否定の短槍
こんな武器作ってたの、どれだけの読者が覚えているのだろうか。
衝突は、拳と拳から始まった。
刹那とオメガ、両者の拳が、極光を纏った姿で交差する。
「ちっ……!」
勝敗は、一瞬で決する。
刹那の敗北だ。
まぁ、当然の結果である。
経験値の差こそ、圧倒的に刹那が勝っているが、それ以外の点においては、オメガに軍配が上がるのだ。
基本性能、質量、エネルギー量、あらゆる点で負けている。小手先の工夫程度で埋まるような差ではない。
消し飛んだ左腕を再生させながら、刹那は距離を取る。
まずは、隙を探らねば話にならない。
だから、ひとまず何があっても対処できる、という距離を作る。
その距離を、オメガは一足飛びで詰めてくる。
極光。
広げ、向けられた手から、消滅の光が放たれた。
広範囲を包み込む規模だ。
刹那は、飛び込まれた時点で、既に地を蹴っていた。
上空に逃れる。
眼下では、巨大な光が一直線に走り、射線上の悉くを消し去っていた。
(……自損も厭わず、か)
その中には、星獣の身体の一部も含まれていたが、それを気にした様子はオメガにはない。
厄介な事だと思う。
都合が良い、とも。
厄介な点は、相手に容赦が無いこと。
場合によっては、星獣を盾にする事も考えていただけに、それが通用しない事は回避する手段が一つ消えた事を意味する。
一方で、都合が良いと考える理由は、星獣を戦いに巻き込めるという点だ。
自身が何をせずとも、勝手に損傷を負わせてくれるのである。
最終的な作戦の成功率が、星獣の抵抗力に大きく左右される以上、これは非常に美味しい。
程好く星獣の身体を盾にしつつ、巻き込んでいくべきだろう。
刹那は、身体強化をかけて殴りかかる。
「オォッ!」
自身の攻撃に目が眩んで、一時、刹那を見失っていたオメガは、無防備に拳を受けた。
僅かに傾ぐ身体。
しかし、それだけだ。
攻撃を受けた事で刹那を再捕捉したオメガは、お返しとばかりに拳を握り締める。
打撃。
「おぶっ……!」
強かに顔面を撃ち抜かれた刹那は、大きく仰け反る。
そこへ、更に追撃で殴られた。
更に、更に、更に。
累計で七発も殴られた所で、ようやく離脱に成功する。
「くぅ! 首が捥げそうだ……!」
というか、捥げていない事が不思議だ。
あまりの威力にロクロ首のように長く伸びた首を揺らしながら後退する刹那に、オメガは追い縋る。
極光を押し固めた大槍が振りかぶられた。
少しは自傷を気にしていたのだろうか。
無闇矢鱈と力を解き放つのではなく、取り回しの良い形へと洗練されている。
振り回す。
技術の欠片もない、ただ膂力に任せて振り回される攻撃だが、その速度は圧倒的だ。
亜光速にまで至るそれは、一瞬の遅れもミスも許さない。
幾千の攻勢。
やがて、一つの攻撃が刹那の足元を削る。
踏むべき大地の消失。
それは、ほんの僅かに彼の動きを遅らせる。
それは、この攻防の最中において、致命的なもの。
遂に、大槍の穂先が刹那を捉える。
一直線に突き込まれる。
それに、彼は掻き分けるように両腕を左右に振るった。
特殊力場が展開される。
重力と磁界を混合させて編まれた強力な斥力力場は、消滅の力に晒されて猶、それを左右へと散らす。
二股に別れた谷底が深く刻み込まれる。
「ふっふっ、単純で誘いやすいものだね」
隙と見れば、ろくに考えもせずに突っ込んでくるのだから、実に容易い。
攻撃を空かされたオメガは、手を掲げて極光を放つ。
大きい。
逃げられない。
だから、刹那は逆に距離を詰める。
交差。
刹那は、肩肉を削られ、左腕が薄皮一枚でぶら下がる。
しかし、それだけで済む。
オメガへと肉薄した刹那は、身を翻し、掲げられた腕を取って投げ飛ばす。
「……軽い。勝機が見えたな」
最初に比べると、幾分か重量が減っていた。
それもそうだろうと思う。
終焉の極光は、諸刃の剣だ。
自身の魂魄を削って撃ち出しているのだから、連続して使えば相応に消耗していく。
とはいえ、元々のエネルギー量は膨大だ。
その全てを吐き出させるには、時間がかかり過ぎる。
もっと別の手段も必要だろう。
体勢を立て直したオメガは、即座に反撃へと移る。
両手を構え、全ての指先に極光が宿る。
射出される。
数百にも及ぶ、無数の極光がビーム状となり、幾何学模様を描きながら、刹那を囲むように高速で迫る。
逃げ道は無い。
ならば、作るだけだ。
一閃。
右腕を振るえば、極光の網目に亀裂が走った。
出来上がった道を、刹那は悠々と潜る。
「余り物には福があるとは、至言だな」
言って、余り物で作った短槍――ステラタイト製の永劫不変を付与されたそれを回す。
