空の果てへ
風を切る音が聞こえる。
世界が急速に流れ、背後に消えていく。
美雲は、その光景を眺めながら、誰にも届かない呟きを溢す。
「……雷裂に期待しすぎよ、久遠」
友人の期待が、あまりにも重い。
美雲は、雷裂としては落ちこぼれに近い。
才能がない訳ではないのだが、どうしても意識として体術を極める方向に向いていないのだ。
なので、能力的には雷裂の直系でありながら、雷裂の最下位に近い場所にいるのである。
つまり、何が言いたいのかというと、
「着地をミスったら……死ぬわね」
鉄巨人の豪速球は、人間の耐久力を越えている。
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火炎旋風、渦巻く。
巨大な上昇気流に巻き上げられ、無数の腐肉が宙を舞う。
焼かれ、衝突し、潰され、それでも死ななかった者でも、やがては大地に叩き付けられ、粉砕される。
そんな大災害。
しかし、全てがそうとは限らない。
地竜種を始めとした、頑強さを持ち合わせていた種族をベースにした腐肉は、それらにも容易く耐えきって見せる。
だから、風火の担い手が刃を以て屠りさるのだ。
「しっ!」
閃熱の剣が振り抜かれる。
超高温のプラズマで構成された刃は、地竜の鱗でさえも容易く両断せしめる。
荒れ狂う熱波の颶風に乗りながら、縦横無尽に宙を駆ける姿は、まさしく英雄のそれだ。
風雲俊哉、それが彼の名である。
うねる風を都度乗り換え、風読みでも出来ない限り予測不能な軌道を描く彼は、すれ違いざまに溶断する。
『ふれっ、ふれっ、トッシー。がんばれ、がんばれ、トッシー、です』
「あのさー、気が抜けるんで、ちょーっと黙っててくれねぇかなぁ!?」
『それが愛しい彼女の応援に対する態度か、です。ウチは傷付いたぞ、です』
「後で! 全部片付いたら可愛がるから!」
『子どもは10人は欲しいぞ、です。風雲家再興だぞ、です』
「……俺は入婿になるつもりだったんだけどなぁ」
今更、風雲という姓に大した意味はない。
一族は俊哉を除いて滅んでいるし、主家の風祭家とも縁が切れている。
なので、拘る程の理由がないのだ。
殺した仇に対する復讐も済んでいる事だし、未来に目を向けても亡き家族たちも許してくれるに違いない。
一方で、雫は彼女を大切にする家族が健在で、ついでに主家である水鏡家とも密に繋がっている。
どちらの名を背負った方が建設的か、言うまでもないだろう。
『? ウチの親どもの世話とか、したいのか? です』
「親をどもって言うなよ。家族なんだから、当然の情だろ? 結婚すんだからな」
当たり前のように、俊哉は言う。
殺された家族の為に、迷いなく復讐を決意するくらいには、彼の家族愛は強いのだ。
ならば、愛する女の家族に対しても、同じくらいの愛情を向けるに決まっている。
『……トシを選んで、良かったぞ、です』
「照れるぜ」
軽快に笑いながら、俊哉はムラクモを風を裂いて飛来した地竜の頭蓋へと突き刺す。
それだけでは、大質量の突撃は止まらない。
どうにもならない体格差。
だから、凝縮させている熱量を解き放つ。
爆散。
体内から太陽が如き炎を浴びせかけられた巨大は、破裂するように四散する。
それによって生まれた爆風に乗り、俊哉は地上へと急降下した。
そこにいた腐肉を踏み潰しながら、孤立し、取り囲まれつつあった一部隊へと叫ぶ。
「伏せろ!」
彼らは、疑問を持たずに、即座に地に身を投げた。
同時に、俊哉は新たに作ったムラクモを円周に振り抜く。
ムラクモは、炎熱の剣だ。
使い勝手が良いので、なんとなく常識的な剣の形にしているが、本来が不定形の炎なので、やろうと思えばどんな形にも変えられる。
例えば、町を両断するような超大剣にだって、可能なのだ。
周断。
生物も無機物も問わず、あらゆる物体が腰の高さから切り離された。
「ここは任せろ! あっちが一番友軍に近い!」
「すまん! 恩に着る!」
一時的な空白。
しかし、終わりではない。
すぐに追加が空から降ってきている。
今のうちしか、安全は保証できない。
それが分かっているから、部隊の者たちは足早に離脱していく。
