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本気になった天才の所業【書籍化作品】  作者: 方丈陽田
二章:最後の魔王編
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嵐の前の大嵐

 北海道沖。

 オホーツク海上空に、巨大な雷雲が渦巻いている。


 遠目からでも断続的に稲光が発生している様が見て取れ、本能的な恐怖を覚えずにはいられない雷鳴が絶え間なく響き渡っている。


 その内部で、荒れ狂う暴風に弄ばれる人影が一つある。


「…………帰りたい」


 風に揺られながら呟くのは、一人の少女――雷裂 美影である。


 巨大な雷雲は、魔力を開放した彼女が生み出した物であり、風に揺られているのは単なる遊びだ。

 とはいえ、行動の全てが遊びな訳ではない。

 きちんとお仕事をしている最中である。《六天魔軍》として。


 日本帝国は、朝鮮王国への戦争をほぼほぼ決定している。

 あとは、周辺国、中華連邦とロシア神聖国へと通達し、文句が出なければGOサインが軍に下るだろう。


 しかし、たとえ静観を約束したとしても、それを覆されないとは限らない。

 しかも、両国は魔王を擁する魔術先進国である。

 下手に不意を打たれれば、本土に明確な被害が及ぶだろう。


 その為、ロシア側への警戒として美影は派遣されているのだ。


 その甲斐もあって、のこのことやってきたロシア神聖国の戦力を捉える事に成功している。

 捕捉しただけで、捕縛も出来なければ撃墜も出来ない訳だが。


 雷雲の中を、巨大な影がうねる。


「最強の魔王を相手に、単独で立ち向かえって酷い話だよ、ほんっと」


 全長数百メートルはある空飛ぶ巨大な蛇、という感じだろうか。


 雷雲の中、常時、雷属性魔術が全域を駆け巡り、時折、それらを収束した極大雷撃すら走り抜けるそこを、平然と遊泳しているそれの正体は、ロシア神聖国の王であり、現存する最古にして最強の魔王である。

 まさか小手調べで総大将がやってくるとは思わなかった。

 美影単身でどうにかなる相手ではない。


(……まぁ、ロシアはこいつのワンマンだから、分からないでもないけど)


 ロシア神聖国は、この魔王、《災禍》ヴラドレン・ジェニーソヴィチ・アバーエフが唯一神を名乗って治めている国家だ。

 かの国の軍も、ほぼ彼一強であり、一般兵などのその他の戦力はさほどでもない。

 だというのに他国が手出しをすべきではない、と断じるのだから、ヴラドレン神の力も大概おかしいが。


 雷雲の中に隠れた美影の姿を、巨龍が見つける。

 蛇の様に長い身体をくねらせ、方向を変えると、一気に加速する。


 それはまるで放たれた矢の如く。


 無駄だと分かりつつも、一応、美影は雷撃を収束させた攻撃を、無数に放つ。

 しかし、まるで効果がない。


 一切速度を落とす事無く突撃してくる巨龍。


「ほいっと!」


 それをギリギリまで引き付けて、躱す。


 攻撃力や耐久力、手札の多彩さなど、ほぼ全ての面で負けるが、速度だけは美影の方が上だ。

 だから、変に欲を出さず、回避にのみ専念していれば、逃げる事だけは出来る。


(……だけど、完全無視して侵攻されると、どうにもならないんだけどね)


 攻撃が機能しない、という酷い状態だ。

 黒雷ならば多少は傷付けられるようだし、全力を出し切る《天槌》ならば大ダメージを与えられるだろうが、致命傷までは至らないだろう。


 それが分かるが故に、どうしようもない。

 こうして付き合ってくれている間だけの足止めだ。


 現在の日本帝国がこの魔王を止めようとするならば、全ての《六天魔軍》で迎撃に出るか、刹那に出張って貰う以外に方策がないのである。

 前者の場合は、それでも被害が出るだろうが。


 まさに、《災禍》の名に恥じない怪物である。


「ふん。噂の化け物が出るかと思ったが、ただの魔王が一人とはな。我も舐められたものよ」

「うーわ。眼中無しだね。

 まっ、実力差的にそうなるのは当然なんだけど」


 至近まで寄ってきたヴラドレン神が、失望を込めた呟きを漏らす。


 こうしている間も無数の雷撃が突き刺さっているのだが、彼はまるで堪えていない。

 全属性を持っているヴラドレン神には、属性を主体とした攻撃はあまり効果的ではない。

 肉体強化に全魔力を注ぎ込んで殴り付けた方が、まだ望みがあるだろう。


 それはともかく、


(……ふぅん? 目的は噂の化け物、ねぇ? それは、誰の事かな?)


