神罰
寝違えが!
首が痛い!
泣ける程に!
『オォォオオォォォォ……!!』
オメガが悲鳴を上げる。
胸に突き刺さった短槍が、彼の魂を抉り、残存エネルギーを浪費させているのだ。
それは、確固たる器を持たない精神生命体にとって、致命的なダメージであった。
「ふっ……!」
刹那が瞬発する。
苦悶するオメガの懐に潜り込むと、全力の身体強化、及び念力を拳に込めて殴り上げる。
短槍の効果は絶大だ。
それは見れば分かる。
あれが演技ならば表彰ものだ。
しかし、それで倒せると思う程、彼らは楽観的ではない。
動きの止まっている今のうちに、削れるだけ削り取る。
それが最善だ。
打ち上げられたオメガの、更に上に美雲が出現する。
「出し惜しみは無しよ」
大型のライフルを構えた彼女は、接射に近い距離から三連射を叩き込む。
特製の魔王級魔力を込めた弾丸である。
魔王三人分の全魔力の一斉放出は、極大の雷柱を生み出し、オメガを大地へと叩きつける。
ついでに、余剰に弾けたエネルギーが周囲の星獣の肉を焼き払っていく。
「素晴らしい攻勢だ、賢姉様!」
「こんな事で褒められてもねぇ~」
地に落ちたオメガへと、更なる追撃をすべく、二人は挟み込むように別方向から立ち向かう。
「ガァァアアァァァァ……!!」
接近する二人に、オメガは吠え立てる。
炸裂。
彼を中心に、極光が全方位へと弾けた。
「チッ……!」
刹那は、即座に方向を転換。
美雲を庇う位置へと割り込む。
終焉の極光は、強力だ。
理不尽と言っても良い。
これに対抗するには、同じく極光を用いるか、〝等価〟のエネルギーである黒化を使うか、せめて混沌魔力でなければ話にならない。
美雲は、その両方を持っていない。僅かな余波を受けただけで跡形も残らないだろう。
それ故の行動に、しかし美雲は、
「邪魔よ、弟君」
蹴り飛ばした。
迫る極光に向けて、美雲は片手を向ける。
「個性の無い〝力〟の塊。分かりやすくて助かるわ」
封緘。
細い繊手が、何かを掴み取るように握られる。
同時に、美雲へと向かっていた極光の一部が、虫食いにでもあったかのようにかき消えた。
「返すわね」
開かれた手の中には、両脇を通り過ぎた物と、全く同じ輝きを持つ弾丸があった。
落ちたそれを弾倉に込めると、躊躇なく撃ち放つ。
極光。
一直線に向かうレーザーは、未だ立ち直れていないオメガを貫き通す。
「流石だ……!」
「今度は素直に受け取るわ」
称賛の言葉を残しながら、刹那が再びオメガの懐へと入る。
「先程の返礼だ。受け取ってくれたまえ!」
拳鎚による打ち下ろし。
頭部を打ち据えられたオメガの身体が大きく傾ぐ。
連打する。
「おおおおおぉぉぉぉぉぉ……!!」
先程の意趣返しの様に、今度は刹那が幾度も殴り沈めていく。
「砲身、全展開――!」
背後で、美雲がとっておきを披露する。
巨大な砲。
もはや携行武器の範疇を越えた、大砲塔が出現していた。
込められる砲弾もまた、特別製のもの。
「私と美影ちゃん、それに弟君のハイブリッドよ。受け取りなさい」
美雲の封印でコーティングされた、美影の連弾黒雷の砲弾。
それを刹那の念力による推進力で撃ち出す。
刹那が退避すると同時に、放たれた。
黒き雷の奔流。
雷速を越え、亜光速にまで至ったそれは、オメガの、人間サイズという小さな身体を丸ごと飲み込んでしまう。
極光の炸裂によって、最小限に消し去ろうとするも、しかし黒雷の特性がそれを許さない。
一には一を。
全てを等価値にしてしまうエネルギーは、相性や効率という概念を捩じ伏せてしまう。
その賢しい選択によって、オメガは為す術もなく焼ききられる。
そして、更に、
「封緘! 貴方の権限を全て剥奪する……!」
コーティングしていた封印力が、オメガへと絡み付き、その全身を縛り付ける。
これで、終わり。
タイミングを逃さず、怒濤に仕掛けた攻勢によって、二人の勝利は決定付けられた。
あくまでも、生物としてのステージでは、だが。
「――ア、マ」
黒雷に薙ぎ払われながら、オメガが何かを口にする。
それは、悲鳴ではない。
意味のある、初めての言葉だった。
「アマツチ、ノ、コトワリ……」
「っ!? いかん……!」
何をしようとしているのかを察した刹那が、即座に阻止せんと念力を放つ。
しかし、もう遅い。
――――天地之理【終焉世界】。
オメガを中心にして、柔らかな風が吹く。
ただそれだけで。
封緘も、黒雷も、念力も、何もかもが朽ち果てた。
この世に永遠はなく、遍く全てが行き着く果ては滅びのみ。
それは、この宇宙ですら例外ではない。
オメガの生み出した歪曲法則は、それを強制的に押し付けるものだ。
当然、それを行うオメガもまた、同じ法則に晒されている。
ボロボロと全身が朽ち行き、既にほとんど原型が残っていない。
そう遠くない内に死ぬだろう。
広がり行く破滅の世界を残して。
「くっ……!」
刹那は、美雲を抱いて高速で下がる。
あれは、駄目だ。
もはやどうしようもない。
全うな能力では対処できない。
同質の法則改変で上書きするしか、押し止められない。
刹那の権能で、それは出来る。
やった事はないが、やろうと思えば出来ると感じていた。
しかし、それは出来ない。
致命的なエネルギー不足だ。
天竜種が命を賭した改変を上書きするには、相応の強度を求められる。
今の刹那には、それだけのエネルギーがない。
同じように命を天秤に掛ければ不可能ではないが、この後を、作戦の最終段階を考えるとそれは出来ない。
つまり、どうしようもない。
それが、唯一の結論だった。
だが、一つ、忘れていた事がある。
これを、この法則を、絶対に許さない存在がいる事を。
雷鳴が降り注いだ。
「僕、参・上!」
宇宙さえも滅びに誘う改変法則。
それは、宇宙の存続を第一に考える意思にとって、最も許し難い存在であった。
であるならば、その端末として機能している美影が、あらゆる全てを差し置いて登場するのは、当然の事である。
――――世界之理【破壊世界】。
広がり行く破滅法則に、雷が纏わり付く。
破壊神の権能を込めた、崩落の力が解き放たれる。
「否。宇宙を破滅に導くもの、それは認められていない! 故に、否……!」
指を鳴らす。
すると、雷の環が収縮する。
破滅を、更に上回る破壊の権能が壊して行く。
徐々に、確実に。
壊し、砕き、跡形も残さず、全てを零の彼方へと。
終幕は、酷く静かに訪れたのだった。
実は、これによって今まで美影が抱えていた戦力がフリーになっているので、地上では割と阿鼻叫喚が広がっていたり。