元より加工の非常に難しい物質。
それを更に強固にし、もはや魔力でも超力でも問答無用で弾く、不変物体と化した名も無き短槍は、消滅の権能を受けても、それは健在だった。
それによって、一つの仮説が出来た。
終焉の極光は、魔力や超力の源泉だ。
それらよりももっと原始的な、生物が持つ力の根源と言っても良い。
それさえも弾いたという事は、つまりこの短槍は、単純に極端に頑丈、というだけではなく、生物の魂魄を否定する能力を有していると考えられる。
穂先を、オメガへと向ける。
「突き刺してやれば、どれくらいのダメージを受けてくれるかね?」
根源的魂魄の権能さえ弾いてみせた。
そして、天竜種は剥き出しのエネルギーの塊である。
この短槍は、対天竜種用の特効兵器になり得る。
本能が危機を察知したのか。
これまでは考え無しに突撃していたというのに、今は即座に動かない。
静寂。
だが、それもすぐに破られる。
ズルリ、と、オメガの両腕が千切れ落ちた。
変化する。
右腕は四足の獣へと、左腕は大翼の鳥へと。
両者ともに全身に極光を纏っている。
自律式の特攻兵器という事だろう。
「チッ!」
刹那が地を蹴ると同時に、二匹は瞬発する。
速い。
獣が足元から、鳥が空から、刹那を追い立てる。
そこへオメガもまた突撃してきた。
両腕を再生させたオメガが拳を振りかぶる。
極光は宿っていない。
狙いも刹那ではない。
狙っているのは刹那の持つ短槍だ。
これだ。これだけが怖い。
これさえ取り除けば、刹那自身は怖くない。
だから、排除する。
刹那もまた、一番の脅威をオメガ自身と定めていた。
獣も、鳥も、確かに危険だ。
爪牙に限らず、全身が武器なのだ。
危険ではない筈がない。
しかし、この二匹は放っておいても消滅する。
常に極光を全開にしているという事は、やや遠回しな自殺と変わらないのである。
ならば、やはり一番に見るはオメガ本体という事になる。
二匹に絡まれ、隙が出来た所に、拳鎚が落とされる。
「クッ……!」
短槍を横に、盾にして防ぐ。
だが、尋常ではない重さに、堪らず膝を着かされる。
もう一発、落とされ、今度は耐えられずに地面にめり込まされた。
極光。
三方からの照射。
刹那を中心に広範囲が消え果てる。
巨大なクレーターが出来上がる。
そこにはオメガの一派のみが残っていた。
刹那の姿はなく、跡形もなく消えている。
だが。
「隙有り」
オメガの背後の地面が盛り上がり、無事な刹那が飛び出してくる。
一直線に短槍を突き出しており、オメガの中心を穿つ。
寸前で、獣が一手速く、間に割り込んできた。
突き刺さる。
爆散。
所詮は分身体。
短槍の否定を食らい、一溜りもなく拡散してしまう。
だが、タダでやられてしまった訳ではない。
内包していたエネルギーを周囲へと撒き散らす自爆という手段を取っていた。
ここで、差が生まれた。
刹那は、どうしてもエネルギーの残存量に不安が残る。
最初から消耗している上に回復の目処も経っていない。
一方でオメガは、だ。
こちらもエネルギー回復については似たようなものだが、しかし発生したばかりの天竜という事もあり、エネルギーは最大値を保有していた。
ここまでの戦闘でその差は縮まっていたとはいえ、依然として両者は大きく離れている。
極光の爆発に、刹那は後退を余儀なくされる。
まともに受けては驚く程のエネルギーを奪われてしまうだろう。
しかし、オメガは、そのリスクを負っても揺らがない。
消滅の爆発の中を、オメガは突き進んでくる。
「っ……!」
勝利の女神は、前に進む者にこそ微笑むものだ。
後退する刹那と、前進するオメガ。
どちらに分があるかは自明であった。
オメガが拳を振るう。
刹那の反応は遅れている。
際どい所で短槍を盾として挟み込んだが、その姿勢は不安定なもの。
重い一撃に耐えきれず、短槍を手放してしまう。
遠い何処かへと落ちていく。
それを勝機と見るオメガ。
巨大な戦槍を作り出し、投擲される。
螺旋を描き、周囲に極光を放ちながら向かうそれは、刹那のエネルギーを削りきって余りある威力をしていた。
そして、逃れる術もない。
チェックメイト。
勝敗は付いたのだった。
これが、尋常なタイマンであったのならば、だが。
閃光が走る。
刹那の背後から放たれたそれは、極光の戦槍を容易く貫き、オメガの胸の中心に突き刺さっていた。
その正体は、叩き落とした筈の否定の短槍だった。
何故、何処から。
そんな疑問がオメガの中に広がる。
「ナイスタイミングだよ、賢姉様」
「それなら良かったわ」
巨大なバリスタを投げ捨てながら、下手人……美雲が戦場へと降り立った。