 十中八九、己の義兄、雷裂 刹那だと思われる。

 というか、日本帝国において自分以上の化け物と言ったら、それくらいしか思い浮かばない。


 しかし、何処から嗅ぎ付けたのか。


 刹那は、美影などと違って公的な役職に就いていない。

 その実力から、あちこちに影響力はあるものの、表向きには完全な無名の存在だ。


 研究開発については全て《サンダーフェロウ》全体の功績として扱われているし、実力については廃棄領域内での事や不意の遭遇戦ばかりで、公式に残る記録では学内での決闘しかない。

 それにしても、相当に手加減した常識の範疇内の力しか出していない。


 である以上、彼を知る誰かが漏らさない限り、刹那の本当の実力が漏洩する事はないし、たとえ漏洩したとしてもあまりに常識に外れ過ぎているその力を、文面通りに受け止めるとはとても思えない。


(……いや、だからこそ、なのかな?)


 美影はそこまで考えた所で、思い直す。


 その漏洩した情報を、何処かから聞きつけた。

 だが、あまりに信じられない情報だった。

 だから、もしも本当だった場合に最も生き残れるであろう、自身で確かめに来た。

 そう考えれば、しっくりと来る。


 おおよその状況は読めた。

 そうとなれば、刹那にまで届かせる必要はない。

 とっとと勘違いさせてお帰り願おうと、美影は思考する。


「何の話をしてんのか知らないけどさ、当てが外れたなら、帰ってくれない?

