有終の美
旧き者たちは、死に場所を求めた。
一条の漆黒が、閉じた世界を貫く。
何もかもを塗り潰す、光無き暗黒。
それは、星の輝きを喰らい尽くす神殺しの戦槍。
亜光速の先、光速度にまで加速した闇色は、星獣の規模に対して、針の一刺し程に小さい。
しかし。しかし、である。
その闇色は、ただの暗黒ではない。
黒の始祖精霊エルファティシア、そして彼女から別れた直系の黒の精霊たちである。
〝黒〟の権能は、星の輝きを消し去る事のみ。
ただ、それだけを求められた。
その存在の全てを変換した戦槍は、まさしく星を穿つ叛逆の穂先である。
星獣は、星を喰らい、その力を糧にする生物だ。
つまり、星という受け皿を得ている現状で有するエネルギーの種別としては、星が放つ輝きと何ら変わらない。
星の息吹として生まれ出る天竜種の超拡大版と言っても良い。
ならば。
ならば、対天竜兵器として創られたエルファティシアに、貫けない筈がない。
戦槍が、天輪へと衝突する。
あまりにも小さい一刺しは、瞬間、内包した凶悪を解放する。
侵食。
星獣を守る幾重もの天輪が、爆発的に広がる〝黒〟に染め上げられる。
一枚、また一枚と、障壁を突破していく。
「貫け……!」
星獣は殺せない。
黒の系譜が全てを賭けても、それでも足りはしない。
だが、揺らすくらいならば。
小動 させるだけならば、小動させるだけで、星獣の抵抗は間に合わなくなる。
針の一刺しが、星を打ち崩すのだ。
しかし。
しかし、星獣とて、ただ座して沙汰を待つ訳がない。
天輪が蠢く。
収縮に抵抗する最低限を残して、全てが黒の侵食へと対抗する。
止められる。
無数の眷属が次々と殺到し、黒のリソースを削り取ってしまう。
「チィ……!」
ノエリアは、その様に歯噛みする。
あれでは、星獣まで届かない。
天輪を掻き乱すにも足りない。
ノエリアには、それをどうにかする手段がない。
既に彼女に残っていた魔力は、全て羽衣に載せて渡していた。
エルファティシアがそうしたように、自身の存在を魔力に変換するという最終手段もあるが、それを選ぶ事は出来ない。
何故ならば、エルファティシアはノエリアに未来を託したからこそ、身を捧げる事が出来たのだ。
未来を受け取ったノエリアには、もはや自ら終わらせる選択肢はない。
だから、どうしようもない。
娘の決死が無為となる。
その結末が、ノエリアには血涙を流さんばかりに悔しかった。
故に、思わぬ援軍に、彼女は目を見張る事となる。
漆黒の郡竜が、空を舞い。
拳大の桃色が、手元に降ってきた。
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郡竜――ヴラドレンは、ここが死に場所と定めて、戦場へと入っていた。
彼は、最古の魔王だ。
そして、最強の魔王でもある。
いや、だった、と言った方が良いかもしれない。
かつては、魔王の数が圧倒的に少なかった。
その力も洗練されておらず、与し易い部類だった。
しかし、時が経つにつれ、魔王の力の効果的な修練方法が見出だされ、また魔王たちの能力も多様な物となった。
それにより、磐石であったヴラドレンの地位は、大きく揺らいだ。
総合的に見れば、確かに彼こそが最強だった。
それは変わらない。
しかし、絶対的なものではない。
一部だけを切り取ってみれば自身を上回る魔王もいれば、条件次第では自身に勝ち得る者も出てきた。
そして、今では、美影という超存在がいる。
もはや魔王という枠組みを超えたあの小娘は、間違いなく自分よりも強い。
更には、駄目押しとして、地球外知性体の登場である。
肩を並べ、僅かとはいえ共に戦った感想としては、今は然程の脅威ではない、しかし未来では大きな障害となる、というものだ。
今は、どういう訳か、あまり効果的な運用をしていない。
だが、それは最初期の魔王を彷彿とさせるだけだ。
今後は、魔王たちの活動を参考に、どんどんと技術は進化していくだろう。
そうなれば、ヴラドレンの最強の看板は、完全に失われてしまう。
それが、彼には我慢がならない。
長く頂点として君臨してきた。
今更、他者と協調する事など、ましてや自分よりも強い誰かに謙る事など、ヴラドレンのプライドが許さない。
ならば、ここで終わるのも良いだろう。
長く生きた。
もう思い残すような事はない。
このまま生き延びて晩節を汚すくらいならば、有終の美を飾り、歴史の一ページとして名を遺す方が、よっぽどマシである。
黒の戦槍へと追い付いた彼は、喉の奥から竜の息吹を吐き出す。
有象無象を焼き払うが、すぐに奥から新手が出てきて、効果的な後押しとはならない。
やはり、〝命〟を使うしかないだろう。
〝命〟を消費物として使う感覚は、よく分かっている。
これまで、才能ある国民たちの〝命〟を物として飲み込んできたのだ。
今度は、自分の〝命〟を逆に吐き出してやれば良い。
溜め込んできた〝命〟を魔力へと変換し、戦槍へと加える。
属性は、混沌。
どうやら、この黒は、極端に無駄飯喰らいの性質をしているらしい。
ならば、同じく同化して溶かし尽くす混沌属性とは、おそらく相性が良いに違いない。
かくして、その予想は正解だった。
黒と混沌が混じり合い、大きく勢いを増す。
貫徹。
邪魔をする眷属たちの防御壁を次々と撃ち破る。
幾重もの天輪を貫き、やがて星獣本体へと肉薄する。
だが、星獣も、それに気付いている。
腕を振り上げ、戦槍を叩き落とさんとする。
「余所見、大感謝! 隙ありー!」
何処からともなく星獣の背後に出現した、とんがり帽子の魔女が、漆黒を纏った大剣を振りかぶる。
混沌属性【大上段・星斬り】。
何の捻りもなく、ただ混沌魔力を斬撃に乗せて解き放った。
全身全霊。
回復させていた質量の大半を注ぎ込んだ斬撃は、巨星が如き巨体に大きく切れ込みを刻み込んだ。
『■■■■■■■■■■ーーーー!!?』
不意打ちの痛みに、苦悶の叫びを上げる。
憤怒に振り返った星獣が、下手人を捉えた。
「あっ、たんま……キュッ」
抵抗の余地なく、永久は握り潰された。
彼女が刻んだ傷も、既に治癒が始まっている。
だが、それで良い。
この一瞬が欲しかっただけだから。
ほんの一瞬の猶予は、光速域の戦槍が到達するには充分なものだった。
星獣へと突き刺さる。
瞬間。
爆発的に黒と混沌が広がった。
星獣の身体がたわむ。
痙攣するように、全身を震わせ、動きが止まる。
それは、致命的な停止であった。
封印への抵抗、侵食への抵抗。
両方を同時にこなすには、星獣の余力は残っていなかった。
封印の収縮が再開した。
最近、更新遅くて申し訳ありません。
師走の繁忙期故に……!