「さって、注意を引いておくかね……」
言って、俊哉は左腕を構える。
鋼の技手。
それが彼の意思に反応して形を変える。
砲塔。
凶悪な熱を湛え、絶え間なく排熱の陽炎を纏っている。
それを天へと向ける。
撃ち放った。
「く、おっ……!」
反動が降りかかり、俊哉の身体が沈み込む。
足元はひび割れ、陥没を起こし、更には余熱により一部がマグマ化もしていた。
当然、俊哉自身にもダメージが入る。
反動の衝撃は全身を軋ませ、圧倒的熱量は皮膚を沸騰させる。
普通の人間ならば、死ぬか、そうでなくとも即座に意識を飛ばしてしまうだろう。
それでも、彼は耐える。
何か特別なスキルがある訳ではない。
ただの気合いと根性という、精神論である。
そう、馬鹿にしたものではない。
なんだかんだで、俊哉の精神は、特に耐久性という点において、数多の試練を乗り越えてきた事で練磨され、まともな人間の範疇を超越している。
「おおっ……!」
左腕を右手で支えながら、俊哉は閃熱の砲撃を振り回す。
あたかも、大剣を振るうように。
飲み込んでいく。
巨大な炎熱の柱が、空からの軍勢を一つの例外もなく、屠り去る。
ようやく砲撃が終わった時、敵の援軍は跡形もなかった。
一時の空白。
「ふぅ……」
僅かに一息吐く。
この連戦下においては、非常に大切な休憩時間だ。
この間に、痛みきった身体に魔力と超力を流し、傷と体力を急速回復させる。
『あっ』
ふと、通信口から何か不穏な声が聞こえた。
「雫、どうした?」
『あー、あと二秒で着弾するみてぇだから、避けずに受け止めてやれ、です』
「あん?」
二秒が経った。
風切り音。
振り向けば、何かが高速ですっ飛んできていた。
いつもなら、反射的に回避していただろう。
あるいは迎撃していたかもしれない。
だが、これは事前に予告されていたものだ。
しかも、愛する雫からの言葉である。美影や刹那辺りの言葉なら信じずに無視していたが、彼女の言葉は信じなければ男が廃る。
「うおっ、と」
「ありがとう。助かったわ」
「って、美雲さん? 何でこんな……」
「ちょっと空の旅を、ね。それよりも……」
なるべく優しく受け止めたものの正体は、美雲だった。
彼女は早々に俊哉の腕から下りると、空を見上げる。
美雲へと追随してきた薄桃色の線が、天上、星獣にまで向けて伸びていた。
俊哉の攻撃によって出来た間隙は、空へ上がる為の絶好のチャンスだった。
「ちょっとあそこまで、送ってくれるかしら?」
「……俺、あんまり自在に空は飛べないんスけど」
「嘘おっしゃい。出来るでしょう?」
彼の飛翔は、あくまでもうねる風に乗っかっているだけだ。自分で行き先や速度を調節するにも限界がある。
だが、そうと渋る俊哉に、美雲は笑顔で指摘する。
彼は嫌そうな顔をした。
正直、あまり使いたくない手段である。
つい先程、あまりにも衝撃的過ぎる経験をしたばかりなのだ。
他にどんな隠し機能があるのか分かったものではない。
なので、ここまで封印してきた。
だが、美雲がここまでやって来て、空へ上がりたいと言うのならば、作戦は最終段階へと至りつつある。
出し惜しみするべきではない、という事なのだろう。
「――全展開」
彼の入力に従って、左腕が展開する。
固有亜空間に収納されていたパーツが射出される。
数万にも及ぶパーツが設定されたプログラムに従って組み上がり、俊哉の全身を覆い隠していく。
完成するは鎧騎士。
銘は【スサノオ】。
荒ぶる嵐神の名を当てられた、最後の姿である。
全身を赤熱のラインが走り、吸排気口より大量の空気が出入りする。
『カッケェぞ、です』
「ありがとよ」
「じゃあ、安全運転でよろしくね」
「そりゃ無茶なお願いッスわ」
見れば、徐々に追加の増援が吐き出されつつあった。
これ以上、時間をかけていては、道が塞がれてしまうだろう。
速度の勝負だ。
「行くぜ」
美雲の腰を抱えた俊哉は、背部スラスターより炎を吐き出す。
アマテラスの火力を推進力へと。
急発進した鎧騎士は、空の果てに向かって飛翔するのだった。
左腕は砲撃、右腕で剣閃。
どっかで見た事あると思ったら、これ、オメガモンだわ。
今、気付いた。