 日本も忙しいんだよ?」


 風に揺られながら、さも化け物に心当たりなどありません、という態度で言う。

 それを、ヴラドレン神は鼻で笑う。


「下らん芝居だ。化け物が、カンザキの眷属だという事は掴んでいるのだぞ」

「…………」


 美影の目が、剣呑に細められる。

 今後の態度次第では、本気で殴り合う事も辞さない。

 そういう心持と姿勢である。


 その時点で答えを言っているような物だが、どうやら相手も何かしらの確信があって、突いてきたのだろう。

 美影の変わり身に、何の反応もない。


「どうすれば、そいつは出てくるのか。ああ、そうか。成程」


 一人で勝手に納得して、その咢が開かれる。

 喉の奥に魔力を滾らせながら、彼は言う。


「お前を甚振っていれば、出てくるか」


 最強の魔王による宣言。

 それは、死刑とイコールと言っても良い。

 それ程に絶大な力を有しているのが、目の前の存在だ。


 だが、相対している者もまた、一人の逸脱者である。


 美影の口が、凶悪に歪む。

 彼女もまた、魔力を練り上げる。

 超能力の雷と融合したそれは、黒く染め上げられ、絶大なる破壊の意思を迸らせる。


「やってみろ、トカゲ野郎……!」


 それが合図となった。

 逸脱者同士の激突が始まった。


~~~~~~~~~~


「はっ……!?」


 九州地方、対馬要塞の中で、俊哉は寒気を覚える。

 悪寒の正体は分かる。


 美影の力の波動だ。


 この身に、比喩でもなく文字通りの意味で、死ぬほどに刻み込まれている。

 それを間違う筈がない。


 感じる方向を見る。

 おおよそ北東の方向。


 北海道方面だろう。

 それとは別に、何か、別の魔力も感じられる。

 明らかに魔王クラスの魔力だ。


 周囲を見回すが、ほとんどの者は平静を保っている。

 一部、顔を青くさせて、俊哉と同じ方向を見ている者もいるが、それはごく少数に留まっている。


 それを情けない、とは思わない。

 それだけの距離があるのだ。

 むしろ、この距離でも感じられる者たちこそ、その鋭敏な探知能力を称賛されるべきだろう。


(……何かの演習の話なんて聞いてないし、方向からしてロシアと、かな)


 ロシア神聖国には魔王は一人しかいない。

 それだけで十分だ。

 理由も十分に考えられる。

 日本帝国は、現在、日本方面へと軍を終結させている朝鮮王国へと対抗する為、九州、山陰地方へと戦力を集めている。

 その後背を突いてきたのだろう。


 その奇襲を潰す為に、美影が派遣されたのだろう。


 それだけなら、まぁ良かったのだろうが、まさか総大将が一番槍を務めているとは。


(……超こえー。絶対に向こうには近付かんわ)


 向こうの事は考えない事にする俊哉。

 流石の美影でも、《災禍》の相手はきついだろうが、彼女には最後の手段、義兄召喚という手札がある。

 最悪の事態にはならないだろうという確信がある為、彼は割と暢気に構えていられる。


 そうして過ごしていると、自分と同じように招集されて待機している一人の兵士と目が合った。


 赤髪のガタイの良い彼。

 見覚えはある。ない筈がない。

 なにせ、自分のクラスの副担任なのだから。


「風雲じゃねぇか。どうしたんだよ、こんな所で。

 って、まぁ、聞くまでもねぇか」

「火縄先生、お久しぶりっす。先生も参加するんすね」


 火縄 剛毅。Aランクの魔術師であり、国軍の中でも実力派として認識されている武人である。

 戦争が起きかねない、というかほぼ確実に起こす以上、彼が招集されない筈がない。


 むしろ、まだ学生の身であり、何の功績も持たない俊哉の方が、この場にいる事が不自然と言える。


「おうよ。まぁ、向こうはほとんど奴隷兵で、碌な訓練も積んでねぇからな。

 然程、苦労はしないで済むだろうよ」

「……そうだと良いんすけどね」


 これが、普通に国からの要請などで来たのならば、俊哉も同じ気持ちで気楽に過ごせていただろう。


 だが、彼は刹那の手で押し込まれたのだ。

 あの地獄巡り以外の何物でもない修行という名目の何かを課してきた美影の兄が、義手の慣らし運転に、と言って、である。

 何かがあるかもしれない、と疑念を抱くのも無理はない。


 そんな俊哉の様子に、不穏を感じた火縄教員は、率直に訊ねる。


「なんだ? なんか、不安要素でもあんのか?」

「いや、超個人的な不安なんすけどね。

 もしかしたら、何かとんでもない事が起きるんじゃないかと」

「ふん。そうかい。じゃ、ちっとは警戒しておくかね」


 火縄教員の言葉に、俊哉は少しばかり意外そうに彼の顔を見返した。

 それを不快そうに受け止めながら、問う。


「……何だよ、その顔は」

「いや、いやに素直に俺っちの言葉を信じるんだなって。

 言っちゃ何なんすけど、俺っち、何の功績もないガキっすよ?」

「ンな事はねぇだろ」


 火縄教員は即座に否定する。


「ガキなのはまぁその通りだが、お前、この間の事件で《嘆きの道化師》の面子、三人を一人で潰したんだろ?

 功績としちゃ、かなり派手だぞ」

「あー、それっすか」


 異界門事件に目が行きがちで、前座扱いである《嘆きの道化師》の襲撃はあまり注目されていないが、彼らはそれでも名の通った少数精鋭のテロリストである。

 そのメンバー三人を単独で撃破した、というのは、十分に功績として認められて然るべきものである。


 しかし、俊哉はあまりそれを誇らしくは思っていない。


 理由は二つある。


 一つは、あれが単純に復讐だったから。

 使命感やら正義感やらでやっていたのなら違ったのだろうが、彼は自らの憎悪に従って当たり前の様に殺しただけである。

 だから、それを功績と言われてもピンとこないのだ。


 もう一つは、周囲の怪物たちの存在だ。

 ここ最近、彼は雷裂の兄妹とつるんでいた。

 彼らと比べると、どうしても自らの未熟さを痛感させられる為、そんな自分に功績があるという事がいまいち実感できないでいる。


「複雑な心境、って感じか」

「まっ、そうっすね。追々、整理しときやす」

「おう、そうしとけ。

 で、話は変わるんだが……その腕は何だ? デバイス、じゃねぇよな?」

「ああ、これっすか?」


 俊哉は左腕を掲げる。

 遠目には、籠手をはめているだけの様にも見えるが、近くでよく見れば、それが芯まで機械で出来た物であると分かる。


 神経を繋いだばかりである為、大雑把な動作は出来るが、精密な動作はまだ出来ない。


「機械義肢って奴っすよ。

 この間ので左腕が駄目になっちまったんでね。

 ちょいと試しに付けてみたんす」

「ほぅ! 機械義肢か!

 いや、俺も実物を見るのは初めてだな。

 どうなんだ? 付け心地とか、使い心地ってのは?」


 知識として存在は知っているが、稼働している実物を見る機会は滅多にない代物に、火縄教員は目を輝かせる。

 実際、戦場に立つ以上、いつ自分も四肢を失うかも分からないのだ。

 それの率直な感想を聞けるとなれば、それを逃す手はない。


 俊哉はその様子に苦笑しつつ、


「いや、まだ接続したばかりっすからね。

 利点も不便もあんま語れないっすけどね。

 取り敢えず、見た目ほどは重くはない、ってくらいっすか。

 まぁ、《サンダーフェロウ》の最高級品だからかもしれないっすけど」

「ああ、そういえば雷裂とつるんでいたな。

 その繋がりか。って事は、テスターなのか?」

「おお、よくご存知で」

「あそこは、よくそうやって金を放出するんだよ。

 治験関係の募集も大量にあるぞ。

 金に困ったら取り敢えず《サンダーフェロウ》を訪ねてみろ、ってアドバイスが流布するくらいにはな」

「……理解が及ばない金持ち具合っすね」

「まぁ、だからこそ俺らみたいな庶民は助かってんだがな」


 笑い合う。


「じゃ、俺はそろそろ行くぜ。

 戦場ではお互い、油断せず慢心せず、きっちりと生き残ろうや」

「おっす。俺っちは新米なんで、それとなく気にかけて貰えると嬉しいっす」

「馬鹿言え。お前はどっちかってーと、気に掛ける側だ、ボケナス」


 開戦の時はすぐそこだ。


《災禍》ヴラドレン・ジェニーソヴィチ・アバーエフについて。

元々は命属性のみの魔王だった。

しかし、他者との融合術を編み出して以降、人間の魔術師を取り込んで全属性を備えるという特異性を実現した。

また、人間に限らず数多の生物を取り込んでおり、人間形態や巨龍形態以外にも様々な姿を持つ、真の怪物となっている。

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