分たちが必要ないと分かっているのだ。

 だから、美影の手を握り返す事に、躊躇いはない。


 しかと、繋がれる手と手。


 無論、その先では、刹那と美雲の手も、握られている。


 いや、正確には、刹那の手が大きく変化し、美雲の全身を掴み取っているのだが。


『チッ……』


 美影は、小さく舌打ちする。


 彼女と刹那だけならば、特に問題はなかった。

 お互いに人外だ。

 全速力で駆け抜けたとして、まずどうこうなる事はない。


 しかし、美雲は違う。

 雷裂の血筋とはいえ、然程の強度は持っておらず、当然、雷速になどそのままで耐えられる訳がない。


 刹那と美影で二重の守りを施し、その上で少しばかり速度を落として、それでようやくギリギリで耐えられる、という所だろう。


 時間のロスだ。


 それが、出来れば消えて欲しいと思っている女に起因するともなれば、舌打ちの一つもしたくなろうというものである。


 準備を整えると同時に、即座に走り出す。


 封印壁の隙間は、もうほとんどない。

 確実に間に合う、とは言えないタイミングだ。


 刻一刻と狭まる。


『クッ……!』


 こんな事ならば、もう少し天輪の破砕を控えておくべきだったと、今更ながらに後悔する。

 特にアインスの粉砕はやり過ぎた。

 あれが存在していれば、数秒は猶予があった筈なのだから。


 焦りが心を満たす。

 その中でも、出来る限りの速度で駆ける。


 ――間に合え。間に合え! 間に合え……!


 逸る気持ちに後押しされながら、懸命に足を回す。


 封印の端が見えてきた。

 まだ隙間はある。

 駆け込む。

 二人を投げ込むような事はしない。

 投げるよりも走った方が速い。

 だから、走り抜ける。


 そして――……。


~~~~~~~~~~


 封印が完成する。

 封印壁が繋がり、溶け合い、縮み、小さく、小さく、圧縮されてゆく。


 やがて、永遠にも思えるような時間の果てに、封印の瞬きは弾けて消える。


 静寂が流れる。

 誰もが、言葉に詰まっている。


 そうだろうと分かっている。

 だが、本当にそうなのかという疑いが躊躇させる。


「勝ったぞ……」


 その中で、誰かが囁いた。

 小さな言葉は、隣の誰かへと伝わり、どんどんと皆へと現実の実感となって巨大なうねりとなる。


「勝った!」

「終わったんだ!」

「俺たちの! 勝利だ……!!」

「うおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉおおおお!!」


 喝采。


 皆が渇望した現実の実現に、そこかしこから、力の限りの雄叫びが上がっていく。


 その中で。


 一つの存在が、宙に浮かぶ小月――豊穣の小月(ルーナ)へと着弾した。


 黒き雷光を纏ったそれは、頑丈な多重装甲を破砕し、歪ませ、クレーターを造った中から立ち上がる。


『テメェ! 何してやがんだ! です!』


 ルーナの主が、下手人に文句を付ける。

 だが、すぐにその異様な雰囲気と、何よりも失われた右腕に、勢いを弱めた。


『? どうしやがったんだ? です? その腕は』

『……別に。間に合わなかっただけだよ』


 美影は、憮然とした様子で、ぶっきらぼうに返して、振り返る。


 見詰める先は、何もなくなった中空。

 封印が、亜空の底へと消えた座標だった。


 美影は、千切れた肩口から新しい右腕を生やしながら、自身に誓うように言葉を紡ぐ。


『僕は諦めないからね。いつまでも、永遠に』


 作戦通りに、予定通りに、消え去ってしまった英雄たちの為に、最新の神格は、心を決めるのだった。

なんとか! なんとか年内に間に合った!


良いお年をー!

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― 新着の感想 ―
あけましておめでとうございます。 今年も面白い作品の投稿を楽しみにさせていただきます。 それにしても、今話はとてもドキドキしました。 結末は知ってましたが、ひょっとしたら間に合うのではないかと思わせ…
まさかのサプライズ投稿…!! 先走って恥ずかしい(*/□\*) 嬉しいプレゼントありがとー!! よいお年をーーー!!! 美影ちゃん、要所では守るのに、お兄絡んだら美雲お姉に対してマジ殺意かもすの、神…
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