天の円環
星獣の一点より、光が瞬いた。
その点滅は徐々に強く、速くなり、やがて全天に向けて無数の光線となって放射される。
「来た! 来た来た来たっ!」
「作戦は完了した! 総員、全速撤退ー!!」
最終段階へと入った事を逸早く察した人類連合軍は、全戦闘を即座に放棄し、躊躇いなく敵に背を向けて全力で逃走を開始した。
あまりにも華麗で迅速な行動に、ノエリアからの援軍連中は、数瞬の唖然を余儀なくされてしまう。
やや遅れて、星獣の封印が始まったのだと理解した彼らも、巻き込まれては敵わない、と撤退に走る。
しかし、全ての兵が撤退に向かった訳ではない。
ごく一部、逃げ行く戦友たちを尻目に、単独、あるいは少数で目の前の敵を殺す事に集中する者たちがいた。
何も残っていないから。
もう、守りたい者も、大切な者も、何もかもを失ってしまった彼らは、復讐だけを胸に死兵となって武器を振るう。
所詮は寡兵。
命を捨てた攻勢は、実力以上の戦果を上げるが、すぐに物量に押し潰されてゆく。
「……っ」
打たれ、切られ、穿たれ、千切られ、無惨な有り様となる彼らは、しかし口元に笑みを浮かべていた。
あまりにも凄惨で、あまりにも儚い、どうしようもない笑みを。
火属性自爆魔術【サクリファイス】。
命の炎を豪火と為し、敵対者を道連れとする、狂気の魔術が発動する。
爆裂。
戦場のあちらこちらで、命の炎が咲き誇る。
美しく、苛烈な火炎は、決死の復讐心を糧に数多を喰らい尽くした。
死兵たちの活躍によって、大きくかき乱された敵勢は、僅かな停滞を余儀なくされ、結果として連合軍の迅速な撤退に寄与する事となる。
逃げてゆく邪魔物たち。
今まで散々に邪魔をしてくれた鬱憤を晴らさんと、その背に向けて遅れながら追撃を仕掛けようとする眷属たちだったが、すぐにその動きを止める事となった。
上位命令が下ったのだ。
――守護せよ。
星獣からもたらされたただ一言に、眷属たちもまた、現在抱える全てを問答無用で完全放棄し、主人の元へと帰る。
理由は分かりきっている。
封印壁が、光の糸に導かれ、閉じ始めているのだ。
迫り来る壁を壊す事は、実質的に不可能だ。
星獣の能力値からして、破壊は不可能ではない。
しかし、肝心のエネルギーが足りない。
元より飢餓状態だった星獣は、更に最新最後の天竜を生み出した事で、残存エネルギーが危険水域に達していた。
もはや、無駄遣い出来る余裕はない。
破壊は出来ない。
逃げ道もない。
ならば、耐えるしかないだろう。
集結した眷属たちが、星獣を中心に据えて環を形成していく。
まるでそれは、惑星の重力に引かれるデブリ群……土星にある円環のような有り様だ。
それを何重にも、何重にも重ね、狭まる壁の重圧への抵抗力として機能させるのだった。
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「チッ、感付くのが早いな。獣風情が。生意気な」
刹那としては珍しく、心からの悪態を吐く。
彼と美雲の二人がかりで、最終封印を発動させたまでは良かった。
あとは、封印壁が閉じる時を待つだけ。
もはや、刹那と美雲を今すぐに殺したとしても、動き出した状況は止められない。
チェックメイト。
その筈だった。
しかし、獣らしい直感だろうか。
即座に危険だと察知した星獣は、あらゆる全てを無視して、眷属たちを呼び戻し、封印壁を押し返す抵抗力として配置したのだ。
「どうするの?」
「……私たちにはどうしようもない」
苦渋、という表情で、刹那は答える。
二人は、既に全力を振り絞っている。
生命活動を維持する最低限を残して、残す全てのエネルギーを封印へと注いでいた。
だから、もう彼らの意思でも止められないし、そしてこれ以上の圧力を加える事も出来ない。
「美影ちゃん辺りは期待できないかしら?」
「無理だな。愚妹は、むしろ作戦の失敗を本心では望んでいるのだから」
成程。
確かに、美影ならば、星獣の抵抗力を叩き潰す事も出来るだろう。
彼女には、それだけのエネルギーと権限がある。
だが、出来るだけで、実際はやらないに違いない。
何故ならば、作戦が失敗すれば、愛する刹那を連れ出す理由が出来るのだから。
――もう策はないね。
――じゃあ、宇宙の果てまで逃げようか。
――大丈夫、一緒に人類再興させよう。
――万歳、人類皆兄弟!
そうと言い出す事が目に見えるようだ。
間違いない。
「外の輩どもに期待するしかあるまい」
どう足掻いても、命を捨てる事にしかならないが。
果たして、既に捨て鉢になった者たちを使い捨てた今、それだけの駒が残っているかは、甚だ疑問だった。